タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/8/27

アメリカNOW第129号 「地上戦」軽視の「空中戦」先行か:トランプ現象 <現地報告>(渡辺将人)

共和党にとってのトランプ現象のリスク

  トランプ現象を懸念しているのは、票を奪われている共和党の「対抗候補」とその支持者だけでなく、共和党エスタブリッシュメント系も同じだ。親トランプ、反トランプの共和党支持者の発言がソーシャルメディアに渦巻いているが、ほとんどがトランプのメッセージそのものには同意している。支持者の立場違いが生まれる分水嶺は、ホワイトハウス奪還への本気度だ。本当に共和党がホワイトハウスを奪還するのであれば、トランプのような人物は実は共和党に有害だという見方があり、そうした冷静な考えの持ち主はトランプに懐疑的である。エスタブリッシュメント系の共和党幹部と話をすれば、トランプの話題にはため息しか出てこない。第三候補として共和党の票を分割して、民主党を利するのではないかという疑念が完全には払拭されていないからだ。
 
 そして、トランプ現象が「メディア現象」であることも、忘れてはならないだろう。元アイオワ大学教授で民主党活動家でもあるデイビッド・レドロスクは「トランプ現象を作り出してるのは、あの男がとてつもない金持ちで、どんな発言でもするという事実にメディアが取り憑かれていることと密接に関係している」と述べる。トランプ現象の創造にはかなりの程度、マスメディアが加担していることは否定できないだろう。トランプはテレビ番組のホストでもあり、長年のセレブレティ人生でマスメディアが何を求めているかを皮膚感覚で掴んでいる。その「サービス精神」は凄まじい。遊覧希望の子供たちを乗せた自社のヘリコプターでアイオワの「ステート・フェア」に颯爽と登場し、「俺はバットマンだ!」と子供に語る。トランプのヘリは、ヒラリーの上空で何度も旋回して見せる。着陸時間と場所を事前にプレスに伝え、降りてすぐに囲みのぶら下がりに応じる。正午過ぎだったが、CNNは1時間後にはその映像を使って中継を行った。メディアにとっては、確実にオンエアや紙面に貢献する「ネタ」や爆弾発言を提供してくれる有り難い人物なのだ。結果としてトランプはテレビ画面や紙面を独占している。ヒラリー以外にも、その日はサンダース、チェイフィー、サントラムが「フェア」を訪れていたのだが、テレビ報道を見る限りトランプ一色に見えるのだ。
 
 政党インサイダーは冷静である。共和党アイオワ州委員で党員集会のとりまとめ役でもある人物は「私の観察ではトランプのキャンペーンはすべてが空中戦で地上戦がない。現時点でトランプ陣営には一切のダイレクトメール作戦が見られないのも驚きだ。私の家には既にウォーカーが大量にダイレクトメールを送付してきていて、ジェブ、そしてジンダル陣営からも届いた。トランプは共和党活動家の政党忠誠心の高い層をインスパイアしていない。抗議票は移り気だ。しかも、ロン・ポールが成し遂げたような、州代議員集めのベースも築けていない」と述べ、「もしトランプが途中で投げ出してしまったら、トランプの不在を埋め合わせる次なるトランプ的な反乱候補はすぐには補填できない」としている。
 
 また、トランプが共和党側の「情熱」をかき立てて、エンスージアズム・ギャップを拡大しているものの、民主党側ではトランプ現象について高みの見物の姿勢もうかがえる。元オバマ陣営上級スタッフの民主党戦略家は「トランプは2016年版のミシェル・バックマンだ」と述べ、トランプは早晩、2012年のバックマンのように匙を投げて逃げ出す、あるいは崩壊すると楽観的に見ていた。他方、対抗候補票はトランプが掌握し、共和党の選挙戦が「エスタブリッシュメント候補」VS「トランプ」に収斂していくとの見方も民主党内にはある。ただ、アイオワ党員集会で鍵になるキリスト教保守票が、どこまで本気でトランプを支持するのかは未知数だ。FOX Newsの8月11-13日の調査では、福音派キリスト教徒の27%がトランプを支持しているという結果が出ているがこれについて、共和党のあるアイオワ州委員は「これは非常に興味深い情報だが、これが示唆していることは、有権者のなかには世論調査に対して嘘をつく人がいるということだな」とシニカルであった。
 
 もちろん、過去のトランプの気まぐれな出馬宣言に比べるとはるかに本格的なキャンペーンであることも事実だし、人々のトランプへの関心が(たとえ興味本位であっても)かなりの度合いであることは、筆者も現場で実感した。8月15日の「ステート・フェア」では、農業館の名物展示物「バター・カウ」(バターで作った牛の彫刻)をトランプが見に来るらしいという噂を聞きつけた人々が、筆者の大まかなカウントでは500人、600人はいただろうか、農業館の通路、階段、テラスとあらゆる場所で1時間以上も待ったのだ。パビリオンの中は暑く、扇風機の風が遠いため、他のパビリオンでもらったのであろう団扇でなんとかしのいでいた。疲れ果てて床に座り込んでしまうお年寄りもいれば、子供を抱きかかえる主婦はトイレに困っていた。待ちぼうけをくらった者同士での場所取りの小競り合いも発生していた。アスリートではない一般のアメリカ人が、こんなにも持久力のあるところを見たのは筆者の経験でも少ない。熱心に支持しているわけではなく、好奇心だけで並ぶにしては粘りのある待ち方だった。
 
 そして「気まぐれ」不動産王のトランプは、農業館には現れなかった。「いつになったら来るのか」「もう帰った?」「トランプはどこ!?」群衆の間に怒号が飛び交ったのは言うまでもない。「多分トランプは来ない」と勘で見切りをつけて農業館を出た筆者は、アイオワ豚のお店の裏で偶然、トランプ本人に遭遇した。ゴルフカートで会社の部下らしきスタッフと移動していたトランプは、ちょうどカートから降りて通行人と話し込んでいたのだ。ちなみにトランプは自分のウォッカのブランドを発売していながら、本人は酒もタバコもやらないという変わり者だが、潔癖性でも有名で、アメリカでは基本の社交ルールである握手の習慣を嫌っている。常に手を消毒してなるべく握手をしたがらないトランプが、アイオワでは気さくに握手に応じていた。テレビカメラが消えたあとに、すぐに消毒するのだろうが、「空中戦」中心のキャンペーンとはいえ、それだけでも大きな変化だと筆者は感じた。トランプは「バター・カウでみんなが俺のことを待っているから!」と叫んでカートに飛び乗って走り去ったが、農業館には結局訪れないまま、ヘリで飛び立った。農業館がどこにあるかも本気で確認していなかったのだろう。農業館に詰めかけた数百人は、その日2時間を無駄にした。トランプの著書とマジックを片手に待つファン、トランプをアイオワに歓迎しようと集まったティアラとドレス姿のアイオワのビューティー・コンテスト入賞の女性達、いずれも1時間以上「蒸し風呂」の中で立たされた。高熱で倒れる人も出そうな会場だったが、トランプ陣営が集めたわけではなく、勝手に集まった群衆である。病人やけが人が出ようと、トランプ陣営に責任はない。このトランプの気まぐれによる「ノーショー no-show」騒ぎは、現在のトランプ現象をあまりに象徴している出来事であった。相変わらず気まぐれな不動産王と、興味本位ながらもトランプの個性に強烈に引きつけられる有権者の群れがそこにはある。
 
 トランプは、「セレブレティ候補」である。大統領交代から1年半も前だからこそ、アメリカの有権者にも実際に国を任せる人物を選んでいる感覚はまだ薄い。世論調査に対して、好奇心から面白い人物を回答する現象はこの時期ならあり得るのである。トランプが勝利することは限りなく現実的ではなく、トランプに大統領が務まるとは誰も思っていないものの、トランプ人気の動向は、「共和党の勝者」、「民主党候補の戦い方」に影響を与えるだろう。「トランプ現象」は、2016年の大統領選の背後にある特徴を浮き彫りにしていることはたしかだ。

渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授


本論考の前編となる論考はこちら:
「ブローハード・イン・チーフ?」:トランプ現象 <現地報告>(渡辺将人)

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