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潜水艦が映し出すアジアの安保

June 17, 2014

[特別投稿]長尾 賢氏/学習院大学講師(安全保障論・非常勤)

昨今、西太平洋からインド洋にかけて、いいかえればユーラシア大陸の周辺海域(ユーラシア・リム)において、潜水艦を巡るニュースが相次いでいる。例えば、2013年終わりに、ベトナムは初めての潜水艦を受領した。2014年に入り、インドが建設中の原子力潜水艦が港から出て試験を始めたようだ。2014年か、または2015年には配備される予定だ。そして、2014年6月に行われた日豪外務・防衛閣僚会議(2+2)では潜水艦の技術協力について実質合意したものとみられている。実は、このようなニュースは氷山の一角にすぎない。ユーラシア・リムでは急速に潜水艦の整備が進んでいるのである。

1.潜水艦が増えるアジア

日本以南各国の潜水艦の保有数を1990年、2014年、2020~30年(計画)という形で区切ってみると、明らかに保有数を増やす傾向にあることがみてとれる(図1)。例えばマレーシアやシンガポール、これらの国は1990年時点では潜水艦を保有していなかったが、2000年代後半までに保有するようになった。初めて潜水艦を受領したベトナムも今後6隻まで増やす計画だ。インドネシアはもともと潜水艦を保有していたが、予算が許せば、12隻まで増やそうとしている。そしてフィリピンやタイも潜水艦保有を計画中だ。さらにオーストラリアは、現在6隻保有している潜水艦を12隻に増やす計画だし、バングラデシュも初めて2隻の潜水艦を保有する見込みで、パキスタンも原潜保有に向け改革を進めている。そして日本は18隻から24隻へと増やす計画である。

中国やインドについてはどうだろうか。中国については、実は保有総数そのものは1990年より現在の方が減っている。しかし、両国は原子力潜水艦の保有数数を増やしつつある。通常型潜水艦についても近代的で大きな潜水艦を保有する傾向が出ている。潜水艦を重視しているといえよう。そしてインドについては、原潜の増強が進みつつある。減少しつつある通常型潜水艦の隻数についても増やす計画が議論されている。

図1:ユーラシア・リム日本以南の潜水艦保有数推移
筆者作成

2.なぜ潜水艦か

各国はなぜ潜水艦を増やすのであろうか。潜水艦の特徴は少なくとも3つある。1つ目は、潜水艦が純粋に軍事用の武器であることだ。人道支援や災害派遣では役に立たない。2つ目は、潜水艦は軍事用としてはコストパフォーマンスがよいことである。潜水艦は隠れ、敵を待ち伏せて使う。敵の海軍は、潜水艦がどこにいるのかわからないので不安になる。不安になると、行動が慎重になる。つまり潜水艦は、隠れているだけで抑止力を発揮する。3つ目は、潜水艦が相手国の軍事情報収集の手段として有用なことだ。潜水艦は隠れて情報収集ができる。秘密の多い国際情勢の中で、正確な情報を把握するには、潜水艦による情報収集が有用だ。

このような潜水艦の特徴からは、ユーラシア・リム各国の潜水艦配備の有力な理由の一つが、中国対策であることが伺える。中国の急速な海軍力の近代化に対して、地域で何が起きているか把握する手段としてどのような武器がいいのか、コストパフォーマンスのいい抑止手段は何か、探っていった結果、潜水艦保有数を増やすという決断に至るのである。だから2000年代後半以降、中国の海洋進出が活発化すればするほど、各国の潜水艦保有計画も拍車がかかり、ますます増加傾向になっている。

3.外交カードとしての潜水艦輸出

現在、この潜水艦競争は、新たな段階に入り始めている。それは、各国が自分の潜水艦を増強・近代化するだけではなく、他国の潜水艦保有に介入して、外交カードとして利用し始めているためだ。例えば、中国の海洋進出に対抗したベトナムの潜水艦保有計画は、本来ならベトナムがロシア製潜水艦を購入する露越間の話である。しかし、インドはこの計画を支援し、ベトナムの潜水艦乗員の訓練を行っている。インドとしては、カシミールのパキスタン側に中国軍が駐留し、中国の原潜がインド洋で活動を開始するに及んで、対抗手段を探した結果、印越関係を重視して、決断に至った側面があろう。

同じようなことは、インドとミャンマーとの間でも進められている。民主化により中国との関係を少しずつ薄めつつある関係のミャンマーに対し、インドは潜水艦用のソナーの輸出で合意したとの報道がある。これも潜水艦を巡る技術を外交カードに利用した一例といえる。  アメリカのインドに対する対潜哨戒機の輸出も同じような部類に入るだろう。アメリカはインドに潜水艦対策の武器を提供し、インド洋で活動し始めた中国原潜対策に役立てたいのだ。

一方、中国が、バングラデシュに2隻の潜水艦を輸出する計画を進めていることも見逃せない動きだ。輸出するのは古い明級潜水艦であるが、対艦ミサイルを運用できるように近代化する。そして中国軍のインストラクターを派遣して運用を支援するとみられる。もしインドがベトナムなどを支援するために海軍を東南アジアに派遣しようと考えれば、中国のインストラクターが乗ったバングラデシュ軍の潜水艦の動きは気になるところだ。インド海軍の行動をより慎重にさせる効果を発揮するかもしれない。そしてインド海軍の動きを抑える観点からは、中国が今後、パキスタンの原潜保有計画についても協力する可能性があることを指摘しえる。

4.日本にとって鍵になる潜水艦外交

こうしてみると、日本とオーストラリアとの潜水艦に関する技術協力の合意もまた、外交カードとして有用に活用した事例である。日本としては、オーストラリア海軍の潜水艦部隊の強化を通じて、中国に対する情報収集手段、抑止力を確立したい。オーストラリア側の意向と意見が一致した側面がある。

今後の各国の潜水艦配備計画が増加傾向にあるので、潜水艦技術を巡る一連の外交は活発化する可能性が高い。オーストラリアとの協力を決めた日本としては、今後、潜水艦技術に強い関心を示しはじめているインドや、東南アジア各国との協力を進める際にも、潜水艦に関わる技術をどう取り扱うか、その可能性について検討する必要があろう。

    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
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