タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/7/2

アメリカNOW 第114号 「世界の警察官」後の米国の国防予算~「異例」とまでは言えない国防予算の縮小~(安井明彦)

  米国のオバマ政権が、対テロ戦争に関する2015年度の補正予算案を明らかにした。オバマ大統領が「世界の警察官ではない」と宣言した米国の国防予算は、実際にどのように変化しているのか。現時点での状況を整理したい。

「戦前」に戻る対テロ戦費

 2014年6月26日、米国のオバマ政権が、2015年度の対テロ戦争に関する総額658億ドルの補正予算案を発表した。このうち586億ドルが国防省の予算となり、残りは国務省などに配分される。2014年3月に発表された2015年度予算教書では、対テロ戦争に関する国防省予算は明らかにされておらず、オバマ政権は暫定的に794億ドルを計上していた。実際に申請された補正予算額は、この暫定額を約200億ドル下回った。

 対テロ戦争に関する米国の国防予算は、着実に減少している(図表1)。米国は2001~14年度までの間に、累計で約1.5兆ドルの国防予算を対テロ戦争に費やしている。その対テロ戦争費用も、2007年度の約1,900億ドルをピークに、2013年度以降は1,000億ドルを下回る水準にまで減少していた。


(図表1)対テロ戦争に関する国防予算


(注)国防省予算、裁量的経費、歳出権限
(資料)国防省資料により作成。

 
今回明らかにされた補正予算では、ついに対テロ戦費が「戦前」の水準に回帰している。2015年度の対テロ戦費に関する国防予算は、米軍がイラクに進攻する前の2002年度以来の低水準となった。一時は3割近くに達していた国防予算に占める対テロ戦費の割合も、1割程度にまで低下する計算である。オバマ政権下で進むイラク、アフガニスタンからの米軍撤退と歩調を合わせるように、財政面でも米国は対テロ戦争からの「出口」に向かっているかのようだ(図表2)。


(図表2)対テロ戦争に関する駐留米軍数


(資料)ブルッキングス研究所資料により作成。



「異例」とまでは言えない国防予算の縮小
 対テロ戦費が縮小する中で、米国の国防予算も縮小傾向にある。オバマ大統領による「米国は世界の警察官ではない」との発言を裏付けるかのような動きだが、実際の縮小の規模や速度は、過去の戦後と比較して「異例」というほどではない。

 米国の国防予算は、2010年度の約7,000億ドルをピークに減少傾向にある。2013年度からは国防予算も「強制歳出削減」の対象となっており、戦時から平時への移行を先取りするかのように、国防予算も財政再建の「聖域」ではなくなっている。

 もっとも、過去の「戦後」においても、米国の国防予算は大幅に縮小されてきた。インフレ率を考慮した実質値での変化を比較すると、「2016年度以降は対テロ戦費がゼロになる」との前提を置いたとしても、対テロ戦争後の国防予算の削減は、過去の戦後と比べて「異例」とまでは言えない(図表3)。強制歳出削減が予定通りに実施された場合でも、ピークからの削減規模は冷戦後と同程度である。また、年率で比較した削減の速度も、ベトナム戦争後と同程度に止まる見込みである。


(図表3)戦後における国防予算の削減


(注)国防省予算、歳出権限、2015年度価格。
2016年度以降は戦費ゼロを前提とした予測。
(資料)国防省資料により作成。


 そもそも対テロ戦争では、戦時の国防予算の増額が極めて大きかった。増加規模、速度(年率)のいずれにおいても、実質値ではベトナム戦争や冷戦を上回っている(図表4)。言い換えれば、それだけ予算縮小の余地が大きくても不思議ではない。これだけの規模の戦争であったことを考えても、やはり戦後の国防費縮小を「異例」と考えるのは無理があろう*1

(図表4)戦時における国防予算の増加


(注)国防省予算、歳出権限、2015年度価格。
(資料)国防省資料により作成。



米国は「出口」にたどり着けるのか
 以上のように、「世界の警察官ではない」と宣言した米国も、国防予算の推移から判断する限りでは、過去の「戦後」と変わらない縮小過程を辿っているように見える。中国の軍事費が増加しているとはいえ、世界の軍事費に占める割合でも、米国の存在感は相変わらず圧倒的である(図表5)。

(図表5)世界の軍事費に占める割合


(注)米ドル換算。
(資料)SIPRI資料により作成。

 イラク情勢の混乱などに示唆されるように、米国が対テロ戦争からの「出口」に順調にたどり着けるかどうかも不透明だ。この点についてオバマ政権は、関係国・同盟国の関与を高めることで、米国自身のリスクを低減させる方針を示してきた。今回の補正予算にも、テロ組織を抱える第三国政府によるテロ対応能力の強化を支援するための枠組み(CTPF:Counterterrorism Partnership Fund)が盛り込まれている。オバマ大統領が2014年5月28日の陸軍士官学校での演説で明らかにした構想の具体化である*2。総額50億ドルとなるCTPFの枠内には、シリアの反政府勢力への支援(5億ドル)が組み込まれた。また、イラク情勢に対応するための費用は明示的には申請されていないが、これもCTPF内に設けられた5億ドルの危機対応枠(Crisis Response)の説明として、「現下のイラク情勢」のような「予期せざる事態」に備える必要性が挙げられている。

 国防予算を巡る議論の舞台は議会に移る。対テロ戦費に関しては、既に下院が予算教書時点の暫定額を盛り込んだ国防歳出法案を可決済みだが、上院での審議が本格化するのはこれからである。審議の過程では、イラク情勢への対応についても、議論の俎上に上りそうな雲行きである。ようやく近づいたはずの対テロ戦争からの「出口」への道のりも、イラク情勢の進展次第では視界不良となる可能性が浮上しそうだ。

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*1: ただし、冷戦後の人件費の増加など、今次局面での国防予算の縮小には過去と異なる難しさがある点には注意が必要。安井明彦(2013)「歳出削減に追われる米国防予算」『みずほインサイト』みずほ総合研究所、8月28日。

*2: 演説に関しては、安井明彦(2014)「支持を得られないオバマ外交」『みずほインサイト』みずほ総合研究所、6月10日。


安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部欧米調査部長