タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/5/10

アメリカ大統領選挙UPDATE 5:「墜ちた宗教右派の偶像」(飯山 雅史)

共和党予備選挙は、ミット・ロムニー候補の勝利で事実上の決着をみた。宗教右派は2008年の大統領選挙に続いて、彼らが忌み嫌う候補が共和党大統領候補となることを阻止できなかったのである。1980年代から、共和党政治の中で不気味な影響力を行使してきた宗教右派指導者たちの威信は失墜し、政治的賞味期限切れはいよいよ明白だ。

宗教右派指導者の衰退は、すでに2008年大統領選挙で露わになっていた。同年選挙で、大物指導者のパット・ロバートソン(82)は、人工妊娠中絶容認派のジュリアーニ元ニューヨーク市長を推薦して宗教右派を驚愕させ、もう一人の大物、「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」のジェームズ・ドブソン(76)は、ロバートソンに反発して宗教右派グループの集会を分裂させた。こうした内紛をゲリー・バウアーが批判するという四分五裂の中で、結局、宗教右派にとって、史上最悪の人類であるジョン・マケインが共和党指名を獲得した。おまけに、ドブソンはマケイン指名がほぼ確実になった後で、マイク・ハッカビーを推薦するという政治的センスの欠落も露呈している。

2012年選挙でも、2008年の教訓が生かされた形跡はない。宗教右派の団結を目指したValues Voter Summit(2011年10月)では、人気投票のトップはロン・ポール。集会参加者の大勢は反ロムニーで一致したものの、リック・ペリー、ミシェル・バックマン、リック・サントラムなど乱立する社会保守系候補の中に本命が見当たらず、宗教右派指導者は推薦候補に関して沈黙を続けた。

ようやく、候補一本化の動きが出てきたのは1月中旬である。反ロムニー候補にとってラストチャンスとも言えるサウス・カロライナ予備選を間近に控えて、焦燥感に駆られた150人の宗教右派指導者らがテキサスに集合し、3回の投票を繰り返して、3分の2の賛成でサントラム推薦を決定した。しかし、推薦名簿に名前を連ねた大物指導者は、ゲリー・バウアー、ジェームズ・ドブソンにすぎない。家族研究評議会のトニー・パーキンスや南部バプテスト連盟のリチャード・ランド、元キリスト教連合事務局長のラルフ・リードは推薦候補を示しておらず、ランドとリードは本選挙で当選可能性の高いロムニーに近よっていた。さらに、残りの3分の1は、ニュート・ギングリッチやペリー支持を変えず、宗教右派の団結にはほど遠い状態だったとされている*1

宗教右派団体の衰弱も明白だ。2000年代始めにキリスト教連合が崩壊した後、宗教右派運動の“旗艦”となってきたのは、ドブソンの「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」だが、会員と寄付の減少でリストラが進み、かつて1400人を擁した本部職員は750人に半減した*2 。ドブソンは2009年2月に会長を辞し、「フォーカス」の現会長は団体の政治色を薄める方向性を打ち出しており、ドブソンが率いる政治団体からは、「フォーカス」のブランド名がはずされた*3 。一方で、高齢のパット・ロバートソンは今回、「政治への直接関与からは手を引くことにした」と述べて、推薦候補指名の意欲も見せていない *4

そもそも、彼らの「推薦」が持つ神通力も失われている。ドブソンがサントラムを推薦しても、「フォーカス」のマシンがサントラム支援で活動を開始するわけではないし、南部バプテスト連盟もかつてのように保守派が牛耳る組織ではない。南部バプテストは、もともと教会の独立性が強く、統一候補を推す選挙マシンとして機能する組織ではなかった。福音派の教育レベルは1980年代よりはるかに向上し、もはやロバートソンの呼びかけに熱狂的に反応した福音派ではなくなっている。

宗教右派は1980年代から注目を集めたが、当時のモラル・マジョリティーは、テレビ伝道師の呼びかけとダイレクトメールに依存した“空中戦”を戦ったにすぎず、マスコミに騒がれたほどには動員効果を上げていない。しかし、1990年代に活動を始めたキリスト教連合は異なっていた。同連合は強靭な足腰を持ち、全米50州の1700の支部は、選挙キャンペーン技術の指導を受けた大量の運動家を抱え、スコアカードを持って福音派教会を走り回る“地上戦”を展開する力を持っていたのである。聖書を逐語的に信じる人や教会に毎週行く人が共和党を支持するという、宗教と政治の密接な絡み合いが始まったのは、この地上戦が始まった後のことである。

しかし、キリスト教連合が築いた草の根ネットワークはすでに過去のものとなり、宗教右派指導者の指令で動き出す巨大な地上部隊は、もはや存在しない。宗教右派指導者は依然としてマスコミの注目を受けているが、評論家以上の影響力を持っているわけではない。

メディアは、1980年代末に宗教右派の死亡宣告を出して失敗し、10年後の1990年代末にも同じ間違いを犯してきた。しかし、それから10余年をすぎた今、宗教右派団体やその指導者が共和党政治を振り回す時代は、いよいよ終焉を迎えたと言えるだろう。

だが、宗教右派団体の衰退は、共和党政治の中で宗教保守的な支持層の影響力が失われたことを意味しない。経済争点一色になるかと思われた今回予備選挙においても、社会保守的な争点は決して後景に退かなかった。宗教保守層が共和党の屋台骨となる支持基盤になった以上、社会保守的なテーマをめぐるこの票田の争奪戦は、(程度の違いはあっても)今後も、共和党予備選挙の焦点であり続けるだろう。宗教保守層の政治意識がどのように変化してきたのかは、項をあらためて言及したい。


*1:Felicia Sonmez, “Santorum wins support of evangelical leaders at Texas meeting,” The Washington Post, Jan 14, 2012、Peter Wallsten and Karen Tumulty, ”Conservative Religious Leaders, Seeking Unity, Vote to Back Rick Santorum,” the New York times, January 14, 2012
*2:“Focus on the Family staff nearly half of peak size,” The Christian Century, September 7, 2010
*3:Mark Barna, “Lobbying arm of focus on family gets a new name,” The Gazette (Colorado Springs, Colorado), May 20, 2010
*4:Brock Vergakis, “On CBN's 50th, Robertson sees smaller political role,” AP, October 2, 2011