タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/8/18

【Views on China】権力集中を進める習近平-不安と期待-


静岡県立大学国際関係学部教授
諏訪 一幸

はじめに

 党、軍、国家それぞれの最高ポストを既に手中に収めた習近平個人へのさらなる権力集中が進んでいる。これは、権力分散を志向してきた改革開放期中国政治の流れに明らかに逆行するものである。そのため、「毛沢東時代への回帰」だとして、習近平とその政治を批判する向きもあるが、筆者の認識は異なる。なぜなら、父(習仲勲)が文化大革命で失脚したという政治的過去を持つ習近平は、毛沢東政治の犠牲者だからだ*1。現在進む集権化は、むしろ、指導力の欠如から「失われた10年」とも揶揄される胡錦濤時代に対するアンチテーゼであると同時に、一党支配と最高指導者への権力集中との間にみられる一種の親和性の表出なのではなかろうか。

 長期的には民主化を展望するにせよ、我々は当面、自らの価値観と国益に基づいて導き出される望ましき関係を共産党統治下の中国との間で構築しなければならない。したがって、我々に求められるのは、権力の集中に対する批判に満足することなく、それによって一体何が目指され、何が起ころうとしているのかを的確に把握、対応し、中国をして我々が目指す方向へ向かうよう慫慂することなのである。

1.習近平への権力集中

(1)5組織のトップに就任
昨年(2013年)11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(18期3中全会)での決定に従い、2つの新たな組織が立ち上がった。

 まずは、「中央全面深化改革領導小組」(改革を全面深化するための中央指導小組)である。発表によると、同小組は12月30日に設立され、習近平が組長に、李克強、劉雲山、張高麗という3人の政治局常務委員が副組長に就任した。そして、指導小組の下には、改革推進に直接の責任を負うことになると思われるグループが6つ(経済建設と生態文明体制改革、民主法制領域改革、文化体制改革、社会体制改革、党建設制度改革、紀律検査体制改革)設けられ、そのうちの1グループの長に趙洪祝(中央書記処書記)が就任したことも明らかになった*2

 続いて設置されたのが「中央国家安全委員会」だ。習近平はこの新組織のトップ(主席)にも就任し、李克強、張徳江という党内ナンバー2とナンバー3を副主席に従え、国内外の安全保障政策策定にあたる体制を整えた*3。この委員会には「若干名の常務委員と委員」もいることから、非常設組織である「小組」とは異なる常設機関として、強大な権限を行使することになろう。なお、同委員会に関与することになる(委員を送り込む)党政府部門としては公安、国家安全、解放軍、武装警察、外交、交通、経済、情報、対外宣伝、香港マカオ台湾部門などの名前があがっている*4。  このように、2つの新設党組織のトップに収まった習近平であるが、権力集中は以上にとどまらない。すなわち、中央インターネット安全保障及び情報化指導小組組長(新設、副組長は李克強と劉雲山)、中央軍事委員会国防及び軍隊改革深化指導小組組長(新設、副組長は范長龍と許其亮という2人の中央軍事委員会副主席)、そして、中央財政経済指導小組組長(副組長は李克強と張高麗)にも就任したのである*5(2)権力集中の狙い
 では、一連の新組織立ち上げと習近平への権力集中からは一体どのようなことが言えるのだろうか。ここでは3点指摘したい。 第一点は、指導小組をめぐる報道の仕方に関するものである。これまで指導小組という存在は、その高位性にもかかわらず、党規約に規定がなく、また、公式報道に載ることもほとんどなかったことから、極めて神秘性に富み、透明性に欠ける存在だった。それが今回は各小組(及び委員会)の設立、メンバー、活動などについて比較的オープンに報じられている。これは、「自らも政治局常務委員ではあるが、自分(習近平)はその他の常務委員を従えることのできるワンランク上の存在である」ことを示すための措置なのかもしれない。 第二点は、権力の集中が新組織の立ち上げという形で進められていることである。秘密性の高い組織であることから、指導小組の実態は詳らかでないが、政治局常務委員がトップを務める指導小組は既に複数あるとされてきた。今回新設、あるいは改組された組織のトップがいずれも総書記であることから、機能が重複する既存の指導小組の形骸化は最終的には避けて通れないだろう。しかし、習近平はこのプロセスを解体という強硬な手段に訴えることなく進めているようだ。不要な摩擦を避け、敵を作らないという発想に基づくものと考えられる。また新たな組織の設立は、側近や後継者を抜擢、育成するのに手っ取り早い方法である。 そして、第三点は、各組織のナンバー2を務める政治局常務委員の名前の中に兪正声と王岐山の名前が見当たらないことである。兪は統一戦線組織のトップとして当面は新疆やチベットを主対象とした民族問題の処理に集中し、王は紀律検査部門のトップとして汚職腐敗撲滅闘争の陣頭指揮を執るということなのかもしれない。しかし、このことは、2人の所掌業務が他の常務委員に比して遥かに激務であることを必ずしも意味しない。兪正声、王岐山ともに、いわゆる「太子党」としての出自が習近平と同じであることに何か特別の意味があるのだろうか。  続いて、以下では、こうして集中させた権力を習近平がどのように行使しているのか、そして、それが何を意図しているのか、2つの事例をあげて考察する。

2.トラ退治

(1)二匹のトラ
 習近平は総書記就任以来、汚職や腐敗は決して許さないという「清廉な指導者」としてのイメージづくりに励んでいる。そして、ついに聖域に足を踏み入れた。2年前まで最高指導部のメンバーだった「二匹のトラ」退治に乗り出したのである。  第一の標的は、前中央軍事委員会副主席の徐才厚だ。昨年来その動向が注目されていた徐才厚について、6月30日に開催された政治局会議は、徐の「深刻な紀律違反事案に対する審査報告について」と題する中央軍事委員会紀律検査委員会の報告を聴取し、党籍剥奪を決定するとともに、その収賄容疑を軍事検察院で審理するとしたのである*6。 リタイアしたとはいえ、徐才厚は、郭伯雄とともに2年前までは軍制服組のトップを務めた人物である。軍内の動揺や反発は決して小さくないはずだ。しかし、習近平は、それを最小限にとどめるべく、周到な準備を進めていた。筆者がそう判断する一つの根拠は、党中央が徐才厚に対する調査の実施を決定した3月15日、前出の中央軍事委員会国防及び軍隊改革深化指導小組が第一回全体会議を開催し、習近平を組長に選出したからである。そして、もう一つの根拠は、7月11日に行われた4人の上将任命である。習近平による今回の上将任命は、一昨年11月、昨年7月に続く3回目のものだが、習はこれで2年足らずの間に計11人の上将を任命したことになる*7。このように、解放軍内における自らの地位を強化するための2つの保障措置を講じつつ、習近平は徐才厚の排除を決行したのである。 それに続き、第二の、さらに大きな標的が周永康であることが明らかになった。周は、胡錦濤政権下では末席の政治局常務委員ながらも、治安や司法などの分野の最高責任者として絶大な権力を揮ったとされる人物である。6月30日、周永康の側近とされる3人の元高官の党籍剥奪を政治局が決定した旨発表されたのに続き(上述のとおり、この日は政治局が徐才厚の党籍剥奪を決めた日でもある)、7月29日、新華社は次のような短いながらも衝撃的な記事を配信した。「周永康による重大な紀律違反の疑いに関し、中共中央は、中共中央紀律検査委員会が同人に対して立件審査することを決定した」*8。また、同日開催された政治局会議では18期4中全会の10月開催と、同会議の主要議題を法治推進に置くことが決定された*9。周永康問題が集中的に議論されることになろう。 (2)トラ退治は法治を意味せず
習近平政権下で紀律違反を理由に取り調べを受けている高官(副部長、副省長級以上)は周永康を入れて計41人になるというが*10、今回の事件が注目される最大の理由は、周が「紀律違反を理由に裁かれる人物としては過去最高位」だからだ。したがって、今回の「裁き」で溜飲を下げた大衆は少なくなかろう。天網恢恢疎にして漏らさず。トラかハエかにかかわらず、不正を許さぬ社会の構築が望まれる。 しかし、残念ながらこのような願望も現状では画餅にしかすぎず、共産党自身が目指す法治化を意味するものでもない。なぜなら、党内規定(党規約)が国法(憲法)をしのぎ、批判される対象が選択的、恣意的、人為的である点において、過去の例(例えば、薄熙来事件)との間に何ら相違点がないからだ。ただ、周永康事件が共産党内の「出世ルール」を激しく揺さぶっていることは間違いない。中央指導部入りを狙う次世代の党幹部にとって、トップエリートとの密接な関係も、将来の出世や政治的安泰を意味するものではないことが示されたからだ。また、たとえ政治局常務委員経験者(最高指導部経験者)であったとしても、現最高指導部の意向次第では刑事犯罪者になりうるという前例が作られたからである。 共産党指導部にとって、紀律違反(典型的には汚職)は異端者を排除するのに最も都合のよいポピュリズム的手法である。しかし、事件処理の仕方次第では権力構造の変化で政治が混乱し(摘発の「結果」として生じる権力闘争)、さらには党内の不満や批判が最高指導者に集中するという可能性も否定できない。

3.日本主敵論の進展と関係改善への期待

(1)進む日本バッシング
 周辺外交強化や平和的発展追求のかけ声とは裏腹に、中国は日本を「主敵」視する政策を強化している。

 第一は、中国人民抗日戦争勝利記念日と南京大虐殺犠牲者国家哀悼日の設定である。本年2月27日、全国人民代表大会(全人代)常務委員会は毎年9月3日と12月13日にそれぞれ国家主催の記念行事を行うことを決定した*11

 第二は、国家元首による国際社会での対日批判展開である。国家主席として7月上旬に訪韓した習近平は、朴槿恵大統領との首脳会談では日本を念頭に「(来年)双方は記念活動を行うことができる」と発言。また、翌日のソウル大学での講演では「歴史上、中韓両国人民は困難に対し助け合ってきた」と、文禄・慶長の役にまでさかのぼって日本批判を展開し、対日共闘を呼びかけた*12。さらに、同月中旬、ブラジルで開催されたBRICSサミットにおいて壇上に立った習近平は、「我々は(来年の)世界反ファシスト戦争勝利70周年記念活動に積極的に参与すべきであり、侵略の歴史の否定は如何なる勢力によるものであろうと決して許すべきでない」とした*13

 そして、第三は、総書記の「盧溝橋事件77周年」記念行事出席である。中国の最高指導者として初めて7月7日に抗日戦争記念館を訪れた習近平は*14、実況中継された「重要講話」の中で、「日寇」に3回言及するとともに、「少数の者が依然として鉄の歴史的事実を無視していることは遺憾である」と対日批判を行った。また、党内ナンバー2の李克強首相は同日、中国訪問中のメルケル独首相と会談したが、会談終了後の記者会見で、「77年前の今日、日本軍国主義者が対中全面戦争を発動した」旨指摘した*15(2)不安と期待
 以上3つの事例から引き出されるインプリケーションは、その原因如何にかかわらず、現下の厳しい日中関係の好転を願う者にとって、極めて悲観的にならざるをえない意味合いをもつものだ。第一に、憲法で「最高国家権力機関の常設機関」とされる全人代常務委員会の決定は、たとえオールマイティーの共産党といえども、安易に覆せるものではないということだ。将来的な日中関係の好転を受け、「毎年行われる」記念行事を中止或いは廃止させるには、それ相応の大義名分と手続が必要である。関係改善を妨げる制度面での高いハードルが新たに設定されたといえよう。第二に、来年の「抗日戦争勝利70周年」を大々的に記念するため、国際社会での対日統一戦線構築に向けた努力は継続、強化されるだろう。第三に、従来日本を批判する際に多用されてきた「日本軍国主義」に代わり、或いはそれに加えて、「日寇」という表現を中国の最高指導者が用いたことの意味である。この感情的な表現が、中国の内向きの愛国主義と被害者意識の強化につながるのではないか。7月7日が9月3日と12月13日に続く「第三の抗日戦争勝利国家記念日」となる可能性とともに、危惧される。

 一方で、勇気づけられる動きも出てきた。複数の邦字紙によると、福田康夫元首相が7月末に「極秘」訪中し、習近平と会った*16。福田氏は、中国側が最も信頼をおく日本人のうちの一人である。また、8月9日深夜にはミャンマーの首都ネピドーで、日中外相会談が約2年ぶり(!)に行われた。これらは、関係改善の要である政治分野での力強い動きだ。しかし、外相会談実施後の両国政府の対応ぶりは極めて慎重である。中国側の位置づけは「会談」ではなく「非公式接触」であり*17、我が国外務省HPには会談が行われたという事実についてすら記載がない(8月17日現在)。 (3)カギを握るのは習近平
こうした動きが本格的な両国関係改善につながる着実な実績の積み重ねになるかは予断を許さない。しかし、改善を象徴する首脳会談を行うか否かが今や両国首脳の政治的決断にかかっていることは間違いない。そのためには、双方ともに何らかの「譲歩」を行う必要があろう。とりわけ、関係改善に対する国内の拒否反応の強さという要因を加味すると、カギは中国側が握っているというのが筆者の判断である。 当面の焦点は、11月の北京APECで日中首脳会談が開催されるか否かだが、その実現のためには、対日強硬路線変更を断行できる強固な体制の構築と、習近平自身が改善の必要性を認識することが重要だ。この決断は、自らが掲げる平和外交の実践として、国際社会から高く評価されるだろう。また、厳しい状況にあるからこそ日中両国首脳は胸襟を開いて話し合うべきだとする声が両国国内で強まりつつある。歴史認識問題や領土問題といった個別の懸案解決は、こうした大きな枠組みの下で、じっくりかつ着実に目指せばよいのである。



*1拙稿「習近平保守派論への疑問 権力集中は悪か?」日本国際問題研究所『国際問題』No.631(2014年5月)6-16ページ参照。

*2「中共中央政治局召開会議,決定成立中央全面深化改革領導小組」『人民日報』2013年12月31日。「習近平主持召開中央全面深化改革領導小組第一次会議強調,把握大局審時度勢統筹兼顧科学実施,堅定不移朝着全面深化改革目標前進」『人民日報』2004年1月23日。「趙洪祝任紀律検査体制改革専項小組組長」http://news.xinhuanet.com/yzyd/local/20140704/c_1111462259.htm、2014年7月20日。

*3 「中共中央政治局召開会議,研究決定中央国家安全委員会設置」『人民日報』2014年1月25日。「習近平主持召開中央国家安全委員会第一次会議強調,堅持総体国家安全観,走中国特色国家安全道路」『人民日報』2014年4月16日。

*4劉慧主編『中国国家安全研究報告(2014)』社会科学文献出版社、2014年、128-133ページ。

*5「習近平主持召開中央網絡安全和信息化領導小組第一次会議強調,総体布局統筹各方創新発展,努力把我国建設成為網絡強国」『人民日報』2014年2月28日。「習近平主持召開中央軍委深化国防和軍隊改革領導小組第一次全体会議強調,堅持以強軍目標引領改革囲繞強軍目標推進改革,為建設鞏固国防和強大軍隊提供有力制度支撑」『人民日報』2014年3月16日。「習近平主持召開中央財経領導小組会議強調,積極推動我国能源生産和消費革命,加快実施能源領域重点任務重大挙措」『人民日報』2014年6月14日。

*6「中共中央決定給予徐才厚開除党籍処分」『人民日報』2014年7月1日。

*7「解放軍現役34名上将大盤点:50后占据近8成」http://military.people.com.cn/n/2014/0813/c1011-25459744.html、2014年8月14日。

*8「蒋潔敏厳重違紀違法被開除党籍」、「李東生厳重違紀違法被開除党籍」、「王永春厳重違紀違法被開除党籍」『人民日報』2014年7月1日。「中共中央決定対周永康厳重違紀問題立案審査」『人民日報』2014年7月30日。

*9「中共中央政治局召開会議,決定召開十八届四中全会」『人民日報』2014年7月30日。

*10「盤点41只落馬“大老虎” 四大特徴引関注」http://politics.people.com.cn/n/2014/0806/c1001-25409311.html、2014年8月7日。政治局常務委員を務めたとはいえ、リタイアした以上、周永康は「ヒラの党員」であるはずだが、実際の扱いは依然として高官なのである。

*11「中国最高立法機関通過決定,確定中国人民抗日戦争勝利記念日,設立南京大屠殺死難者国家公祭日」『人民日報』2014年2月28日。

*12「習近平同韓国総統朴槿恵会談」『人民日報』2014年7月4日。「習近平在韓国国立首爾大学発表重要演講」『人民日報』2014年7月5日。

*13「習近平主席出席金磚国家領導人第六次会晤并発表重要講話」『人民日報』2014年7月17日。

*14「習氏、異例の出席」『朝日新聞』2014年7月7日夕刊。

*15「在記念全民族抗戦爆発七十七周年儀式上的講話」、「李克強同徳国総理黙克爾会談時強調,推進中徳全方位戦略伙伴関係,促進中欧関係取得更大発展。両国総理共同会見記者」『人民日報』2014年7月8日。

*16例えば、「福田元首相 習主席と会談」『読売新聞』2014年8月2日。

*17「我外長与日本外相進行非正式接触」『人民日報』2014年8月11日。