タイプ
レポート
日付
2015/11/19

〔対談〕社会保険方式の原理原則から考える(上)―基軸としての社会連帯

対談シリーズ「医療保険の制度改革に向けて」
社会保険方式の原理原則から考える(上)― 基軸としての社会連帯

社会保険方式の基本としての「連帯」

三原岳研究員(以下、三原):堤さんは1971年に旧厚生省(現厚生労働省)に入った後、2003年に退官されるまでの間、老健局長、社会保険庁長官などを歴任されました。退官後も『介護保険の意味論』『社会保障改革の立法政策的批判』といった本を出版されており、我々が先に公表した政策提言『医療保険の制度改革に向けて』でも随所に引用させて頂きました。今回は堤さんが書かれた『社会保険の政策原理』(末尾に掲載。以下、『政策原理』)という論文を基に議論し、私達の政策提言も話題に出させて頂き、異なる点、一致する点を浮き彫りにしたいと思います。そのことを通じて、医療保険制度に関する国民の関心や理解が深まることになると期待しています。まず、社会保険方式の基本から始めます。社会保険の基軸は「連帯」と言われており、『政策原理』も連帯から始めています。そこで広辞苑を引くと、連帯は「結び連ねること」「2人以上が連合してことに当たり、同等の責任を帯びること」と書いています。政策提言は「助け合い」と言っているだけですが、『政策原理』を見ると「保険システムは利己主義的な個人が客観的な連帯を設定することを可能にする。他者への寛大さのみから保険に入る人はどこにもいない」と書かれています。
 
堤修三さん(以下、堤):元々は19世紀後半のフランスのレオン・ブルジョア[1]が最初に提唱し、日本でも昭和の初めぐらいに取り入れられました。当時、日本の福祉は慈善事業という位置付けでしたが、これだと上から目線の「施し」になる。そうではなく「社会のメンバーの1人として福祉をやる」という思想として紹介されています。つまり、社会連帯は上下、縦の関係ではなく、市民同士の繋がりという点で横のイメージが強い。これが戦後、日本で2つの系統で取り入れられた。1つは1959年制定の国民年金法[2]であり、「国民の共同連帯」という言葉が使われています。2番目が1960に制定されたが旧労働省の障害者雇用促進法です[3]。こちらは「社会連帯」。このうち、国民年金法で「連帯」を強調したのは、保険料納付に対する国民の理解を得るためでした。当時は「一方的に保険料を取られる。しかし、給付は40年後」という制度に対し、労働組合の総評[4]や共産党が反対運動を展開しました。そこで「老後が助かります」という実利だけでなく、崇高な理念を掲げようと、「連帯」という言葉を使ったのではないかと推測しています。
 
三原:今、共同連帯の言葉は介護保険法[5]、高齢者医療確保法[6]に入っていますよね。
 
堤:その後、連帯の言葉は老人保健法[7]に使われ、「国民は自助と連帯の精神に基づいて…」という文言が入りました。自助は「自分の健康に気を付ける」を建前にしていますが、老人保健法では老人医療費の無料化[8]を廃止し、有料化に踏み切ったことから、「少しは自己負担して下さい」という意味も含まれています。一方、連帯は高齢者医療費で財政が悪化していた市町村国民健康保険のため、みんなでお金を持ち寄ることを意味しています。その辺りから「連帯」は他人の懐に手を突っ込むというイメージも付くようになりました。その次に2000年施行の介護保険法ができた。介護保険法は他人からカネを持って来る露骨なことはやっていないけど、恐らく国民年金法に倣ったのでしょう、「共同連帯」の言葉が入った。さらに、高齢者医療確保法では「自助と連帯の精神に基づき…」という条文を残しつつ、「国民の共同連帯の理念等に基づき」という条文が入っています。最近の連帯は「他人からカネを取る時に正当化する言葉」に成り下がった感がありますね。
 
三原:ある意味で便利の良い言葉と言えるかもしれません。最近、スウェーデンの大臣が難民の受け入れで、「連帯」という言葉を使っているのを見ました。
 
堤:様々な使い方があってもいいですが、余り変に使うと、「お互い独立した人格同士が助け合う」という感じがなくなってしまう。アンドレ・コント=スポンヴィル[9]は「寛大さから保険をかける人はいない」とし、「自分があの人のために」という意識じゃなく、「自分のためにやる。それが期せずして他の人のためになる」という意識を連帯と見なしており、その一つの典型例として保険契約を挙げています。つまり、保険制度とは保険料を自分のために出すけど、たまたま自分が病気になれば自分が給付を受けられ、幸運にも病気にならなければ、病気になった人の医療費に回るという形で、そのリスクをカバーし合います。それを可能にするのが連帯のシステムとしての保険契約です。従って、社会保険の基本は契約なのです。国民との約束を大事にし、皆保険の下で徴収した保険料を適切に使わなければならない。対価性や関係性を忘れたら社会保険ではなくなる。契約という理解を基礎に据えると、社会保険は市場経済や自由主義にフィットしやすい。このため、日本が社会保険方式を採っていることは非常に重要だと思っています。私は自由主義者ですが、多くの人は社会保障や社会保険を論じ始めると社会主義者になる。東京財団の提言も社会主義的と言うか、ハイエクの用語を使えば随分と「設計主義」、つまり「社会的形成物の大部分は人間による行為の結果であって設計の結果ではないにもかかわらず、“傲慢にも”人間は社会の仕組みを合理的に設計できる」とする発想に映ります。
 
三原:なるほど(苦笑)。提言の中身は今後議論するとして、連帯の意味を整理すると、個人の自由を前提にして横の繋がりを大事にする観点に立つことで、本来の意味で「連帯」が意味を持つということですね。ただ、社会保険の場合、国民に強制加入を課します。『政策原理』の表現に従えば、自由な個人の意思とは無関係に「連帯するよう加入強制する」という点で自由主義と矛盾しかねない。『政策原理』では社会保険の強制加入の根拠は憲法25条[10]に求めるほかないと書かれています。
 
堤:第25条は憲法が許せる立法裁量の範囲内という形式的な根拠になります。しかし、それで国民が納得するかは別問題。強制加入を正当化する議論として、「逆選択を防ぐ」という議論もある[11]が、これは統治者の論理であり、自由な個人の立場に基づいた論理とは言えません。そうだとすれば、自由主義的な「保険」と、社会主義的な「保険」が矛盾する可能性があることを認識しつつ、制度の在り方を考えなければならない。つまり、「法的には強制加入だが、一般の国民なら保険契約を結ぶであろう」という感覚を持ち、注意深く設計しないといけない。役所の人達は「法律で書けば何でも保険料を取れる」と思っているかもしれないが、国民の納得を得られなくなる可能性がある緊張感を持ち、制度設計に臨むべきと思います。
 
三原:ロールズ[12]などは社会正義を理由にして所得再分配の必要性を強調していますが、自由主義者の一例としてミルトン・フリードマン[13]は強制加入を批判していますね。
 
堤:フリードマンが社会保険を認めないで、ベーシックインカムを主張するのはどうかと思います。同じ自由主義者のハイエク[14]は、医療保険は認めているように思いますが、老齢年金は認めていない。「社会正義」という言葉すら嫌った人ですから。
 
三原:つまり、「自由と強制」という矛盾があるからこそ、社会保険方式は緊張に満ちており、その設計と運用には細心の注意を払わなければならないということですね。
 
堤:その通りです。

分立したシステムの是非

三原:社会保険方式の基軸である連帯については、認識は同じです。しかし、ここから意見が割れるかもしれません。私達の提言では「社会連帯の下で病気をシェアするシステムなのに、年齢・職業で区分しているシステムの下では、リスク分散が適切になされていない」という考え方に立ち、健保組合、協会けんぽ、共済保険など職域に基軸を置く被用者保険と、市町村国保、後期高齢者医療制度という地域に基軸を置く地域保険に分立したシステムを改革し、地域単位に一元化するすることを提唱しました。だが、分立している背景として、被用者保険から制度がスタートした歴史は踏まえる必要があると思っています。
 
堤:日本の医療保険制度の歴史を振り返ると、ドイツの疾病保険に倣って、1922年に健康保険法ができました。その後、健康保険に入れない農民や自営業の人を主な対象として1938年に市町村国保の原型に当たる国民健康保険を作った[15]。当時、それほど自作農は多くなかったし、地主と小作は雇用関係にあるわけじゃないので、地域住民に着目した国民健康保険を作らざるを得なかった。一方、社会保険方式を先行させたドイツ、フランスでは農業経営者と雇用関係を結んでいる農業労働者が結構いたため、被用者保険でカバーできた分もあったし、雇用関係のない人は例外的に任意加入を認める対応を取った。その意味では、日本では「国民を例外なく公的医療保険に入れる」という精神が非常に強かったと言えます。必然的に被用者保険と地域保険という二元体系になった。この経緯を考えると、日本の医療保険制度では被用者保険が主、市町村国保が補完という仕組みになっています。これは「所得があるかどうか」という点も関係します。被用者の場合、保険料の源泉となる所得が必ずあるし、徴収も、事業主の給料天引きがあり、極めて合理的です。言い換えると、極めて保険料の調達力が強い制度です。これに対し、市町村国保は元々、所得があるか分からない人だし、その人から徴収する手段として個別に納付通知書を出して徴収するしかない。
 
三原:『政策原理』の最終ページに出ている絵ですね【資料】。つまり、賃金・給与がある者を中心とした被用者保険は弾力性のあるゴムボールだが、国保は賃金・給与のあることを前提にできないため、穴の開いた風船であると。
 
堤:その通りです。以上の前提に立つと、同じレベルの2つの制度が並んでいるのではなく、保険料の調達力が非常に強力な制度である被用者保険と、割れた風船のような市町村国保が並立していると理解すべきです。一元化というのは、ゴムボールを潰して、すべてを穴の開いた風船に入れるようなものなのです。もし、終戦直後の1946年12月に社会保険制度調査会[16]が答申した通り、一元的な保険制度にしていたら今頃、制度は潰れているかもしれません。
三原:保険料だけでやるとしたら、潰れているという意味でしょうか。
 
堤:実際、被用者保険に強力な財源調達力があるため、その財源調達力で市町村国保も支えたわけですが、仮に一元的な保険制度としたら、被用者も含めて地域住民として個別に課税所得ベースで地方公共団体が保険料を徴収するほかないことになります。たとえると、足腰がしっかりしている被用者と、足腰が心許ない被用者以外の人が二人三脚で走るようなものです。2人とも一度に転んでしまうでしょう。
 
三原:少し時系列を整理すると、被用者保険の資金を使うようになったのは1980年代以降。国の財政事情が悪化して税金投入が難しくなる中、高齢化の影響で悪化が進む市町村国保の財政を救済するため、保険者間の財政調整と都道府県の財政負担拡大が取られるようになりました。では市町村国保の財政がなぜ悪化しているかというと、退職に伴って被用者保険を脱退したサラリーマンOBが市町村国保に流入していることが大きい。さらに、雇用形態の多様化などを受けて、非正規雇用も市町村国保に流入しています。この結果、自営業者や農林従事者を対象とした市町村国保の構成割合は大きく変わっています。この点が財政悪化の原因であり、リスク分散が適切になされていない結果と考えています。
 
堤:それは現にある制度自体をそのまま前提とする捉え方だと思います。それらは被用者グループの取扱いの問題なので、本来は被用者保険の制度改正で対応できるはずなのです。まず、高齢者に関しては、厚生年金を受け取っている被用者OBも被用者保険に加入させ、非正規雇用者に関しても「被用者」の要素がある人はできる限り被用者保険に持っていくべきだと思います。この結果、市町村国保は純粋に働いたことがない人とか、農業従事者・自営業者などにほぼ純化されることになる。もちろん、国庫負担は純化された国保に集中投入して、それを支えます。先に述べた通り、市町村国保は保険料の調達力が弱い制度。被用者保険が折角しっかりしているのに、制度一元化により、これを壊すのはどうなのか。歴史的に形成・定着した制度の合理性は軽視できないと思います。
 
三原:つまり、?高齢者に関しては、サラリーマンOBを対象とした新しい保険制度を創設する、?非正規雇用は対象範囲を広げて、可能な限り被用者保険に加入する―というお考えですね。提言では地域一元化、つまり被用者保険の廃止を言っていますが、実際問題として、会社が「健保組合を作りたい」と言った時、国家が「ダメ」とは言い切れないという思いもあります。その際にはサラリーマンOBの高齢者、非正規雇用を被用者保険に加入させることが大前提になりますが。そこで、もう少し議論を深めたいのですが、堤さんの考えに立つと、サラリーマンOBである高齢者に関する医療費の取り扱いはどうなりますか。
 
堤:厚生年金を受け取っている人を対象とした「被用者年金受給者健康保険」を作るという考え方です。サラリーマンOBの多くは生活の中心的な収入として厚生年金に頼っている。このため、そういう厚生年金を受け取っている人達で保険集団を設定するのが合理的です。実際、個別の健保組合が90歳まで生きているOBをカバーするのは難しいし、会社が潰れてしまう可能性もあるので、既存の医療保険者ではなく、厚生年金受給者を1つの保険集団と捉える考え方です。厚生年金(+基礎年金)は現役時代に給料から拠出したことを基礎にしているので、サラリーマンの給料と同じと考えても不自然ではない。保険料も厚生年金から天引きしますので、徴収は簡単です。同じ被用者保険の枠内にとどまっている点で言えば、「被用者としての連帯」は成り立つと思います。
 
三原:つまり、私が辞めた後、堤さんと同じ保険に入るという意味ですね。しかし、サラリーマンOBの保険について、被保険者が連帯を感じますかね。むしろ、会社による連帯が崩れつつあると考えて、私達は地域をベースにした連帯を言っているんですが…。
 
堤:むしろ、地域の連帯が成り立つのか疑問です。サラリーマンと違って、農家の人や自営業者は完全に所得を捕捉できません。確かにマイナンバー[17]で収入を捕捉できたとしても、サラリーマンと違って必要経費の計算方法は個々に違う。収入から必要経費を差し引いた所得は個別にしか決まりませんから。別に会社単位が必然と言っているわけではありませんが、給料、あるいはその代替としての厚生年金をもらっている者同士であれば連帯ができるのではないかと思います。保険は保険料を出し合う仕組みですから、どういう収入から保険料を出すかを連帯の第一要素と考えるべきです。これは大きな違いです。
 
三原:私達の提案については、「自営業者の所得を補足できるのか。ガラス張りとなっているサラリーマンにしわ寄せがいくのでは」という指摘があり、ここは提言の弱点と思っています。しかし、私が定年退職した後、厚生省OBの堤さんと「連帯」を感じるかどうか自信がありません。
 
堤:では、地域一元化を提唱する三原さんが農家の人と連帯を感じますか。それで、「保険料を出しても仕方がないか」という意識が生まれますか。「◎◎県」の出身というだけで連帯を感じるのはケンミン性をテーマにしたTV番組ぐらいじゃないですか(笑)。僕は幻想に過ぎないと思います。むしろ、私の提唱する被用者年金受給者健康保険では年金受給額に応じて一定の保険料を負担します。しかし、それだけでは足りないので、被用者年金の現役被保険者が被用者年金OBの医療費の一定割合を出す。これであれば、現に年金保険制度で連帯しているわけですから、農民や自営業者よりも「同じ厚生年金の仲間」として連帯を感じられるはずですし、サラリーマン以外の高齢者医療費も負担する今の制度に比べると、理解を得られると考えています。これは事実上の「突き抜け方式」[18]です。私は1981年頃から一貫して言っています。
 
三原:サラリーマン同士で「仕送り」するイメージですか。
 
堤:そうです。健保組合と協会けんぽも、被用者連帯の精神から2分の1ぐらいまでの財政調整はしても良いと思います。このような制度にすれば、後期高齢者医療制度は廃止され、それに注ぎ込んでいる国庫負担[19]も、サラリーマンOB分は相当不要になる。協会けんぽに対する国庫負担[20]も要らなくなるので、これらを2018年度から都道府県単位となる市町村国保に注ぎ込めます。
 
三原:そうなると、中小企業の人が加入する協会けんぽと、大企業の人が入る健保組合を区切る理由はどうなりますか。
 
堤:これは選択の問題です。大企業が「独立した保険制度を作りたい」と言った場合、ダメとは言えない。その昔、トヨタ健保が健保組合として初めて老人保健施設を作ったのですが、企業集団だからこそ新しいことも可能な面があります。
 
三原:堤さんの考えに沿うと、協会けんぽの在り方はどうなりますか。私は協会けんぽの被保険者ですが、同じ被保険者だからと言って連帯意識を余り感じないのですが…。
 
堤:協会けんぽは都道府県単位に保険料が変わりました[21]が、それが果たして良かったのか議論の余地があると思います。例えば、全国的企業でも協会けんぽに加入している場合がありますが、全国に支店があり、給料体系も同じ場合、「同じ被保険者なのに、どうして料率が違うのか」という意見が出かねない。これは一種の政策判断だと思います。つまり、「同じ会社の仲間であれば、医療費の地域差があっても、保険料は給料に応じて払うべきか」、「地域の医療費が違うので、同じ会社の仲間であっても、保険料の差に反映させるべきか」という選択の問題です。リスクプーリングのことを考えると、全国単位だって悪いとは言い切れない。先に述べた被用者年金受給者健康保険についても、被用者年金受給者として全国一本とするか、今の協会けんぽみたいに都道府県単位にするか、あるいは少し大きなブロックに分けるか、それは政策的な選択問題です。
 
三原:堤さんのお考えは理解できました。次に非正規雇用の問題はどうでしょうか。現在のシステムでは会社が正規社員を増やすと、保険料の事業主負担が一種の「雇用税」になる。そうなると、非正規雇用への代替が起きやすくなる。グローバル競争が激化する中、会社として負担を軽減する行動は当然ですし、ここは制度としてカバーしなければならないと思っています。
 
堤:しかし、非正規雇用の問題は健保組合というよりも、会社の判断ですよね。被用者保険に強制加入する対象範囲を広げることで、対応すべきだと考えています。
 
三原:非正規雇用の部分については、事業主負担の問題が絡むので、(中)で議論します。『政策原理』では大衆デモクラシー下では負担や給付の在り方が政治に左右されかねないが、健保組合が独立した立場から物を言える可能性があるため、「政府から自立したコアの保険者存在がバランサーの役割を担い得る」と指摘しています。今の健康保険組合はどう見ていますか。最近は高齢者医療費の負担を軽減するため、国庫負担の増額を主張していますが。
 
堤:民間で運営されており、政府から独立しているため、かつては健保組合の代表が中央社会保険医療協議会(中医協)[22]で、日本医師会と随分やり合いました[23]。原則的に政府の資金も受け取っていないのだから、もっと自由にやっても良いと思います。「公費(税金)を下さい」と言っていると、健保組合の良さがなくなってしまう。
 
三原:2015年の通常国会で成立した法律では前期高齢者財政調整の負担が重い健保組合に対し、3年間で国の財政支援を100億円から700億円に増やすとしています。
 
堤:そんなことばかりやっていると、完全に国に包摂されて国営保険化しますよ。むしろ、「国から拠出金を出せと言われる筋合いはない」と言って欲しいですけどね。そうすると、もっと自由な議論もできますし、民間らしい発想も出て来ると思います。
 
三原:サンリオが1999~2000年に老健制度に対する拠出金について払わなかったとか、同じ時期に健康保険組合連合会(健保連)が不払い運動を展開するとか、以前は気骨を感じる出来事があったんですけどね。
 
堤:そういう運動は「蟷螂(とうろう)の斧」と思われがちですが、政府にとっては相応のインパクトがあります。制度の中から制度を強靱にするため、「国の世話にならない」という独立自尊の精神が必要です。
 
三原:なるほど。地域一元化を目指す私達の意見と、被用者保険の修正を図る堤さんの違いが浮き彫りになりました。この違いを踏まえて議論を深めたいと思います。

社会保険方式の原理原則から考える(中)―給付と費用負担の在り方はこちら

堤修三(2015)「社会保険の政策原理」参照

(この対談は2015年11月6日、東京財団会議室で行われました)

[1] レオン・ブルジョワはフランス第三共和政期の政治家。個人と社会が擬似的な契約関係に基づいて相互義務が発生するとし、社会連帯の必要性を説明した。田中拓道(2006)『貧困と共和国』人文書院を参照。
[2] 国民年金法は老齢、障害、死亡で国民生活の安定が損なわれるリスクを「国民の共同連帯」で防止することで、生活の維持・向上を図るとしている。
[3] 障害者雇用促進法は障害者の「社会連帯の理念」に基づき、事業主に対して障害者の雇用の場を与える義務を定めている。
[4] 正式名称は日本労働組合総評議会。1987年に連合(日本労働組合総連合会)に統合した。
[5] 介護保険法は「国民の共同連帯の理念」に基づき、加齢に伴う要介護状態になっても自立した生活が送れることを目指すとしている。
[6] 高齢者医療確保法は2008年度に発足した後期高齢者医療制度の根拠法であり、「国民の共同連帯の理念」に基づき、国民保健の向上と高齢者の福祉増進を図るとしている。
[7] 1982年度からスタートした老人保健法は「自助と連帯の精神」に基づき、加齢に伴う変化を自覚して健康の保持増進を図るほか、高齢者医療費を公平に負担することを目的として定めていた。
[8] 1973年にスタートしたが、老人医療費の急増により国保財政の悪化を招いたなどとして、1982年度に廃止された。その代わりに老人保健制度が創設された。
[9] アンドレ・コント=スポンヴィルはフランスの哲学者。『資本主義に徳はあるか』参照。
[10] 憲法25条2項では「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定められている。
[11] 逆選択とは、リスクの低い人が契約を結ぶことを拒否する一方、リスクの高い人だけが契約を結ぶ結果、保険が成立しにくくなることを意味する。
[12] ロールズは公正な機会均等の原理の確保を前提としつつ、社会のうちで最も不利な状態にある人物にとって好ましい効果を発揮する時だけに格差が認められると指摘し、社会的な再分配が必要と訴えた。
[13] ミルトン・フリードマンは強制加入を求める意見を「根本的に独裁主義者である。自由を尊重するなら、過ちを犯す自由も認めなければならない」と指摘している。
[14] ハイエクは国家による統制が自由な社会を破壊する危険性を指摘しつつ、「社会的正義の名において申し立てられるほとんどの要求が特定集団の利益実現の手段として、政府が強制的な権力を行使することに関連している」と指摘した。
[15] 当時の制度は?市町村による運営ではなく組合主義を採用、?設立が強制ではなく任意だった―などの点が異なる。
[16] 1946年4月に金森徳次郎を会長として設けられた。同年12月の答申に続き、1947年10月にはビバリッジ報告の影響を強く受けた内容の答申を出している。
[17] 正式名称は社会保障・税番号制度。社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理するのが目的であり、2016年から本格稼働する。
[18] 突き抜け方式とは退職後に被用者保険から外れたサラリーマンOBを対象に保険制度を作る考え方。後期高齢者医療制度を創設した2006年医療制度改革の際も議論になった。
[19] 2015年度現在で国の税金として約5兆円が計上されている。
[20] 2015年度現在で国の税金として約1兆3000億円が計上されている。
[21] 2006年医療制度改革の結果、協会けんぽの保険料は都道府県単位に変わった。
[22] 中医協は厚生労働相の諮問機関。診療報酬の分配を決定している。
[23] 象徴的な事例としては1965年度の診療報酬引き上げを巡る混乱が挙げられる。中医協の合意を経ず、当時の厚相が職権で診療報酬引き上げを告示したのに対し、健保連は中医協から委員を離脱させたほか、告示を取り消す行政訴訟を起こした。