タイプ
レポート
日付
2016/5/11

〔対談〕医療統計の信頼性を考える―OECD総保健医療支出、国民医療費の問題点を中心に

対談シリーズ「医療保険の制度改革にむけて」の概要はこちら

 

OECDの「総保健医療支出」を巡る統計上の問題点

三原岳研究員(以下、三原):西沢さんは『税と社会保障の抜本改革』などの著書があり、政府の社会保障制度改革国民会議[1]の委員を務められるなど、社会保障制度のスペシャリストとして、様々な形でご助言を頂いております。今回は西沢さんの著書やリポート、私達の政策提言[2]を話題に出させて頂きつつ、医療・介護制度について議論を深めたいと思います。まず、最近の西沢さんの関心事である医療統計の信頼性についてお伺いします。西沢さんの論文[3]は医療統計の不備を指摘しており、このうちOECD(経済協力開発機構)の「総保健医療支出」に関しては、日本のデータが過少推計であるとしています。2013年現在で日本は加盟国の中で8位になりましたが、これが過少なのでしょうか。

 

西沢和彦さん(日本総合研究所上席主任研究員。以下、西沢):OECDの総保健医療支出は「Health expenditure」なので、日本語に訳すと「健康支出」です。実は非常に幅広い概念であり、ここに出て来る日本のデータは過少ではないかと思っています。これには主に2つ理由があります。第1に、総保健医療支出に関するOECDの定義ではlong-term care(LTC、介護)も入れるとしていますが、OECDのHPで公表されている日本のデータには、わが国の介護保険の介護費用の半分も入っていません。例えば、訪問介護、訪問入浴介護、デイサービスなどは一切入っていないのです。第2は公衆衛生や予防が過小推計になっている可能性です。乳幼児健診、健康手帳、健康増進事業などの公衆衛生、がん検診、予防接種などの予防は除外されています。2008年頃までは妊婦健診もほぼ入っていませんでした。つまり、介護や公衆衛生、予防の部分が過小になっており、日本の医療費はOECD総保健医療支出に現れているデータよりももっと大きく、対GDP比は米国に次いで2番目となる可能性もあります。

 

三原:まず、LTC(介護)の部分について、どんな状況なのでしょうか。

 

西沢:LTC(介護)を加味した図1をご覧頂くと、日本の総保健医療支出の対GDP比は10.2%となっています。しかし、日本より対GDP比の高い国を見ると、デンマーク、フランス、ドイツ、スウェーデン、スイス、オランダ、米国とあり、全国的な介護保障制度を持ってない米国を除けば、どの国も介護の部分が大きく、日本の介護は明らかに少ないのが分かります。

 

三原:では、OECD総保健支出の日本のデータに現われるLTC(介護)には何が入っているのですか。

 

西沢:療養病床、老人保健施設、訪問看護だけです。つまり、2000年度に介護保険を創設した際、全て医療保険制度から移されたサービスです。よって、介護保険創設後に伸びたサービスは統計上、全く現れていないことになります。特別養護老人ホームも入っていません。

 

 

三原:介護保険創設後に増えたのは訪問介護、デイサービスなどの在宅系サービスなので、これは全く実態と違いますね。

 

西沢:結局、療養病床、老人保健施設、訪問看護の3つしか含めないというのは、制度変更に伴う日本特有の事情でしかありません。本来、OECDの示す総保健医療支出の定義に照らし合わせて、「何を入れるか」「何を入れないか」を考えるべきです。OECDの総保健医療支出は2000年に導入されましたが、LTC(介護)に関して定義が曖昧だったため、ADL(日常生活動作)に関して助けを求める人へのサービスをLTC(介護)に計上するというガイドラインが2006年に示されました。それにもかかわらず、日本は医療保険から介護保険にシフトした部分しか入れていません。

 

三原:その定義に従うと、障害者福祉も入ってくることになりませんか。日本の場合、高齢者は介護保険、障害者は障害者総合支援法と別々の制度ですが、オランダの「特別医療費保険」(AWBZ)という制度では高齢者だけでなく、障害者もカバーしています。

 

西沢:その通りです。日本の場合、制度発足の経緯上、介護保険は高齢者の介護しか入っていませんが、たまたまサービスを必要とする原因が違うだけであり、OECDの定義に沿えばLTC(介護)には障害者福祉も含めるべきです。日本も今夏にも公表される2014年の実績値以降、ガイドラインに沿った形で公表する予定ですが、それでも恐らく障害者福祉が入って来ないとみています。

 

三原:そうすると、まだまだデータが過小になる可能性があるということですか。

 

西沢:LTC(介護)について言うと、施設サービスに関する補足給付[4]も含まれていないし、介護保険の地域支援事業[5]も入っていません。後者に関しては今後、介護予防給付の一部が「新しい総合事業」に移っていく[6]ため、費用が小さく見える可能性があります。

 

三原:統計上の定義が制度改正に対応し切れていないのですね。もう1つの公衆衛生、予防は如何でしょうか。

 

西沢:母子保健、がん検診、健康診査、乳幼児健診、精神保健福祉、健康手帳などが全部あるいは一部が入っていません。健康保険から出ている規模は捕捉されているのですが、自治体がやっている分が分からない。例えば、別途調査された母子保健や妊産婦健診の自己負担費用を見ると、自治体で金額が違います。これは自治体ごとに補助金の額が違うためです。自己負担は保険料と比べても逆進性が高く、サービスを受ければ所得に関係なく負担することになります。それにもかかわらず、このデータを把握できていないのは問題と思います。

 

三原:公衆衛生や予防について、多くのケースでは自治体が一般財源(地方税、地方交付税)を使って単独事業として実施しています。自治体単独事業の取り扱いは消費増税の際、規模が問題になりました[7]が、ご指摘を踏まえるとOECDの定義に沿えば入れる必要がありますね。

 

国民医療費を巡る統計上の問題点

三原:日本で頻繁に参照される「国民医療費」は如何でしょうか?

 

西沢:国民医療費の定義は純粋に「社会保険の給付で給付され得る治療に要した費用」なので、「国民治療費」と言えます。しかし、それで本当に医療費の全体像を把握できるのでしょうか。あるいは今後の医療に対応できるのでしょうか。例えば、高齢者が増えると慢性疾患をコントロールしながら生活する患者が増えるため、こうした患者を可能な限り支援する医療に転換する必要があります。そうなると、治療の部分は小さくなり、予防や介護なども含めた幅広い支援が必要になります。それにもかかわらず、国民医療費は「国民治療費」の意味合いでしかない。国民医療費は医療の全体像とりわけ今後より重要性の増す医療の全体像を捉えきれていません。分かりやすく言うと、インフルエンザの予防接種は国民医療費に計上されないけど、インフルエンザにかかって医療機関に行くと、初めて国民医療費にカウントされるわけです。

 

三原:つまり、保険財源を使わない部分は基本的に入っていないのですね。それ以外の問題点として、「薬剤費が把握できない」「資本形成に必要な部分を把握できない」と指摘されていますね。薬剤費については、どのような状況でしょうか。

 

西沢:薬剤費に関しては、薬局調剤で出している部分は統計上明示されています。でも、病院や診療所の窓口で出している薬は把握できません。

 

三原:医科と歯科の中に紛れ込んでいるわけですね。

 

西沢:全体として薬剤費がいくらかかっているのか把握できない。今、政府は後発医薬品(ジェネリック)を活用して医療費を効率化しようと言っています[8]が、その前提となる全体像が分からないのは問題と思います。

 

三原:資本形成の部分は如何でしょうか。

 

西沢:資本形成すなわち病院の建物や医療機器にいくら使っているのかも国民医療費では分かりません。日本はMRIやCTスキャンなどの高額医療機器が人口当たり、先進国一多いと言われています[9]し、人口当たりで見た病床数も多い[10]。そこから類推すると、資本形成に相当な予算を使っていると思われます。それなのにデータが明らかになっていません。これは日本の診療報酬システムに根本的な原因があると思います。日本の制度では、人件費など労働コストと資本形成とがセットで分配されており、その区分を把握できません。

 

三原:薬剤費、資本形成を把握できない問題点は何でしょうか。

 

西沢:医療における適切な資源配分を議論できないことです。現場の医師や看護師から多忙さを訴える意見が出ていますが、本来は「医療費の配分が悪いのではないか」「薬剤費や資本形成に行き過ぎており、もっと労働に分配されるべきじゃないか」と議論することが必要です。しかし、それが今はできない状況です。

 

三原:なるほど、現場の多忙さを解決する手段として、医師や看護師を増やすべきという意見もありますが、単に「量」を増やすだけでなく、資源分配の効率性を高める選択肢もあります。その議論が難しい状況ですね。

 

西沢:医療機器などに投下した資本を回収するため、検査や診療行為が必要になり、結果的に現場が忙しくなる悪循環になっている可能性もあります。

 

三原:結局、今は一種の「軍備拡張競争」ですからね。つまり、フリーアクセスで患者獲得を巡って競争しているため、医療機関は病院建設、施設整備に力を入れたがります。そうなると、検査や診療行為を通じて投資を回収しなければならなくなり、医療費が増えている可能性があります[11]

 

西沢:本来、機器を共同利用した方が、資本効率はいいですし、手術件数や治療データが集中し、医師のテクニックが上がるメリットも出ます。結果的に費用を抑制できるだけでなく、患者の利便性や満足度も高まるわけです。しかし、日本の場合、「最新機器があります」という点をウリにする「軍備拡張競争」を続けています。この是非を議論し、適切な資源分配を模索するには、国民が現状を把握できるマクロの医療統計が大変重要になります。

 

三原:資本形成に関して、OECDの総保健医療支出ではどうなっていますか。

 

西沢:OECDの場合、人件費などの「経常支出」と、病院建設や医療機器購入などの「資本形成」に分かれています。図2に示した2011年の統計を見ると、日本の資本形成は対GDP比0.1%。他国を見るとポルトガル0.6%、オーストラリア0.6%、デンマーク0.4%。内訳が出ていない国もありますが、概ね0.4~0.8%です。MRIやCTが世界で一番多いとされる日本が0.1のはずがない。しかも日本の場合、大都市部に大きな病院が多く、それぞれ病院建設や医療機器に資本を投下しています。

 

 

三原:それは感覚に合わないですね。

 

西沢:資本形成と経常支出を区分しているOECDの総保健医療支出は大きな可能性を持っているのですが、これまでは残念ながら「医療費が諸外国比で低いから診療報酬を上げろ」という主張に専ら使われてきた感があります。統計を整備し、議論の質を上げていくべきと思います。

 

医療データが不備であることの問題点

三原:これまでの議論を踏まえると、かなり不備が多いことになります。日本のデータに不備がある問題点として、どんなことが考えられるでしょうか。

 

西沢:正確な議論が困難になります。日本ではOECD総保健医療費支出を用い、「GDPで割った水準が他国と比べて低いので、診療報酬を手厚くすべきだ」と使われてきましたが、果たしてどうなのでしょうか。それと、オランダは1990年代以降、(下)で議論する管理競争(規制競争、regulated competition)を採用しました[12]が、対GDP比で測ったオランダの支出が日本よりも大きいことから、「オランダは医療費抑制に失敗しているじゃないか」とも言われます。しかし、図1を見ると介護の部分が支出全体の数値を押し上げており、介護以外をみますと諸外国比で目立って大きいわけではありません。したがって、これだけで「オランダの医療制度改革は失敗だ」と言えなくなります。

 

三原:統計の定義が異なる以上、そこに現れるデータも違うことになるので、単純に国際比較できなくなりますね。個別分野に関しては、いくつか事例を使うと弊害が分かりやすくなるかもしれません。例えば、インフルエンザ予防接種の費用は本人または保険組合の負担ですが、OECD総保健支出に出て来る日本のデータ、国民医療費ともに、計上されていないことになります。その場合の弊害は如何でしょうか。

 

西沢:インフルエンザの予防接種だと、2,000~3,000円ぐらい掛かっていますよね。しかし、予防接種で重篤化するリスクを減らせば、仮に何もしなければ必要になっていた医療費が不必要になり、結果的に2,000~3,000円を超えるメリットがあると説明できます。それが本来の政策論議なのではないでしょうか。

 

三原:統計の定義が治療に偏っていると、国が進める「地域包括ケア」の障害になるかもしれませんね。地域包括ケアでは医療、介護だけでなく、住民の支え合いや予防も重視しようとしていますが、どれくらいの費用をどこに使って、どれぐらいの効果があるのか分からなくなります。

 

西沢:OECDの総保健医療支出は、健康に関連する機能の支出も補完的に把握できるように、「Healthcare Related Function」という項目が設けられています。例えば、外出する時に付き添ってくれるとか。医療じゃないけど社会的な助けを求めるサービスなどがここに含まれます。日本の制度でも自治体の外出支援とか地域支援事業なども本来ここに計上されるはずです。これだと、日本の地域包括ケアも統計上うまく描写できると思います。

 

三原:それは良い仕組みですね。

 

西沢:例えば、地域支援事業とは本来、地域の資源を有効活用しつつ、コスト節約と介護予防を進めるというコンセプトです。もし統計が整備さされば、仮に地域支援事業に3,000億円を投入しても、結果的に介護費用が抑えられたと分かれば、それは統計として物凄く有効です。

 

三原:先程、話題になった自治体の事業は如何でしょうか。

 

西沢:OECDの総保健医療支出や国民医療費に入って来ない典型例としては、保健師の予防事業がイメージしやすいかもしれません。しかし、全体像を把握しにくい。

 

三原:自治体の決算統計を見ても、「民生費」「衛生費」といった分類なので、分かりにくいですよね。今はどうやって推計しているのでしょうか。

 

西沢:実績値というよりも、地方交付税の単価を使って、人数を乗じて出しています。

 

三原:しかし、交付税は何でも使える一般財源なので、実際に使っているかどうか分からないですよね。それとともに地域ごとに格差も生まれる可能性がある。確かに集権と分権のバランスは難しい問題と思います。その時のポイントとしては、「情報の集中、権限の分散」という原則じゃないかと思います[13]。つまり、権限は地方や現場に可能な限り分散させるけど、国が情報を集めて公表し、その取り組み状況を地域の住民が判断できる統計を整備するということです。例えば、「隣町は500万円を福祉に使っているけど、うちの町は何で100万円なのか」という議論です。これが自治や民主主義を育むことになると思います。

 

西沢:同感です。これは単に「総保健医療支出の我が国における推計」とか、「国民医療費の統計定義」にとどまる問題じゃないです。

 

三原:その点で言うと、情報の出し方に違和感を持つ部分があります。例えば、厚生労働省は毎年、妊婦健康診査の実施状況を都道府県ごとに公表しています[14]。妊婦健康診査は民主党への政権交代直前に国費で支援した後、2013年度から地方の財源で対応した(一般財源化)ため、健康診査の回数や方法について地域差が生まれるかもしれません。これを公表するのは大いに結構なのですが、報道資料の書き方が「各地の状況を都道府県知事に通知したので、国民の皆さんにお知らせします」という形になっています。しかし、本来は逆であり、国民への情報公開、情報共有を優先すべきではないかと。学校耐震化みたいに市町村ごとのデータがあっても良いと思います。

 

西沢:その件に限らず、納税者とか被保険者に、選択とか判断をしてもらうための情報共有、統計整備という感覚がないです。大袈裟かもしれないが、それが今の日本の財政状況を生んでいると思います。

 

民主主義、連帯を形成する基盤としての統計データ

西沢:国民は保険料、税を負担し、それで医療費を賄っています。このため、どういう姿なのかを分かりやすく説明する責任が政府にはあります。それが民主主義的な意思決定の土台になると思います。しかし、「納税者、被保険者に納得してもらいながら税金や保険料を払ってもらう」という感覚が為政者に乏しいのではないでしょうか。

 

三原:そもそも論で言うと、医療保険制度は「他人も助かるけど自分も助かる」という社会全体の助け合い、つまり「社会連帯」の合意の下、強制加入で保険料を徴収し、リスクを社会全体で分かち合う仕組みですし、国、自治体合わせて40%程度の公費(税金)も入っています。その規模について、国民全体で合意を作る必要があり、前提としてデータや統計の整備は不可欠ですし、そのためには精緻なデータが必要と思います。国民は現状が分からなければ議論できないし、その代表である国会も正確に議論できないし、国民に真実を伝えるメディアも報道または検証できない。

 

西沢:現場にとってもメリットがあると思います。今は医療費を抑えられており、現場は厳しく、忙しいと思います。でも、正確なデータがあると、「どうも資本形成に行き過ぎじゃないか」「薬剤費に資金を回しており、医者や看護師の人件費に回ってないのではないか」「もう少し資本形成や薬剤費は削っても良いので、人件費に回そう」という議論が可能になり、現場も患者もハッピーになると思います。これを取り持つのが統計データです。

 

三原:そうなると、改善策としてはどんなことが考えられるでしょうか。

 

西沢:OECD総保健医療支出に関しては、医療経済研究機構というシンクタンクでやっています。しかし、一つのシンクタンクでやるには荷が重いと思います。支出を構成する項目の所管は、厚生労働省だけでも保険局、老健局、社会・援護局など複数の局にまたがるし、総保健医療支出には学校保健も入るので。文部科学省も絡みます。

 

三原:学校の健診ですね。

 

西沢:今は学校医の報酬しか計上されていません。OECDの定義に従うと、国立大学の予算や養護教諭も絡んできます。

 

三原:地方自治体の予算も絡んで来るので、総務省も入りますね。

 

西沢:つまり、行政の縦割りシステムだけでなく、国と地方の財政関係が入り組んでいる中、全体像を把握しにくく、これが統計を非常に作りにくくしています。

 

三原:そうなると、こうした情報は国が責任を持って公表するべきなのでしょうか。

 

西沢:それは一案ですし、そのための人的、財政的な拡充も重要と思います。でも、それ以前の問題として、統計を作る際には「医療」の定義を単なる治療費じゃなく、健康に関連して幅広く捉える必要があります。それと、もう一つは民主主義的な意思決定を重視する発想にする必要があります。こうした認識があって初めて人的あるいは財政的な拡充の話になると思います。これは財政に関する独立推計機関も同じです[15]。統計や財政推計は公共財であり、主権者である国民に意思決定してもらうための基盤です。このため、中央省庁の政策判断や政権の意向を統計データに反映させないことを前提とする必要があります。

 

三原:政策の内容に政治的な判断を差し挟んでも良いけど、その前提となる統計データは中立的かつ科学的に、ということですね。ご指摘の点は単なる統計の在り方にとどまらず、民主主義から医療制度を考える上で、極めて重要な指摘と思います。次回「医療提供体制改革を考える―かかりつけ医、地域医療構想の在り方を問う」では、提供体制改革を取り上げたいと思います。 


[1] 社会保障目的で消費増税を決定した際、社会保障の在り方を話し合う場として設置された有識者の検討組織。2012年11月から2013年8月まで計20回開催し、同年8月に報告書を公表した。

[2] 東京財団(2015)『医療保険の制度改革に向けて』、同(2012)『医療・介護制度改革の基本的な考え方』。

[3] 西沢和彦(2015)「『総保健医療支出』推計の問題点」『フィナンシャル・レビュー』通巻123号、同(2015)「『総保健医療支出』におけるLong-term care推計の現状と課題」『JRIレビュー』Vol.11 No.30、同(2014)「保健医療提供機関の資本形成の推計方法に関する課題」『JRIレビュー』Vol.4 No.14、同(2013)「『国民医療費』における薬剤費統計の不備を改めよ」『JRIレビュー』Vol.4 No.5。

[4] 2006年度改正の際、介護保険施設に入居する利用者の食費、宿泊費を介護保険給付から外したが、低所得者は引き続き給付対象とした。これを補足給付と呼ぶ。

[5] 2006年度改正の際、要介護状態になることを防ぐ地域支援事業がスタートした。

[6] 2015年度改正の結果、予防給付のうち訪問介護と通所介護を介護保険給付から切り離し、介護予防事業に統合するとともに、市町村の裁量を広げる制度。2017年4月までに全市町村が移行する。

[7] 地方単独事業については、社会保障目的の消費増税を決定した際、規模が争点となった。社会保障4経費(医療、介護、年金、子育て)に則った範囲の単独事業は2010年度時点で4.3兆円と推計された。

[8] 政府は医療費節約のため、割安なジェネリック普及を推奨している。2015年9月時点で56.8%の市場シェアを2018~2020年度の間に80%まで引き上げるとしている。

[9] OECDの統計によると、日本のMRI保有台数は100万人当たり46.9台、CT保有台数は101.3台(いずれも2011年現在)。これに対し、OECD平均ではMRIが同14.3台、CTが同24.6台となっている。

[10] OECDの調査によると、人口1,000人当たり病床数はOECD平均4.8床に対し、日本は2013年現在で13.3床となっている。

[11] いわゆる需要誘発仮説。医師や医療機関の行動が患者の需要を作り上げるという考え方。

[12] 管理競争(規制競争)とは被保険者に保険者選択の自由を認め、市場原理を活用しつつ、医療費節約と提供体制の効率化を進めるのが目的。

[13] この言葉は19世紀イギリスの思想家、ジョン・スチュワート・ミルが1861年に記した『代議制統治論』にある。

[14] 「妊婦健康診査の公費負担の状況にかかる調査結果について」。最新は2015年6月30日付で、2014年4月現在のデータが示されている。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000089986.html

[15] 東京財団(2012)『将来推計の抜本見直しを』では、財務省、厚生労働省など各省庁が自らの政策を正当化するため、将来推計を作る傾向がみられるとして、整合性の取れた透明で客観的な財政推計を作る必要性を提言しており、超党派による法案も策定している