タイプ
レポート
日付
2015/2/27

変わるインドの脅威観:現地からの報告

[特別投稿]長尾 賢氏/東京財団アソシエイト

 先週インドへ出張して発表・意見交換、インタビューを行った。本稿はその結果も踏まえ、インドの昨今の安全保障意識についてインド洋と印中国境2つの観点からまとめたものである。

1.インド洋方面で高まる対中脅威論

 今回のインドでの情報収集で最も特徴的だったのは、インド洋における中国の活動について、インドが以前よりもより明確かつ深刻な脅威に捉えていることである。

 これまでもインドはインド洋における中国の活動に懸念を表明してきた。その一例は、インドの周辺国において中国が進める港湾開発「真珠の首飾り戦略」である。ただ、この民生用の港湾開発に対するインドの懸念は、この港湾開発の結果、中国海軍が港湾を利用して展開するようになると脅威だというものであった。つまり、中国海軍がこれらの港湾を利用しなければ、大きな脅威とは言えないものであり、まだ一段階先読みの脅威観であった。

 しかし2014年になると、この懸念は現実のものとなった。中国海軍は、インド洋に展開し始めたのである。2014年、中国海軍の通常型潜水艦がスリランカの港に少なくとも2回寄港していることが確認された。また中国海軍の原子力潜水艦が、2014年当初はベンガル湾でパトロールを行い、12月にはアラビア海で確認された。2014年2月には、中国海軍の揚陸艦と護衛艦艇がインド洋で訓練を行った。一部報道によると中国海軍はすでに北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊につぐ第4の艦隊としてインド洋艦隊を創設し、近い将来、空母を配備する予定との報道もでている。さらに、バングラデシュが中国海軍の潜水艦を輸入することを検討しており、その指導のため中国軍のインストラクターが派遣されることも、インド側の懸念事項だ。

 このような中国海軍のインド洋における活動は、インドにとって二つの点で重要な脅威といえる。まず、インドは核の三本柱の一環として戦略核ミサイル搭載型の原子力潜水艦をインド洋に配備する予定であるが、中国の潜水艦がいる脅威になる。第二に、インドが誇る2隻の空母を主体とする空母機動部隊は、潜水艦に対して脆弱である。中国潜水艦がどこかに隠れているという状況では、インド海軍は活動を制限される。そして第三番目として、最も重要なものであるが、インド洋の安全保障を担う存在としてのインド、というイメージに傷がつくことがある。中国海軍の潜水艦が出没し、いつでもシーレーンを攻撃も防衛もできるという状態は、中国がインド洋の安全保障を担う国として存在感を示すことになる。そのような状態になれば、インド洋の各国は中国に接近し、インドの影響力は後退していくだろう。

 なぜ、昨今、中国海軍はインド洋で活発な活動をしているのだろうか。インド側の見方は次のようなものだ。まず、中国にとってインド洋を走るシーレーンは重要なので、もともとインド洋における防衛に関わろうとする傾向があった。そして、米海軍がその活動の中心を西太平洋に移す中で、インド洋におけるプレゼンスを低下させた結果、中国海軍がインド洋で活動する余地ができた、という見方だ。

 インド側としては、有効な解決策として、インド洋を世界各国にとって自由な海として共同で防衛する体制を整えたい意向だ。インドが主導権を握るインド洋会議やインド洋海軍シンポジウムなどを通して、中国側も日米と共に参加する形にし、インドが主導的役割を果たす多国間枠組みで共同管理したいようである。

 以上の状況からは、米海軍が艦艇数を減らし、中国海軍の艦艇数が増える中で、米海軍のプレゼンスが低下し、中国海軍のプレゼンスが上がる傾向がわかる。アメリカの同盟国、友好国は、米海軍のプレゼンスの低下を補う必要性がある、という結論になろう。共通の問題を抱える日印両国は、協力して対処すべき状況といえる。

2.陸上国境における日印協力への期待と若干の失望

 今回インドで興味深かったもう一つの事項は、印中の陸上国境問題における日本の存在感が高まりつつあることである。その中で最もインド側の注目を集めていたのは、岸田外務大臣のアルナチャル・プラデシュ州はインドの領土である、という発言である。インド側はこの発言をたびたび引用しており、インドの親日度を増す重要な影響があったといえる。

 一方で、日本のインド北東部における開発については、日本の姿勢が十分伝わっていない懸念があった。もともとインド北東部の道路建設に日本が係ることは、日印関係において大変重要な意義がある。まずインド政府は、インド北東部における独立武装勢力を長年支援してきた中国政府に対して強い懸念がある。そのため、地域において外国企業がインフラ建設を行うことも警戒し、受け入れてこなかった。しかし、日本に対しては特別で、インド北東部におけるインフラ開発への関与を許可してきたのである。だから、インド北東部地域のインフラ建設は、日印協力の象徴的な意味合いがある。

 また、上述の通り、インド北東部におけるアルナチャル・プラデシュ州に陸軍を送り込むための道路の建設は、安全保障上重要だ。日本は道路建設を通じてインド軍の国境防衛を支援することができる。インドが国境により多くの部隊を配備することができれば、印中国境におけるインド側の防衛力が上がるだけではない。中国も、より多くの予算をかけて印中国境を固めようとするはずだ。結果、日本正面に使われる中国の国防費が日本とインドで分散していく。これは日印両国にとって防衛上、有意義な協力になるはずのインフラプロジェクトである。

 さらにインド北東部の開発は、インドが東南アジアにおいて影響力を増す上で重要だ。昨今、中国側の強圧的な姿勢に不安高まる日本も東南アジア各国も、インドが東南アジアで影響力を増すことを望んでいる。インドも、南アジア各国で影響力をまし、カシミールのパキスタン管理地域には軍隊まで配備している中国に対抗する意味で、東南アジアとの連携拡大を企図している。そして経済発展著しい東南アジア地域との貿易の拡大も魅力だ。そのインドと東南アジアを陸路でつなげるには、インド北東部を通らなければならない。

 だから、インド北東部において、日本がインドの道路建設を支援することは大変重要な意義がある。しかし、政府関係者はともかく、メディアを通して情報を得ている一般の専門家の間では、日本の支援の意図が十分に伝わっていないようであった。特に日本がインドの防衛面に貢献しようとしている意図が十分つたわっていない。なぜこんなことになったのか。実は、日本の政府開発援助に基づくインフラ開発支援は、現時点では軍事に関わるプロジェクト支援を禁止していることがある。そのため日本のインド北東部におけるインフラ開発は、アルナチャル・プラデシュ州内では行わず、アルナチャル・プラデシュ州を除く他の地域だけに限定して行うこととした。そして中国側に対して、これは純粋なインフラ開発で、印中国境問題とは関係ない立場を説明したのである。

 インドでの報道は、まず、日本がインド北東部におけるインフラ開発を支援して印中国境防衛を支援する、という内容に始まり、期待を強く高めた。その後、日本側が中国側に行った説明に関する報道が流れ、期待は失望に変わったのである。実際には、日本はインド北東部でインフラ開発を行い、その計画に何ら変更はないわけであるからインド人専門家は失望する必要はないわけであるが、2006年に日本の影響力が強い国際協力銀行がインドのダム建設に対し支援をしようとして期待が高まった直後に、中国からの反対で取りやめた経緯があり、今回も同様の事例のようにみられたようである。

 このような誤解は、実際にインド北東部におけるインフラ開発が始まれば着実に解けていく可能性がある。しかし、ちゃんと説明しないと誤解が解けない可能性も想定するべきで、今後の日本の説明の在り方が問われる事案といえる。

 以上が今回の訪印で得た安全保障問題に関する事項のまとめであるが、全般的にインドではテロよりもパキスタンよりも中国、といった雰囲気が感じられた。そこからいえることは、インドは今、東を向いているということであろう。そしてインドにおける日本の重要性は高まる可能性があることも示している。このチャンスをどこまで生かせるか、日本外交が問われているといえよう。