タイプ
論考
プロジェクト
日付
2017/4/5

【Views on China】中国共産党の治安対策

学習院女子大学・国際文化交流学部 准教授 

金野純

 

1 増大する社会不安

 一般的に言って、国家の近代化が進展し、社会構造が変化すると犯罪が増加することは、犯罪学の分野でつとに指摘されてきた。経済の「改革開放」によって急速な発展を続ける中国もその例に漏れず、全国的に犯罪率は増加傾向にある。表は全国的な犯罪件数の推移を示したものであり、70年代から90年代にかけて、およそ3倍にまで増加していることがわかる。

 さらに近年注目されているのが人民武装警察部隊のような準軍事的組織の役割の増大である。その背景にあるのは、さまざまな抗議活動や暴動、そしてストライキ、バリケード設置や署名活動のような集合行為―いわゆる「群体性事件」―の急増である。腐敗、地方政府による権力の濫用、貧富の格差に加えて不十分な社会保障制、環境問題への意識の高まりなどが主な原因である。

 これまで中国政府による社会統制には2つのレベルが存在した。ひとつは、公安局の派出所や分局等であり、もうひとつは、都市における政府の末端組織である街道弁事処のような組織である。

 地域の公安局は戸籍管理を通して社会統制に重要な役割を果たしており、街道弁事処は居民委員会のような住民組織を通して住民管理の役割を果たしてきた。こうした組織によって各地域は「部外者」を識別し、犯罪を抑制していたのである。しかし経済発展による社会の変化は、コミュニティの基本的な特徴―家族のかたち、職場組織、学校組織、近隣地域のかたち、余暇活動、政治教育や政治組織―を大きく変化させ、同時に人間関係や倫理観といった社会、文化的側面も変わってきた。所得格差は深刻化し、都市への移住者が増加したことも一因となり、治安は悪化した。

 

  このような状況に、中国共産党はどのように対応しようとしているのだろうか。その治安対策にはどのような特徴があり、今後はどのように変化していくのだろうか。以下、中国の治安対策について考えてみたい。

 

2 治安対策:厳打と綜合治理

 中国政府の治安対策には、大きく分けて2つの戦略がある。

 ひとつが「厳打(厳厲打撃刑事犯罪活動)」である。これは政府が政治運動形式でおこなう反犯罪闘争である。この期間中、検察、裁判所、そして公安は協力して市民の動員も行いながら取締キャンペーンを展開し、犯罪には通常より厳しい処罰が課される。このような取締りには、厳罰による犯罪抑制効果を狙った「見せしめ」的要素が含まれており、文化大革命後に深刻化した犯罪への対応として鄧小平時代に導入された。

 もうひとつの戦略はいわゆる「綜合治理(総合的管理)」といわれるものである。その基本原則は処罰と防止の統合であり、特に後者を重視している。政府がリーダーシップをとってさまざまな社会セクターを協力させながら、犯罪を防止する戦略である。この戦略においては、公安部だけでなく種々の部門や組織に公安業務が割り当てられ、宣伝部、教育部、文化部のような組織も犯罪の防止に関わることとなる。

 治安を維持するために教育部門や文化部門等、種々の組織を動員していく手法は、毛沢東時代から続く特徴でもあるが、時代にあわせた制度的変化も確認できる。たとえば、1997年に改正された刑法典で「反革命」という文言が無くなったり、労働教養制度(司法手続きを経ずに行政機関が事実上の強制労働を科すことのできる行政処罰)が2013年に廃止されたりしたことは、そうした変化を象徴するような出来事であろう。

 全体的に公安部による治安維持へのアプローチは防止重視へと変化しており、日本でもしばしば話題となる中国のインターネット規制や検閲の増大は、こうした防止重視の治安対策の延長線上にある。また拘束による再教育もそのひとつであり、反体制主義者、人権派弁護士、地下教会等の宗教関係者がその主要なターゲットとなっている。

 

3 独立性の低い司法

 政府の意向によって量刑が変化したり、公安部が犯罪防止を名目に人を拘束したりするのは、われわれのような外国人の目からみると極めて強権的に映る現象である。このような現象の背景には、公安部という組織が非常に大きな権限を発揮できる中国独特の司法システムが存在している。

 中国の司法制度を構成する大きな四つの機構、すなわち公安部、最高法院、最高検察院、司法部のなかで、公安部の力は相対的に優位に位置している[1]。そして、それら司法制度をコントロールする組織として共産党の中央政法委員会が存在している。

 大きな問題は、法院、検察、公安それぞれの独立性の低さである。実質的に法院は行政機関と分離しておらず、中央政法委員会を通して共産党の政治的判断が司法に介入するのである。表2は中央政法委員会の書記の変遷を示したものである。中国の司法は、このような共産党の組織的指導系統の内部にあるため独立した司法制度は存在しえず、あくまで党による国家行政支配の一環に位置づけられる。

 

表2 中央政法委員会書記の変遷(1980年~)*1

*1 1988年-90年は中央政法領導小組。

*2 兼任および過去の職務を含む。

*3 1982年9月までは中央委員会主席。

*4 2017年3月31日。

 (出所)

・『中国法律年鑑』1987-2015年版(北京:中国法律出版社)。

・中共中央組織部・中共中央党史研究室『中国共産党歴届中央委員大辞典 1921-2003』北京・中共党史出版社、2004年。

・中国長安網(中共中央政法委員会・中央社会治安綜合治理委員会HP)、http://www.chinapeace.gov.cn(最終閲覧日:2017年3月31日)。

 

また罪の規定の曖昧さが政治による恣意的な取締りを容易にしている上に、労働教養のような行政処罰も長期にわたって存在したという「革命的伝統」もある[2]。労働教養制度は2013年に廃止が決まったものの、アムネスティ・インターナショナルは当局が代わりに非公式の拘禁施設を利用していると批判している[3]

 

4 中国の取締は抑圧的か?

 このようにしてみると中国の治安対策とはきわめて抑圧的なものに感じられるだろう。実際、抑圧的側面が強いことは事実であり、中国当局によって知識人や人権派弁護士などが拘束されたニュースも多く報じられている。ただし、そのような報道された一部の事例だけをみて、「中国では抑圧的な取締りがおこなわれており、民衆は不満を抱いている」と短絡的に結論付けると現状を読み誤ることになるだろう。なぜなら国際的にみても中国の世論は「犯罪者」に対する処罰意識が非常に高く、中国政府の治安対策が強権的なのは、ある意味では世論を意識した結果とも捉えられるからである。

 この点に関してP・メイヒューとJ・ケステレンの処罰に対する国際比較研究は興味深い研究結果を提示している[4]。「カラーテレビを盗んだことのある二一歳の若者が、再び強盗で有罪となった。どのような罰が望ましいか」という問いに対する答えを国際比較すると、アジア、アフリカでは投獄を選択する比率が非常に高く、逆に東西ヨーロッパではコミュニティーサービスを選択する比率が高い。そしてアジアで最も厳しい態度を示したのが中国、フィリピン、インドネシア、インド、カンボジアであった。

 中国社会の犯罪者に対する処罰意識は厳しく、実際、鄧小平は1983年の講話で厳しい取締りを求める世論に対応する必要を説いており、先に述べた厳打戦略が誕生した背景には大衆の処罰意識を重視した政権の意向があった[5]。選挙で正統性を確立できない一党独裁体制は、ある意味で世論により敏感にならざるを得ず、犯罪に対して厳しく対処することで世論の支持を獲得しようとしている側面を無視できない。すなわち、われわれ外国人の眼からみると抑圧的現象も、現実には中国世論の支持を受けているケースもあり、単純に「司法の独立が欠如した国家による抑圧」という図式で捉えることはできないのである。

 

5 今後の展望

 歴史的にみると中国の治安対策は制度化の流れのなかにある。すでに述べたように、1990年代後半から2000年代にかけて刑事司法における中国的独自色を薄めるような制度化・規範化が進展しており、その全体的方向性は、2013年の労働教養制度の廃止からもわかるように、習近平政権以降も継続している。

 この制度化の進展によって、1980年代の厳打のような、急進的かつ広範囲なキャンペーン型の治安維持戦略は影をひそめることになるだろう。今後は、たとえば「三つの悪」(テロリスト、分離主義者、原理主義者)などを対象とした厳打のように、地域の治安、政治状況に応じて限定的におこなわれる「専項闘争(特定項目における闘争)」が今後の主流となると考えられる。

 しかし金融システムを悪用した経済犯罪など、複雑化する犯罪に対する取締りの専門化が進んだとしても、治安維持戦略における大衆路線は維持されると思われる。習近平は2013年の会議において「長年の模索と実践を経て、われわれは大衆路線を貫徹し、大衆と密接に結びつく方面では比較的系統的な制度と規定を作ってきた。それらの多くは効果があることが経験済みで、大衆にも認められており、引き続き堅持しなければならない」[6]と述べており、大衆路線的要素が強い綜合治理戦略も継続するであろう。

 また情報技術の進歩が治安対策に与える影響も見逃すことはできない。治安状況に関するデータベースの充実は今後、エージェント(現場の執行者)とプリンシパル(政策決定者)間の情報ギャップを縮小させる可能性を秘めており、中央統制をさらに強化する可能性を秘めている。そして中国社会の情報化が進展してクラウドコンピューティングが主流となれば中国政府が個々人の巨大なデータにアクセスすることが可能となるが、そのデータは治安維持においても十分な利用価値がある。インターネットなどの情報技術の革新は独裁体制を脆弱化させるという文脈で語られることが多いが、それはより洗練された管理社会の実現に効力を発揮するかもしれないという意味において、もろ刃の剣なのである。

 

 

[1] 司法面を指導する中央の政法委員会の人事において、2000年以降は元公安部長が書記となっていることからも公安部門の優位性が理解できる。

[2] 小口彦太『現代中国の裁判と法』(成文堂、2003年)。

[3] “Amnesty report: China's abolition of labor camps a 'cosmetic change'” (December 17, 2013) CNN:

(http://edition.cnn.com/2013/12/16/world/asia/china-labor-camps-report/ 最終閲覧日:2017年2月24日)

[4] Julian V. Roberts and Mike Hough, ed., Changing Attitudes to Punishment: Public Opinion, Crime, and Justice, New York: Routledge, 2011.

[5] 鄧小平「党在組織戦線和思想戦線上的迫切任務」(1983年10月12日)中共中央文献研究室編『改革開放三十年重要文献選編』上、中央文献出版社、2008年、311頁。

[6] 『習近平 国政運営を語る』北京・外文出版社、2014年、421頁。