タイプ
レポート
日付
2008/3/27

第3回研究会報告:学術会議代理懐胎報告批判

第3回研究会の概要

 2008年3月21日、第3回研究会を行った。前回に続き小門研究員から、「日本における代理懐胎規制のあり方-学術会議の議論から」の発表があった。今回は日本学術会議の最終報告書案の内容について議論を行った。検討の結果、報告書案の提言は、代理懐胎禁止の論拠が十分でなく、法規制として立法すべき事項も明示されていないので実現性・実効性に欠けると評価された。本プロジェクトとしては、代理懐胎に限定せず生殖補助技術全般について対象とし、社会が何に合意することを求められているのか包括的に明示できるような理念と具体策の提案をすることが課題であるとの結論が導かれた。

  出席者:ぬで島、洪、小門、島田、赤川、吉原、南條、安井
  ゲスト参加:橋爪大三郎氏

発表と議論の内容


日本における代理懐胎規制のあり方-学術会議の議論から[2](小門)


発表
 代理懐胎を中心にした生殖補助医療の規制のあり方について、日本学術会議での検討の論点と、3月7日に発表された最終報告書案の内容がまず紹介された。
 日本学術会議「生殖補助の在り方検討委員会」では、代理懐胎の是非について、次のような意見が出された。

  • 賛成/許容論

・代理懐胎以外に、(先天的/後天的に)子宮のない女性が「血のつながった子」をもつチャンスがない。
・限定条件(依頼者の限定、懐胎者の限定、実施期間の限定、判断する第三者機関の限定)をつくって、その枠内でのみ実施を認める。
・依頼者からの聞き取りで、「依頼者も懐胎者も子も幸福を得た」と判断できた。
・分娩者=母ルールができたときの技術レベルではなくなったから、再考すべき。
・法規制のない現状のままでよい、個人の自由に任せるべきだとの意見はなかった。

  • 反対/慎重論

・実態が客観的に把握されていない。安全性、確実性、子の長期予後が不明など、医学的データがない。社会的な合意も得られていない。
・子どもを持つのは自然であるべきであり、子ができないことは運命として受け入れるべき。
・第三者が危険を負う。

 最終報告書案では、以下のような結論が導かれた。

法規制(生殖補助医療規制法等)が必要、代理懐胎は当面原則禁止が望ましい

営利目的の代理懐胎は、施行医、斡旋者、依頼者を処罰する

例外的に試行(臨床試験)を認める。代理懐胎の医学的問題(懐胎者・胎児・子に及ぼす危険性、出生後の子の精神的発達等)の長期観察が必要。倫理的・法的・社会的問題に配慮し、絶対的適応のケースに限り厳重な管理のもとで認める。

分娩者を母とし、依頼夫婦と子は養子または特別養子縁組をさせる。

 以上の学術会議検討委員会での論議と結論に対し、発表者から、以下のような問題点と積み残された課題が指摘された。

  • 議論の対象が非常に狭い:依頼夫婦由来受精卵利用の体外受精型代理懐胎のみが対象となって議論が進められた。日本の生殖補助医療には、放置されている課題が他にも数多くあり、この型の代理懐胎はそのうちの一つにすぎない。
  • とくに卵子提供についてもっと議論が必要。女性は加齢により卵巣機能が衰えるため、卵子提供を希望する女性は多い。夫婦由来の受精卵を用いる代理懐胎を始めたとしても、アレンジが長引くと自己の卵子の利用は困難になってゆく。代理懐胎希望者のなかにも、卵子提供を併せて望む者がいる。
  • 「代理懐胎」とは何か、についての議論がなかったように思われる。イギリスでは、代理懐胎者は身体に負担の少ない人工授精型を好み、医療機関に行かずに自宅で行う場合もあるという。フランスでは、法的には「禁止」(契約無効)であるが、それでも行なうとなると、イギリスのように自宅での実施か、直接の性交渉による実施となると考えられる。このようなやり方まで想定したうえで、「代理懐胎を全面的に禁止」することはできるのか? 配偶者以外との子づくりを禁止するということか?
  • 営利目的かボランティアかという二分法ではなく、営利/実費/無償という類型があることが海外調査より示されたが、ほとんど関心が払われなかった。
  • 依頼経験者だけから意見を聞き、懐胎者の意見を直接聞いていない。
  • 例外的試行案では、産まれる前から「被験者」にされ追跡され続けることが子に与える悪影響が検討されていない。
  • 是非の議論は安全性やリスク論に終始し、反対の根拠として、日本社会における親子関係の原理や家族の理念はどうあるべきか、といった議論はなされなかった。
  • 法律策定を提案しているが、立法すべき事項が明示されていない。とりわけ分娩者=母ルールや養子縁組手続きを法に明記するのか否かが明確でない。

ディスカッション

 以上の報告を受け、学術会議検討委員会の審議と政策提言に対し、多くの疑問と批判が出された。それはおよそ次の二点にまとめられる:

(1)代理懐胎を違法とし禁止する根拠の論証が不十分である。政策理念が明確でなく禁止提案に説得力がない。

学術会議検討委員会は、代理懐胎を違法とし禁止するとしながら、処罰は営利目的の場合に限っている。行為を違法としながら実行者(代理懐胎者)は処罰せず、仲介し実行させた者だけを罰するというのは、売春の法的位置付けと同じであるとの興味深い指摘があった。ともに身体の不適切な使用であり、家族秩序から外れる行為であると考えられているところが共通点である。一方、売春は定義上対価を伴うが代理懐胎は無償行為も含まれる、代理懐胎は医師の助力が不可欠であるという相違点がある。

 代理懐胎依頼者を母と認めず、分娩者を母とする現行の法的規範を適用すべきだとした点が、禁止の根拠の間接的な提示だと考えられる。だがその法規範の典拠は最高裁の過去の判例にすぎず、今日もそれが有効であるかどうかは別途論証する必要があるが、報告書案ではそれはなされていない。

 分娩者を母とするルールを一律に適用すると、娘が母に代理懐胎を依頼し実行した場合、祖母を母とする結果になり、かえって親族秩序を破壊するのではないかとの指摘があった。理念としても、出産よりその後の養育のほうが人間の形成にとって重要だと考えられるから、養育しようとする人が現に存在する代理懐胎のケースに分娩者を母とするルールを適用する正当性はないとの指摘もあった。

 身体の処分の自己決定権、契約自由という理念からいけば、代理懐胎は認めるべきという結論も可能である。それを否定して禁止するべきだとする論理としてありうるのは、家族道徳に反するという価値判断であるが、学術会議検討委員会ではそこまで踏み込んだ論拠の提示は行なわれなかった。

 では研究会メンバーはどう考えるかが問われ、代理懐胎を否定する法理の例として、フランス生命倫理法が根拠とした、身体=子宮と母子身分の譲渡不能という原理が挙げられ、日本でも採用を検討すべきだとの意見が出された。それに対して、人助けのために自分の子宮を使うことに合意した善意の第三者の行為を否定するには不十分ではないかとの指摘がなされた。また、自己の身体の処分あるいは譲渡不能という原理は、前回検討したように日本の思想伝統ではほとんど関心が払われてこなかった事柄なので、受け入れるのは困難だろうとの指摘もあった。

 学術会議検討委員会では、禁止か容認かが子を欲する人の側からだけ論議されているとの指摘もあった。代理懐胎者には精神的・身体的リスクだけでなく、経済的搾取などの人権問題もあり、そこに斡旋者による人権侵害の問題も出てくる。そうした観点から、海外に代理懐胎者を求めに行く行為をどう考えるかについて、合意を形成する必要がある。

 総じて学術会議検討委員会の論議は、代理懐胎はいいことではないがそれほど悪いことだともいえないという曖昧な判断に終始している、臓器摘出のような自然でない身体の損壊・侵襲を伴わないためだろうとの指摘があった。

(2)法規制が必要としながら、立法すべき事項が明確に示されておらず、政策提言として実現性に乏しい。とりわけ代理懐胎を例外的に認める条件として示された実験的試行案には実効性が認められない。

 学術会議検討委員会最終報告書案は、法規制を提言しながら、立法すべき事項を明示していない。とくに分娩者を母とするルールや出生子との親子関係の設け方について法文化するのかどうか曖昧である点に疑問が表明された。

 また、代理懐胎を例外的に認容する条件として示された実験的試行案について批判が出された。第三者機関とは何か、どこに設けるのか、いかなる専門人員で構成されるのかといった重要事項が報告書案では十分に明らかにされていない。とりわけ、「臨床試験」の枠組みのなかで出生時から長期観察下に置くことが、子の人格発達などに悪影響を及ぼす危険が指摘された。このような体制をとれば、代理懐胎で産まれた子を、他の子とまったく異なる存在として社会に位置付けることになる。子の福祉を考えるなら、養育の意思を持つ依頼者のもとで普通の親子として生活させるべきだという結論になるのではないか、との指摘があった。

 また、もしこのような体制が実現したとしても、第三者機関は「実験」結果の評価が第一の使命となり、対象となる子の幸せは二の次にされないか、そのように「実験対象」扱いされることをいやがる依頼者は試行体制の利用を拒否して地下に潜ってしまうのではないか、との指摘もあった。

 総じてこの試行体制案は、代理懐胎禁止に抜け道をつくることで、その方法で子を欲する人の要請に配慮した提案であって、その点でも産まれてくる子への配慮は二の次にされていると考えられる、との指摘がなされた。

 以上の検討の結果、学術会議検討委員会の最終報告書案は、代理懐胎禁止の論拠が十分でなく、法規制の実際の内容も不明確で、政策としての実現性、実効性に欠けると評価された。

討論
 この評価を踏まえ、本プロジェクトの課題は何かについて最後に討論を行なった。
 
 まず指摘されたのは、第三者の関与を伴う他の生殖補助(精子、卵子、胚の提供)の可否と代理懐胎禁止の整合性をどうとるのか、ということである。いいかえれば、子を設けるためにどこまでしてよいのか、どこまで他者を巻き込んでいいのかということである。また学術会議検討委員会では法律婚をした男女のカップルのみを依頼者として想定しているようだが、事実婚カップルや、さらには単身者や同性愛カップルの生殖補助利用についてどう考えるかも検討しておかなければならない。日本では生命科学研究として規制され、重い刑罰を科されて禁止されているクローン技術による子の産生の扱いとの整合性も検討するべきである。

 これは、子を欲する側の問題だけでなく、生殖補助技術を提供する医療者の側の問題でもあるとの指摘もなされた。つまり、医療者は依頼者の要請にどこまで応じてよいのか、産婦人科医療の正当業務の範囲を確定しなければならないということである。それは提供される技術の質の管理という面でも必要な課題である。

 したがって本プロジェクトにおいては、代理懐胎の可否を決める論拠を示すことに留まらず、想定しうるすべての組み合わせで行なわれる生殖補助について、何をどこまで認めてよいのか、その根拠は何かについて、論究を進めるべきである。人の生命のはじまりの扱いと家族・親子関係のあり方について、どのような合意を形成しなければならないのかを、分かりやすく包括的に示す必要がある。そのうえで、具体的な政策課題に応じ、基本理念を示し、個々の生殖補助の実施がその理念に適うか反するかを論証していく必要がある。実際に法律試案をつくってみて議論していく方法もあるだろう。

 今年度は以上の課題の絞り込みを果たして終了とし、来年度以降につなげていくこととした。

以 上

とりまとめ:プロジェクトリーダー ぬで島次郎