タイプ
論考
日付
2008/8/4

《時評》フランス「生命倫理法」の追跡(2)~議会上院・代理懐胎解禁提案の波紋~

議会上院が代理懐胎の解禁を提案

 フランスでは、1994年の「生命倫理法」により、代理懐胎契約を無効とし、仲介行為に刑事罰を科すことで、代理懐胎を禁止してきた。
 代理懐胎とは、自分では妊娠・出産が困難な依頼者が、他の女性(代理懐胎者)に妊娠し出産してもらい、生まれた子をわが子として引き取る行為である。依頼カップルの体外受精卵を代理懐胎者に移植する体外受精型と、依頼カップルの夫の精子を代理懐胎者の子宮に注入する人工授精型などがある。体外受精型の場合、依頼カップルの妻の卵子を用いる場合と、さらに他の女性から卵子提供を受ける場合がある。
 このような行為を認めてよいかどうかについては、国によって対応が分かれている。米国では過半数の州が容認しているが、ヨーロッパでは英国が有償の契約のみ禁止、ドイツとフランスがすべて禁止、としてきた。東アジアでは日本も含め、法的対応をとっている国はまだない。
 そうしたなか、禁止国の代表格だったフランスで、この6月末に、保守的な議会上院(元老院)の調査検討班が、代理懐胎の解禁を提案した。この政策転換の提言は、フランス国内で大きな反響を呼んでいる。代理懐胎の是非に揺れてきた日本にも、影響が及ぶことは間違いない。
 ではなぜフランス議会は、代理懐胎解禁への舵を切ろうとしたのだろうか。

フランスの現行法規定・代理懐胎禁止の根拠

 衝撃の解禁提言に至る経緯をみる前に、まずフランスにおける代理懐胎に関する現行の法規定について簡単に述べる。
 1994年の「生命倫理法」と総称される法律群によって、フランスでは、生殖補助医療のすべてを対象に、目的と施術を受けられる人の限定、使われなかった凍結保存胚の扱い、第三者の配偶子や胚の提供を受ける生殖補助医療が認められる条件およびその場合の親子関係などが、細かく法令で定められている。
 生殖補助医療とは、体外受精・胚移植、人工授精など、自然な過程以外での生殖を可能にする技術すべてであると定義される。生殖補助医療を受ける目的は、医学的な理由により妊娠が困難な男女のカップルの、親になりたいという希望に応えるためと定められている。カップルとは、生きた男女で構成され、生殖年齢にあり、婚姻関係か2年以上の同居を証明できる二人である。カップルの中での生殖補助医療がうまく行かなかった場合にのみ、例外的な措置として、第三者から精子/卵子/胚の提供を受けることができる。
 代理懐胎については、代理懐胎契約は無効であり(民法典)、有償・無償にかかわらず、代理懐胎を依頼したいカップル(個人)と代理懐胎を引き受ける女性を仲介する行為は罰則をもって禁じられている(刑法典)。禁止の根拠は、人体の構成要素である子宮および母子という身分は、人権の基盤であり、譲渡不可能であるという理由による。これは、法制定の前、1991年に出された、代理懐胎により出生した子を依頼夫婦の妻が完全養子とすることを禁じた破毀院(日本の最高裁に相当)判決の論旨を援用したものである。それによると、契約の対象である商取引において存在できるのはモノだけであり、代理懐胎契約は人体と民事身分の処分不可能性の原則に反しており、養子縁組制度の濫用にあたるとしている。
 代理懐胎を行う医療行為自体を禁止する条項はないが、代理懐胎は法で定められた生殖補助の目的外の行為となるので、違法となると考えられている。代理懐胎を依頼するカップルの夫と、依頼に応じる女性の組み合わせでは、医療機関で人工授精を受けることも体外受精した胚を移植してもらうこともできない。生殖補助医療を実施する医療機関では、施術を受けるカップルが本物のカップルであるかどうかを、家族手帳等を提出させ厳しく確認している。
 「生命倫理法」制定以降、フランスでは、代理懐胎が「禁止されている」という認識が広まったが、実施がなくなることはなく、国内外で代理懐胎により出生した子と依頼カップルの親子関係を争う裁判が後を絶たない。代理懐胎を支援する当事者団体によると、毎年100組以上が代理懐胎を求めて外国に渡っているという。
 

流れを変えた「メネッソン判決」

 議会上院が代理懐胎解禁提言に踏み切る直接のきっかけになったのは、昨年(2007年)10月にパリ控訴院(日本の高裁に相当)が、米国で代理懐胎を実施したフランス人夫婦を、生まれた子の両親として出生届に記載することを認めた判決を出したことだった。
 それまでフランス国内で秘密裏に、あるいは合法である外国で代理懐胎を実施したとしても、生まれた子との親子関係を確立することは困難だった。フランスの裁判所は、それらの事例で親子関係の成立を認めてこなかったからである。パリ控訴院の判決は重大な判例変更であり、代理懐胎禁止の法規定の見直しを迫る事態だった。そこで議会は、判決が出た2ヶ月後の12月に、上院に調査検討班を設けたのである。
 問題のケースは、次のようなものである。フランス人であるメネッソン夫妻は、夫の精子と提供卵子によって、米国カリフォルニア州で代理懐胎を行い、2000年10月に双子が生まれる。同州で作成された、夫婦が親であるとする証明書に基づき、同年11月にフランス帰国後、実子として出生届を出したところ、子の民事身分の偽装未遂として訴えられた。フランス法では、出生届の母親欄には代理懐胎者の名を記入すべきなのに、依頼夫婦の妻の名を記入したことが偽装とされたのである。
 フランス法には、母親の定義を定めた明文の規定はないが、分娩行為が母親を指し示すというローマ法の格言に従うことが法的慣習とされている。子を産んだ女性が「母親」として登録されるのである。
 民事身分偽装については、2004年にクレテイユ大審裁判所が予審免訴としたが、国側は米国で作成された出生証書の民事登録簿への転載取り消しを求めて争った。その結果、2007年10月パリ控訴院は、米国で作成された夫婦を両親とする出生証明書の転載を認める判決を下した。「出生証書を不登録とすることは、子の利益の優越に反しており、さらに、生物学的な父との親子関係を含む、親子関係を示す民事登録が子から取り上げられることになる」というのがその理由である。これに対し国側は上告し、現在破毀院で審理が続けられているので、最終的な決着はまだついていないが、1994年以降堅持されてきた「代理懐胎禁止」の方針を覆す方向の流れができたと受け止められている。

日本の類似のケースとの比較:立法につながる展望の違い

 メネッソン判決は、日本で同じように代理懐胎容認の流れをつくった、タレントの向井(高田)亜紀夫妻の裁判例と類似点を持つ。
 高田夫妻は米国ネバダ州で代理懐胎によって子を得て、ネバダ州では高田夫妻を両親とする出生証書が作成された。しかし日本に帰国し、高田夫妻が実子として届出をしたところ受理されなかったため、高田夫妻がその取消を求める裁判を起こしたが、2007年3月に、最高裁は不受理を認める決定を下した。
 日本では代理懐胎は法的に禁止されていないが、日本産科婦人科学会が会告により会員に実施しないよう呼びかけており、さらに分娩した女性が母親であるとする最高裁判例が存在するため、国内で代理懐胎を実施し実子として届け出ることは非常に困難である。そのため、米国の合法である州など、海外へ代理懐胎を求めて渡航するカップルが存在する。そのようにして子を得た夫婦のほとんどは実子として現地の領事館に届け出ていると思われ、親子関係の確立をめぐる裁判例は多くない。高田夫妻の場合は、自身の著作やブログ等で代理懐胎を実施することを公言していたため、不受理となったのだろう。
 メネッソン夫妻と高田夫妻のケースは、合法である海外で代理懐胎を実施し、当地で夫婦が両親であるという出生証書を作成している点、しかしその出生証書が本国では認められなかった点で、共通している。メネッソン夫妻のケースは、議会の調査検討班設置につながり、高田夫妻のケースは、日本学術会議での審議が始められるきっかけとなった点も共通している。
 しかし、元々の法的基盤とその後の対応は、非常に異なっている。フランスには、前述したように、生殖補助医療全般を規制する法令が施行されていた。そのため、メネッソン判決が出た後も、既存の代理懐胎禁止の法規をどのように見直すべきか、容認するならどのような条件が必要かについて、具体的に短時間で効率よく検討された。それに対し日本では、生殖補助医療に関する法令がなく、学会の自主ガイドラインがあるだけで、代理懐胎禁止の法的根拠の検討も、容認のための条件の検討もなされていなかった。そのため、高田夫妻のケースが代理懐胎容認の世論を喚起した後、禁止の立法を答申していた厚生労働省の審議会報告は棚上げにされ、日本学術会議に検討のやり直しが諮問され、さらに多くの年月を費やす混乱を招いた。
 今年3月に出された同会議の報告は、代理懐胎は原則禁止とするが臨床試験として例外的に実施を認めるという玉虫色の曖昧な結論で、例外の条件や管理体制などの具体的な検討と提言にまでは至らず、実際の立法につながる展望は拓けないままになっている(詳しくは、第3回研究会報告参照)。

議会上院の提案した代理懐胎解禁の条件

 議会上院検討班の報告書は、フランス国内で限定的な実施を認めることで、米国などでの商業的利用や親子関係の係争を回避できるとして、以下に示す厳しい条件を満たす場合のみ、実施を許可するよう法改正をすべきであるとしている:

[依頼者の制限]
  • 依頼人は、男女で構成され、結婚しているか二年以上の同居を証明でき、生殖年齢にあり、フランス国内に居住しているカップルでなければならない。このカップルの女性が、分娩まで妊娠を続けられないか、妊娠を続けると自分自身または子の健康に危険をもたらす可能性がある場合に限定される。少なくともカップルのどちらかの配偶子を使う。(この条件は、生殖補助医療を受けられるカップルの要件とほぼ同じであり、カップルの安定と医学的な理由を必要条件とするものである。)
[代理懐胎者の制限]
  • 代理懐胎者は、特に問題のない妊娠経過を経て、少なくとも一人以上の子を生んだ経験を持ち、フランスに居住する女性に限定する。自身の卵子は使ってはならない。報酬は受け取れないが、依頼カップルから、社会保障がカバーしない出費に対し「妥当な補償」を受け取ることができる。一人の女性は一度だけしか代理懐胎できない。依頼カップル女性のいとこや姉妹は代理懐胎者となることができるが、母親はなることができない。代理懐胎者だけが、人工妊娠中絶を求めることができる。
[実施要件]
  • 当事者(依頼カップル、代理懐胎者)は、心身の健康状態を確認するために、先端医療庁内に設置される多領域委員会による認可を必要とする。実施臨床医、実施機関も資格が必要である。
  • 仲介者は非営利のみ、先端医療庁の認可が必要。宣伝禁止。
  • 子の遺棄の教唆および仲介の罪は維持され、代理懐胎に関する規定を守らない場合にも適用される。
  • 胚移植は裁判所の決定後に行われる。
  • 司法官は、認可を確認し、依頼カップル、代理懐胎者、必要な場合には代理懐胎者のパートナーの同意を得る。さらに、特に親子関係に関する影響について情報通知し、妥当な補償の額を決定する。
  • 代理懐胎者が子の法律上の母親となりたい場合は、出産から3日以内にその旨を宣言でき、母親として名前が子の出生届に記載される。そう望まない場合は、依頼カップルの名が、子の民事登録簿に記載される。
  • これらの規定に従わず、母子関係をつくることは、これまで通り禁止される。


 報告書は解禁の根拠として、代理懐胎は人体の尊重に抵触するものではなく、卵子や臓器の提供などと同じ、「熟慮のうえの限定された贈与」という位置づけができるとしている。そのうえで、法が定めていた人体尊重の倫理原則(同意、無償)と公的な監視の体制が適用されるとする。つまり、先端医療に対する既存の法的枠組みを代理懐胎にも及ぼすことで、人の尊厳に反する商業化や女性の搾取を防げるという立場を採っている。
 また代理懐胎を契約として認めないとすることで、母子身分は譲渡できないという原則を保とうとしている。さらに、代理懐胎の限定的な合法化は「子どもへの権利」を伴うものではないと宣言する。つまり、子どもを持つためには誰もが何をしてもよいとは認めない、ということである。

解禁提案の波紋

 このように上院の報告書は、大胆な政策転換を提案するものだった。この提言は今後、広範囲に影響を及ぼすことが予想されるが、直後の反応としては以下のような意見がみられた。
 哲学者で上院検討班の公聴会でも意見を述べたエリザベート・バダンテールは、リベラシオン紙へのインタビュー(2008年6月26日)に対し、代理懐胎解禁への賛意を表明し、「人工妊娠中絶から分かるように、幻想を抱かず、胎児との関係を築き上げることなく妊娠することは可能である」と応えている。米国式の商業的な代理懐胎にならないよう法的な枠組を設ければよく、代理懐胎者の立場に十分に注意し、特に脆弱な立場にいる女性は代理懐胎者になってはならないと指摘している。
 これに対し、精神分析学者のカロリーヌ・エリアシェフと産婦人科医のルネ・フリドマンは、ルモンド紙に出した論評(2008年7月1日)で、代理懐胎解禁に異議を唱えている。彼らは、妊娠は単なる荷運びではなく、もうすぐ母親になる女性と生まれる子の両当事者がつくり上げる根源的な経験であるから、出産する女性が母親であると述べる。
 また、哲学者のルーウェン・オジエンは、同じくルモンド紙に寄稿した論評(2008年7月4日)で、上院提案に別の角度から異議を述べている。上院が提言した制度では、代理懐胎のすべてのプロセスが裁判官と先端医療庁の認可を受けねばならない。これに対しオジエンは、それは国民一人一人の自己決定に任せるべき事柄だと述べる。無償でするかしないか、あるいは同性カップルやシングルが代理懐胎するかしないかを自ら決めることはスキャンダルなのか、と彼は問うている。

利他的代理懐胎を認めることで、代理懐胎ツーリズムは減らせるのか?

 フランスは、代理懐胎を禁止してきたが、国内外で実施を依頼しようとする者は存在する。これまでの裁判例や当事者団体の活動から、一定の数のカップルが、代理懐胎が許されている外国へ代理懐胎ツーリズムをしていることも分かっている。今後、代理懐胎禁止の現行法を維持するとしても、そのように生まれてくる子の法的地位をめぐる係争はなくならないだろう。代理懐胎という行為がどのような意味を持つのか、人体の尊重とは何か、母子身分の譲渡は許されるのかなどについて、当事者から問題提起がされ続けており、立法者側もそれに応えようとしている。
 今回の上院検討班の提言によって、2010年頃に予定されている「生命倫理法」の見直しにおいて、代理懐胎の合法化が新たに争点の一つになる流れがつくられた。今後の動きをさらに見守っていきたい。

小門穂(こかど・みのり)
プロジェクトメンバー、東京医科歯科大学生命倫理研究センター非常勤研究員