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【書評】『陸羯南 自由に公論を代表す』松田宏一郎著(ミネルヴァ書房、2008年)

January 21, 2010

評者:山辺春彦(東京女子大学臨時職員)


本書の主人公である陸羯南(くがかつなん、1857-1907)は、明治中期に「国民主義」を唱えたことで知られており、これまでの思想史においては、近代日本のナショナリストの一典型として取り上げられてきた人物である。これに対し本書では、羯南の思想が果たしていた機能と、それを支えていた歴史的条件を明らかにすることによって、彼が引きうけた「政論記者」という役割の解明が試みられている。
本書の内容は、以下の通りである。

はじめに
第一章 生い立ちから官僚生活まで
第二章 政論記者の世界へ
第三章 『日本』の創刊
第四章 条約改正問題にあらわれたナショナリズムの思想
第五章 ジャーナリズムと政治社会の論理
第六章 議会政治と新聞の役割
第七章 対外硬運動とナショナリズム
第八章 日清「戦後経営」と『日本』
第九章 対外問題と新聞経営――日露戦争前
第十章 日露戦争前後
終 章 政論家としての陸羯南

政論記者としての羯南を考える時に鍵となるのは、彼が新聞と論説の「独立」を唱えていたことである。著者によれば、これは政治的中立や非政治化の主張として理解されてはならない。本書の各章では、しばしば西洋の理論的な書物からの引用が織り込まれ、学者の講義にも比せられることもあった羯南の論説が、実際にはどのような政治的思惑から、どの政治勢力に働きかけることを目ざしていたかが克明に追究されている。羯南のいう「独立」は、新聞および記者が特定の党派などに従属せず、独自の影響力を確立し維持することを意味していたのである。

こうした試みが可能になったのは、各政党の機関新聞がそれぞれの「主義」を戦わせるという従来の政論のあり方にあきたらず、実践的な問題への取り組みを重視する読者層が生まれていたからであった。羯南が言論活動を開始したのは、独立性を帯びることによって一定の読者と社会的信用を獲得できる時代だったのである。

そして、独立という要請は、読者に対しても貫かれている。本書では、羯南による欧語文献の学習と受容の様相が詳細に跡づけられているが、その際にとりわけ重視されるのは、西洋思想に通じている(と思われる)ことがもたらす効果である。すなわち、知的な優位を得ていたために、「輿論」の太鼓持ちになることなく、「自由に公論を代表する」という自負をもつことができたのである。

以上のように、羯南の思想に対する本書の評価の重点は、それがどのように利用されていたかということに置かれている。そのため、著者が注目するのは、思想の内容よりも、成熟した政治論を展開するようになったという記者としての成長である。本書の後半では、勇壮で煽動的な議論からは距離をとり、冷静に状況と日本の国益を判断し、慎重かつ緻密に論説を書き続けた羯南のねばり強い活動が見事に明らかにされている。

ただ、羯南の思想が当時もっていた意義については、別の角度から考察する余地がなお残されているように思われる。「あとがき」によれば、著者は羯南を社会科学史の中に位置づける仕事にも意欲をもっているという。この研究の完成も待望されるところである。

    • 東京女子大学臨時職員
    • 山辺 春彦
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