タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/9/23

アメリカ大統領権限分析プロジェクト:アメリカ大統領研究の現状と課題(2)

 梅川 健(首都大学東京都市教養学部法学系 准教授)

 

 

 2014年11月21日、オバマ大統領は「21世紀に向けた移民査証制度の近代化と合理化」と題した大統領覚書(presidential memorandum)を発表した[1]。これは、「米国市民と永住者の親向け強制送還延期プログラム(Deferred Action for Parents of Americans and Lawful Permanent Residents)」として知られるオバマ政権肝いりの不法移民政策を執行するために出された文書である。

   このプログラムは、2012年に始められた「若年層向け強制送還延期プログラム(Deferred Action for Childhood Arrivals)」からさらに踏み込み、約500万人の不法移民に合法的な滞在の権利と就労の権利を認めるというものであった[2]。オバマ大統領は長らく議会に同様の内容の立法を求めてきたが、民主党と共和党との間で激しく対立する議会はそれに応えることはなかった。

   そこでオバマ大統領は、大統領覚書(presidential memorandum)という耳慣れない方法によって政策の変更に乗り出したのである。オバマの不法移民政策そのものについて詳しくは別の論考に譲るとして、ここでは大統領覚書とは何かについて、先行研究を紐解きながら見ていくことにしたい。

 

    大統領覚書とは、大統領が行政組織に対して具体的な法執行の方法を命令するための文書であり、行政組織に対する法的拘束力という面で、行政命令(executive order)と違いがないとされる。では何が異なるかと言えば、その全てが連邦官報に記載され、根拠法が明示される行政命令に対して、大統領覚書は大統領が望んだ場合にだけ連邦官報に記載され、根拠法が曖昧でも許されているという点である。さらに、行政命令がワシントンの政治家や新聞に常に注目されているのに対して、大統領覚書は認知度の低い道具であることも大きな違いである[3]

   このような大統領覚書がどのような条件において用いられるのかを明らかにしたのが、ケネス・ロワンデの研究である[4]。彼の研究の評価されるべき点は、大統領覚書についてのデータセットを作成し、その上で統計分析によって、従来の大統領の単独行動についての理論を検証したところにある。以下、順を追って説明したい。

   大統領覚書のような、政治家にも政治学者にも知られていないような対象を研究する際の最初の困難は、その意義を明らかにすることだが、彼はいくつかの興味深い事例の存在を示し、それを乗り越えようとしている。上に挙げた不法移民政策の事例は、彼のための援護射撃になるだろう。

   ロワンデが次に取り組んだのは、これまでに大統領覚書がどれほど使われてきたのかを明らかにすることであった。大統領研究者は誰も、大統領覚書についてのデータを持っておらず、彼は連邦規則集と連邦官報を頼りに、1960年から2013年にかけてのデータセットを作り上げた。その努力の結晶が下の図である。

                                図 行政命令と大統領覚書(1960-2013)

出典:Kenneth S. Lowande, “After the Orders: Presidential Memoranda and Unilateral Action,” Presidential Studies Quarterly, Vol.44, 2014, p730.

 

   この図からは、1960年から今日にかけて、行政命令の数が減少傾向にある一方で、大統領覚書の数は増加傾向にあることがわかる。ここからロワンデは、大統領覚書が行政命令を代替するようになったのではないかと考える。

   行政命令の数の増減については大統領研究に蓄積があり、「単独行動理論(unilateral theory)」という形でまとめられている。この理論は大統領がどのような場合に単独での政策形成に乗り出すのかを論じるもので、分割政府状況において行政命令の数が減るという反直感的な知見が提示されている[5]

   そこでロワンデは、行政命令が増加する理由と、大統領覚書が増加する理由が同じであるかどうかを、統計分析によって明らかにしようとする。毎年の大統領覚書の数を従属変数とし、分割政府か否かを独立変数とする。興味深いのは、行政命令の数も独立変数の一つとしている点だろう。仮に、行政命令と大統領覚書が同じ理由によって増加するならば、行政命令の数が増えれば、大統領覚書の数も増えるはずだという考えである。ただ注意しなければいけないのは、先の図で示したように行政命令と大統領覚書の間には強い相関があるという点であり、そのためロワンデは時系列データに調整を加えている。

   ロワンデは重回帰分析を用いることで、次の二つのことを明らかにした。まず、分割政府状況において大統領覚書の数が減る傾向にあること。そして、行政命令の数が増える条件下にある場合には同様に大統領覚書の数も増える傾向にあることである。これらの結果から、ロワンデは大統領覚書が行政命令と同様の理由で用いられているのだと結論する[6]

   ロワンデの分析は、大統領覚書が行政命令と同じような要因で用いられていることを明らかにした点で大きな意味がある。しかしながら、この研究によって大統領覚書についての全てが明らかになったわけではなく、いくつもの問いが残されている。そもそも、なぜ大統領は大統領覚書によって行政命令を代替するようになったのだろうか。なぜ大統領覚書は行政命令と比べ曖昧にしか根拠法を提示しないにもかかわらず、同様の法的効果を持ちうるのだろうか。そして何よりも、議会や裁判所はこのような大統領の行動にどのように対応してきたのだろうか。これらの問いについては、今後の研究の課題となるだろう。

 

梅川健  首都大学東京都市教養学部法学系・准教授

 

[1] https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2014/11/21/presidential-memorandum-modernizing-and-streamlining-us-immigrant-visa-s. 2016/09/13アクセス。

[2] 「米国市民と永住者の親向け強制送還延期プログラム」に対して、テキサス州を始めとする26州の州知事がアメリカ連邦政府を相手に訴訟を起こした。いずれの州も、州知事は共和党員。これらの州は、同プログラムが行政手続法上の規定を満たしていないことを理由に差し止めを要求した。連邦地方裁判所と第5区連邦控訴裁判所はこの差し止めを認めた。2016年6月23日、連邦最高裁判所は4対4のデッドロックに陥り、控訴審判決が維持された。ただし、これは先例としての意味は持たない。

[3] アメリカのメディアは行政命令と大統領覚書をしばしば混同し、時にはホワイトハウスの報道官でさえ両者を取り違えることがある。梅川健「大統領制:議会との協調から単独での政策形成へ」山岸敬和・西川賢編『ポスト・オバマのアメリカ』(大学教育出版、2016年)、32頁。

[4] Kenneth S. Lowande, “After the Orders: Presidential Memoranda and Unilateral Action,” Presidential Studies Quarterly, Vol.44 (4), 2014.

[5] William Howell, Power without Persuasion: The Politics of Direct Presidential Action, Princeton University Press, 2003.

[6] ロワンデの発見は重要なものだと言えるが、分析方法の改善が望まれる点もある。ロワンデは、なぜ分割政府状況において行政命令が減るのかという理由として、「単独行動理論」の先行者であるウィリアム・ハウエルの議論を借りている。ハウエルによれば、大統領は分割政府状況において、より単独での政策形成を実現したいと考えるものの、議会からの授権が失われることを恐れて、かえって行政命令の数を減らすのだという。ただし、ジェフリー・ファインとアダム・ワーバーの近年の研究によれば行政命令を内容で分類した場合、重要な政策に関する行政命令は分割政府において増大するという。この研究を踏まえるのであれば、大統領覚書の統計分析は今後、大統領覚書を分類し、その上でやはり行政命令と同じ傾向を示すのかを明らかにする必要があるだろう。Howell, Power without Persuasion; Jeffrey A. Fine and Adam L.Warber, “Circumventing Adversity: Executive Orders and Divided Government,” Presidential Studies Quarterly 42 (2), 2012.