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アメリカ大統領選挙UPDATE 5:クリントンの環境・エネルギー政策:目立つトランプとの差

October 11, 2016

前嶋 和弘 上智大学総合グローバル学部教授

議論が多岐にわたった第1回大統領候補テレビ討論会(米国時間9月26日)で、2人の候補の立ち位置が大きく分かれたのが、環境・エネルギー政策だった。クリントンが経済活性化と雇用創出のためにクリーンな再生可能エネルギーへの転換を図り、アメリカを「21世紀のクリーンエネルギーの超大国にする」と主張するのに対して、トランプはオバマ政権初期の太陽光発電技術促進重点政策が「大失敗」と非難し、多くの人を失業させており、「あらゆるエネルギー(の可能性)を大いに信じている」と化石燃料産業に配慮した発言を繰り返した。

さらに、「気候変動は中国が広めたデマだとドナルドは考えている」とするクリントンの発言に対して、「そんなことは言っていない」とトランプは否定した。しかし、これまでトランプは「気候変動は中国が広めたデマ」とツイッターなどで何度もつぶやいてきた。さらに、「温かいテキサス州やテネシー州でも大雪となっている。温暖化の議論そのものは眉唾だ」「温暖化はそもそも科学的ではない」といったたぐいの発言をトランプは繰り返してきた。

今年の選挙に限らず、温暖化懐疑論そのものは共和党支持者、特にリバタリアン的な傾向を持つ支持者の中では過去20年近く、熱心に主張されてきた。そのため、共和党内の予備選の討論会などでは、支持者獲得を狙って懐疑論を展開する立候補者も少なくなかった。しかし、本選挙から1カ月ほど前の両党指名候補が対峙するテレビ討論会の焦点に懐疑論そのものがあがることはこれまでほとんどなかった。

あえていえば、2000年のゴアとブッシュの討論会で、温暖化問題は京都議定書の是非についても言及が及んだが、それでも温暖化に対する政策アプローチの違いといったレベルであった。アラスカ自然保護地域(ANWR)の開発問題やキーストーン・パイプラインの建設是非(2012年)のように、この時期の討論会の環境・エネルギー政策ではより具体的な政策の中身の違いがポイントとなるが、今回は入り口論ともいえる、温暖化懐疑論そのものが争点になっている。異例づくしの今回の選挙を象徴しているかのようだ。

(1)大きな両候補の差

討論会での議論以外でも、実際に両候補の環境・エネルギー政策の差は大きい。クリントンは常に「気候変動は今そこにある危機」と述べてきた。そして、かつて「グリーン・ニューディール [1] 」という言葉で日本では紹介されたような次世代型のクリーンエネルギー産業を重点的に発展させることで、雇用を生み出し、経済対策にすることを強調してきた。

クリントンの選挙公式ウェブページでは、公約として代替エネルギーの重点化を力強くうたっている。例えば、「政権1期目の終わりまでに総計5億枚のソーラーパネルを各家庭に装備させ、再生エネルギーに移行する」「家庭や学校、病院、事務所などでのエネルギーのロスを3分の1減らし、製造業のエネルギー効率も世界一にさせる」「自動車や船、トラックなどのエネルギー効率を改善し、アメリカの石油消費量を3分の1にする」などの数値目標を掲げている。さらに、「2005年基準で、2025年までに温室効果ガスを3割、2050年までに8割削減」「温暖化懐疑派がいる議会で新しい規制法を作らなくても、パリ協定は順守できる」と非常に勇ましい。

トランプの場合、公式ウェブページには「きれいな大気や水を守る」と前書きはあるものの、「経済・外交政策の戦略上、エネルギーでの優位性を保つ」「アメリカ国内のシェールガス、石油、天然ガス、石炭などのまだ未開発の層の開発を進める」「中東や敵対国にエネルギー上の依存を完全にやめる」「オバマ政権が大統領令で進めた代替エネルギー政策は中止する」といった化石燃料資源開発に力を入れるのが基本姿勢である。

(2)共和党支持者の中で増える温暖化懐疑派と環境規制当局人事

この両候補の差はそれぞれを支持する世論にもうかがわれる。ミシガン大学らが毎年春と秋に行っている気候変動に対する世論調査では、今年春の調査(2016年8月発表)で「温暖化がはっきりと起こっている」とするのが全体では66%、「よくわからない」が19%、「温暖化が起こっている証拠はない」と考えているのは15%となっている。このうち、最後の「はっきりとした証拠はない」という温暖化懐疑派についてはわずかの差だが、調査を始めた2008年以来最低となっている。

しかし、共和党支持者だけに限れば、「温暖化がはっきりと起こっている」とするのが39%、「よくわからない」とするのが26%、「はっきりとした証拠はない」というのが34%とかなりの差がある。最後の温暖化懐疑派については、前回の2015年調査秋調査よりも12ポイントも増加している [2] 。この結果について、民主党支持者たちは「残念なトランプ効果に他ならない」と揶揄している。この調査を行った担当者はトランプと名指ししてはいないものの、リベラル派のブログ Think Progress のインタビューに対し「共和党支持者はリーダーに従ったのではないか」とコメントしている [3]

さらに、トランプ政権が誕生した際には温暖化懐疑派が環境規制当局の高官に任命される可能性を報じるメディアも目立っている。トランプ政権が誕生した際、環境保護庁(EPA)長官となるという声が多いのが、リバタリアン系のシンクタンクであるCompetitive Enterprise Institute(CEI)のマイロン・エーベル(Myron Ebell)であり、トランプの討論会での発言と同じように「温暖化は大したことはなく、気候変動対策の予算は無駄」「温暖化は科学的な分析に基づいていない」「オバマ政権のクリーンエネルギー政策は大失敗」といった趣旨の意見を述べてきた。CEIは保守系の大口献金者として有名なコーク兄弟系の団体や石油など化石エネルギー業界から多額の寄付を受けている。ワシントンポストによると、エーベルのほか、化石エネルギー業界のロビイストたちがEPAやエネルギー省、内務省など環境規制を扱う省庁の高官に任命される可能性が高いといわれている。

(3)“最後の一押し”

民主党大会後、大きく劣勢となったトランプがレーバーデー(今年は9月5日)前後から、予想以上の支持率回復をみせている。トランプしか選択肢がないなか、それまでは態度を決めかねていた共和党支持者がレーバーデー前後に腹を決めたことが大きいだろう。一般投票まで1カ月、すでに期日前投票も始まっている。共和党支持者内のトランプへのモメンタムは目立っているが、選挙戦の最後は10程度の激戦州での「迷っている」層をどう投票ブースにつれていくかの「GOTV(投票促進運動)がポイントとなる。組織力や資金力を使い、ビックデータ分析をし、的確に戸別訪問を行い、潜在的な支持者を説得する“どぶ板選挙”が鍵となる。

クリントン陣営にとっては、その説得の材料の一つが、トランプとは大きく異なる環境・エネルギー政策である。「環境破壊の人物を任命する」という殺し文句は、迷っている民主党の潜在的な支持者には有効であろう。実際に過去の共和党政権ではEPAやエネルギー省解体論者を長官に任命したこともある。それでも省庁は継続しているため、今回、たとえトランプ政権が誕生しても、環境・エネルギー政策は根本的には変わらないかもしれない。それでも、選挙戦の土壇場のレッテル貼りには効果的である。じつにステレオタイプであるが、シンプルであればあるほど、“最後の一押し”となるかもしれない。

 

[1] 「グリーン・ニューディール」という言葉はアメリカ国内よりも日本で広く知られている感がある。おそらく、オバマ政権の初期のアドバイザーだったバン・ジョーンズの著書 The Green Collar Economy の邦訳が『グリーン・ニューディール』となったことが大きいのかもしれない。ただ、「緑の党」の大統領候補であるジル・スタインが今年の選挙戦で「グリーン・ニューディール」という言葉を積極的に使っており、だいぶ浸透するようになってきた。

[2] http://closup.umich.edu/files/ieep-nsee-2016-spring-climate-belief.pdf

[3] https://thinkprogress.org/trump-may-be-making-republicans-increasingly-doubt-global-warming-f9f5d4461541#.6frsir3k7

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