タイプ
その他
プロジェクト
日付
2013/12/19

【書評】大平正芳/福永文夫監修 『大平正芳全著作集』全7巻 (講談社、2010-2012年)

評者:服部 龍二(中央大学総合政策学部教授)


はじめに

  官房長官、外相、自民党政調会長、通産相、蔵相、自民党幹事長、首相などを歴任した大平正芳の著作集である。
  1910(明治43)年、香川県に生まれた大平は、東京商大を卒業後に大蔵省入りした。津島寿一蔵相、池田勇人蔵相の秘書官などを経て、1952(昭和27)年に衆議院議員となり、連続11回の当選を果たした。
  池田勇人内閣では官房長官の後に外相となり、いわゆる大平・金メモで日韓関係を打開した。田中角栄内閣では2度目の外相として、中国との国交正常化を導いた。首相としては環太平洋連帯構想を描くなどしたものの、一般消費税の導入に失敗し、衆参同日選の直前に急逝した。

概要

  『大平正芳全著作集』の主な内容は次の通りである。

第1巻 
  第1部 私の履歴書
  第2部 財政つれづれ草・素顔の代議士
  第3部 補遺(1936~55年)
第2巻 
  第1部 春風秋雨
  第2部 論稿・随筆・演説Ⅰ(1956~64年)
  第3部 論稿・随筆・演説Ⅱ(1965~69年)
第3巻 
  第1部 旦暮芥考
  第2部 論稿・随筆・演説(1970~71年)
第4巻 
  第1部 風塵雑爼
  第2部 論稿・随筆・演説(1972~74年)
  第3部 英語演説
第5巻 
  第1部 永遠の今
  第2部 論稿・随筆・演説(1975~80年)
第6巻 
  第1部 複合力の時代
  第2部 対談・座談
  第3部 インタビュー
第7巻 
  第1部 日記・手帳メモ・ノート
  第2部 補遺
  第3部 回想

  各巻には、福永文夫氏による解説が含まれている。
  生前、多くの著作を残した大平だが、ほとんどが品切れとなっていた。著作や年譜は、大平正芳記念財団のホームページで閲覧できるにしても(http://www.ohira.org/cd/)、論文や対談を含めてまとめ上げられたことは有益である。政治家の著作集が刊行されることはまれであり、筆まめだった大平の面目躍如だろう。
  とりわけ、第7巻の日記、手帳、ノートは初出となっている。これについては、福永文夫「大平正芳メモ〈抄〉」(『中央公論』2012年7月号)が参考になる。

書かれていること、いないこと

  『大平正芳全著作集』には、書かれていないこともある。例えば、池田内閣期の日中民間貿易について、「長崎の国旗事件以来中断していた中共貿易再開の気運は、池田政権成立とともにとみに高まっていた」と記されている(『著作集』第2巻、94頁)。
  このとき大平は外相であった。実際には当初、日中貿易に積極的なのは、大平の外務省よりも通産省だったように思える。
  機微にかかわることも抜け落ちる。「核密約」をめぐるライシャワー大使との会談はその典型であろう。通産相として臨んだ日米繊維交渉については、佐藤栄作首相がニクソン大統領と「繊維密約」を交したと当時から噂されていた。大平はこの点を佐藤に質しているのだが、そのことは出てこない。
  大平は田中内閣初期に2度目の外相として、ニクソンとの会談前に田中と協議していた。手帳には、「脱核(沖縄)〔中略〕(1969)非常事態ニオケル核ノ持込ミ―協議 ×」と記されている。大平は、佐藤前首相とニクソンの沖縄「核密約」を知りながらも、アメリカに提起しないことにしたようである。従来、佐藤内閣から田中内閣に「核密約」は継承されなかったという解釈が多かっただけに、重要な記述といえるだろう(『著作集』第7巻、52-53頁、福永文夫「大平正芳メモ〈抄〉」24-25頁)。
  他方、田中内閣末期に蔵相として、「核密約」公表を模索したことは記されていない。これを補うものとしては、森田一/服部龍二・昇亜美子・中島琢磨編『心の一燈 回想の大平正芳――その人と外交』(第一法規、2010年)が秘書官による回想となっている。
  執筆された時期にも注意を要する。最も体系的に生涯を振り返った『私の履歴書』は幹事長時代の作品であり、明らかに首相の座を意識していた。引退後ではないだけに、都合の悪いことは書けなかったはずである。
  首相として迎えた東京サミットにおいては、日本がいないところで欧米が話し合いを進めていた。これについては、政策研究大学院大学C.O.E.オーラル・政策研究プロジェクト「宮崎弘道オーラル・ヒストリー」(政策研究大学院大学、2004年)がある。外務審議官の宮崎は、シェルパとして調整に当たっていた。

結びに代えて

  大平は首相在任のまま選挙期間中に他界したため、首相期の記述が総括を欠いているのはやむをえない。いまだから語れるというような内容はないにせよ、著作集の刊行によって、足跡をたどれるようになったことは歓迎されるべきものであろう。
  今後の大平研究は『大平正芳全著作集』に依拠するところが多くなり、その結果、大平の筆に引きずられる傾向が強まるかもしれない。
  『大平正芳全著作集』からの引用に際しては、できれば、ほかの文献も合わせて参照したいものである。内外の公文書を使用した研究は増えており、外務省記録の公開も進んでいる。第2次外相期の外務省記録については、拙稿「2011年12月22日公開ファイル『日中国交正常化』ほか」(『外交史料館報』第26号、2012年)で一部を紹介した(http://ryujihattori.a.la9.jp/)。
  アメリカのDigital National Security Archiveでは、主要な会談記録がオンラインで公開されている(http://nsarchive.chadwyck.com)。いまであれば、関係者に対するインタビューの可能性も残されている。
  これらを勘案しても、文章家として知られた大平の著作集刊行は意義深いといえるだろう。