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2020年民主党大統領候補指名争い――アイオワとニューハンプシャーを終えて
写真提供 Getty Images

2020年民主党大統領候補指名争い――アイオワとニューハンプシャーを終えて

February 18, 2020

上席研究員
久保文明

ブティジェージの魅力と脆弱性

2019年にアメリカ大統領選挙戦が始まった頃にはまったくといっていいほど無名の存在であったインディアナ州サウスベンドの市長が善戦している。2020年2月3日のアイオワ州民主党党員集会では首位となり、その後の2月11日のニューハンプシャー州予備選挙でも僅差で二位に入った。

注目の的となっているピート・ブティジェージの強さと弱さはどこにあるであろうか。

強みの一つは、彼の中道的政策である。バーニー・サンダースとエリザベス・ウォーレンという2人の左派候補が強い支持を集める中で、それに反発する民主党内中道派は、ジョー・バイデン、エーミー・クロブシャーとともにブティジェージを支持するに至った。メディケア・フォー・オール、すなわち民間保険会社を排しての国民皆保険を求める左派の2人に対して、ブティジェージは曖昧さを残しながらも、民間企業提供の保険を廃止しなければならないという立場をとらず、それに距離を置いてきた。市長時代にアフガニスタンに従軍した経験を持ち、サンダースらと異なって軍事費の大幅削減を提唱しない。服役者の投票権の問題でも、左派の候補と異なり、反対の立場をとる。これらが理由となって2月8日夜のマンチェスターでの民主党演説会では、彼の演説中に主としてサンダース支持者から「ウォールストリート・ピート」(ウォールストリートの金融業者から多額の政治献金を受け取っている金権候補という意味)との大きな合唱が起きていた。

この意味で、ブティジェージの立場は、民主党中道派の政策と重なる部分が多い。

また、これと重なりつつ第二の強みとして、党の団結・統一(unity)を求めるブティジェージのレトリックを指摘できよう。予備選挙投票日直前のニューハンプシャー州での討論会では、明らかにサンダースを指して、「マイウェイ、さもなくばハイウェイ」という発想を批判した。これを「革命かさもなくば現状維持か」と表現したこともある。あくまで二者択一を要求し、その間の漸進的改革や妥協を許容しないサンダースの姿勢を批判したものである。

いうまでもなく、これは左派からすると原則を欠いたレトリックに過ぎず、弱点ともなる。ただ、左のイデオロギーにこだわらずに幅広い勢力と思想の結集を図ろうとする姿勢は、2008年のオバマの選挙戦を彷彿とさせる面があり、支持の広がりも期待できる。実際、ニューハンプシャー州マンチェスター市で会った民主党支持者には、サンダースに次いでブティジェージを支持すると述べた者もいて、ブティジェージへの支持が必ずしも中道派のみから来ているわけではないことを示唆している。 

                                                                <筆者撮影。以下同>

第三点としては、ブティジェージが同性愛者であり、それゆえに性的少数派としての側面をもつことが重要である。これは党内のブルーカラー層での支持を広げていくうえで障害となりうるが、人種的・性的少数派を差別しないことを重視し、アイデンティティで差別しないことを基本原則とする高学歴の民主党支持者にとって、逆に大きな魅力ともなる。それは部分的にバラク・オバマが登場した時の魅力と重なり合う。少しばかり2008年を振り返ってみよう。

当時、現職のジョージ・W.ブッシュ大統領の支持率は30%を切ったこともあり、またアメリカそのものも、イラク戦争や京都議定書離脱により国際的に不人気であった。国際的な感覚をもつアメリカ人、あるいはその高学歴層にとって、国内外でのアメリカについての否定的評価はまことに不本意な状況であった。その時、オバマを発見した彼らの脳裏に浮かんだのは、過去に奴隷とされていた人種的少数派を大統領に押し上げることによって得られるアメリカの世界における再評価、自らが得られる満足感、そしてカタルシスであった。ドナルド・トランプ大統領のもとでアメリカについて喪失感を強めているアメリカ人にとって、そこから立ち直る絶好の機会を、2008年のオバマ同様ブティジェージは提供してくれている。実際、彼をオバマと重ねてみる民主党員も少なくない。ある支持者は、「目を閉じてブティジェージを聞いてみろ。オバマそっくりだ」と断言した。

ただし、民主党支持者でも、自分自身は同性愛者を受け入れるものの、アメリカ人の多く、とりわけ無党派の有権者は受け入れないであろうと危惧し、その結果他の候補を支持すると語った市民もいた。このように考える民主党員が存在することも事実である。

第四に、ブティジェージの若さそのものも、トランプ(73歳)、バイデン(77歳)、サンダース(78歳)、ウォーレン(70歳)ら現職大統領と主要候補の年齢を考えると、重要な強みである。

むろん、これらの点は裏返すと、すでに述べたように、すべてブティジェージの弱点となる。結局のところ、彼は人口10万人少々の市の市長に過ぎず、国政の経験は皆無である(ただし、2016年のトランプにもそれは妥当する)。

これらに加えて、民主党の公認大統領候補となるうえで、ブティジェージの最大の弱点は、人種的少数派であるアフリカ系アメリカ人とヒスパニック系アメリカ人の間で支持が弱いことである。これまでの世論調査は、バイデンがこれらの少数派有権者の間でそれぞれ52%, 39%の支持を得ており、他の候補を大きく上回っている。ちなみに、ブティジェージのここでの支持はそれぞれ4%ずつである(2019年12月28日から31日実施のザ・エコノミストとユーガヴによる世論調査)。むろん、その後アイオワとニューハンプシャーの結果でバイデンは大きく傷つき、ブティジェージは大きく評価を上げたので、これらの数字は一定程度変化している可能性はある。それでも、大きな傾向として、バイデンの強みの一つが人種的少数派での強い支持であり、ブティジージの弱みの一つがそこでの低支持率にあることには変わりがない。

究極のエスタブリッシュメント候補となったバイデン

ブティジェージが彗星のごとく登場したのに対し、前評判を覆して苦戦しているのが、バイデンである。アイオワでの4位、ニューハンプシャーで5位という結果は、圧倒的な知名度と経歴を誇るバイデンにとって屈辱であった。

バイデンはインサイダー・タイプの政治家である。外交安全保障についての見識や、飾らず気取らない性格は同僚政治家から高く評価されている。聴衆に”folks”と語りかける口調も庶民的な雰囲気を作り出す。ただし、オバマのように心を動かす演説をするタイプではない。サンダース、ブティジェージ、ウォーレン、クロブシャーら現在残っている有力候補がすべて雄弁であることと比較すると、バイデンは明らかに後塵を拝する。ニューハンプシャー州予備選挙投票日直前での集会では、かなり熱を込めた演説をしていたが、支持者に与える高揚感は今一つであった。77歳(1942年11月20日生)という年齢も、サンダース、ウォーレン、はたまたトランプらと比較して圧倒的に高いわけではないものの、弱点の一つであることは確かであろう。

バイデンが、息子ハンター・バイデンがウクライナ疑惑に登場したことで、傷ついたことも否定できない。何より、上記の年齢、その中道的立場、前副大統領、元上院議員という華々しい経歴ゆえに、バイデンはこの選挙戦でいわば究極のエスタブリッシュメント候補となってしまった。とくに同じ中道的傾向をもつブティジェージやクロブシャーから挑戦され、支持者をかなり奪われていることは痛手である。資金調達力にも不安をもつバイデンは、3月に入ってから撤退を余儀なくされるかもしれない。

自ら強調してきたバイデンの強みは、各種世論調査で示されてきたトランプを破る可能性がもっとも高い候補とみなされていることであった(electability)。ところが、アイオワとニューハンプシャーでの敗北により、その主張が根幹から覆されつつある。 

副大統領としてオバマ大統領を8年間支えたことは、バイデンの重要なセールス・ポイントであるが、ここに来てオバマの神通力が弱まっていることも、バイデンにとって不利に働いている。オバマはTPPの成立に全力を尽くしたが、すでに2016年選挙戦において、民主党全国党大会に出席した多数の代議員は、オバマを無視して反TPP一色に染まっていた。オバマケアは文字通りオバマ政権が誇る成果であったが、左派候補は今回その不十分性を攻撃し、皆保険制度を提唱している。オバマ自身は依然民主党員の間で高い人気を誇るものの、彼らはかなりつまみ食い的にオバマ人気を利用しているようにも見える。

ここに来て、マイケル・ブルームバーグの支持率が顕著に上昇してきたことも、支持基盤が競合するバイデンにとって不安要因となっている。いわば勢いを競う2月の緒戦と異なり、3月3日のスーパーチューズデイからは獲得した代議員数を競うまさに数の勝負となる。ブルームバーグが少なくとも4-5人の有力候補の1人となる可能性は高くなった。

むろん、バイデンの知名度は依然抜群であり、とりわけ黒人やヒスパニックでの厚い支持は依然として強みである。戦いの舞台がネヴァダ、サウスカロライナなど、これら少数派党員の比率が高い州に移れば、異なった結果が生み出される展開も十分予想できる。

そもそもオバマケアすら十分に守ることができない民主党が、それをさらに拡大・充実させることができるのであろうか。このような現実感覚が戻る時がくるかもしれない。

過去を振り返ると、中道路線をとり、エスタブリッシュメントに属するとみなされる政治家が勝利した例がないわけではない。2004年のアイオワでの民主党党員集会でのジョン・ケリー上院議員の勝利などはその例であろう。彼は、それまで世論調査でリードしていたハワード・ディーン候補に対して逆転勝利を収め、その後民主党の指名も獲得した。

サンダースにもチャンスあり

その他の候補ではウォーレンの苦戦が目立つ。左派ないし進歩派の支持はかなりサンダースに流れているようである。それに対して、討論会で高い弁舌能力を示してきたクロブシャーが健闘している。これもバイデンを脅かしている原因の一つである。中道派の票が、バイデン、ブティジェージ、クロブシャー、そしてブルームバーグの間で割れ、ウォーレンが失速すると、サンダースにとって理想的な状況が生まれてくる。

サンダースは4年前の支持者をかなりの程度取り返した。その一貫性によって、上位1%、富裕者、ウォールストリートを攻撃する姿勢によって、そして公立大学の学費無償化や民間保険を全廃しての皆保険制度といった夢を語ることで、若者の間で人気を博している。背景には、格差の拡大や学費高騰、そして学費ローン返済に悩む若年層の怒りが存在する。

隣接州ヴァーモント出身であるために、有利ではあるが期待値も高く、首位になったものの、勝って当然とみなす有権者も多いため「勢い」はつきにくい。

むろん、今後、他陣営からの批判はますます強まるであろうし、サンダースは高齢であるだけでなく実際に健康不安も抱えている。また、本来低所得者が多い少数人種・民族党員の間では支持が伸びていない。にもかかわらず、4年前以上に大きなチャンスがサンダースにあることは確かであろう。

民主党の分裂?

民主党内に対立と亀裂があることは確かである。それは中道対左派というイデオロギーだけでなく、人種、アイデンティティ、世代など、多様な軸から成る。これをもって、民主党の混迷と定義するジャーナリストや識者は少なくないが、7月の党大会で決着がつくまでは、この状態は野党にとっては宿命でもあり、また普通のことでもある。対立が尾を引く場合もあるが、今年に関しては、ともかくトランプを敗北に追いやりたいと願う気持ちはいつになく強いことが世論調査で示されており、民主党にとってそれほど大きなハンディキャップにならない可能性の方が大きいであろう。

長らくバイデンが本命と見られてきたが、アイオワ・ニューハンプシャーが終了した時点でいえることは、ここに参戦しなかったブルームバーグも含めてサンダース、ブティジェージ、クロブシャー、バイデンら他の候補にも十分なチャンスがあるということである。同時に現職大統領の支持率が決して高いとは言えない状態が続いており、本選挙は民主党候補が主要候補の誰になっても、接戦となることが予想される。

  • 研究分野・主な関心領域
    • アメリカ政治
    • アメリカ政治外交史
    • 現代アメリカの政党政治
    • 政策形成過程
    • 内政と外交の連関

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