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北朝鮮に自制の意思ゼロ ― ミサイル発射、対外的含意とは

April 12, 2012

東京財団「日本外交の指針」プロジェクト・メンバー
防衛研究所主任研究官
阿久津 博康
(本稿執筆は4月10日)

北朝鮮が予告通りに「銀河3」(衛星運搬ロケット)による「光明星3」(地球観測衛星)の打ち上げを断行する可能性は極めて高い。2012年という年は故金日成主席生誕100周年であり、北朝鮮の悲願である「強盛大国(国家)の大門を開く」年であり、昨年12月に死去した金正日国防委員長の後を受け継いだ金正恩体制の発足を祝う重要な年だからである。また、元米高官が、同委員長死去前の昨年12月15日に北朝鮮政府の高官と接触し、「人工衛星」打ち上げに擬したミサイル発射を行うと告げられた旨明らかにしているが、それが事実なら、今回の発射も同委員長の「遺訓」の一部ということになる。今回の「地球観測衛星」打ち上げを「弾道ミサイル」発射として自制を求める多くの諸国をよそに、北朝鮮は発射実施に向けて邁進している。北朝鮮にとっては、後戻りという選択はないのであろう。

発射を正当化する「論理」

日米韓やASEAN諸国を始めとする多くの国は「今回発射されるものはミサイルであり、国連安保理決議1874号などの国際法に違反する」としている。 特に米国からすれば今回のミサイル発射は今年2月29日の米朝合意に違反するものであり、日本からすれば2002年9月17日の日朝平壌宣言に反するものである。他方、北朝鮮はあくまでも「地球観測衛星の打ち上げであり、それは主権国家としての正当な権利である」としている。2009年4月の弾道ミサイル発射の時と同様に、北朝鮮は予め国際機関に衛星打ち上げについて通知するなど、手続き上瑕疵がないことを示そうとしている。北朝鮮が今回の「銀河3」による「光明星3」の打ち上げをどのように正当化しているのか、若干詳細に紹介したい。

北朝鮮は、3月16日、朝鮮宇宙空間技術委員会の報道官を通じて「故金日成主席の生誕100周年に際して、自前の力と技術で製作した実用衛星を4月12~16日の間に打ち上げる」と発表した。同報道官によれば、「今回打ち上げられる「光明星3」は極軌道に沿って周回する地球観測衛星であり、運搬ロケット「銀河3」によって、平安北道・鉄山郡の西海衛星発射場から南方に向けて」打ち上げられる。北朝鮮は「国際的規定と手順を踏んで国際民間航空機関(ICAO)と国際海事機関(IMO)、国際電気通信連合(ITU)などに必要な資料を通報するとともに、「衛星の打ち上げ過程に生じる運搬ロケットの残骸が、周辺の国々に影響を及ぼさないように、飛行軌道を安全に設定した」としている。さらに、翌日の3月17日、北朝鮮は「朝鮮宇宙空間技術委員会は、他国の権威ある宇宙科学技術部門の専門家と記者を招請して西海衛星発射場と衛星管制総合指揮所などを参観させ、地球観測衛星「光明星3」の打ち上げの実況を見せることになる」との報道も発表した。日本のJAXAにも招待状が届いたことが報じられている。4月8日付け労働新聞によれば、衛星打ち上げ観覧に招待 された世界の主要なメディア関係者も既に平壌入りしている。

また、3月18日、北朝鮮は、米日韓を始めとする諸国が、今回の衛星打ち上げを「朝鮮半島と北東アジアの平和と安定を脅かす重大な挑発行為」「国連安全保障理事会の『決議』違反」(同日付け朝鮮中央通信社論評)などと主張していることに対しても強く批判している。北朝鮮は「これは反朝鮮圧殺政策の典型的な発露で、われわれの平和的宇宙利用の権利を否定し、自主権を侵害しようとする卑劣な行為」、「われわれの衛星の打ち上げについてのみ問題視しているのは、わが国の尊厳と威容、科学的発展を目の上のこぶと見なしているからだ」としながら、「人工衛星の製作と打ち上げの問題において2重の尺度、2重の基準は絶対に許されない」と述べている。そして、「われわれが自主権に属する問題に関連し、誰かが言いがかりをつけるからといって、すでに計画した衛星の打ち上げを撤回すると思うなら、それは誤算だ」と発射の意志を明確にしている。

先軍政治を継承する北朝鮮の意図

4月15日は金日成生誕100周年に当たるが、4月11日には朝鮮労働党代表者会が招集され、金正恩労働党中央軍事委員会副委員長が党総秘書(書記)に就任する可能性が高い。続いて、4月13日には最高人民会議第12期5回会議が招集され、国家の最高領導者である国防委員会委員長に就任する可能性もある。そうなれば、既に朝鮮人民軍最高司令官に就任している金正恩は、名実ともに北朝鮮の指導者としての全ての重要ポストに就任することになる。これにより、北朝鮮は金正恩体制の正式な出帆を内外に示すことができる。先軍政治を継承した金正恩体制下の北朝鮮の狙いは、正にその点にあるのであろう。

また、軍事的には、弾道ミサイルの技術向上という目的もあろう。北朝鮮は今回の発射を「強盛国家建設を進めているわが軍隊と人民を力強く鼓舞することになろうし、わが共和国の平和的宇宙利用技術を新たな段階へと引き上げる重要な契機」と捉えている。しかし、北朝鮮の戦略的願望の中には、米国本土を核弾頭搭載可能な弾道ミサイルの射程に収めるということが含まれているかもしれない。時間と労力をかければ、飛翔距離をグアムから東海岸へと延伸し、精度を向上させることは不可能ではない。

北朝鮮の自信と中国ファクター

先に述べたように、北朝鮮は今回の発射を「他国の専門家に公開する」としている。それほど今回は発射の技術的「成功」に自信があることが窺える。今回北朝鮮が発射しようとしている衛星運搬ロケットは、理論上は周辺国の領域を通過することはない。先に引用したように、「衛星の打ち上げ過程に生じる運搬ロケットの残骸が、周辺の国々に影響を及ぼさない」ことに相当の自信を持っているのであろう。

しかし、こうした技術的な側面での自信の他、国際政治的な側面での自信にも注目する必要がある。北朝鮮が国際的批判を排してまで衛星打ち上げを断行できるという自信の裏には、法的同盟国であり最大の支援国である中国の存在を看過することはできない。2009年4月の弾道ミサイル発射と5月の2回目核実験に対し、国連安保理決議1874号が発動されたが、中国もこれに賛同した。しかし、同年10月、中国は北朝鮮と新たな技術・経済支援協定を結び、中 国の対北朝鮮政策の基本が「体制の安定」であることが再確認された。つまり、中国は北朝鮮の挑発的行動や冒険主義的行動に対して反対していても、北朝鮮を「崩壊」や「暴発」に追いやることは回避したいので、結局北朝鮮の行動を容認、又は少なくとも黙認せざるをえない、ということであろう。昨年12月19日に北朝鮮が金正日国防委員長の死去を公表した後、早期に金正恩体制を事実上承認したことも、「体制の安定」を最優先する中国の姿勢を如実に表している。今回北朝鮮が衛星運搬ロケットを発射した後、2009年の時と同じ状況になることを北朝鮮が期待していても不思議ではない。

ちなみに、中国は3月16日の時点で外務省報道官と外務次官の発言を報道しているが、そこでは「北朝鮮側が発表した情報に留意している」「朝鮮側の関連の計画と国際社会の反応に留意している」と述べられている。また、例の如く、中国の外務次官は「関係方面が冷静さと自制と保ち、事態のエスカレートによってさらに複雑な局面がもたらされることを回避するよう心から望んでいる」と発言している。北朝鮮が中国の「留意」程度で打ち上げを自制するとは考えにくい。

安全保障上のインプリケーション

技術的に言えば、弾道ミサイルと衛星運搬ロケットとの間に差異はない。しかし、その軍事的意味合いは大きい。何故なら、北朝鮮が言う「衛星」打ち上げが今後も繰り返されれば、それは北朝鮮の弾道ミサイル技術が向上して行くことを意味するからである。

なお、実験の繰り返しにより技術的能力の向上が期待されるのは、プルトニウム型核爆弾についても同様である。国威発揚や支援引き出しという目的に加え、こうした技術的理由からも、北朝鮮が今後3回目の核実験を実施する可能性は排除できない。先に述べたように、北朝鮮が米国を射程に収める大陸間弾道 ミサイル開発に成功すれば、既に北朝鮮のノドンミサイルの射程に入っている日本や、スカッドミサイルなどの脅威と対峙している韓国にとっては、一層憂慮すべき状況が生まれるかもしれない。

4月12日~16日の期間、北朝鮮はいつ「光明星3」を打ち上げてものそれなりの理由づけができる。日本では衛星運搬ロケットやその残骸の領域落下に備えて既に破壊措置命令が発出されているが、今後も備えを万全にするとともに日米及び日米韓の緊密な協力を推進して行くことが、日本にとって最善の道であろう。

「日経ビジネスONLINE」 (4月11日掲載記事)より転載
    • 元東京財団「日本外交の指針」プロジェクト・メンバー/防衛研究所主任研究官
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