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アメリカ大統領選挙UPDATE 5:「米国経済情勢と大統領選挙への影響」(西川 珠子)

May 10, 2012

共和党の大統領候補選びは、ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事で事実上決着した。オバマ大統領が、「公平」をキーワードに「富裕層の擁護者である共和党と中間層に寄り添う民主党」の選択を問う再選戦略を展開するうえで、富豪であるロムニー氏は戦いやすい相手である。しかし、景気回復が遅れれば、ビジネスマンとしての経験豊富なロムニー氏の経済政策手腕に対する期待を高めることにもなりかねない。オバマ大統領にとって、今回の選挙戦の「最大の敵」は、米国の経済情勢であるともいえる。

経済情勢が現職大統領の再選確率に与える影響を考えるにあたっては、失業率やインフレ率といった経済指標が注目される。ただし、個々の経済指標だけで再選可否を予測するには限界があることに留意しておく必要がある。経済が最大の争点といっても、それ以外の内政や外交問題の影響が全くないとはいえないし、指標を評価する際も水準で見るのか方向性で見るのかについて明確な判断基準が存在しないためだ。そうした限界を踏まえたうえで、ここでは参考指標として失業率(選挙直前の9月の水準と過去半年間の変化幅)・インフレ率(選挙直前の9月の消費者物価上昇率)と再選可否の関係を、76年以降の現職が出馬した大統領選挙について振り返ってみよう(下図参照)。

まず失業率についてみると、現職再選ケースでは、水準にばらつきはあるが過去半年で低下方向にあるという共通点が確認できる。96年(現職はクリントン、以下同)、2004年(G・W・ブッシュ)選挙では、失業率は5%台で、かつ過去半年間で低下傾向にあった。84年(レーガン)の失業率は7.3%と高かったが、過去半年で低下基調(0.5%ポイント低下)にあった。現職が敗北を喫した76年(フォード)、80年(カーター)、92年(同G・H・W・ブッシュ)選挙では、いずれも失業率が7%台半ばの水準にあり(各々7.6%、7.5%、7.6%)、かつ過去半年間ほぼ横ばい(76年、92年)または、上昇(80年)していた。

他方インフレ率については、オイル・ショック(73年、79年)の影響で高騰していた局面では再選可否と一定の相関関係があったと考えられるが、それ以降は関係性が薄れている。76年(5.5%)、80年(12.6%)はオイル・ショック(73年、79年)の影響でインフレが高騰し、現職に不利な環境にあった。76年選挙では、カーター候補が失業率とインフレ率を合計した「Misery Index(悲惨指数)」という概念を生み出し、フォード政権の失政の結果Misery Indexが上昇したと糾弾して勝利を収めた。しかし、カーターが現職として出馬した80年選挙時のMisery Indexは20%近辺と、76年当時の13%前後をはるかに上回っており、レーガン候補に格好の攻撃材料を与える結果となった。84年のインフレ率は4.3%と上振れ気味であり、Misery Indexは12%弱に達していたことから、レーガン大統領が再選する場合でも、経済面では失業率・インフレ率のいずれでみても「薄氷の勝利」が予想されるところだったが、実際の得票数は圧勝だった。

翻って、オバマ大統領が直面する景気の現状をみると、失業率は8.1%(2012年4月)と高いものの、過去半年の低下幅は0.8%ポイントと大きい。激戦州であるネバダ、フロリダなどでも失業率は大幅低下傾向にあるが、依然水準は全米平均を大きく上回っており(2012年3月、各々12.0%、9.0%)、地域別の動向にも注意が必要だ。一方、インフレ率は3%前後と物価は総じて安定しているが、ガソリン価格が4.0ドル/ガロン(レギュラー、小売価格)目前まで上昇し、政治問題化している。ガソリン価格変動の影響については、データの制約により過去の選挙時と比較するには限界があるし、単独の変数としてよりは景気・物価全般への波及という観点で評価する必要があるだろう。例えば、2004年選挙時は、ガソリン価格は1~10月の間に27%と大幅上昇していたが(10月時点2.0ドル/ガロン)、失業率が低く景気は総じて堅調だったため、結果としてガソリン高はブッシュ再選の妨げとはならなかった。しかし今回は、失業率が依然として高水準にあるなかでのガソリン価格高騰により、家計の実質購買力がさらに押し下げられ、景気が下振れして雇用回復が途絶えるリスクが懸念される状況にある。

雇用回復の持続性については、バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長も極めて慎重な見方を示している *1 。実質GDP成長率と失業率の関係を示すオークンの法則によれば、1年間で失業率を1%低下させるには潜在成長率を2%程度上回る成長が必要であり、昨年の成長率(1.7%)が2%程度とみられる潜在成長率を下回っていたことからすれば、最近の失業率の低下ペース(注:半年で0.8%ポイント)は速すぎると議長は指摘している。こうしたオークンの法則からの逸脱は、リーマン・ショック後の景気後退局面での大規模なレイオフ(一時解雇)とその反動によるものであり、「反動が一巡」した後も失業率が低下するためには、生産・需要の回復ペースの加速が必要であると、バーナンキ議長は結論付けている。

バーナンキ議長の見解を裏打ちするように、2012年4月の雇用統計は「反動の一巡」をうかがわせる動きを示している。10年ぶりとされる暖冬による建設部門雇用の押し上げ効果が剥落した影響などもあり、非農業部門雇用者数の前期比増加幅は11.5万人と3月に続いて20万人の大台を割り込み、失業率も過去3ヶ月間で0.2%ポイント低下と改善ペースが鈍化した。

米経済全体としてみても、この3年間は、バーナンキ議長が「Green Shoot」と名づけた景気回復期待が年前半に膨らんだ後、欧州債務危機、米国の債務上限引き上げ問題、リビア・イラン情勢の緊迫化を背景とした金融・国際商品市場の混乱などにより、年後半にしぼむパターンが繰り返されてきた。今年こそはGreen Shootが着実に芽吹いて、生産・需要の回復ペースが加速し、失業率の持続的な低下という形で開花するのか。選挙前には、これ以上雇用改善のために打つ手がないオバマ大統領にとって、5月以降の雇用統計は、ロムニー氏以上に手ごわい相手といえそうだ。


*1 :“Recent Developments in the Labor Market,” At the National Association for Business Economics Annual Conference, March 26, 2012

    • みずほ総合研究所 上席主任エコノミスト
    • 西川 珠子
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