タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/4/27

アメリカNOW 第92号 米大統領選挙と公約の比較分析がもつ三つの限界 (安井明彦)

共和党の候補者選びにようやく目処がついた米国の大統領選挙は、再選を狙うバラク・オバマ大統領と、ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事との戦いに局面が動いてきた。当然ながら、両候補の公約の比較分析への需要が高まってくる時期である。しかし今回の選挙の場合、選挙後の政策運営を占うにあたっては、公約の比較分析だけでは不十分であることも見逃せない。本稿では、大統領選挙における公約の比較分析の限界について、3つの点を指摘したい。

不完全な公約

公約の比較分析の第一の限界は、公約には各候補が目指す政策の全体像が示されていない点である。むしろ公約として明らかにされるのは、選挙に有利に働く内容に偏りがちなのが現実である。

好例がロムニー候補の税制・財政政策である。ロムニー候補の税制に関する提案は、「米国の財政事情を悪化させる」と指摘されている。ロムニー候補は、2012年末で期限切れとなるブッシュ減税を全面的に延長するだけでなく、所得税率を一律20%引き下げると公約している。米タックス・ポリシー・センターでは、ロムニー候補のこうした提案は、2015年時点で現行政策対比9,000億ドルの減税に相当すると試算している*1 。「ロムニー候補の提案は、米国の政府債務を5兆ドル増加させる」というのが、オバマ陣営の批判である*2

ロムニー候補は、こうした指摘を否定する。とくに所得税率の引き下げについては、優遇税制の廃止などによる課税ベースの拡大によって、「税収中立」で行うというのがロムニー候補の主張である。同時にロムニー候補は、歳出の水準をGDP(国内総生産)の20%以下に抑えることなどによって、2020年度までに財政赤字を解消する*3 としている。

問題は、「税収中立」を実現する手立てなど、ロムニー候補が目指す財政運営の全体像が示されていない点にある。課税ベースの拡大については、富裕層について州・地方税や二軒目の住宅ローンに関する優遇税制を見直す方針が、一部の支持者に対して明らかにされている*4 。しかしこれだけでは、ロムニー候補の減税案を賄うには不十分である。ましてロムニー陣営は、「減税が経済成長を加速させることで、減収の一部は取り返せる」としており*5 、こうした効果をどの程度前提にしているのかがわからなければ、ロムニー候補の提案が財政に与える影響を分析するのは不可能だ。

公約が不完全なのは、オバマ陣営も同様である。現職であるオバマ大統領は、2013年度の予算教書を通じて、ロムニー候補よりも詳細な提案を行っている。しかし、2012年10月以降の政策方針を示したはずの予算教書も、「第二期オバマ政権」の青写真を完全に描いているわけではない。

同じく財政政策を取り上げよう。オバマ大統領は、財政再建を第二期の課題の一つに掲げている。ところが2013年度の予算教書に示された財政赤字削減策は、下院共和党が示した削減策の半分程度の規模しかない*6 。この点に関してオバマ政権関係者は、「2013年度の予算教書は財政健全化への第一歩であり、将来的な大きな対策への地ならしを行うものだ」と説明している*7 。こうした発言に示唆されるのは、第二期オバマ政権が目指している財政赤字削減策が、2013年度予算教書よりも大きな規模である可能性である。

税制についても、オバマ大統領の公約は全体像を示していない。オバマ大統領は、「公平な税制」を実現する税制改革を公約に掲げ、年収100万ドル以上の世帯を対象にした「バフェット・ルール」などを提案している。しかし、2013年度の予算教書には「バフェット・ルール」は盛り込まれておらず、具体的な税制改革の全体像も示されていない。

候補者に政策の全体像を詳細に示す義務が課せられていない以上、公約の比較分析に限界が生ずるのは無理もない。ロムニー陣営は、全ての政策に関する公約を提示しているわけではないことを理由に、「発表されている公約だけを材料にした試算には無理がある」と指摘している*8 。「議会との協議などを経て、公約は整合的に実現する」というのが、ロムニー陣営の主張である *9

実現できない公約

こうした現実を背景に、「各候補者に詳細な公約を発表させ、(中立的な機関である)CBO(議会予算局)に評価させるべきだ」とする指摘もある。そうなれば、財政政策の規模を図る基準となるベースラインを含め、共通の評価軸で各候補の公約を比較できるようになる*10

ただし、仮にCBOによる評価が義務づけられたとしても、公約の比較分析が抱える限界を完全に解消することはできない。候補者の公約がそのまま実現される可能性は、必ずしも高くないからだ。

公約の比較分析がもつ第二の限界は、議会の同意を得なければ、大統領は公約を実現できない点にある。とくに近年の米国で党派対立の厳しさが増しているという事情を考え合わせると、議会との兼ね合いでの公約の限界は、今まで以上に意識する必要がある。ロムニー候補は、「議会との協議の必要性」を目指す政策の全体像を示していない理由にあげているが、こうした立場には一理あると言わざるを得ない*11

今回の選挙の場合、どのような結果になるにしても、大統領は議会運営に苦慮しそうだ。たとえ大統領と議会与党が同じになったとしても、上院の安定多数である60議席の獲得は難しく、大統領が議会運営を思うように制御できるわけではない。また、大統領と議会与党が異なる政党になれば、厳しい党派対立が公約実現の前に立ちはだかる。さらに、上院と下院の多数党が異なる現状が続けば、これまでと同様に議会審議が停滞しやすい素地が残る。

新大統領が議会運営の停滞を打破しようとする過程で、公約の内容は変更を迫られる。大統領と議会与党が同じ政党になった場合には、与党の賛成だけで強行突破を狙う道筋がある。上院の過半数で審議を進められる「財政調整法」の枠組みが使えるからだ*12 。この場合には、党内票の取りこぼしを避けるために、公約で示されている以上に党派色の強い政策が目指される展開が想定される。また、このルートを使った場合には、世論の反発・揺り戻しが予想され、政策の安定性に疑問符がつく点にも注意が必要だ。一方で、大統領と議会与党が異なる政党になった場合には、双方の歩み寄りが必要になる。大統領の公約は、中道寄りに修正されよう。

公約に示されない課題

公約比較の第三の限界は、市場などが大きな関心をもつ政策課題が、必ずしも公約で説明されていない点にある。具体的には、2012年末から13年にかけての財政運営の混乱回避である。

財政運営の混乱が懸念される背景には、二つの理由がある。

第一は、既存の法律に急速な緊縮財政への転換が盛り込まれていることである。2012年末には、ブッシュ減税の失効と、社会保障税減税などの景気対策の失効が予定されている。また2013年1月には、昨年夏の財政協議の産物である財政管理法に基づいて、歳出の一律削減が開始される。こうした一連の緊縮財政が予定通りに実施されれば、米国経済には大きな逆風になる。

第二は、債務上限の引き上げである。どの時点で引上げが必要になるかは定かではないが*13 、米国の債務不履行(デフォルト)が取りざたされた昨年夏のような混乱が生ずれば、米国経済にも深刻な悪影響が及びかねない。

どのような選挙結果になるにしても、大統領と議会がまず取り組まなければならないのは、こうした混乱の回避になる可能性がある。2012年内は改選前の大統領・議会が引き続き政策運営を担当するが、選挙後の「レイムダック・セッション」で打開策が講じられるとは限らない。「レイムダック・セッション」が不調に終われば、新しい大統領と議会は何を差し置いても混乱回避に全力を割かざるを得なくなる。

現時点での選挙公約には、こうした混乱回避への道筋は明確には示されていない。選挙公約は中長期的な視点で各候補の理想像を示す性格が強く、目先の混乱回避の方策は馴染み難い。まして、混乱の回避には議会との交渉・調整が不可欠であり、公約の時点で打開策を示すには限界がある。

以上、公約の比較分析がもつ限界を指摘してきた。各候補の公約は、米国の有権者が選択を行う拠り所であり、それぞれの候補者の理想像が示されるなど、読み取れる情報は多い。その一方で、実際の政策運営の行方を占うにあたっては、公約が抱える限界を認識しておく必要性は軽視できない。とくに第三にあげた財政運営の混乱回避については、選挙運動に並行して進んでいる議会審議を通じて、打開への道筋が模索される可能性がある*14 。世間の耳目を集める選挙戦での論争だけでなく、幅広い視点で観察を続けていく必要があろう。



*1:Tax Policy Center, The Romney Tax Plan, March 1, 2012.
*2:Ben White, It's Still the U.S. Economy, Stupid, POLITICO, April 23, 2012.
*3:Damian Paletta, Sara Murray, Budget Promise Proves Tough Test, The Wall Street Journal, April 20, 2012.ただし、ロムニー候補の選挙公約集(Believe in America)には、「2020年度」という期日は明記されておらず、均衡財政の目標だけが示されている。
*4:Garrett Haake, Romney Offers Policy Details at Closed-Door Fundraiser, MSNBC, April 15, 2012.
*5:Ben White, It's Still the U.S. Economy, Stupid, POLITICO, April 23, 2012.
*6:The Committee for a Responsible Federal Budget, White House Mixes Up Some Numbers on Simpson-Bowles, April 6, 2012.
*7:David Brooks, The White House Argument, The New York Times, April 16, 2012.
*8:税制に関する公約についてロムニー候補は、「明らかにしたのは幾つかの原則であり…それぞれの所得控除や税額控除をどうするかについて、全ての詳細を示したわけではない。(この時点で)いろいろな人たちが自分の提案が財政に与える影響を試算しようとしているのは興味深い(interesting)ことだ。なぜならば、こうした詳細は議会とともに解決していく必要があり、とても多くの選択肢があるので、(これだけの材料で)財政への影響を試算するのは、率直にいって不可能だからだ」と述べている(Ben White, For Barack Obama, Mitt Romney Budget Becomes a Battlefield, POLITICO, April 5, 2012.)。
*9:Damian Paletta, Sara Murray, Budget Promise Proves Tough Test, The Wall Street Journal, April 20, 2012.
*10: Simon Johnson, Magical Thinking Isn’t Enough, Salon, April 22, 2012. 公約を比較分析する際の障害は、それぞれの公約の前提が必ずしも明確ではなく、同じ条件での比較が難しい点である。例えば、財政政策の規模を図る出発点となる「ベースライン」が統一できなければ、財政赤字削減策の規模を比較するのは不可能である。
*11:脚注7参照。
*12: 安井明彦、共和党政権は「オバマケア」を廃止できるのか、アメリカNOW第86号、2012年1月12日。
*13:ティモシー・ガイトナー財務長官は、「議会は(債務上限引上げ問題に)2012年末までに回答を出さなければならなくなるだろう」と述べている(Jeffrey Sparshott, Geithner Urges No More Debt-Ceiling Drama, Market Watch, March 28, 2012.)。一方、Bipartisan Policy Centerでは、債務上限の到達を2012年11月後半から2013年1月前半の間とした上で、財務省によるやり繰りの結果、債務上限引上げの必要性が生ずるのは2013年2月になると予測している(Steve Bell, Loren Adler, Shai Akabas, The Debt Ceiling Slouches Toward 2012, February 24, 2012.)。
*14:例えば下院共和党では、2013年1月から始まる歳出の一律削減を回避するための具体策を、財政調整法のスタイルに沿って作成している。

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長