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【書評】『戦後政治体制の起源-吉田茂の「官邸主導」』村井哲也著

December 25, 2008

評者:小宮一夫(東京大学文学部非常勤講師)


1.はじめに
1990年代後半、「官邸主導(首相主導)」の政治をめざす橋本内閣は、内閣法を改正して内閣官房機能を強化し、首相が「重要政策に関する基本的な方針」について発議できるようにした。また、大規模な省庁再編を行い、内閣が予算や重要な経済政策の基本方針を立てるための組織である経済財政諮問会議を内閣府に設置することを決めた。そして、21世紀に入り、小泉首相は、2001年1月に発足した経済財政諮問会議を積極的に活用するなどして、官邸主導の政治を行った。だが、小泉以後の歴代内閣は、首相のリーダーシップの欠如などもあって、官邸主導の政治を十分に展開することができなかった。1990年代以降の官邸強化の軌跡を鳥瞰すると、以上のようにまとめることができるだろう。

官邸主導の必要性は、これまでも繰り返し叫ばれてきた。これは、官邸主導の政治が十分に確立されてこなかったことを物語っている。では、官邸主導の政治のめざす試みは、なされてこなかったのであろうか。また、官邸主導の歴史的起源はどこに求められるのだろうか。このような問いに、ひとつの答えを与えてくれるのが本書である。

2.本書の構成と概要
官邸主導の歴史的起源を探究する本書は、以下の各章から構成されている。

序 章 本書の目的と問題関心
第一章 明治憲法下における戦時体制の模索
第二章 占領体制の開始と東久邇・幣原内閣
第三章 第一次吉田内閣と経済安定本部
第四章 中道連立内閣と新憲法の施行
第五章 吉田の復権と官邸主導の確立
終 章 吉田茂と戦後政治体制

序章によれば、本書の目的は、戦後政治体制の起源の一端を解明するため、戦前の戦時体制期(1937-1945年)からの変動を踏まえ、主に占領前半期(1945-1949年)における吉田茂の官邸主導の模索とその帰結を検証することにある。

第一章では、1930年代以降、各機関の割拠性を特徴とする分権的な明治憲法体制が、行政国家化・統制経済化・戦時体制化という時代の要請に直面し、内閣統合機能を果たす総合官庁(企画院)を出現させたことの意義とその帰結が述べられている。期待に反し、企画院は、首相の指導力を強化するどころか、官邸サイドとの緊張関係を引き起こしかねない政治的に自律化した存在となった。こうしたなか、行政国家化の進展にともない、閣議が次第に形骸化した。一方、従来は各省の申し合わせ機関に過ぎなかった次官会議は閣議の「事前審査」的役割を果すようになり、肥大化していった。

続く第二章では、連合国軍の占領(間接統治)体制が開始された東久邇・幣原内閣期において、GHQ各部局と各省庁が独自の連絡ルートを構築していく過程が描かれている。1930年代以降の時代の要請であった行政国家化・統制経済化は、終戦で途絶えることなく、GHQによる占領体制化という新たな契機によって促進された。その際、こうした動きは、現下の未曾有の経済危機に対する緊急措置として本格的な統制経済を行う必要があり、そのためには総合官庁の復活が必要だという論理で正当化されたのである。

第三章では、いよいよ本書の主人公吉田茂が登場する。1946年の総選挙後、首相に就任した吉田は、各省の政策をとりまとめ、深刻な経済危機を解決するため、新設の経済安定本部を積極的に活用しようとした。

しかし、吉田の前には、二つの集団が立ちはだかった。大蔵省、商工省、厚生省、運輸省など経済行政の中枢的な官庁を経済閣僚懇談会でまとめあげ、経済安定本部にも影響を及ぼそうとする石橋湛山蔵相ら石橋グループと次官会議である。次官会議は、経済危機の発生を機に著しく政治化し、閣議と対立して、これを形骸化させることもしばしばであった。さらに、次官会議は、労働組合との協調関係の構築及び統制経済の徹底のため、自由党と社会党の連立内閣樹立を強く要請するに至った。こうして、二つの集団の挑戦に直面した第一次吉田内閣は、官邸主導を確立できないまま政権を去るのである。

第四章では、中道連立内閣である片山・芦田内閣期における次官会議の展開とその帰結などが描かれている。政治経験に乏しい閣僚が多かったこともあって、片山・芦田内閣では、機能不全に陥った閣議に代わって次官会議が行政の主導権を握るに至ったのである。
また、本章で注目すべきは、GHQで経済部門を担当するESS(経済科学局)の存在である。ESSは、徹底した統制経済政策を推進するうえで、経済安定本部を強化拡充し、これを通じて強力な介入を行うことが最も有効と考えた。この考えは、マッカーサー書簡に反映され、1947年5月、経済安定本部が拡充強化された。

「巨大化」した経済安定本部(和田博雄長官)は、ESS内部のニューデール派の支持を受け、大蔵省を中心とする既存の官庁と経済政策の主導権をめぐって激しく対立する。その際、ESS内部で優勢であった保守派は大蔵省を支持した。次第に包囲網を強められた経済安定本部は、1948年度補正予算問題において、マッカート局長が財政均衡の立場に軍配を上げたため、抗争は大蔵省とESS内部の保守派の勝利に終わった。そして、インフレ克服をはじめとする経済政策の主導権は、経済安定本部に代わって大蔵省が握ることになった。

第五章では、米国の対日政策の基本方針が民主化から経済復興へと転換されるなか、再び政権に就いた吉田が官邸主導を確立していく過程が描かれている。吉田は、商工省を通産省に発展的改組させ、そこに外務官僚を送り込んだ。次に、GHQとの連絡交渉を行ってきた総理庁外局の連絡調整事務局を機構縮小させ、外務省に移管させた。仕上げは、経済安定本部の機構縮小である。こうして、大蔵・通産・外務の三省がワシントンの意向を受け入れる連絡機関へと集約された。

さらに、吉田は、各省から上がる案件を官房長会議でふるいにかけ、次いで事務次官会議での「事前審査」を通過したものを閣議に附議するというルートを確立させ、官僚機構を掌握した。そして、外相官邸連絡会議と称する朝食会に、官房長官・官房副長官、幹事長の常連メンバーの他、主要閣僚や党の要職者などを適宜参加させ、この「非制度的機関」を、内閣の最重要政策を決定する拠点とした。ここに、吉田の「ワンマン体制」が確立したのである。

終章では、戦時・占領という激動の時代における激しい変動の結果、「吉田茂の官邸主導」によってもたらされた「官僚内閣制」は、逆説的に官邸主導の不在を招き、その後の戦後政治体制、すなわち官僚主導を意味する「官僚内閣制」と政党主導を意味する「与党=自民党」による二元体制の起源となったことが結論づけられている。

3.論点
本書は、激動の1940年代を行政国家化と統制経済化に着目することにより、一貫した視点で描き切った力作である。とりわけ外交史の文脈で論じられることの多い占領期の吉田の政治指導を、「官邸主導」の形成という観点から論じた本書の視角は新鮮味を感じさせる。そして、第一次吉田内閣において、本来、「統制嫌いの」吉田がなぜ経済安定本部に大きな期待を寄せたかを明らかにしたことは、本書の成果のひとつである。

また、吉田が「外交優位の現実主義」を貫くために、国内政治を優先させ、安定した権力基盤をつくろうとしたという著者の指摘は、外交と内政を相互連関から吉田政治の特質を総合的に考える上で示唆に富むものである。

本書の最大の成果は、次官会議が激動の1940年代において閣議の「事前審査」の役割を果たすようになったことを明らかにしたことである。日本の政策決定過程の特徴として、次官会議が果たす役割の大きさがしばしば指摘されるが、本書によって戦時・占領期にその肥大化の契機があったことが明らかとなった。とりわけ、統治経験者の少なかった片山・芦田内閣において次官会議が活性化するという指摘は、政官関係のあり方を考えるうえで示唆に富む。

さらに、本書の成果として、ESSが占領下の日本政治に及ぼした影響の一端を解明したことも指摘しておきたい。従来の占領史研究、とりわけ占領前半期の研究では、もっぱら日本の「民主化」や「非軍事化」に強い関心が寄せられ、GHQの部局ではGS(民政局)や、これと対立した諜報担当のG?(参謀第二部)、さらにはCIE(民間情報教育局)などの解明に力が注がれてきた。占領前半期において、これらの部局が重要な役割を果たしたことはやぶさかでない。ただし、米国の対日占領政策の基軸が経済復興と再軍備となる占領後半期では、むしろESSの果たす役割が増大し、重要になるのであろう。

膨大な資料が現存するESSが占領下の日本政治に与えた影響は、本書では十分に検討されているとは言い難い。経済問題を政治学の視点で読み解く政治経済学に強い関心を有する著者には、今後大蔵省とESSのクロス・ナショナルな連合の実態に関する精緻な分析を深めていかれることを期待したい。

なお、第五章は紙幅の関係からか、議論の展開がやや駆け足になっている感がある。本書のクライマックスの章だけに非常に惜しまれる。

本書は専門書だが、文章がこなれており、専門外の読者にも読みやすい作品に仕上がっている。官邸主導の歴史的起源を解明した本書が、官邸主導のあり方に関心を有する方々に広く読まれることを期待したい。それは、著書の願いでもあるに違いない。

    • 政治外交検証研究会幹事
    • 小宮 一夫
    • 小宮 一夫

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