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日付
2016/7/28

現地報告 共和党全国大会(上)――ハイライト、トランプの指名受諾演説

上席研究員、現代アメリカプロジェクトリーダー、東京大学教授

久保文明

「決定の場」か「宣伝する場」か――全国党大会

 1968年まで、アメリカ二大政党の全国党大会の使命は、何より公認大統領候補者を指名することであった。誰が指名されるかについてぶっつけ本番の要素が残り、それだけ注目度も高かった。しかし、1972年に予備選挙制度が本格的に導入されると、大会に各州組織から派遣される代議員がどの候補を支持しているかが、予備選挙ないし党員集会の過程でほぼ明確となった。その結果、決定の場としての全国党大会の意義は劇的に縮小し、むしろすでに実質的に確定した候補者を国民に向けて宣伝する場となった。

 しかし、本年の共和党大会は、久しぶりに決定の場となる可能性が囁かれた。本年3月から4月にかけて、代議員獲得数で首位を走ったドナルド・トランプが過半数を獲得できない可能性が指摘され、過半数を獲得した後でも大会規則を変更して、トランプ以外の人物が指名される可能性を模索する動きが続いた。

 7月18日から21日までクリーブランドで開催された共和党全国党大会は、数か月前のこのような予想と比較すると、かなりの程度順調に進行したといえよう。

「混乱」「スキャンダル」をこえて

 大会初日に大会規則が討論され、各州の予備選挙・党員集会の結果を反映するように投票するように要請した代議員に対する拘束をはずす事案も審議された。その過程で反トランプ感情が代議員の中に存在していることが顕在化したが、それほど大きな騒ぎにならずに可決された。

 また、トランプ夫人、メラニア・トランプの演説の一部が2008年民主党全国党大会でのミシェル・オバマの演説に似ていることが発覚した。

 前者の党内の分裂にせよ、後者の「剽窃」にせよ、このような「混乱」「スキャンダル」が発生すると、トランプ陣営としてはメディアを通じて発信したかった党の統一、あるいはメラニア夫人の魅力でなく、「対立」「盗作」の方ばかり報道されてしまい、トランプ候補を国民に売り出す絶好の機会を逸することになる。メディアも、このような混乱ないしスキャンダルを喜んで報道する傾向がある。そのような意味で、トランプ陣営にとって、この2つの事件は痛い出来事であった。

 これらと並んで、地元州知事のジョン・ケーシック、有力上院議員のジョン・マケイン、ミット・ロムニー前共和党大統領候補、ジョージ・W・ブッシュ元大統領ら、共和党有力者が軒並み大会を欠席したことも、頻繁に報道された。また、トランプと指名を最後まで争ったテッド・クルーズ上院議員が登壇しながら、明確にトランプ支持を明言しなかったこともアメリカ・メディアの注目を集めた。今回の共和党大会が、このようなさまざまな問題を表面化させたことは事実である。

 しかし、前向きのことが起きなかったわけではない。トランプの4人の子供が好感度の高い演説をして、有能で立派な子供を育ててきたことをアピールした(ただし、もう少しトランプの父親としてのエピソードを多数盛り込み、人間的な側面を強調した方がよかったのではないかとも思われた)。

 また、ペイパル共同創業者でフェイスブック役員のピーター・ティールが、同性愛者が男女どちらのトイレを使用するかをめぐる論争を、些末なこと、本筋から議論そらすものと決めつけ、自分が同性愛者であり、なおかつトランプを支持することを宣言したのは、これまでの共和党との違いを感じさせた(本件については以下にも異なった角度から報道がある。http://digital.asahi.com/articles/ASJ7T45HGJ7TUHBI00P.html)。

この日、新しいトランプを見た

 しかし、何と言っても、大会のハイライトはトランプの指名受諾演説であった。

 76分に及ぶ異例に長い演説であったが、まず手法において注目すべき点がいくつかあった。注目点の第一は、トランプがプロンプターを使用するかどうか、また使用した場合、どのような演説になるかであった。重要な場であるのでプロンプターの使用は予想されており、事実トランプはそれを使って演説を行った。その場合に、どのようなスタイルになるかは未知であった。トランプがプロンプターを使用した前例はいくつか存在したが、それらは皆生気に欠けるものであった。

 この日、トランプの演説はややゆっくり目に話されたが、メリハリがあり、また力強さを感じさせた。内容についての好き嫌いは別にして、それなりに聞かせる演説であったといってよかろう。

 また、この日は口癖の"crooked Hillary"などの言葉を使うことなく、過度に下品に走らず演説を終えた。政策として問題があるものは存在したし、不法移民などに厳しい言葉が散りばめられており、憎悪、排除、排斥の論理に依拠しているとの批判は絶えない。ただし、演説においては、著しい脱線とそれによる失言・暴言は基本的に避けることができた。

 多くのアメリカ国民は、この日新しいトランプを見た。しばしば、トランプの選挙演説は小話の繰り返しであった。事実誤認や聞くに堪えない発言も少なくない。しかし、彼は自己規律を保ち、脱線せずにシリアスな演説ができることを証明した(ただし、数日後には再び脱線の多い「普通の」演説も行った)。

アメリカ衰退論で戦えるか

 演説の内容としては、第一に、現在のアメリカを衰退と混乱のさなかにあると決めつける論法が顕著であった。警察官の襲撃と都市で頻発するテロ、上位50の大都市における犯罪の増加、家計所得の低下、貿易赤字、財政赤字、崩壊しつつある国内インフラ、アメリカが経験している国際的屈辱。要約すると、国内での貧困と暴力、海外での戦争と破壊ということになろうか。さらに無防備の国境、不法移民による犯罪なども強調された。いうまでもなく、「アメリカを再び偉大に」(Make America Great Again)という選挙戦全体のスローガンは、現在アメリカは衰退しているという認識を前提としている。

 その規定の仕方は、いささか極端ともいえる。民主党側からだけでなく、アメリカのメディアからも、度を越したアメリカ否定論、あるいはあまりに暗すぎる論法といったコメントが出されている。

 しかし、野党候補として、アメリカの現状を否定的ないし批判的に描くのは正攻法でもあろう。そして、与党が約7年半におよぶ政権の成果を強調し、現状を肯定的に捉えようとするのも当然のことである。

 それでは、この論争はどちらに分があるであろうか。

 オバマ政権発足後、一時は10%を越えた失業率はここ数か月5%を切るまでに下がっており、これはアメリカではほぼ完全雇用状態といわれている。経済紙では、アメリカ経済が世界経済の牽引役を担っているとしばしば論評される。ところが、与党候補クリントンにとっての危険は、このような現状を肯定的に捉えていない国民感情の存在であり、世論である。たとえば7月前半に行われたABCニュース=ワシントンポスト紙による世論調査では、調査対象者の71%が、アメリカが間違った方向に進んでいると回答している。このような状況で、現状を過度に楽観的に描くのは、庶民感情から遊離し、庶民の生活の苦境を理解しない政治家との印象を与える可能性がある。

 今回の選挙戦の特徴の一つは、トランプがアメリカの現状を衰退論的な立場から極端に悲観的に描こうとするのに対し、クリントンがそれに反論する形で進行することである。トランプの議論にはやや極論のきらいがあるものの、底流には現状に対する国民の強い不満が存在しており、クリントンもきわどい舵取りを余儀なくされている(ただし、トランプも民主党側から「アメリカ否定論者(America hater)」と規定される可能性がある)。

「法と秩序」と「忘れられた人々」

 トランプの演説は政策的には、共和党主流派のそれに同調している部分と、大きく異なる部分が存在する。

 犯罪やテロに厳しいところは共和党の主流と重なるが、「犯罪歴があり強制退去を命じられた18万人の不法移民が跋扈している」などと述べて、不法移民問題絡めて、さらに強硬なレトリックを使っている。そして、自分は「法と秩序の候補」になると宣言した。これはニクソンがかつて使用したスローガンであり、1960年代に反戦運動が燃え盛る中、沈黙を守る多数派にアピールしようとしたものであった。ニクソンは結果的にかなりの程度白人ブルーカラー層に食い込むことに成功した。

 最高裁判所に保守系判事を任命することや大減税と規制緩和推進などについては、共和党主流の政策をそのまま支持している。

 宗教保守勢力との関係は微妙である。同性結婚反対や人工妊娠中絶禁止の言及はない(ただし、中絶問題では医者でなく中絶手術を女性の方に罰則を科すと語ったこともある)。最近の共和党候補による指名受諾演説との違いは明らかである。トランプは、「LGBTQ(レズビアン、ゲイなどの性的マイナリティーの総称)市民を外国の憎悪に満ちたイデオロギーの暴力と抑圧から守る」と述べて、一部ブーイングもあったが、拍手を浴びた。それについて、共和党大会で皆さんが拍手をしてくれて感謝しているとも、トランプはその場で語った。他方で、教会の政治活動が拡大できるように税制を改革する方針を示して、宗教保守勢力の支持を獲得しようとする意欲も示した。

 外交でもテロ対策などでは強硬なレトリックを使っている。ただし、同時にNATOに批判的な姿勢も示しており、原則がどこにあるのかわかりづらい。しかし、これまでの他の発言と総合すると、かなり孤立主義的傾向が強く、外交政策は全体として、孤立主義的であると判断できる。

それに対して、従来の共和党の政策との重要な違いも散見される。

 その第一は保護貿易主義であろう。トランプは、新しい公平な貿易政策によって雇用を守ると約束した。グローバリズムでなく、まさにアメリカ第一主義である。

 トランプはさらに、自分は解雇された人々、不公正貿易によって押しつぶされたコミュニティを訪れてきた。自分こそが無視され、顧みられず、打ち捨てられた人々の見方」であると主張した。トランプによれば、彼らは「我が国の忘れられた人々」であり、「自分があなた方の声となる」と宣言した。「忘れられた人々」は、1932年にフランクリン・D・ローズヴェルトが使用した言葉であり、ニューディール政策の支持基盤となった人々である。

 さらに注目に値するのは、少数派に対してかなり頻繁に言及がなされていることである。アフリカ系アメリカ人、ラテン系アメリカ人の貧困が指摘され、またオバマ政権は「アメリカのinner city対策で失敗してきた」と述べ、黒人居住地域の荒廃を示唆した。さらに、「自分は、ボルティモア、シカゴ、デトロイト、ファーガソンなどの若者のための措置を講ずる」と語ったが、これらは皆黒人が生活苦にあえいでいる都市である。記録的数の移民はとくにアフリカ系アメリカ人、ラテン系アメリカ人の失業を生み出してきた、とも述べた。率直に見て、このようなレトリックが少数派の支持獲得につながる可能性は小さいが、トランプが支持を広げようとする方向が、かなりの程度所得の低い人々に向けられていることは確かである。

 以上に加えて、移民問題では、これまでの共和党以上に強硬である。メキシコ国境との壁の建築がその象徴例であるが、テロのある国からの移民を一時停止することもトランプは訴えた。

 全体として、「法と秩序」「忘れられた人々」「アメリカ第一主義」「アメリカニズム」「壁」といった言葉に集約されるように、現状に強い不満を持ち、排他的な感情をもつ中低所得層へのアピールが強く意識されている。フランクリン・ローズヴェルトとニクソンがともに白人労働者層から強い支持を得ていたことは偶然ではない。

 

「現地報告  2016年共和党全国大会(下)――トランプ支持率が6%上昇」を読む