タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/2/14

アメリカ大統領選挙UPDATE 3:共和党保守派は割れているのか?(中山 俊宏)

2012年の米大統領選挙共和党予備選挙の主要な特徴のひとつは「保守派の分裂」だと評されることが多い。それはミット・ロムニーが筆頭候補として位置づけられていることに起因する部分が大きい。

2008年の大統領選挙におけるロムニーは、イデオロギー的座標軸上で定置しにくかったジョン・マケイン候補*1 との対決の中で、保守派と位置づけられることが多かった。しかし、今回の選挙では、当初から筆頭候補として本選挙でオバマと向き合った際に有利に戦えること、即ち「エレクタビリティ(当選可能性)」を強みとして掲げた結果、前回よりは中道寄りの場所にいると見なされている。中道寄りだと当然、共和党予備選挙プロセスの中では負のラベルとされる「モダレート(穏健派)」や「RINO」*2 といった批判に対して脆弱になる。しかし、このラベルは、一貫して「インディペンデント(支持政党無し層)」の支持を視野に入れて活動していたジョン・ハンツマンに貼られ、ロムニーは右でもなく、玉虫色の穏健派でもないといういい場所に自分を位置づけていた。ただ、当初から「共和党エスタブリッシュメント候補」的な色彩を放っていたので、ティーパーティー運動によって活気づいていた党内保守派からは常に不信感をもって見られていた。

昨年、月代わりであるかのように「反ロムニー候補」が浮上しては、沈没していったが、これは主としてロムニーを受け入れられない党内保守派の不満こそがつくり出した動きであった。予備選挙をめぐる動きが始動しだした昨年春以来、ロムニーは自分こそが「インエビタブル候補(不可避の候補)」との印象を繰り返し打ち出してきた。そのため2008年の時よりも自身の信仰(モルモン教*3 )、そして過去に彼が同性婚や中絶、さらに医療保険制度改革をめぐって立場を反転させてきたことに注目が集まってしまい、これが保守派のロムニーに対する不信感を固めていった。昨年を通して、ロムニーは常に「不可避の候補」でありつつも、「支持率25%の壁」があると評され、「パック(群れ)」から抜け出ることができなかった。

実際の予備選が始まると、保守派のロムニーに対する不信感が一定の力学をつくり出していった。一見すると、乱高下が激しく、これまでの「セオリー」が当てはまらない選挙である一方、ロムニーに対する保守派の不信感(仮に「不信感」という言葉が強すぎるとしたら「違和感」)が、ここまでの予備選の定常値であるとすることもできよう。アイオワでは、反ロムニー票がリック・サントラムに向かい、サウスカロライナではギングリッチに流れた。同様の力学が、コロラド、ミネソタ、ミズーリにおけるサントラムのスウィープ(三戦三勝)をもたらしたといえよう。さらに党内反乱分子としてのロン・ポール票もリバタリアニズムに傾斜する若者と一部党内保守派の支持を定常的に得ている*4 。ロムニーの事実上の地元であるニューハンプシャー、特定の党派というよりかは資金力と組織力がものをいうフロリダ、モルモン教に対する抵抗感が少ないとされるネバダはロムニーがおさえた。

つまりここまでの構図をシンプルに描くと、左に「名ばかりの共和党員のハンツマン」がいて、さらに右は「スター不在」のまま割れている状況の中、強い支持は不在ながらもロムニーが筆頭候補の地位にどうにかしがみついているという構図である。保守派はとにかく陣営の一本化に手こずってきた。ギングリッチが躍進すると、「保守エスタブリッシュメント」が一斉にギングリッチ攻撃を開始し、ギングリッチを潰しにかかったといっても過言ではない。「ギングリッチの危なっかしさ」は、保守グラスルーツの支持者の間ではプラスの要素として作用しうるが、「保守エスタブリッシュメント」がそれをすんなりと受け入れることはできないだろう。アイオワの党員集会後に保守票が分散している状況を見て、かつて「アーリングトン・グループ」と呼ばれた宗教保守派の指導者たちがテキサスに集結し、サントラムをエンドースすることを決定した。サントラムは、ここまでの予備選挙のプロセスを通じて候補者として一番成長したと評されることもしばしばだ。さらにロムニーとギングリッチがお互いをつぶし合う間隙を縫って一気に台頭した感があるが、果たして「右のスター」になりうるのか、またその勢いがどこまで持続的かは疑問符がつく。

共和党はおそらくイデオロギー的にはここ数十年でもっとも保守的な状態にある。重要案件については(ロン・ポールをのぞき)概ね一致があるといってもよい。「中道寄り」とされるロムニーも個別のアジェンダを見ていくとかなりはっきりと「保守」である。2010年のティーパーティー旋風は、2008年に民主党に有利な地殻変動が起きたという言説を吹き飛ばした。にもかかわらず、保守派が迷走しているという印象をどうしても禁じえない。それは、保守派がかつてよりもはるかに力をつけ、「純粋な保守派」の候補を求めるあまり、どの候補にも満足できなくなってしまったというような状況があるのではないか。アメリカにおける保守主義は、もともと内にさまざまな異質の要素を抱え、それを統合することで運動として成立してきた。保守的言説空間ではもはや神話的な響きさえ伴う「レーガン時代」も、決して純粋な保守の時代ではなかった。外に対しては強い原則を掲げつつも、内に向かう時は「フュージョニズム(融合主義)」(フランク・マイヤー)という原則で臨むという姿勢がここまで保守主義運動を支えてきた。

これまで保守主義運動の政治参加を支えてきた「教義(クリード)」がある。それは米国における保守主義運動の生みの親ともいわれるウィリアム・F・バックリー・Jrにちなんで「バックリー・ルール」と呼ばれている。それはいたってシンプルな行動指針だ。バックリーはかつてこう述べた、「選挙で当選する可能性のある最も保守的な候補を支持すべき」と。今回の選挙で、これに該当する候補は、予備選のプロセスが始まって以来、ずっと一貫してロムニーだった。しかし、彼は多くの点で「純粋」ではない。フロリダ、ネバダを経て、バックリー・ルール的な揺り戻しが作用し始めたようにも見えたが、コロラド、ミネソタ、ミズーリではまたその逆の力学が作用した。バックリーの主張は、保守派の「純化」を求める衝動をどこかで抑制しない限り、結局リベラル派の候補に有利な構図をつくり出してしまうという状況認識に根ざしている。保守派は共和党の中でかつてないほどの地歩を獲得した。しかし、それでも保守派だけでは選挙には勝てない。今後、バックリー・ルールを保守派がどこまで呑み込めるかが一つの鍵になりそうだ。

ティーパーティー運動の興奮とは、いわば「純化を求める衝動」が全面開花した結果である。この興奮を体験した保守派がどこまでロムニーの支持にまわれるか。仮にロムニーが共和党の大統領候補になるとしたなら、副大統領候補選びがひとつ重要な選択となりそうだ。


*1: マケイン候補はしばしば「マヴリック(一匹狼)」と称された。
*2: 「Republican in name only」の頭文字をとって「RINO」。しばしば党内保守派が穏健派を批判する時に用いる負の組織象徴。
*3: 今回の大統領選挙における「モルモン・ファクター」については、ピュー・フォーラムによる「Religion&Politics★2012」(http://p.tl/L7rT)を参照。
*4: ポールに対する支持はしばしばアメリカにおける「孤立主義的な衝動」の台頭として語られることが多いが、それは「孤立主義」そのものへの支持であるというよりかは、ポールの原理主義的な一貫性の「爽快さ」に対する支持であるような気がする。ポールは、聴衆が誰であろうと、常に話しがぶれることはなく、「常にポジション取りをする政治家」のアンチテーゼとして支持を得ているのではないか。