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アメリカNOW第48号 原油流出事故とエネルギー政策の行方

June 18, 2010

米国ではメキシコ湾の原油流出事故が大きな話題となっている。6月15日にはオバマ大統領が就任後初めて 大統領執務室から演説 を行い、政府による対応方針を説明した。本稿ではオバマ大統領の演説を手がかりに、今回の事故が米国のエネルギー政策に与える影響を考察する。

「危機を無駄にしてはいけない」

15日の演説でオバマ大統領は、今回の事故の教訓をエネルギー改革の実現に生かすべきだと強調した。「事故の発生は化石燃料に依存することの危うさを改めて認識させる出来事であり、今こそクリーン・エネルギーの時代を実現させるための国民的な努力を開始する必要がある」というのが大統領の主張である。20分足らずの演説の3分の1程度がエネルギー改革の議論にあてられており、大統領の熱意がもっとも感じられたのもこの部分だった。

危機を構造改革実現への追い風にしようとする戦略は、オバマ政権の十八番といっても良い。経済危機への対応でも政権は、単に景気回復を目指すのではなく、安定成長を可能にする構造改革の必要性を主張した。エマニュエル首席補佐官がいうところの「深刻な危機を無駄にしてはいけない」という哲学が、今回の原油流出事故でも踏襲された格好だ。

消えたCarbon Price

15日のオバマ大統領の演説には、ほかにも過去の政権の行動に相通じる側面がある。構造改革の必要性を主張しながらも、もっとも議論が分かれる部分では政権の姿勢を明確にしなかったのである。

論点は地球温暖化問題への対応。具体的には排出量取引制度への態度である。

排出量取引制度の導入を巡る議論は、米議会でエネルギー法案の審議が滞っている大きな理由となっている。エネルギー改革に関する米議会の取り組みは、代替可能エネルギーを中心としたエネルギー開発の促進と、排出量取引制度を主軸に据えた温暖化対策を組み合わせるかたちで進められている。このうち排出量取引制度の導入に関しては、産業界や消費者の負担増が問題視されており、共和党議員のみならず民主党議員の中にも根強い反対論がある。この点が大きな障害となっており、下院でこそ包括的なエネルギー法案が可決されたものの、上院に審議の舞台が移った時点で議論が止まってしまっているのが現状だ。

温暖化問題への取り組みを進めたい民主党議員は、今回の演説でオバマ大統領が排出量取引制度の導入を明確に支持することを期待していた。ところが実際には、今回の演説で大統領は温暖化問題にほとんど言及せず、クリーン・エネルギーへの移行は、専らエネルギー自給と雇用・新産業育成の文脈で語られた。「排出量取引(Cap & Trade)」はおろか、「地球温暖化(Global Warming)」や「気候変動(Climate Change)」という言葉すら大統領は使っていない。唯一温暖化問題を連想させたのは、「下院は強力で包括的なエネルギー・気候法を可決した(Energy and Climate Bill)」という一節だけである。温暖化対策を含んでいたはずの自らの選挙公約についても、「エネルギー自給を実現するための原則を示してきた」との表現に止める徹底ぶりである。

なかでも温暖化対策の支持者を幻滅させたのは、Carbon Price(炭素価格)という単語がきかれなかったことだ。Carbon Priceは強力な温暖化対策を示唆する単語として使われる。排出量取引制度などは、二酸化炭素などの温暖化ガスの排出にコスト(価格)を課して、その排出量を抑制しようとする試みだからである。

実はオバマ大統領も、今回の演説のほんの2週間前には、Carbon Priceの必要性を明言していた。 6月2日にカーネギー・メロン大学で行なった演説 で大統領は、やはり原油流出事故からエネルギー改革の必要性を説き起こした上で、クリーン・エネルギーへの移行を可能にするためには、「Carbonによる汚染に価格をつけること(putting a price on carbon pollution)が唯一の方策だ」とまで述べていたのである。

改革の必要性を強調しながらも、肝心な局面でもっとも議論が分かれる論点での立場を明確にしないというオバマ政権の姿勢は、医療改革の経験を思い出させる。当時の議論では民間保険と競合する公的保険(いわゆるパブリック・オプション)の新設が争点となった。民主党の中には大統領にパブリック・オプションへの支持を明確にするよう求める向きがあったが、最後まで大統領は立場を鮮明にしなかった。

両者の類似性から導かれる示唆は二つある。医療改革での政権のあいまいな姿勢は、法案審議の長期化を招いた。同じ力学が働くとすれば、包括的なエネルギー法案の審議も長引いてしまう。実際にオバマ政権は、最終的な決着を中間選挙後のレイムダック・セッション *1 に持ち越す方針を示唆している *2 。下院案の審議が昨年行なわれていることを考えれば、医療改革を超える長丁場である。

その一方で、「政権があいまいな態度をとるのは、それだけ法案の成立を真剣に考えているからだ」という指摘もある *3 。医療改革の場合と同様に、政権が態度を明確にしなければ、議会に妥協の余地が残るからだ。そう考えると、政権がエネルギー法案の成立に本腰を入れてくる可能性も否定できない。

高まる「エネルギー・オンリー」の可能性

もっとも、オバマ政権が本腰を入れてくる場合でも、今回の演説は温暖化対策の方向性が変わるきっかけになるかもしれない。具体的には、今後の議会におけるエネルギー法案の審議は、「Carbon Price」を置き去りにした形で進みかねないのである。

ここでエネルギー改革に関する法案の状況を整理しておこう。前述のように、下院では既に排出量取引制度の導入を含む包括的なエネルギー法案 *4 が可決されている。しかし、これに対応する上院の包括法案 *5 の審議は環境委員会を通過した時点でこう着状態に陥っており、最近になって新たな代案 *6 が起案されたところである。

これに対して、排出量取引制度などの強力な温暖化対策を含まないエネルギー法案が、「エネルギー・オンリー」と呼ばれる形態である。こうした法案ではエネルギー開発の促進に重点が置かれ、「Carbon Price」につながる対策は見送られる。既に上院エネルギー委員会を通過している法案 *7 は、電力会社に発電量の一定割合を代替可能エネルギーで賄うことを義務づけ、化石燃料からの移行を促進する。また、共和党のルーガー上院議員が最近提案した法案 *8 は、自動車の燃費基準の引上げや建築基準の見直しなどによって、化石燃料の消費量を抑制しようとする内容だ。さらに、共和党のアレクサンダー上院議員と民主党のウェブ上院議員は、原子力開発や代替エネルギーの研究開発に焦点を絞った法案 *9 を提案している。

15日の演説でオバマ大統領は、以上のような「エネギー・オンリー」の法案を連想させるアイディアに言及し、これらを「喜んで検討する」と述べている。こうした大統領の発言を「政権がエネルギー・オンリーでの妥協を容認した合図」とみる向きは少なくない。同時に、たとえ排出量取引制度の導入に進むにしても、包括法案が想定するように幅広い産業を対象にするのではなく、発電部門に限定した制度設計の可能性も指摘されている *10

さらに米議会では、これまでのエネルギー法案とは全く趣の違う法案が議論されようとしている。原油事故への対応と再発防止を目指した法案である。民主党のペロシ下院議長は、被災地への補助金支給や監督機関の改変、さらには政府が自力で今回のような災害に対応する能力を高めるための法案作りを目論んでいるようだ *11

事態の注目度を勘案すると、エネルギー政策に関する今後の米議会の審議では、原油事故への対応を主眼とした法案が先行すると予想される。オバマ大統領が主張するような構造改革への架け橋は、まずは「エネルギー・オンリー」法案が中心となって進められていく可能性が高そうだ。こうした試みがCarbon Priceを含んだ包括的な法案にまで広がるかどうかは、大統領がどこまで関与を強めるかに左右されよう。

医療改革の審議では、オバマ政権は改革の実現という成果を勝ち取ったが、パブリック・オプションは最終案に残らなかった。歴史の教訓をみる限りでは、排出量取引制度の前途は決して明るいとはいえなさそうである。



*1 :議会選挙の投票日から新議会の召集までの間に、改選前の議員が出席して開催される議会会期を指す。

*2 :Carol E. Lee and Jonathan Allen, Senate Snaps at White House, POLITICO, June 16, 2010

*3 :Ezra Klein, Where have we heard this before? , Washington Post, June 15, 2010

*4 :H.R.2454, American Clean Energy and Security Act of 2009 (いわゆるWaxman-Markey法案)

*5 :S.1733, Clean Energy Jobs and American Power Act of 2009

*6 :American Power Act (いわゆるKerry-Lieberman法案)

*7 :S.1462, The American Clean Energy Leadership Act of 2009

*8 :S.3464, Lugar Practical Energy and Climate Plan

*9 :S.2776, Clean Energy Act of 2009 (いわゆるAlexander-Webb法案)

*10 :Darren Samuelson, President Obama Speech Has Energy Bill in Limbo, POLITICO, June 17, 2010

*11 :Jake Sherman, Pelosi Seeks to Refine Spill Response, POLITICO, June 8, 2010


■安井明彦:東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
    • 安井 明彦
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