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第19回東京財団フォーラム「グローバル時代にコミュニティの自立を目指して ~『民』が変えるバングラデシュ~」

第19回 東京財団フォーラム

グローバル時代にコミュニティの自立を目指して ~『民』が変えるバングラデシュ~

【日時】1月23日(金)18:30~20:00
【会場】 日本財団ビル 2階大会議室(港区赤坂1-2-2)
【テーマ】「グローバル時代にコミュニティの自立を目指して ~『民』が変えるバングラデシュ~」
【スピーカー】ファザル・H・アベド/Dr. Fazle Hasan Abed


第19回東京財団フォーラムでは、世界最大のNGO“BRAC(バングラデシュ農村進歩協会)”創設者、ファザル・H・アベド(Dr. Hazle Hasan Abed)氏をお迎えし、グローバル化が貧困層に与える影響や、コミュニティのあり方について語っていただきました。また、日本でも貧困が社会問題となりつつある現在、アベド氏の活動は日本にとってどのような示唆を含んでいるのか、加藤秀樹当財団会長とともに考察しました。当日は、多くの学生の方々の他、政府系機関、NGO、民間企業、メディア関係など、幅広い層より150名を超える方々のご参加いただきました。

講演内容、各氏の発言および会場との質疑応答の主な内容は以下の通りです。

 

ファザル・H・アベド氏講演

創造力と革新力で社会に変化を
 私達人類は、今回の世界経済低迷のような問題にこれまで何度も直面し、その度に創造力と革新力をもって立ち向かってきた。今回も、イノベーションをもたらし、必ず危機を乗り越えていくものと信じている。BRAC設立当時(1972年)のバングラデシュは、内戦直後であまりにも荒廃していた。統計データを見ても、国民一人当たりの平均年収は90ドル、識字率は2割以下、平均寿命は47歳と、心が痛むような状況だった。このような状況下で、私は1,000万人を超える難民がインドから帰還したのを目の当たりにし、ダッカから240キロほど離れた援助物資の届かない遠隔地にて、小規模ではあるが、難民救済・復興のためのプログラムを自費で始めた。何年か経つと、先進国のNGOから経済的支援を得られるようになったが、この種の支援は短期で終わるものであり、貧困の削減のためには長期的なコミットメントが必要であることを認識した。1974年、長期的な開発支援に携わることを決意し、貧困の削減と貧しい人々のエンパワメント(注1)の2つをBRACのミッションに据えた。

 まずは、農業の生産性を上げ雇用を増やすプロジェクトを200~300か所の小さな村で始めた。BRAC自身で活動を全国に広げていく力は当初なかったが、持続可能な発展を各コミュニティにもたらすことができれば、政府が真似をして広めていってくれるだろうと楽観していた。しかし実際そのようにはいかず、我々自身が全国展開しなければならないと気付いた。このため、大量の資金と人材、マネジメント、会計、監査等々、組織としての能力が求められていった。

公衆衛生:命を守る

 初の国際児童年である1979年、バングラデシュの5歳以下の乳幼児死亡率は人口1,000人当たり252人。まずこの問題を改善できれば、他にもプラスの波及をもたらすのではないかと考えた。現在でもバングラデシュは、小さな国土に大きな人口を抱える世界有数の人口稠密な国。当時の出生率は1,000人あたり7人を超えていた。そこで私達は、各家庭を訪問し、母親達1人1人に経口補水液の正しい作り方を教えるところから始めた。経口補水液は、下痢等の脱水症状を和らげるもので、塩、水、砂糖を配合し簡単に作ることができる。10年間をかけて1つ1つの世帯を回ると同時に、マーケットやモスクに集まる男性達にも教えた。1986年には、政府が乳幼児死亡率低下のための予防接種プログラムを始めたが、政府が国の50%の地域をカバーし、残りの地域をBRACが引き受けることにした。1990年までに接種率は2%から75%まで改善し、その結果1990年以降、5歳以下の乳幼児死亡率は1,000人当たり64人、1歳以下が52人と激減、出生率も2.7人となった。しかし、例えば日本の乳幼児死亡率は1,000人あたり6~7人であり、我々はさらに努力を続ける必要がある。まだまだ長い道のりが横たわっており、今後も大きな成果を上げていかなければならない。

マイクロファイナンス:貧困層のエンパワメント支援とビジネスの両立

 BRACでは、貧困の削減そのものだけではなく、貧しい人々のエンパワメントも重要視している。私達は貧困の問題を総合的に考えており、公衆衛生から医療、教育、雇用など、人々の生活全体を社会的な側面を含めて活動している。BRAC最大のプログラムはマイクロファイナンス(注2)で、800万人のバングラデシュ人を顧客対象に、2008年は12億ドルを支出した。併せて少額の貯蓄プログラムも行っているが、これまでの累計2億8,000万ドルが預金されている。マイクロファイナンスでは、現地通貨であるタカ(BTA)立てで顧客にローンを供与し、毎週少ない金額を分割払いして返済してもらっている。また返済金の回収は銀行経由ではなく、各村々でBRACのスタッフであるローンオフィサーが直接行っている。つまり、800万もの人々が毎週ローンオフィサーと会っているということ。このシステムは非常にうまくいっており、貧しい人々が資金にアクセスできるようになった。多くの人々は、牛を飼って牛乳を生産する他、野菜の生産や養鶏などといった活動をしている。

 このような活動を行うには、様々な投入要素が必要になってくる。例えば、野菜の栽培には質の高い種が必要だが、バングラデシュの農村にいての入手は難しい。そのため、BRACでは、質の高い野菜の種やハイブリッドの稲、家畜の飼料などを生産するためのビジネスも行っている。また、酪農品や野菜、工芸品などの販売のための営業・流通も手掛けている。例えば、牛乳を遠隔地にある村々から集荷し、殺菌後にダッカで販売すれば、高い価格で売ることができる。これはBRACにとっても収入源となっているが、あくまで貧しい人々を助けるために立ち上げた社会起業であって、単なる営利目的ではない。収益は教育、保健医療などに還元している。

 マイクロファイナンスには、3つの融資先グループがある。第一は極端に貧しい人々(Ultra Poor)で、彼らに対する融資は、家畜や人力車を買うなど、個々の目的に関わらず200ドルまで無条件で行っている。残りは、零細農家と零細企業の起業家である。これより大規模な中小企業向けの融資のために、2001年にはBRAC銀行も設立した。同行は今やバングラデシュで中小企業向けの銀行としては最大で、支店は56店しかないが、全国に400以上の拠点がある。零細企業の起業家をスカウトし、彼らのビジネスを向上させるために$5,000~30,000の資金を提供している。

教育:政府の補完的役割として

 バングラデシュでは、6~10歳の子供達のうち500万人が基礎教育を受けられていない。政府は、義務教育を全国民に提供する努力をしており、普遍的に初等教育を提供するという法律も定めているが、色々な理由からまだそれが実現できていない。そこでBRACは、政府の努力を補完するために、約5万の小学校で、一教室に一教師を割り当て、男女の差なく教育が受けられるようにしている。また、中等教育の質を向上するため、パイロットプロジェクトとして2,000校を選び、教師の養成や学校運営に関する訓練などを行っている。生徒に対しては、ディベートの訓練等、革新的なプログラムを取り入れている。まずはこの2000校でいい成果を生み出し、全国の学校に適用していきたい。

貧困削減に必要なこととは

 これまで見てきたように、BRACでは、まずは小さな地域で小規模にプロジェクトを始め、そこでの効果を高め、改善を図り、効率的にプログラムを行う努力をしている。そして効率を図ることができた時点で、その手法を他の地域にも広めていく。スケールアップするためにはプログラムの質が重要で、さもないと多くの無駄が生じる。そのためまず何よりも、小規模な時点で効果・効率を高めることが重要である。

 BRACでは、非営利活動とビジネスの両方を行うことによって、貧困の軽減を可能にしている。貧しい人々に機会を与え、雇用を生み出すという面でビジネスにも果たすべき役割がある。政府、企業、非営利組織等全てのセクターの活動が一体となり、一緒に行動をとることによって初めて、貧しい人々が貧困から抜け出すことができる。

 

対談:アベド博士×加藤秀樹会長

 加藤氏:戦後日本では、教育、医療、零歳・中小企業の育成など、ほとんど行政が行ってきた。民間は、パブリックなことを政府に任せきりで、一方の行政は、パブリックなことを抱え込んでしまうという弊害が生じている。BRACでは、政府がカバーしきれないところを補完しているということだが、行政が足りず、BRACのような民間でやってきたからよかった面とは何か?

アベド氏:国を開発・向上する役割が全て政府にあるということはないと思う。中世ヨーロッパでは、王族・商人・市民がそれぞれの役割だけを果たし、国家的な活動は王族が掌握していた。その後、国家が民主化される中で、王族は政府となり、物を売るだけであった商人が企業へと発展。市民も強力になった。すなわち市民団体やNGOが誕生し、国の政策や社会の方向性に影響を与えるようになった。政府、かつての王族が国家の全てを担い、個々の市民は何もしないという時代はもう終わったと思う。もちろんどのような社会でも、政府は市民に対して一定の責任を持っている。しかし、政府に全てを任せていたら変化をもたらすことはできないし、民間が積極的に起業家精神をもってイニシアティブを取っていくことが必要。企業も倫理的にビジネスを行う責任があり、社会的なビジネスであれば高収益を上げることができるはずだ。BRACは政府の役割を取って代わっているという見方があるが、それは違う。我々は、政府の補完的役割を一時的に果たしつつ、同時に政府へのプレッシャーもかけている。お互いがそれぞれの役割を果たしつつ、協力する必要がある。

加藤氏:実は日本でも、現在マイクロファイナンスが必要になってきている。お金が回っているのは東京をはじめとした大都会だけで、地方銀行では預貸率が3~4割というのが当たり前になっているが、これは地元のお金が地元で回らず、大都市や国外に出回っているということを示している。日本では、バングラデシュのように数百ドル単位でビジネスを起こせるというわけではないが、食べ物で「地産地消」という考え方があるように、お金についても「地産地消」が必要ではないかと思う。その意味で、マイクロファイナンス的な仕組みが日本でも必要である。

アベド氏:北半球の多くの国が、特に失業者に対してマイクロファイナンスを考え始めているようだ。実際に昨年、私達はオランダに招待されたが、移民社会向けにマイクロファイナンスを導入したいということだった。今後、経済不況が長引くことが予想される中、失業者に対する追加的な収入手段として効果的なのではないか。

 

Q&A

 :11万人のスタッフを抱えるほどの巨大組織では、官僚化や汚職・腐敗が避けられないと思うが、どのようなチェック機能があるのか?

:企業であれば利益やブランドネームといった測定基準があるが、非営利組織の場合には、組織全体で1つの基準に基づいて自己判断を下すため、共通の価値観が必要。11万人のトップに立つ者として、貧困の軽減とエンパワメントという価値・目標を伝える努力をしている。管理職レベルのスタッフも、まずは現場で少なくとも1年間は貧しい人々と共に活動することを義務付けている。モニタリング、会計、監査には、ビジネス手法を取り入れている。

:バングラデシュ政府内で汚職や腐敗がはびこる中で、どのように政府と協力関係を築いているのか?

:政府の役人全員が腐敗しているというわけではない。政府のシステムが汚職を助長すると言えるかもしれないが、献身的に努力している人を探している。汚職・腐敗の原因は、お金だけではなく、多くの役人が透明性を嫌うということがある。一方、BRACでは全ての業務について透明性を旨としており、BRACと協力するためには政府の側にも努力が必要と言える。

:リーダーシップとは何か?どのようなリーダーを目指しているか?

:1人の人間がリーダーとしての全ての仕事をするということではない。複数のリーダーが組織の中にいればうまくいく。BRACには多数のオフィスや部署があるが、それぞれの拠点におけるリーダーがBRACを形作っているし、今後も多数のリーダーが生まれることを目指している。マハトマ・ガンディによれば、真のリーダーとは複数のリーダー(multiple leadership)に従っていく者ということだ。

当日は、公益資本主義研究プロジェクトのアドバイザーである原丈人氏(デフタ・パートナーズグループ会長)も参加し、プロジェクトの概要やデフタ・パートナーズがBRACと共同出資によって立ち上げたインターネット接続会社bracNet社について報告した。

* * *

(注1)人間が自らの生に関する選択を拡大させるために、社会・経済・政治的な地位や影響力、組織的能力などを含む広義の「力(Power)」を獲得すること。個々人の資質・能力そのものの向上のみならず、むしろその資質を発揮できるような社会・経済・政治・組織的環境の改善を意味する概念として議論されることが多い。出典:国際協力機構、国際協力総合研修所編『援助の潮流がわかる本 ―今、援助で何が焦点となっているのか―』国際協力出版会、2003年。

(注2)従来、銀行などの金融機関を利用出来なかった貧困層に対して、少額の貯蓄や原則無担保の貸付のサービスを提供し、人々が日々の生活の糧を稼ぐ手助けをする事業。貧困削減の画期的な方法の1つとして認識されている。

(文責:石川絵里子)


※この動画は2009年1月23日に実施された東京財団フォーラムより一部抜粋してお届けしています。(オリジナル音声のため、一部英語にてお届けしています。)

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