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アメリカNOW 第75号 財政再建・債務上限引上げ交渉を取り巻く政治的な計算 (安井明彦)

July 4, 2011

米国で財政再建と債務上限の引上げを巡るオバマ政権と議会の交渉が注目を集めている。デフォルト(債務不履行)の可能性をも秘めた交渉の行方は、関係者の政治的な計算と無縁ではない。最近の状況を政治的な視点から整理する。

久しぶりの大統領記者会見

6月29日、米国のバラク・オバマ大統領が久しぶりの記者会見を開いた。先ごろ発表されたアフガニスタンからの米軍撤収計画などに並び、大きなテーマとなったのが財政再建と債務上限の引上げを巡る議会との交渉である。

拙稿 「財政再建を巡る米国の風景(アメリカNOW第74号)」 でも紹介したように、米国では財政再建と債務上限の引上げを巡るオバマ政権と議会の交渉が続いている。下院で多数党を握る共和党は、債務上限の引き上げに応ずる条件として、その引き上げ幅と同額以上の財政再建策の実施を要求している。米国は「8月2日までに債務上限が引き上げられなければデフォルトに陥る *1 」といわれており、交渉の期限は刻々と近づいている。

米国財政を巡る一連の交渉には、さまざまな政治的な計算が働いている。国政選挙を来年に控える今、交渉妥結の可能性は政治的な計算抜きでは語れない。今回の記者会見からも、三つの政治的な計算が垣間見えた。

「分別ある大人」のイメージ作り

第一は、「分別ある大人」としてのイメージを重視した再選戦略である。

今回の記者会見で印象的だったのは、オバマ大統領がなかなか合意にたどり着けない議会を子ども扱いした部分である。大統領は、自らの子供たちは「宿題を締め切りの一日前には終わらせている」と紹介、「彼女たちは10歳と13歳。同じことは議会にも出来るはずだ。やらなければならないとわかっているなら、さっさとやりなさい(Just Do It)」と言い放った。

拙稿 「オバマ政権の一般教書演説と新人事(アメリカNOW第67号)」 で述べたように、共和党に下院多数党を奪われた後のオバマ大統領は、党派対立の高みに立つイメージ作りを再選戦略の柱の一つにしている。党派対立の現場に踏み込んで泥にまみれるよりも、「子供たちのいがみ合い」を叱りつける存在として有権者の信頼を得ようとするやり方だ。財政再建を巡るこれまでの交渉でも、大統領は積極的な関与を避けてきた。こうした大統領の姿勢に関係者の不満が募っていることは、前出の「財政再建を巡る米国の風景」で触れた通りである。

記者会見での発言は、こうした政権の再選戦略を見事に反映している。子供を引き合いに出した発言は、「大人(オバマ大統領)と子供(議会)」の関係をそのまま描き出した格好だ。

もちろん、オバマ大統領がいつまでも交渉から距離を置けるわけではない。最終的な合意に大統領とジョン・ベイナー下院議長(共和党)の関与が不可欠なのは、交渉が始まった当初から明らかだった。実際に、ジョー・バイデン副大統領を座長にして始められた交渉は、財政再建策に増税を含めることを拒む共和党参加者の離脱によって立ち往生。大統領が本格的に関与しなければならない時間帯が訪れている。

「敗北」を「勝利」に変える環境整備

こうした現実は、第二の政治的な計算につながる。交渉妥結を見越した政治的な環境の整備である。今回の記者会見でオバマ大統領は、共和党に対して財政再建策に増税を含めるよう執拗に要求した。一方で、大統領が具体的に言及した増税案の規模はそれほど大きくなかった *2

本質的な財政再建にあまり寄与しない増税案にこだわるオバマ大統領の姿勢には、目線の低い要望を声高に主張し、妥結の際に「勝利」を演出しやすくしようという計算がうかがえる。言い換えれば、大統領には「敗北」の痛みを緩和するための小道具が必要なのである。

財政再建を巡るこれまでの交渉は、基本的に共和党主導で進んでいる。交渉が妥結した暁には、再建策の大半が共和党が好む歳出削減で構成されるのは確実な情勢だ。オバマ大統領に許された選択肢は、交渉決裂によるデフォルトか、民主党側の大幅な譲歩を受け入れるしかない。

交渉結果が民主党の完敗を意味するのであれば、妥結に進む力学は失われる。だからこそオバマ大統領は、良くても「小規模な増税しか含まれなかった」となるであろう交渉結果が、「(小規模だが)増税を勝ち取った」と理解されるような舞台を設定する必要がある。これも記者会見で大統領が要請した小規模な追加景気対策の実施にも、同じような役回りが期待されていると考えられる。

交渉決裂に備えたダメージ・コントロール

増税への固執には三つ目の政治的な計算がある。交渉が決裂した場合の責任を共和党に負わせ、自らのダメージを軽減するための準備である。

オバマ大統領による具体的な増税案の提示には、「民主党は責任ある提案を行なった」という世論を作る狙いがある。記者会見で大統領は、増税の対象として「石油会社」と「企業保有の飛行機(corporate-jet)」を繰り返し名指しした。そこには、「共和党は一部の特殊権益や企業のぜい沢を国益に優先させている」というストーリーを用意しようとする大統領の意図が感じられる。

今回の記者会見の内容に、共和党との交渉が予想以上に難航している可能性を指摘する向きもある。難しい交渉をまとめようとする際には、外部からの余計な雑音を避けるために、具体的な交渉内容をギリギリまで水面下に止めるのが普通である。今回のように、具体的な増税案を公然と主要な論点に仕立て上げてしまえば、ベイナー下院議長は却って譲歩しにくくなりかねない。逆にいえば、政権側が水面下での合意に自信があるのであれば、決裂を想定したダメージ・コントロールに乗り出す必要はないはずだ。

呉越同舟の大統領と下院議長

もっとも、オバマ大統領とベイナー下院議長の間では、交渉妥結によるデフォルト回避を優先する政治的な計算は共通しているはずである。デフォルトによって経済が混乱した場合、責任を問われるのは「現職」の政治家になりやすい。来年の国政選挙を例に取れば、大統領選挙では再選を狙うオバマ大統領、議会選挙では多数党の維持を狙う下院共和党が不利な立場となる可能性が高い。「どちらがより大きな責めを負うか」という想定のもとでダメージ・コントロールを用意するにしても、どちらかが無傷で切り抜けられる保障はない。

もちろん、交渉決裂で損をする人たちがいれば、相対的に得をする人たちもいる。大統領選挙でいえばオバマ大統領の再選を阻止しようとする共和党の候補者たちであり、議会選挙では多数党の奪回を目指す下院民主党だ。このため、こうした人たちが妥結を容易にするような役回りを果たす可能性は低い。むしろ共和党の大統領候補者やペロシ下院院内総務などが党派色の強い発言で介入し、オバマ大統領やベイナー下院議長が妥協に動きにくくなる可能性も指摘できよう。

財政再建交渉の行方は、呉越同舟の関係にあるオバマ大統領とベイナー下院議長の政治的な計算に左右される。興味深いのが、1996年の福祉制度改革の経験だ。この改革は、同年の選挙で再選を目指していたビル・クリントン大統領(民主党)と、多数党の維持がかかっていたニュート・ギングリッチ下院議長(共和党)の呉越同舟の関係の産物だった面がある。いずれの交渉当事者にとっても、改革実現という実績を残すことが、自らの政治的な利益だったからである。その一方で、改革実現によって大きな論点が消えてしまったために、共和党の大統領選候補であったロバート・ドール上院議員は、クリントン大統領を攻撃するテーマを失った。本来であれば共和党の福祉制度改革案を攻撃したかった下院民主党としても、クリントン大統領が携わってしまった改革を批判するわけにはいかなくなった。

「議会休会をあきらめて交渉に励め」という記者会見でのオバマ大統領の叱責を受けてか、上院は7月4日の週に予定されていた独立記念日の議会休会を取りやめた。締め切り寸前まで「宿題」を終えないのが習性となっている米議会の関係者も、ラスト・スパートのタイミングを見据え始めているようだ。


*1 :オバマ政権は、立法作業にかかる時間などを勘案すると、7月22日までに交渉が妥結する必要があるとしている。
*2 :ウォールストリートジャーナル紙によれば、オバマ大統領が記者会見で言及した増税の総額は640億ドル(10年間、以下同じ)。またBNAによれば、オバマ政権が議会との交渉で求めている増税総額は約4, 000億ドル。これに対して、目指されている財政再建策の目安は2~2.5兆ドル。

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
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