タイプ
論考
日付
2009/7/28

《時評》「政権選択と生命倫理 ~脱官僚依存が政策争点のキーワード~」

生命倫理は国政選挙の争点にならないか

2009年7月21日、衆議院が解散され、総選挙が8月末に行われることとなった。
国政選挙において、人工妊娠中絶や受精卵(胚)の研究利用の是非といった、人の生命に関する倫理上の問題が大きな争点となる米国と異なり、日本では、この種の問題が選挙で問われることはなかった。来る総選挙においても、生命倫理は争点にならないだろうか。

私は、今度の選挙で問われている政権選択の主導理念こそ、生命倫理政策の要になる一大争点だと考える。それは、明治国家以来続いてきた、日本国の統治構造における官僚支配・官僚依存に終止符を打ち、真の議会制民主主義の実現に向けて一歩を踏み出せるかどうか、ということである。

もちろんこれは経済や社会に関する政策全般における問題だが、私がここであえて生命倫理政策上の争点としてそれを指摘したいのは、「官僚支配、官僚依存」こそ、これまでの日本の生命倫理政策の最も顕著な特徴であり、その総括と克服なしには、今後の様々な問題点や課題に適正に対応できないと考えるからである。

臓器移植法改正が露呈した官僚依存

最新の例として、7月13日に参議院で可決、成立した臓器移植法の改正を取り上げよう。採択された法案(いわゆるA案)には、脳死後に臓器を提供する際、本人が予め親族に優先的に提供するよう指定できるという規定が含まれている。この規定は、A案を支持する議員や識者からも、法が定める移植機会の公平性という理念を損なうものとして疑義が出されていた。私も、諸外国の移植法にはみられないこの異例の規定には反対である。一年後の改正法施行の前に、次期国会で削除すべきだと考える。

親族優先規定には、理念においてだけでなく実施のうえでも、大きな問題がある。法文では優先的に提供できる続柄について「親族」としか規定していないのに、提案者たちは、法の運用ガイドラインでそれを「一親等または配偶者に限る」と説明していることである。

法律で広く「親族」と認めている優先提供先を、行政指導文書でしかない運用指針で狭めることはできないはずである。採択された法案には、「親族の範囲は別にこれを省令で定める」といった行政委任事項がなく、法的正当性がないからである。

提案者は、現行法において、脳死判定を承諾する「家族」の範囲は明文の規定がなく、運用指針で定められているから、親族優先規定もそれでいいのだと説明している。しかしそれは間違いである。「家族」は日本の法令にない言葉だが、「親族」は、民法でその範囲が明文で定められている(6親等内の血族、配偶者および3親等内の姻族:民法第725条)。法文で「親族」とした以上、この民法の規定が適用される。それを運用指針で狭めることは、法が認める権利を行政が法的根拠なしに制限することになり、三権分立を犯す憲法違反の行為になるのではないか。

にもかかわらず、提案者らの説明が受け入れられているのは、日本国において、主権者の代表が制定する法律よりも、官僚が決める行政指導の方が上位にあることを如実に示す例だというほかはない。優先的に臓器提供を受けられるのは誰かということは、政治の判断が必要な重要事項である。それを法文に明記しようとせず、運用指針で決めればいいというのは、官僚依存もはなはだしい。

クローンでも、ヒト胚研究でも

日本には、生命倫理に関する立法として、臓器移植法以外に、もう一つクローン技術規制法がある。この法律でも、クローン技術などに関連した人の生命の操作をどこまでやってよいかという倫理上の重要な判断が、法には明記されず、行政指針に委ねられている。法律本体では、そうした生命操作(「特定胚研究」)を行って、クローン人間や人と動物が交じった雑種(ハイブリッド)などを産み出すことを禁じているだけである。

ここでも、法律では9種類の特定胚研究を国への届出制として容認しているのに、行政指針ではそのうちの1種類しか認めないという運用がなされてきた(2009年5月、ようやくそこにもう1種類、クローン胚作成研究が追加された)。法が認めていることを行政指針が認めないというのは、行政府の越権行為だというほかないが、この運用がまかり通ってしまっている。これも、生命倫理政策における官僚支配、官僚依存の好例だといえる。

そのほかの、倫理が問題にされる生命科学・医学研究でも、担当省庁の告示する行政指針で、認められる範囲や手続きが定められてきた。そのなかには、欧米でことのほか賛否の対立が激しく、法規制の対象になっている、人の胚を用いるES細胞研究も含まれている。人の生命の萌芽である胚を、再生医学研究のために滅失させることを、立法者の判断なしに、行政の告示で認めているのだが、ここでもまた、法で禁じられていないヒト胚研究を、行政庁の許可なくしては実施できないという、法治国家にあるまじき「お上の意向」の支配の状況が出来上がっている。その結果、かえって法よりも厳しい規制を行政が敷いて、日本のヒトES細胞研究は、世界的にみてかなり遅れてしまったと、研究者から批判されている。
[以上について詳しくは、《『生命科学研究の自由と倫理』7-8頁参照]

移植法でも倫理指針でも扱いきれない課題=人体の尊重

こうした日本の生命倫理政策における官僚依存の弊害を一言でいえば、所管部局ごとの縦割りで全体の見通しがなく、不必要に厳しい規制がある一方で、必要な規制が行われていないという、倫理的に一貫性のない、いびつな状況を生んでいることである。しかもその決定は、ほとんどが国会を通さずに、つまり国民の意思を集約する民主的手続きを踏まずに、なされてきた。

ふたたび臓器移植法を例にとれば、日本の移植法には次のような三つの欠落がある。

1)脳死者からの摘出条件を決めているだけで、生きている人からの摘出条件などの規制を定めていない
2)主要臓器だけが対象で、そのほかの皮膚、骨、関節、神経などの人体組織の摘出と移植について規定していない
3)臓器などの研究利用が認められる条件を定めていない


これらの欠落は、諸外国の移植法にはみられない、日本の移植法の著しい特異性になっている。今回採択された改正法は、これら三つの欠落について一切対応していない。国会の不作為は続いているのである。

この移植法改正が積み残した三つの問題は、人体要素の何をどこまで、どのように医療や研究に用いてよいのかという、生命倫理政策の根幹に関わる重要事項である。にもかかわらず現状では、ここでもまた、生体移植や組織移植は行政の運用指針に委ねられているだけである。運用指針には法的拘束力はなく、違反しても罰則は科されない。たとえばWHOが来年の指針改訂で求めることになる、人体組織の売買禁止に、日本は対応できていない。移植法は臓器の売買しか禁止していないからである。行政丸投げの官僚依存の弊害が、ここにも示されている。

そして以上の移植法の欠落の外側には、さらにまだ大きな法的欠落がある。胎児由来組織、受精卵(胚)、精子・卵子、遺伝子を扱う際のルールが、日本では未整備なのである。人の受精卵や精子、卵子を用いる際には本人の同意が必要だとか、売買してはいけないという法規定はない。クローン技術関連研究(特定胚研究)やES細胞研究について行政指針があるだけだ。

このように、日本の生命倫理政策は、政治が本来の機能を果たさず、行政に丸投げされ、担当部局がばらばらに指針などの対応を決めてきたため、厳しすぎる規制(行政指導)がある一方で大きな欠落が放置されている状況にある。

「生命倫理の土台づくり」研究では、そうした現状を改善するために、取り組むべき問題点を順次精査し、課題の全体像を明らかにした政策提言を行うことを目指して活動中である(「《人の尊厳探求プラン》 第1回研究会報告」参照)。だが課題は政策の内容だけでなく、立案と実施のあり方にもある。そのキーワードが、「脱官僚依存」なのである。

脱官僚支配の政治刷新の一環として、生命倫理政策の立案を

日本の現与党は、保守と宗教団体を支持母体とする政党の組み合わせである。これは西洋の常識からすれば、生命倫理においてとりわけ厳しい態度をとるはずの政治勢力だ。たとえばフランスでは、左派の社会党政権の策定した生命倫理関連法案が、保守右派に政権交代した後、生命の始まり、とくに胚の保護を強めるものに改められて成立している。しかし日本の自民党・公明党は、10年の連立政権運営において、生命倫理を政治の課題とせず、官僚に委ねてきた。

一方、最大野党の民主党は、2000年に、政府提案のクローン技術規制法案に対案を出し、生命操作の許可制や胚・精子・卵子の売買禁止など倫理上の重要事項を法文に明記しようとした。また2005年に公表された「憲法提言」では、自民党憲法改正大綱原案よりも具体的に踏み込んだ生命倫理上の事項を盛り込んでいる(本人意思に反した侵害を排除する人体の統合性の不可侵原則、人体要素の無償原則など)。私は生命倫理の専門家として、この二つの政策立案に関わった。そうした実績を持つ党が、官僚主導から脱した政治主導の統治の実現を掲げているのは、意義のあることだと考える。

生命倫理は、科学や技術の進展と、人の尊厳の尊重や人権の保護をどう両立させていくかが問われる政策分野である。単に「人の尊厳を守る」というだけでは、先端生命科学・医学の研究と臨床応用がもたらす問題に対応できない。守るべき人の尊厳の中身を吟味し、規制の根拠となる主導原理に高めるに、多様な価値観の調整に基づく、政策理念の選択が不可欠になる。それは政治の強いリーダーシップがなければできない仕事で、行政のできることではない。

今回の総選挙を通じ、脱官僚支配を実現する政権樹立に向けた第一歩が踏み出され、その改革の一環として、政治主導の適正な生命倫理政策の立案と実施がなされる素地が整うことを期待したい。「生命倫理の土台づくり」研究では、そうした日本の政策決定の刷新に寄与できるよう、政策提言をしていきたい。

「生命倫理の土台づくり研究」プロジェクト・リーダー
ぬで島次郎