タイプ
レポート
日付
2014/10/29

イラクで勢力を拡大させるイスラム国(IS)の動向について

[特別投稿]和田大樹氏/東京財団アシスタント
 

昨今のIS情勢

 昨今イラク国内で勢力を拡大させる「イスラム国(IS)」の動向に国際社会の注目が集まっている。ISは、今年6月下旬に指導者のアブ・バクル・アル・バグダディが一方的に建国を宣言したもので、シリア内戦直後から同国内で勢力の拡大する「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」と同組織である(欧米ではISではなく、ISILかISISという名で多く呼ばれる)。 

 ISは今年1月、イラク西部アンバル県のファルージャやラマディを制圧したことを始め、6月上旬には北部にある同国第2の都市モスルに攻め込み、軍・警察施設や刑務所、空港、政府庁舎、銀行などを奪取した。それによりイラク軍兵士が残した武器や戦車、銀行にあった莫大な現金などを奪っただけでなく、刑務所から脱走した受刑者が組織に加わったことでISは組織の強大化にも成功した。そしてモスルの掌握後、ISは南下し、タルアファルやティクリートなどを制圧し、首都バグダッドに迫る勢いだ。またイラク最北部のクルド人自治区にも迫り、クルド人武装組織ペシュメルガと交戦を繰り返すなどしている。一方、組織の基盤があるシリアにおいて、ISはイラクでの米軍による空爆への報復として、8月20日と9月2日に、シリア国内で誘拐した米国人ジャーナリストを1人ずつ斬首刑により殺害するなど、その残虐性に国際的な非難が集まっている。また10月にはトルコ国境沿いのクルド人が多数を占める街コバニへ攻勢を強め、同街の一部を占拠するなどしたことから、トルコ政府も領土保全の観点から強い懸念を示している。そしてこのようなISの攻勢の中で、米軍主導の空爆は一定の機能性は示しているものの 、ISの破壊や勢力の弱体化にこぎ着けるまでには至っていない。 

 このように今年に入ってのISのシリアとイラクに跨る支配領域拡大は顕著であり、また 大量の外国人が戦闘員としてISの活動に参加しているとのことから、中東地域だけでなくグローバルな安全保障にも大きな影響を与えるとして、国際社会がその動向を警戒しながら注視している。しかし一般的に、ISとはどんな組織なのか、どのような歴史的背景から誕生したのか、アルカイダとはどう関係しているかなどの基本的な疑問について十分な分析が行われているとは言い難い。ここではこのような疑問も含み、国際的に行われるテロ研究の立場から、ISについて簡潔な説明を行いたいと思う。 

ISの歴史

 ISはその指導者であるバグダディが今年6月下旬に建国を一方的に宣言したものであるが、その前はISILを名乗っており、またそのISILという組織名も2013年4月に当時のイラクのイスラム国(ISI)から改名されたものである。さらにそのISIも2006年10月に誕生したもので、その由来は2003年のイラク戦争以降、同国内で政府当局やシーア派を標的としたテロを繰り返すイラクのアルカイダ(AQI)にあるとされる。

 AQIは、イラク国内でカリフ国家創設を目標とするイスラム教スンニ派武装勢力で、2004年4月にAQIの前身組織である「アル・タウヒード・ワル・ジハード」(al-Tawhid wal-Jihad)を率いるヨルダン人アブ・ムサブ・ザルカウィによって設立された(2004年10月にアルカイダのビンラディンへの忠誠を宣言)。AQIによるテロ活動は、2003年8月のイラク国連事務所爆破テロ事件や2004年10月の日本人青年殺害事件などをはじめ、バグダッドやモスル、ティクリート、ファルージャなどイラク北中部を中心に発生し、さらには2005年8月のイスラエル・アカバ湾に停泊中の米軍艦を狙ったロケット発射事件や同年11月のヨルダン・アンマンにおける米系ホテル爆破テロ事件などイラク国外でも発生した。

 しかし2006年6月にAQIの指導者ザルカウィが米軍の空爆により殺害され、翌年には米軍が一部の地元スンニ派部族勢力と自警組織“覚醒評議会”を形成し、ISIに対する大規模な掃討作戦を西部アンバル県などで実行した。それによりISIは組織として弱体化し、イラク国内でのテロ事件数は2006年から2007年をピークに減少傾向に転じた(以下図1、図2を参照)。ところが2011年12月の米軍によるイラクからの撤退やシリア内戦などの影響で、近年ISIはバクダッドを中心に軍や警察、シーア派教徒を標的としたテロ攻撃を繰り返すなどその活動を活発化させ、テロ事件数は再び増加傾向になっている。そして上述のように、現在まで同組織はシリア内戦による力の空白を巧みに利用することで組織として強大化し、ここ1,2年のイラク国内におけるテロ事件数、犠牲者数はさらに深刻化した数字となる可能性がある。例えば今年4月、米国務省から公表された2013年版テロ年次報告書によれば、同年にイラク国内で発生したテロ事件総数は2495件で世界ワーストとなり、犠牲者数と負傷者数もそれぞれ6378人、14956人となった。

図1:イラク国内におけるテロなどの暴力による犠牲者数(2003年~)
https://www.iraqbodycount.org/database/

 図2:イラク国内におけるテロなどの発生件数(2003~)
https://www.iraqbodycount.org/database/ 

ISに参加する外国人

 ISへ多くの外国人が流れ込んでいる事実について、欧米諸国を中心に自国民が帰国して国内でテロを起こすかもしれないという強い懸念が拡がっている。しかしオサマビンラディンが率いたアルカイダ(厳密にはアルカイダ・コア)も多国籍集団であるし、アラビア半島のアルカイダ(AQAP)やイスラムマグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)、アルシャバブなどアルカイダコアへの忠誠を誓ったイスラム過激派(Al Qaeda affiliate)の中にも欧米諸国出身の戦闘員が活動していることから、(ドローンによる攻撃や自爆テロで死亡、また組織内の内紛で殺害された者もいる)、今回のISへの外国人戦闘員の流入は、近年のグローバルジハードの動向からは決して新しい現象とは言えない。

 しかしこの流入が以前と大きく異なる点はその人数である。例えばその動向について事細かな調査を進めるロンドンキングスカレッジのICSR(International Center for the Study of Radicalization)から去年12月に発表された報告書によると、世界74か国から11000人以上にわたる外国人がシリアへ流入し、その大半は中東・北アフリカ出身者で占められるものの、欧米出身者も2800人以上に上るとされる。

  一方、シリアに入った者全員がISの戦闘員として参加しているわけではなく、アルカイダ系のアルヌスラには全体の14%が、ISには全体の約55%が流れ、より世俗的志向が強い他の組織に流れる者も少数ながらいるとしている。そして外国出身者についてのCNNによる報道によれば、最も多いのはチュニジアの約3000人で、以下サウジアラビアの約2500人、モロッコの約1500人、ロシアの約800人、フランスの約700人、イギリスの約500人、トルコの約400人、ドイツの約300人、米国の約100人などとなっている。他にもオーストラリアや中国、インドネシアやフィリピン、マレーシアなど多くの国からISの活動に参加しているとされ、人数だけでみればアルカイダ結成の契機となった1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻時に、世界各国からアフガンに集まったムジャヒディンの総数を上回るとされる。

 またこのCNNから発表された統計からは、アラブの春の発祥国とはいえなぜチュニジアからこれほどまでに多くの者がシリアへ入ったのかなどの疑問は残るものの、ロシアカフカス地域から多くの者がシリアへ入っていること、またシリアとイラクにおける地元勢力を組織へ組み込むことは、多国籍集団ISの勢力拡大にとって生命線になっていることなどが推測される。

多国籍集団としてのIS

   シリアやイラクで活動領域を拡大させ、多くの外国人がその過激な思想に染まり参戦しているという事実に対して、国際社会はあらゆるオプションを含め確固たる態度でISに対応する必要がある。過去の経験則から、アルカイダなどの非国家主体に聖域を与え続けることは国際・地域的な安全保障上の脅威になることから、ISに広いスペースと行動の自由を与え続けることは決してあってはならない。仮に9.11テロ以降、対応手段の妥当性の問題は別の議論として、アルカイダ(アルカイダコア)への圧力を強化していなければ、おそらくまた違った国際安全保障環境になっていたであろう。

 しかし今日ではISへの軍事的な対応に焦点が当てられているが、違った角度から同組織を観る必要もある。例えばISに参加する者たちは全員が同じ動機、同じイデオロギー、同じ目標を持っているのか。最大3万人とも言われるメンバーを、バグダディ以下複数の幹部が統率を維持することは決して簡単ではない。メンバーの中には、シリア北部やイラク西部の地元勢力や、恐怖心から意に反して参加している者も多くいると考えられる。また上述のICSRの報告書で明らかなように、シリアへ流入した全員がISに参加しているわけではなく、またISへの参加メンバーも、?母国で込み上げてきた社会的不満から、純粋にISやアルカイダが掲げるサラフィージハーディズムに染まる者、?社会的不満が大きな要因ではないが、正義感と使命感から参加する者、?そこまで宗教的な過激思想に染まっておらず、冒険心で参加した者(Adventure seekers)、?ISに参加することで得られる高額な報酬に魅了された者、?シリアやイラクで発生する惨事をTVやネットを通して知り、弱者救済などボランディア精神を持って参加した者、など多くの要因が考えられる。また上記報告書より、世界74か国以上から集まっているとされるが、最近イスラム教へ改宗した者を含め、言語や文化が違う中でそれを簡単に束ね、組織として長く安定性を保てるものだろうか、それも今後検証されるべきだろう。

 さらにISが勢力を拡大することに成功した背景には、イラクで続く宗派・民族対立とISの地元スンニ派部族勢力との協力、関係強化がある。当時のマリキ政権は多数派のシーア派を優遇、少数派のスンニ派を冷遇してきたことから、スンニ派勢力のイラク政治への不満は高まっていた。そのような宗派対立や社会的不満がISのイラクでの活発化にとっては死活的に重要で、宗派対立の現状の中で同じスンニ派勢力との関係を強化することで、イラク国内に入り込むという戦略が有効に機能するのである。しかし1万人以上の外国人が戦闘員として参加するISが、地元志向の強い、また単に世俗的な政治改革を求めるに過ぎない者がいるイラクのスンニ派勢力とどこまで協力を維持できるかは不透明であり、ISILとスンニ派勢力との対立が表面化する事も考えられる。そうなれば2007年に米軍が一部の地元スンニ派勢力と自警組織“覚醒評議会”を結成し、当時のISIを弱体化させたようなことがあっても不思議ではないが、現段階で米軍が大量の地上軍をイラクに投入する方針ではなく、また今日テロ組織を凌ぐ軍隊のようなISをそのような戦略で弱体化させることは決して簡単ではない。

リスクのグローバル化

なぜここまでISに多くの外国人が参加するようになったのか。その多くはトルコとシリアが接する約900キロもの脆弱な国境線を超えて入国したとみられるが、もう少し深く考えてみたい。言うまでもなく、今日我々は200近い国家の集合体で構成される国際社会に生きており、自らの伝統や文化、言葉、アイデンティティを持ち、自らの国籍に無意識のうちに強い帰属意識を持っている場合が多い。よってそれらをもとにして普段における自らの社会経済的な活動を行っていることから、国境の壁を越えたグローバリゼーションが深化する中でも、それを意識的に十分理解しているとは言えない。

 ヒト、モノ、情報のグローバル化は我々日本人にも多くの利便性を与え、今日ではそれなしに日常生活を円満に送ることは難しい。しかしグローバル化の良い部分にだけ集中しがちであるが、当然のごとくグローバル化は精査分別することなくリスクの国境を越えた動きも促進する。その一つがアルカイダのような国際的なネットワーク、ブランドを有する存在を生み出し、さらには今回のように国家のコントロールが脆弱なスペースに入り込み、一定の土地を自らでコントロールする、脅威としての非国家主体を生み出したのだと言える。ISはフェイスブックやツイッターなどのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を巧みに利用し、世界各国から賛同するメンバーを募集・リクルートし、またフィリピンのアブサヤフやナイジェリアのボコハラムなど遠い地域のイスラム過激派へも影響力を拡大するなど、グローバル化を利用し、組織としてのISだけでなく、ブランドやネットワークなど近年のアルカイダが保持している機能をISも備えつつある。

 テロリズムの歴史においても、日本赤軍などのように国境を越え国際的に活動し、また あるテロ組織が外国のテロ組織と関係を持つといったことは以前からもあった。しかし現在国際社会が以前と大きく異なるのは、例えば比較的誰でもインターネットにアクセスできるようになった、莫大な情報が国境を越えたサイバー空間に溢れるようになった、国境を越えたお金の取引がより簡単にできるようになった、安価な値段で外国へ渡航できるようになったなど、グローバル化がより拡大、深化したことである。それがこの国際的な安全保障上の脅威としてのISの出現と強大化に大きく関係している。

脅威としてのISの今後

9.11同時多発テロから13年、現在我々はその当時とは質的に異なる国際テロの脅威に直面している。アルカイダコアは2005年7月のロンドン同時多発テロ以降、大規模なテロ事件に成功しておらず、周知のとおり、今日では弱体化し、パキスタンのライバルエリアからネットによる啓蒙活動に従事せざるを得ない状況である。よってAQAPやAQIMなどの地域的アルカイダ組織をはじめ、賛同・協力するイスラム過激派やホームグローンなど過激化した個々人によるテロに依存する形になっており、近年の国際テロの脅威を実質的に形成してきたのはこれら組織や個々人である。

 今日我々はこのような各地に拡散する国際性を帯びるテロ組織や個々人とそれらを繋ぐネットワークという、以前より対処しにくいテロの脅威に直面している。そのような中、イラクのアルカイダという以前は地域的なアルカイダとみられていたグループが、イラク戦争やアラブの春、シリア内戦など経験する中で、幾度にわたる名前変更とともに、財政的、軍事的、組織的に強大化し、延いては領域をコントロールするISという組織に変化したことは、国際安全保障上も大きな懸念事項だ。

 そしてそれは、昨今の米国の安全保障戦略にも大きな影響を与えている。日本を含んだ近年の国際的な安全保障においては、中国の台頭や米国のアジア回帰などに主体的な注目が集まってきたが、国際テロ専門家の間では、今日ここまで強大化したISの脅威について、以前から強い懸念が示されてきた。例えば米国ランド研究所のテロ専門家セス・ジョーンズは、今年自身が発表した論文、“A Persistent Threat The Evolution of al Qa’ida and Other Salafi Jihadists”の中で、「サラフィージハーディストの人数もそのグループの数も、2010年以降鋭く増加傾向にあり、近年の米国のアジア太平洋地域へのリバランシングはリスキーで、短期的未来において米国本土やその海外権益の安全を最も直接的に脅かす脅威は、アジア・太平洋地域ではなく、中東・アフリカ地域からやってくる」と論じている。またオバマ大統領自身も今年5月28日の陸軍士官学校での演説で、「予測できる未来において、テロリズムは米国本土とその海外権益の安全にとって最も直接的な脅威である」と言及している。 

 ISは形式上、今年アルカイダコアのアイマンザワヒリから波紋されたが、ISとアルカイダコアの対立が生じたからといって、安全保障上の国際テロの脅威が低下したわけでは全くなく、むしろ悪化したと捉えるべきだ。セス・ジョーンズの上記論文によると、両者は目標とするイスラム国のサイズや、イスラム国実現に向けてのアプローチ方法、遠い敵(Far enemy)と近い敵(Near enemy)のどちらをどの程度優先するかなどで異なる点があるとされるが、世俗的な目標を掲げる組織との対立と比較すれば非常に小さいものであり、交渉や調停による平和的解決を考慮せず、シャリアによる厳格なイスラム国家の樹立を一方的に目指すという目標は同じだ。

 そしてアルカイダコアの存在感が低下する中、ISというアルカイダコアが実現したいことを発展途上ながらも実現しつつある組織が誕生したことは、地域的アルカイダ組織や他のイスラム過激派、過激化する個々人に与える影響も大きい。実際、世界各地からISに参加する外国人戦闘員が増加している事はその結果であり、アブサヤフやボコハラム、さらにはパキスタンのタリバンの中でもISに忠誠を誓う動きも出始めている。今日ISへの対応において、米国は自らが主導するIS根絶を目的とする軍事作戦に参加する国々とだけでなく、イランや中国、ウクライナ問題で対立するロシアとも協力出来る範囲内において関係を強化しているが、仮に米国を中心とする世界各国の有志連合がISの根絶を目的とする軍事作戦を全力で実行すれば、ISは支配する領域を失い、軍事的に、財政的に、組織的に弱体化するだろう。しかしそれでISの脅威が消えるだけではない。現在ISは見える脅威の要素も兼ね備える存在になっているが、本来は非国家主体であり、見えにくい脅威である。国際社会がISを物理的に弱体化させたとしても、今度は見えにくい脅威として米国や国際社会の前に存在することとなるだろう。ISというのは、グローバル化のリスクが創出した産物でもあり、この見えにくい脅威であり見える脅威に対処する事はそう簡単なことではない。