タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/5/24

アメリカNOW 第93号 米国の「エネルギー安全保障」を考える視点~CBO(議会予算局)の報告書より~ (安井明彦)

米国で中立的な分析に定評のあるCBO(議会予算局)が、「米国のエネルギー安全保障」と題する報告書を発表した*1 。「米国内における原油生産量の増大は、石油供給の途絶に対する家計やビジネスの脆弱性を著しく低下させるわけではない」とする結論に、国産石油の開発を支持してきた共和党関係者からは批判の声もあがっている*2 。もっとも、一見すると論争的な結論の他にも、今回の報告書には米国のエネルギー安全保障を考える上で有益な視点がある。そこで本稿では、3つのポイントから本報告書の内容を紹介する。


「エネルギー安全保障」とは何か

CBOの報告書の第一のポイントは、「エネルギー安全保障」の定義づけにある。CBOが指摘するように、「エネルギー安全保障」という言葉は、しばしば明確に定義されずに使われている。しかし、論者によって異なった定義が使われるようでは、議論の混乱を招く。鍵となる言葉の明確な定義づけは、きちんとした分析や議論を行うための大前提である。

CBOでは、エネルギー安全保障を「家計や企業がエネルギー市場の供給途絶に対処できる能力」と定義づけている。「特定のエネルギーの供給途絶(もしくはその恐れ)があっても、(家計や企業が)追加的に負担する費用が限定的であること」が、そのエネルギーに関する家計や企業の「エネルギー安全保障」というわけだ。

CBOでは、「エネルギー安全保障」が異なった意味合いで使われる場合があることを認めている。例えば、「(テロ国家など)特定の国からエネルギーを輸入しないと選択できる余地があること」である。こうした意味での「エネルギー安全保障」を目指す際には、国内でのエネルギー開発支援や輸入先の多様化といった方策が採られるという。

後者の「エネルギー安全保障」を目指す政策は、必ずしも前者の「エネルギー安全保障」に資するわけではない。石油のように国際市場で価格が決定されるエネルギーの場合には、たとえ米国の国内生産量が国内消費量を満たしたとしても(すなわち、後者の「エネルギー安全保障」を実現したとしても)、いぜんとして価格は国際市場の変動に左右される。このため、米国は他地域での「供給途絶」から無縁ではいられず、前者の「エネルギー安全保障」は実現できない。このような政策の効果の特色は、政策が目指すべき目標が明確に定義されなければ見えてこない。


エネルギーによる違い

報告書の第二のポイントは、「エネルギー安全保障」を論ずるにあたって、それぞれのエネルギーによる違いを整理している点である。価格変動に対する脆弱性は、他地域での価格変動が米国に波及する度合いや、家計や企業の対処能力などによって決まってくる。CBOの報告書では、個別のエネルギーごとにこれらの点に関する違いを整理している。こうした分析によって、米国の「エネルギー安全保障」における石油と運輸部門の重要性が浮き彫りにされている。

米国への価格変動の波及度合いについては、価格が国際市場で決定されているかどうかが重要になる。既に述べたように、石油は価格が国際市場で決定されるために、米国に国内消費を全て賄えるだけの生産力があっても、他地域での供給途絶による価格の上昇は避けられない。米国が価格上昇の影響を遮断するためには、海外への石油販売を禁ずる必要があるが、こうした戦略は国際的な通商ルールに違反する。また、たとえ石油の禁輸に踏み切ったとしても、相対的な原油価格の低さは多国籍企業による米国内での石油開発意欲を鈍らせかねず、結局のところ、米国の原油価格は国際水準に再び近づく可能性がある。

一方で、天然ガスのように、エネルギーを運搬するインフラやコストの関係などによって市場が地域的に分断されている場合には、米国の家計や企業は他地域の供給途絶の影響を受け難い。また天然ガスについては、市場規模対比での備蓄の水準が高い点も、価格変動を和らげられる要素として指摘されている*3

家計・企業の対処能力は、米国内におけるエネルギーの消費状況に応じて分析されている。米国のエネルギー消費では、発電部門(消費量の40%)と運輸部門(同28%)の存在感が大きい。また、それぞれの分野の使用エネルギーを比較すると、発電部門は石炭(消費量の48%)、原子力(同21%)、天然ガス(同19%)など、多様なエネルギーを使用しているのに対し、運輸部門は94%を石油に頼っている。

CBOによれば、エネルギー使用量がもっとも多い電力部門は、供給途絶の家計・企業への影響が相対的に小さい。まず、米国には余剰な発電能力があり、特定のエネルギーで価格が上昇した場合には、異なったエネルギーを利用する発電所に切り替える余地がある*4 。また、発電された電力を使用する家計や企業の視点でも、電力価格が認可制であるために、直ちにエネルギー価格の上昇が波及してくるわけではなく、節電などによる対応を進める時間的な余地があるという*5

対照的に脆弱性が高いのが、運輸部門である。そもそも米国の運輸部門は、他地域での価格変動に左右されやすい石油に頼っている。また、石油が精製プロセスを経なければならない点も、脆弱性が相対的に高い理由である*6 。さらに、家計や企業が石油以外のエネルギー源に切り替える選択肢も、少なくとも短期的には豊富ではないという*7


国産石油の開発よりも消費量の抑制

報告書の第三のポイントは、脆弱性の相対的に高い運輸部門について、政策的な対応策を掘り下げている点だ。CBOでは、「エネルギー安全保障」の観点では、「国内の石油生産力を強化するよりも、運輸部門における石油の消費量を減らす政策が効果的である」と結論づけている。

CBOによれば、国産石油の生産力を増すことの効果には限界がある。国産石油の生産力増加には、国際市場における石油の供給力を拡大させることによって、石油価格を低下させる効果が期待できる。ただし繰り返し述べているように、国際的な価格変動から米国内の石油価格を切り離すことは出来ない。このため、他の石油生産国が減産によって価格を維持しようとした場合には、米国内の石油価格が低下する度合いは小さくなる。また、仮に価格が低下した場合でも、代替エネルギーの開発努力が鈍るなど、かえって米国の家計や企業の石油依存度が高まる可能性があり、そうなれば、供給途絶に対する脆弱性は却って高まりかねない。

石油の消費量を減らす方策としては、まず、燃費基準の引上げとガソリン税の引上げが取り上げられている。とくにガソリン税については、「燃費基準の引上げよりも速やかな効果が期待できる」とされている。

また、家計や企業が石油以外のエネルギーを利用できるように、天然ガスなどの異なったエネルギーを消費する車両の開発も選択肢とされている。ただし、開発までの時間やコストの問題や、代替として使われるようになったエネルギーの需給関係が変わり、結果的にエネルギー価格が上昇する可能性が指摘されている。


国産天然ガスの生産拡大と「エネルギー安全保障」

近年話題になっている米国内での天然ガス生産の拡大は、「エネルギー安全保障」にどのような影響を与えるのだろうか。CBOでは、二つの視点を提供している。

第一に、天然ガス価格への影響である。CBOによれば、米国が国産天然ガスを液化して輸出する能力が高まれば、石油のように天然ガスの価格も国際市場の動きに左右されやすくなるという。一方で、液化や輸出に関する能力がそれほど大きくならない場合には、国内天然ガスの生産拡大分だけで輸出が賄われる展開も予想され、米国内の価格は相対的に低水準な状況が続く(国際価格と一体化しない)可能性があるという。

第二に、運輸部門の「エネルギー安全保障」への影響である。この点についてCBOは、運輸部門のエネルギー消費に占める天然ガスの比重の低さ(消費量の3%未満)を理由に、「近年の米国内での天然ガスの発見は…原油価格の上昇に対する脆弱性を軽減させない」と断じている*8


エネルギー政策は何を目指すのか

このように今回のCBOの報告書は、「エネルギー安全保障」という観点で、「国内での石油生産力を高めるよりも、消費量の抑制が効果的」とした点が特徴である。

もっともCBOの結論は、あくまでも「家計や企業がエネルギー市場の供給途絶に対処できる能力」という意味での「エネルギー安全保障」に対応している。米国のエネルギー政策が異なった目標を目指すのであれば、処方箋も自ずと変わってくる。

実際にCBOでは、国産石油の開発を擁護する理由も指摘している。例えば、開発に関わる税収の増加や、石油を生産する敵対的な国家の収入減、さらには、米国の輸出増や関連産業を中心とした生産・雇用の増加である。

米国のエネルギー政策は、政治的な党派対立が目立ちやすい政策分野である。何よりも今回のCBOの報告書の価値は、言葉の定義や政策の狙いを明確にした上で議論を進めることの重要性を浮き彫りにした点にあるといえよう。



*1:Congressional Budget Office, Energy Security in the United States, May 9, 2012.
*2:例えば、ENR GOP: Response to Flawed CBO Energy Security Analysis.
*3:備蓄量が価格に与える影響は、それぞれの市場の大きさに左右される。(市場が地域的に分断されている)天然ガスについては、米国には国内年間使用量の30%に相当する備蓄がある。(世界市場で取引される)石油に関する米国の備蓄は、全世界の年間使用量の4%に止まる。
*4:異なる発電所に切り替えなくても、同一の発電所で異なったエネルギーを利用できる場合もあるという。
*5:家計やビジネスの節電余地の大きさについては、日本の東日本大震災の経験が例示されている。
*6:米国には余剰精製能力があるものの、これらがメキシコ湾岸地域に集中しているために、ハリケーンなどによる供給途絶の危険性がある。
*7:車の速度を落としたり運転量を減らすなどの選択肢があるとはいえ、米国では価格変動がガソリン需要に与える影響は大きくない。
*8: この点には異論もある。例えば、天然ガスの生産増などによって「北米が新しい中東になる」と論じたCitigroupの報告書では、「(原油と天然ガスの大きな価格差が続くために)運輸部門による天然ガスの利用度合いが劇的に高まる」と予測している(Edward L. Morse, Eric G. Lee, Daniel P. Ahn, Aakash Doshi, Seth M. Kleinman and Anthony Yuen, Energy 2020, March 20, 2012)。


■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長