タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/5/1

政治外交検証:2013年度の総括と展望

評者:細谷雄一(東京財団上席研究員/政治外交検証プロジェクト・サブリーダー/慶應義塾大学法学部教授)

はじめに

   2013年度もまた、日本外交や国際政治に関する数多くの良書が刊行された。その数はあまりに多く、全体を俯瞰することすら容易ではない。ここでは、そのなかから特に注目すべき書物に光を当てて、簡単に紹介することにしたい。必ずしも全ての良書を網羅的に紹介しているわけではないことを予めお断りしたい。近年の研究の大きな潮流を示すためにも、それに関連したもののみになるだろう。
   まず特筆すべき大きな企画として、二つを紹介したい。第一は、岩波書店が刊行した全六巻の企画『日本の外交』である。全体の構成は、井上寿一編『日本の外交 第1巻外交史戦前編』、波多野澄雄編『日本の外交 第2巻外交史戦後編』、酒井哲哉編『日本の外交 第3巻外交思想』、国分良成編『日本の外交 第4巻対外政策地域編』、大芝亮編『日本の外交 第5巻対外政策課題編』、全編集委員編『日本の外交 第6巻日本外交の再構築』である。従来の岩波書店の同様の企画と比較すると、よりいっそう幅広い立場の執筆者が並ぶ。また従来の日本外交史が日米関係史を中心に論じられていたのに対して、より広い視座から日本外交を再検討している。
   もう一つの重要な企画として、中央公論新社の北岡伸一監修「歴史のなかの日本政治」全6巻の刊行が始まった。2013年度中に刊行されたのは、飯尾潤編『歴史のなかの日本政治6 政権交代と政党政治』、細谷雄一編『歴史のなかの日本政治4 グローバル・ガバナンスと日本』、北岡伸一編『歴史のなかの日本政治2 国際環境の変容と政軍関係』の三巻で、2014年には宮城大蔵編『歴史のなかの日本政治5 戦後アジアの形成と日本』、松田宏一郎・五百旗頭薫編『歴史のなかの日本政治1 自由主義の政治家と政治思想』、川島真編『歴史のなかの日本政治3 近代中国をめぐる国際政治』の三巻が続く見込みである。北岡伸一氏が全体の構成を監修し、同氏の問題関心に沿う形でテーマが選ばれているのが特長といえる。
   この二つの大型企画は、いずれも現在の日本政治外交史研究の最先端の水準を誇る内容となっている。これらの企画で十分に留意されていない研究分野もあるが、現時点でのこの領域の研究の裾野が確実に広がりつつあることが理解できる。


1.日本政治外交

   日本政治外交の分野では、歴史研究と現状分析と、そのいずれにおいてもいくつかの画期的な研究が見られた。
   戦前日本政治史の分野では、官僚制や行政機構に注目した清水唯一朗『近代日本の官僚 ―維新官僚からエリート官僚へ』(中公新書)や黒澤良『内務省の政治史 ―集権国家の政治史』(藤原書店)が、現在の最高水準の研究成果といえる。前者は一般読者向け、後者は専門家向けの内容ではあるが、いずれも戦前の官僚機構について豊富な史料を背景としてまとめた成果である。また、伏見岳人『近代日本の予算政治 1900-1914 桂太郎の政治指導と政党内閣の確立過程』(東京大学出版会)は、著者の東京大学法学部への博士論文をもとにした研究成果であり、桂太郎の政治指導について圧倒的な史料を利用して明らかにしている。松浦正孝編『アジア主義は何を語るのか ―記憶・権力・価値』(ミネルヴァ書房)は、編者を中心とした長年の共同研究の成果のひとつであり、アジア主義について日本政治史、政治思想史、国際政治史的に多角的に検討した大部の研究である。
   戦後の日本政治外交史については、楠綾子『現代日本政治史1 占領から独立へ』(吉川弘文堂)が刊行されたことで、全五巻のこの企画が完結した。若手の日本外交史研究者を中心に執筆されたこの企画では、従来にないあたらしい史料や視点が多く盛り込まれている。また、著者の慶應義塾大学法学部への博士論文をもとにした鈴木宏尚『池田政権期と高度成長期の日本外交』(慶應義塾大学出版会)と、編者の指導を受けた若手研究者を中心とした波多野澄雄編『冷戦変容期の日本外交 ―「ひよわな大国」の危機と模索』(ミネルヴァ書房)では、1960年代から70年代の日本外交史について、最先端の研究を見ることができる。いずれも日米関係がその中心となっているが、それを越えたヨーロッパやアジアが視野に含まれていることが大きな特長といえる。
   これらの日本政治外交史の研究成果を支える重要な貢献として、オーラル・ヒストリーなどの成果がいくつか公刊されている。重要な時期に北米局長や駐英大使を務めた折田正樹氏のオーラル・ヒストリーである、『外交証言録 湾岸戦争・普天間問題・イラク戦争』服部龍二・白鳥潤一郎編(岩波書店)では、1980年代から2000年代までの日本外交の重要局面について、率直にして信頼できる貴重な証言が数多く見られる。また、五百旗頭真・宮城大蔵編『橋本龍太郎外交回顧録』(岩波書店)は、内政と外交で大きな足跡を残した橋本龍太郎首相のオーラル・ヒストリーであり、編者による詳細な解説が付されている。防衛官僚としてイラク戦争の時代に重要な役職に就いた柳澤協二氏の回顧録である『検証官邸のイラク戦争 元防衛官僚による批判と自省』(岩波書店)では、強い言葉でその時期の政府の政策を批判的に回顧している。
   歴史研究のみならず、現代日本政治についての分析についても、多くの優れた研究が公刊された。信田智人『政治主導vs官僚支配』(朝日選書)では、冷戦終結後の日本政治を政治主導という視点から概観している。小泉政権と民主党政権に焦点が当てられて、その比較と、問題点が適切に述べられている。また、牧原出『権力移行 ―何が政治を安定させるのか』(NHK出版)では、冷戦後の「改革の時代」の日本政治を、行政的な視座から分析している。野中尚人『さらばガラパゴス政治 決められる日本に作り直す』(日本経済新聞社)は、一般読者向けの平易な文章で、決められない日本政治の問題点を厳しく指摘している。


2.東アジア

   東アジアに関する文献で、特筆すべきは、ハーバード大学教授のエズラ・ヴォーゲルによる『トウ小平 ―現代中国の父』(日本経済新聞社)であろう。上下二巻の重厚な内容で、?小平の政治の功績に踏み込んで描いている。
   歴史的な研究としては、アジアとヨーロッパの出会いと交流を描いた福岡万里子『プロイセン東アジア遠征と幕末外交』(東京大学出版会)は、これまでなかった新しい視座から東アジアの歴史を論じている。また、長田彰文『世界史の中の近代日韓関係』(慶應義塾大学出版会)では、現在困難に直面する日韓関係を、狭い2国間関係を越えた広い世界史のなかに位置づけている。福田円『中国外交と台湾 ―「一つの中国」原則の起源』(慶應義塾大学出版会)は、中国と台湾の双方の史料と視座を用いて、中台関係を国際政治史の中で位置づけている。国分良成・添谷芳秀・高原明生・川島真『日中関係史』(有斐閣アルマ)は、日本の中国外交研究を牽引する四人の研究者によって、20世紀の日中関係史が概観されている。


3.国際政治史

   国際政治史については、益田実・小川浩之編『欧米政治外交史 ―1871-2012』(ミネルヴァ書房)として、外交指導者に焦点を当てて若手研究者を中心に共著で通史をまとめている。新しい研究成果も反映した価値ある一冊である。ヨーロッパ近現代史の偉大な指導者に光を当てた評伝として、ジョナサン・スタインバーグ『ビスマルク』小原淳訳(白水社)
と渡邊啓貴『シャルル・ドゴール ―民主主義の中のリーダーシップの苦闘』(慶應義塾大学出版会)が刊行された。いずれも、複数の言語で数多くの評伝がすでに刊行されているが、現時点での最新の成果といえる。
  戦間期の国際政治史研究としては、オスマン帝国崩壊後の中東を描いた著者のライフワークの集大成の山内昌之『中東国際関係史研究 ―トルコ革命とソビエト・ロシア 1918-1923』(岩波書店)と、イタリア外交史を専門とする著者の石田憲『日独伊三国同盟の起源 ―イタリア・日本から見た枢軸外交』(講談社選書メチエ)に二冊が刊行された。
   戦後国際政治史では、フランスのアフリカ政策を検討した著者のロンドン大学の博士論文をもとにした池田亮『植民地独立の起源 フランスのチュニジア・モロッコ政策』(法政大学出版局)や、従来にはあまり見られなかった文化と外交の接点を描いた齋藤嘉臣『文化浸透の冷戦史 ―イギリスのプロパガンダと演劇性』(勁草書房)が重要な研究成果である。
   また、独特な視座から国際政治史を描いた研究成果として、アメリカ海軍を広い視座から歴史的に検討した共同研究の田所昌幸・阿川尚之編『海洋国家としてのアメリカ ―パクス・アメリカーナへの道』(千倉書房)や、カトリックのバチカン教会の歴史を外交史的に描いた松本佐保『バチカン近現代史 ―ローマ教皇たちの「近代」との格闘』(中公新書)が興味深い。


4.現代国際政治

   これまで、歴史的研究を中心に2013年度の刊行物を紹介してきたが、現代の国際政治を検討した優れた書物も、数多く刊行された。
   まずアメリカ外交については、現在注目されているそのアジア外交を論じた共同研究の久保文明・高畑昭男編『アジア回帰するアメリカ 外交安全保障政策の検証』(NTT出版)
や、政策当事者の回顧録であるジェフリー・ベーダ―『オバマと中国 ―米国政府の内部からみたアジア政策』春原剛訳(東京大学出版会)、そしてプリンストン大学教授でありディック・チェイニー副大統領の補佐官であったアーロン・フリードバーグの『支配への競争 ―米中対立の構図とアジアの将来』佐橋亮監訳(日本評論社)が欠かせない重要な文献である。また、その背景としてのアメリカの政治思潮やその対外政策への影響については、中山俊宏『アメリカン・イデオロギー ―保守運動とアメリカ政治』(勁草書房)と中山俊宏『介入するアメリカ ―理念国家の世界観』(勁草書房)でその内奥を知ることが出来るだろう。
   次に、海洋進出を活発化する中国の対外行動を理解するためには、優れた中国軍事研究者である飯田将史氏の『海洋へ膨張する中国 強硬化する共産党と人民解放軍』(角川SSC新書)や、ジャーナリストの春原剛氏が2012年の尖閣国有化の過程を追った『暗闘尖閣国有化』(新潮社)が有用である。従来とは異なる強硬な姿勢で、中国政府が対日政策を展開していることが理解できる。
   中東の国家建設や平和構築、パレスチナ問題などについては、優れた若手イラク研究者の山尾大氏の『紛争と国家建設 戦後イラクの再建をめぐるポリティクス』(明石書房)、理論と実際の双方の視座から平和構築を論じる篠田英朗『平和構築入門 ―その思想と方法を問い直す』(ちくま新書)、そしてオクスフォード大学教授として長年中東問題を教えてきたアヴィ・シュライムの『鉄の壁〔第2版〕 イスラエルとアラブ世界』神尾賢二訳(緑風出版)が重要な文献である。
   北東アジアを不安定化させる重要な北朝鮮問題については、平岩俊司『北朝鮮 ―変貌を続ける独裁国家』(中公新書)と道下徳成『北朝鮮・瀬戸際外交の歴史 1966~2012年』(ミネルヴァ書房)の二冊が刊行された。また、ユーロ危機を通じて大きく動揺し、転換点を迎えるEUについては、遠藤乾『統合の終焉 EUの実像と論理』(岩波書店)が最良の案内書となる。
  重要性を増す環境問題については、イギリス史研究者の君塚直隆『チャーチル皇太子の地球環境戦略』(勁草書房)と、外交官として交渉に当たった加納雄大の『環境外交 ―気候変動交渉とグローバル・ガバナンス』(信山社)の二冊が刊行された。


おわりに

   以上、2013年度に刊行された主要な書物を概観した。そこでいくつかの点に注目したい。
   第一に、日本政治についての多くの書物が刊行されたことである。これは、2009年の民主党政権の誕生、そして2012年の自民党の政権復帰と、二度の選挙による政権交代を経験した日本国民が、これまで以上に日本政治の行方に不透明性を感じ、その構造的変化を知りたいと感じた結果ではないだろうか。
   第二に、よりいっそうの研究視座の多様化である。前年には、日米関係を中心にした若手研究者による良書が複数刊行されたが、昨年はさらに独創性溢れる独特な視座からの研究が幅広く刊行された。地域的にも、従来のようにアメリカや東アジアだけでなく、ヨーロッパや中東への注目が特徴的である。
   一つの研究書を刊行するまでに、多大な時間が要されて、また数多くの研究上の対話が背後にはある。研究は真空から生まれるのではない。それを支える社会がうみだす問題意識が、新しい研究書を生み出すことになる。同時多発テロやイラク戦争の時代には圧倒的に多くの研究者がアメリカ外交に関心を持ち、またその後は中国外交への注目が集まった。現在では、それらを基礎としながらも、さらに幅広い問題関心が膨らんでいる。
   2014年にも、そのような潮流が続き、さらに独創的で広い視座からの研究書が生まれることを期待したい。