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第29回「介護現場の声を聴く!」

October 27, 2011

第29回目のインタビューでは、東京都豊島区で24時間訪問介護事業などを展開している「有限会社マルシモ」代表取締役の下地正泰さん、高齢者向けに配食や見守りサービスを提供している「宅配クックワン・ツゥ・スリー」豊島東・文京店代表の鈴木達也さん、訪問介護事業などを実施している「有限会社ヒルマ薬局 本町まんぞく介護」部長の西谷剛さんに対し、年末に控えた介護報酬改定の展望や職員定着率の引き上げに向けた方策などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>
<画面左から>
下地正泰さん=「有限会社マルシモ」代表取締役
鈴木達也さん=「宅配クックワン・ツゥ・スリー」豊島東・文京店代表
西谷剛さん==「有限会社ヒルマ薬局 本町まんぞく介護」部長
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2011年10月24日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/embed/recorded/18079004

要 旨

介護報酬改定に向けた展望

第29回目のインタビューでは、年末に控えた介護報酬改定が話題となった。

2000年の介護保険制度創設後、介護報酬は3年に1回改定されており、2003年はマイナス2・3%、2006年は2・4%(前倒し実施分を含む)と大幅減。2009年は3・0%と増えたが、次期改定は医療機関向けの診療報酬の見直しと同時に迎え、2012年度予算編成の焦点となっている。

さらに、介護職員の平均給与月額を1万5000円引き上げるため、2009年度第1次補正予算で創設された「介護職員処遇改善交付金」が3年間の期限を迎えるため、その取り扱いも論点。交付金を介護報酬に組み込んで存続させた場合、国・地方自治体の財政負担に加え、利用者負担や保険料も増える可能性がある。

下地さんは「今の交付金は訪問介護、ヘルパーに向けた制度。デイサービス、ケアマネージャーに出ていない現状がある」と指摘。その一方で、「(報酬を)カットされると経営的に考えなければならない。全体のバランスを考えると、『報酬(改定)に向けて人件費をカットすることで落ちても』という考え方は持っている」と述べつつも、政府が税・社会保障一体改革を進めようとしている点を念頭に、「今の所には手を付けないで、消費税(引き上げ分)から取って来て貰えるという感覚。それで上げて貰いたい。(政府が介護報酬を)削るという感覚はない」と語った。

これに対し、西谷さんは「現場の働き手は頑張っているので、やっぱり是非とも報酬は上げて頂きたい」と強調。その上で、先に公表された「介護事業経営実態調査」(速報値)で通所介護事業所の収支差率が11.6%だった点を引き合いに出しつつ、「通所を削減し、交付金(廃止による人件費)の分に充てると考えた。単価を下げるのか、加算を削るのか(分からないが)、通所が狙われるんじゃないか」との危機感を披露した。

その後、話題は居宅介護支援(ケアマネージャー)に移った。居宅介護支援とは在宅生活を暮すためにケアプランを立てる業務。先の介護事業経営実態調査によると、居宅介護支援の収支比率はマイナス2.6%となっており、他の事業と比べても不採算となっている。こうした状況について、西谷さんは「単体では利益が出ない。併設事業所が殆ど。居宅介護単体は少なく、区内でも数えるぐらい。(赤字補填は)事業所の努力になる」と発言。

下地さんは「(ケアマネージャーは)デイサービス、訪問介護の要。一般的に報酬が安いか高いかと言われれば、ヘルパーよりも月収は高い所にいると思うが、責任の部分や職務責任の所になってくると、見合わない。本当は(報酬を)もっと貰っても良い」と応じた。さらに、下地さんは「(給与が)ギリギリまで上がっているとは思うが、利益率が下がってマイナスに行っている。それ以上出さないと、ケアマネージャーを選ぶ人がいなくなる」と強調した。

一方、介護保険外で食事配送サービスを展開する鈴木さんは「『お弁当、こういったものがあるのでケアプランに入れ込んだら如何ですか?』とケアマネに営業に行くのに、そんなにしんどそうにない」としつつも、「忙しそうと感じる」との感想を吐露。さらに、「昼間は(高齢者への)訪問に出て(事業所に)いないことが多いし、抱えている人数は30人ぐらい。それ以上の人数にならないと利益にならないと聞いたことがある。ケアプランは要の仕事。位置的には上でも良いのではないか」と指摘した。

さらに、下地さんはケアマネージャー業務の大変さについて、「介護保険法で『ケアマネの職務がここまでですよ』と言ったとしても、利用者の相談役になってしまう。都合良く日曜に何の相談事もない訳じゃないし、ある程度は会社で制限できるが、(最後は)責任感の所で対応せざるを得ない」と話すと、自身もケアマネージャーを兼務している西谷さんも「(事業所に)ケアマネを抱えており、余り私が大変大変と言うと…」と苦笑いしながら語った。

離職率の高さも話題に上った。「財団法人介護労働安定センター」の介護労働実態調査によると、2009年10月~2010年9月までの離職率が17・8%と、前年同期比よりも0・8ポイント悪化した。

西谷さんの所属する会社でヘルパーとして働いているのは主に40歳代。上は70歳から下は20歳に及ぶらしいが、「2~3割は離職している。次の日に急に来なくなることが結構ある。(離職する人は)20~30歳代の男性が多い」と現状を説明した上で、「採用に時間と金を掛けているから根付いてくれないと非常にマイナス」と実情を明らかにした。

これに対し、下地さんは「(離職する人の割合は)男性女性は余り関係ないと思う」との感想を披露しつつ、「(個々の)会社の特徴はあると思うが、介護って仕事はやることは一緒という感じ。利用者の家に行ってやることは何処の会社でも一緒。『この会社に合わないな』と思えば、『他の会社に行けばいいか』という感じの方は辞める人に多い」と、同業他社への転職が多いと話した。

では、定着率を高めるため、どういった対策を取っているのか。

西谷さんは「コミュニケーションが一番。(他の業種の会社と)同じ。職場が楽しくないと来てくれない。コミュニケーションを取れるような歓迎会、飲み会」「ヘルパーはシフトが大変なので、働く方の希望になるべく沿ってシフトを作ることで対応している」と述べると、下地さんは「(世間には)介護が特別なものという意識があるが、普通の会社と同じ」と応じつつ、「自分の会社で取り組んでいるのは給与の安定。パートやアルバイトではなく、常勤雇用を採用する」「職場環境もそうだし、働く時間を明記してオープンな形が良い」と語った。

これに対し、鈴木さんは「離職率は意外と少ない。創業して3年なので、みんな残っている」と話した。


同業他社との距離感

その後、話題は同業他社との距離感に移った。通常の業界ならば同業他社は顧客を争うライバル関係にあり、その間の交流機会も多くないのが通常。

しかし、出演して頂いた3人によると、介護業界では協力関係があるという。

西谷さんと下地さんによると、例えば午前は西谷さんの会社、午後は下地さんの会社といった形で、同じ人が異なる事業所を利用する機会は少なくないとのこと。

西谷さんが「(利用者数の)ボリュームの多い訪問(事業所)の場合、1社では対応しきれない」と指摘すると、下地さんも「営業時間の問題がある。うちは24時間やっているので、夜中も(営業して)いる。西谷さんの所はやっていないので、(事業所の利用を)ケアマネが割り振る」「西谷さんの事業所に空きがなければ、何処かに頼もうと家族に確認して時間割を決める」「(他の事業所に協力を)頼むことがある。依頼があっても人手不足で受けられない時、良く知っている会社に御願いする」と述べた。

鈴木さんの会社も保険外のサービスを展開しているため、多くの事業所とかかわる機会が多く、鈴木さんは「初めは知らなくてこの世界に入ったので、意外と横の繋がりが強いんだ(と思った)」と感想を述べると、西谷さんは「(ライバル会社なのに仲良くなれるのが)面白い。だから他事業所と仲良くなれる。他の地域でも(事業者同士の繋がりが)ある」と話した。

こうした横の繋がりは情報共有の面でもプラスに働くらしく、下地さんは「情報の共有ができると、(いざという時に連携が)やりやすい」「地域間で円滑に行くことが利用者にとっていい話」との認識を披露すると、西谷さんも「お客さんが選んだら対応する(のが基本)」と話し、利用者目線に立ったメリットを強調した。

さらに、豊島区では訪問介護事業所が結集し、今年7月から「豊島区福祉事業者の会」(豊福会)という交流会の活動をスタートさせ、各種勉強会や経営者向けセミナーといったイベントを開催している。


(→豊福会のブログはこちら)


3人は豊福会の中心人物で、下地さんは「今は(国から)『地域でコミュニケーションを取りなさい』と言われている。デメリットもあるが、メリットを感じることはある」とメリットに言及すると、西谷さんも「自分の会社に足りない所を補って貰う。それが利用者の満足に繋がる」と強調した。

とはいえ、以前は利用者の抱え込みに似た現象があったといい、下地さんは「以前は(抱え込みが)あった。ライバルだし、手の内を見せないという話があった。まだ地域によってはある」と話した。

西谷さんによると、こうした横の繋がりは制度面でも裏付けられている。ケアマネージャーが特定の事業所に業務を集中させた場合、介護報酬を減らす「特定事業所集中減算」という仕組みがあり、ケアマネージャーが居宅サービス計画で位置付ける事業所の法人の割合が90%を超えた場合、介護報酬から200単位を減算する内容。西谷さんは「つまり『9割は抱えても良いけど、全部抱えてはダメ。他社も使いなさい』という意味。(同業他社の連携を)推し進めている部分もある」と語った。

その後、鈴木さんの会社が提供する配食サービスも話題となった。

配食サービスは介護保険の対象外。つまり、介護報酬や基準に縛られない完全な自由競争で、利用者は全て実費を支払っている。鈴木さんは自社の弁当について、「普通の弁当だが、ボリューム的に一般の方が食べると物足りない。高齢者でも食べやすいように柔らかく作っており、塩分が少ない」と紹介した上で、食事の柔らかさという点では「舌の力で潰せる『柔らか食』。他の所でもやっているが、宅配では一番先に取り入れた」と力説した。

さらに、配達に際しては、ニーズに応じて1軒ずつ訪ねるのではなく、一定の配送ルートを3つぐらい作る方法を採っており、5キロぐらいの範囲で利用者を循環して行くという。1回当たりの配達は30~40軒程度で、土日を含めた毎日、昼と夜の分で2回ずつ回っており、提供する食事は1日に200食程度。衛生上の観点から容器は使い捨てを使用している。

鈴木さんは「『今日おなかが空いたから持って来て』と言われても対応できない。前の日まで言って貰えれば、決まったお客さんには毎日行ったり、週何回とか初めの契約で決めている」と話した。

しかし、完全自由競争だけに他社との競争も激しくなっているらしく、鈴木さんは「ニーズも今までよりも多様化する。好みがうるさくなる」と予想しつつ、「弁当屋も特徴があった方が良い」との認識を披露。その上で、「毎日の日替わり弁当なんで、(和食、洋食、中華を)全部取り入れて、メニューもシーズンごとに変えている」と語った。

例えば、年の瀬が近付いている今頃はおせち料理。宣伝にも力を入れており、「腎臓が悪い人のための低タンパク食のおせち料理、カロリーを調整したお節は他では何処にもない」と強調した。

このほか、季節感を持っていない高齢者も多いため、弁当に季節感を出す工夫も講じているとのこと。鈴木さんは「在宅の方はカーテンを開けていないから時間が分からない。ごく一部の人だが、明るいか暗いか分からない」という。実際、朝5時ぐらいに「夕食が届かない」という留守電にメッセージが入ったこともあるらしく、「そういう方は季節感がないので、食事で季節感を出している」とのこと。

これに対し、西谷さんも季節感がない高齢者の生活支援に関して、「(エアコンを)付けられない方もいるので、訪問した時に付ける。夜には消して行く。(家族の希望で)細かい取り決めがあるが、生命の危険があれば付けたまんまの方もいる」という事例を挙げた。

3月11日に起きた東日本大震災の影響も議論された。

鈴木さんは「配達に出たばっかりで揺れたが、道路が混み始める前だったので当日は平気。しかし、夕方は道路が混み始めたほか、後はガソリン(不足)。(給油に)2~3時間待ったが、何とかガソリンと食材を調達できたので穴を開けずに済んだ」と振り返った。同時に、震災当日は高齢者の自宅に家具が倒れるケースが多く、倒れた家具を戻す手伝いを行ったため、いつもよりも配達に時間が掛かったことも紹介してくれた。

西谷さんは「それほど引きずるような影響はなかった」としつつも、交通機関の乱れで当日に帰れないヘルパーが少なくなかったため、事業所に泊めたとのこと。また最終的に被害はなかったが、「一人暮らしのお宅をピックアップして、職員が事務職員を含めて安否確認に行った」という。下地さんも「サービス自体は影響なかったが、スタッフの通勤、交通網の影響が大きかった」と話した。

このほか、被災地から避難した高齢者の支援も話題となり、西谷さんは「被災地の高齢者を担当して欲しい」「介護拠点を東京に持って来るので、在宅生活を送る仮住まいのホテルに訪問介護を対応して欲しい」、下地さんは「(親族の家に身を寄せている人を対象に)本当は色々な手続きがあるのだが、受け入れてくれ。とりあえずやってくれ」という要請が自治体から来たことをそれぞれ語った。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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