タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/6/6

アメリカ大統領権限分析プロジェクト:なぜ今、アメリカ大統領の権限についての調査・研究が必要か?

 東京財団では、この4月から新しく、アメリカ大統領権限を分析するためのプロジェクトを立ち上げる。ここでは、本プロジェクトが持つ意義を簡単にご紹介したい。

 

 4年ごとのアメリカ大統領選挙には世界中の目が向けられる。次のアメリカの指導者がどのような人物であり、どのような政策ヴィジョンを持っているのかを知ることは、アメリカについて理解を深める上で必須である[i]

 

 他方で、アメリカ大統領には何ができるのかという基本的な部分についての知識もやはり、アメリカを理解する上で不可欠だろう。アメリカ大統領は世界中の耳目を集める政治指導者であるがゆえに、その権限は何かという基本的な部分については当然明らかであると、一般には思われているかもしれない。アメリカが最古の成文憲法を持つ国家であることはよく知られており、大統領の権限を定める第二条の骨子が今日まで修正されていないということも、そのような考えの補強に一役買ってきたかもしれない。

 

 たしかに、合衆国憲法の定める大統領の地位と権限はリストアップすることが可能である。合衆国憲法には、大統領と議会、大統領と裁判所との関係が定められるとともに、連邦政府と州政府の関係が定められている。ところが、今日のアメリカ政治は、必ずしも合衆国憲法が規定する枠組みの中で駆動しているわけではない。大統領は合衆国憲法に定められている地位や権限を根拠として、具体的にどのような行動が可能かという点をめぐって争いを起こしているのである。

 

 三権分立制の一翼を担う大統領の権限とは何かをめぐり対立が生じ、権力の抑制と均衡の形が変容しつつあるのである。これは、三権分立制を、憲法の定める既定の枠組みの中で政治が行われている状態として理解した場合にはその崩壊であるが、三権分立制を各アクターが不断に勢力拡大を狙う結果として生じる均衡状態であるとすれば、その更新ということになる。このような考え方がアメリカを理解する上で必要だとすれば、アメリカにおける立憲主義とは静的なものではなく動的なものということになるかもしれない。本プロジェクトが取り組む大統領権限というテーマの背後には、このような大きな問題が横たわっている。

 

 それでは具体的にどのような現象が生じているのだろうか。真っ先に思い浮かぶのは、2016年1月にオバマ大統領が打ち出した銃規制の強化である。オバマ大統領は、長年にわたり銃規制について立法するよう議会に求めていたが、行動しない議会にしびれを切らし、ついに大統領自らが規制に乗り出したのである。銃規制という政策そのものについてアメリカでは賛否が分かれていることは言うまでもないが、ここでは政策の中身ではなくその「決め方」に注目したい。

 

 行政長官たる大統領が新たな規制政策を打ち出したわけだが、このことについて、なんら新しさはないと思われるかもしれない。オバマが日本の首相と同様の存在であればそうなのかもしれない。しかしながら、アメリカでは議会が立法権を独占し、大統領には法案提出権も認められない。大統領は議会が制定した法律の執行者に過ぎず、法律が認める裁量内においてのみ、執行方法についての決定権を持つ。すなわち、法案を提出することさえ認められていない大統領が議会を迂回し、銃規制という新たな政策を「大統領の権限」によって実現しようとするのは、従来までの大統領のあり方からは一歩を踏み出していると言わざるをえない。この争点については今後、オバマ大統領は「自らの権限」の一環としてどのように政策を打ち出したのかという視点からの調査・分析が必要となろう。

 

 他も目を配るべき事例としては、不法移民政策を挙げることができる。アメリカでは長らく、不法移民の処遇が議論の対象となってきた。既にアメリカで暮らしている不法移民の法的地位を安定させるとともに、国境管理を厳格にするという法案が、これまで何度も議会で審議されたものの法律として成立することはなかった。そこでオバマ大統領は2015年に、上述の法案の内容をやはり「大統領の権限」によって実現しようとしたのである。この事例も銃規制と同様に、大統領がどのように議会による立法なしに政策変更を試みたのかが、調査される必要がある。

 

 オバマ大統領が、自らの権限によって政策を変更したのは国内政策に限定されない。2015年にはキューバとの国交回復や、イラン核合意の締結という大きな出来事があったが、どちらも大統領の権限によるものであった。外交については大統領が全て決定できるかといえば、そうとも限らない。アメリカでは通商に関わる決定権は議会にあるために、大統領は単独で通商政策を変更できない。議会は、キューバとイランのどちらに対しても経済制裁を定める法律を通しており、これらの法律は今日でも効力を持っている。それでは、オバマ大統領はどのように経済制裁を緩め、キューバとの関係を改善し、イラン核合意にこぎ着けたのだろうか。実はこれらの法律には、大統領が特別に認める場合には、経済制裁を免除できるという規定が盛り込まれており、オバマはそれを活用しているのだが、議会が制裁解除に反対する中でもそのような規定は使用可能なのだろうか。これらの点についても今後の研究が必要であろう。

 

 ここまでいくつかの政策争点に焦点を当ててきたが、オバマ政権において注目すべき現象を他にも指摘しておきたい。大統領には連邦政府職員の人事権が認められているが、その中でも高官人事については大統領の指名に議会の承認が必要とされる。ただしいつも議会が開かれているとは限らないので、休会時には承認を待たずに大統領は人事が行えるとされる。これを休会人事(recess appointment)と呼ぶが、オバマ政権ではこの休会人事の件数が際だって多い。

 

 あるいは、オバマ大統領は法案に署名する際に、署名時声明(signing statement)と呼ばれる文書を付与することがある。大統領は法案に署名することで法律としての効力を持たせるわけだが、同時に、特定の条文については違憲であるとの理由を付けて、執行を留保するというのである。署名時声明は、大統領が通常理解されているアメリカの三権分立制のあり方から逸脱していることを示している[ii]

 

 以上、具体的な政策争点と、大統領の用いる手法という二つの視点から、新しい現象が生じていることを指摘できたと思う。ただし、上述の事例と手法はおそらく氷山の一角に過ぎず、これからの調査が必要だろう。今後は、大統領がどのように「自らの権限」を主張し、政策実現を試みているかを明らかにするとともに、そのような新しい行動に対して、議会や裁判所がどう対抗しているかについても目を配る必要がある。先に述べたように、アメリカにおける三権分立制が、既定の枠組みの中における政治ではなく、各政治アクターによる不断の対立の結果としての均衡であるとするならば、大統領が起こした行動への対抗まで分析の視野に入れる必要があるためである。

 

 現在のオバマ政権では、上述の様々な新しい現象が生じているが、それらはオバマ大統領の後任にとっては先例となる。つまり、現在生じている大統領権限の拡大は後の大統領によって継承される可能性が高い。オバマ大統領は健康保険改革などの政策革新を成し遂げたが、同時に、大統領権限の拡大という点でも政治的遺産を残すことになるだろう。

 

 現在、共和党と民主党のどちらも予備選挙で熱戦を繰り広げており、ワシントン政治のアウトサイダーが台風の目となっている。そのような候補者が大統領となった場合、大統領権限をより積極的に用いるかもしれない。東京財団アメリカ大統領権限研究チームでは、大統領権限を分析するプロジェクトがアメリカ政治理解を深める上で極めて重要な意味を持つものと考え、これからの調査・分析にあたりたいと考えている。

 

 梅川健 首都大学東京都市教養学部法学系 准教授

 

 

 

[i]大統領の個性や政策ヴィジョンは、選挙中に限らず分析の対象とされ、任期中の大統領の指導力を左右するとも考えられている。そのように大統領の個性に着目する大統領研究としては例えばジョセフ・ナイ『アメリカ大統領のリーダーシップ』(東洋経済新報社、2014年)がある。

[ii]署名時声明の歴史的展開については、梅川健『大統領が変えるアメリカの三権分立制:署名時声明をめぐる議会との攻防』(東京大学出版会、2015年)を参照。