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【書評】『公文書をつかう―公文書管理制度と歴史研究』瀬畑源著(青弓社、2011年)

March 8, 2012

評者:高橋和宏(防衛大学校講師)

はじめに

2011年4月、公文書を「国民共有の知的資源」と定めた公文書管理法が施行され、公文書管理のあり方が見直された。同法によって国立公文書館や外務省外交史料館、宮内庁宮内公文書館など(国立公文書館等)が保存する歴史資料(特定歴史公文書等)の利用も法的権利として定められ、利用方法も大きく変化した。したがって、今後は各館の利用にあたって公文書管理法を理解しておく必要があるが、歴史研究者にとって、各館が保存する資料自体には馴染みがあっても、法律の逐条解説本などはやや畑違いで、積極的な読書欲は沸かないかもしれない。本書は、そうした歴史研究者と法律とのギャップに架橋し、理解を助ける格好の手引きである。

「あとがき」によれば、著者は資料収集のため宮内庁に対して情報公開請求を行ったことをきっかけに、公文書管理問題に関心を抱いたという。その後、政府内で公文書管理法制の検討が本格化すると、その動きを丁寧にフォローし、自身のブログで情報を発信してきた。この間、情報公開制度の利用者との交流から、「残った資料で歴史を描く」という歴史研究者の発想だけでなく、文書の作成・取得の段階から公文書管理を徹底する仕組みを作り、情報開示を進めることにも関心を持たなければならないと考えたという。本書は、そうした関心に基づきつつ、歴史研究者の視点から日本の公文書管理制度が抱えてきた問題を省察し、現在の法制度を分析し、そして今後の課題を展望している。

本書の概要

本書はまず、佐藤栄作元首相邸での「日米首脳合意議事録」発見について、本来政府内で管理されるべき公文書が私人宅で「発見」されるという事実から、公文書管理に何らかの欠陥が存在したと指摘する。

第1章「公文書管理制度の近現代史」では、そうした欠陥の起源を探るため、明治以降、公文書がいかに管理されてきたのか(あるいは、されてこなかったのか)を紐解いていく。明治憲法における権力の分散は公文書の管理にも影を落とした。行政機関の分担管理原則により、公文書の管理も各省庁に委ねられたのである。その結果、ほとんどの行政機関では職務遂行のために必要な決裁文書ばかりが残され、それ以外の政策決定過程を示すような文書は廃棄されていった。

戦前のそうした仕組みは新憲法下でも変わることはなかった。新たな行政法でも分担管理原則は維持され、文書管理も引き続き各省庁の内部規定に基づいて行われ続けた。行政管理庁が文書管理の音頭を取っても、そこで推奨されるのは文書をいかに廃棄するかであり、「公文書は国民のもの」という考えは行政機関内には広がっていなかった。

こうした状況を変えたのは、行政改革という御旗の下で制定された情報公開法であった。情報公開法によって国民への説明責任という概念が定着するとともに、ずさんな文書管理の実例が明らかにされ、公文書管理法の必要性が広く求められるようになった。この問題を官房長官そして総理として掬い上げたのが福田康夫であった。福田の旗振りの下、中央省庁再編によって機能強化が図られた内閣府は各省庁縦割りの公文書管理に横串を通した。ここに初めて、各省庁の公文書は統一的なルールで管理されることになり、さらに公文書管理法第1条で公文書は国民のものであることが謳われたのである。こうした経緯を跡付けた上で、著者は政治制度変遷の帰結としての公文書管理法の制定を日本の民主主義発展の成果の一つであると結論づけている。

第2章「公文書管理法の理解と利用」は、歴史研究者の視点から、公文書管理法の各条を解説している。詳述は避けるが、国立公文書館等での調査をスムーズかつ効率的に行うという点からすると、特定歴史公文書等についての規定を解説した「4 歴史公文書等の保存、利用等(第14条―第27条)」と「7 補論 国立公文書館等での特定歴史公文書等の利用方法」は必読である。

第3章「公文書管理法施行後に積み残された課題」は、公文書管理制度の未来を展望しての政策提言である。著者は今後の課題として、(1)司法文書・立法文書の文書管理、(2)国立公文書館のあり方、(3)アーキビストの養成、(4)公文書管理条例と地方公文書館の4点を取り上げ、現状の問題点を具体的に検証しながら、あるべき姿を提案している。とりわけ、公文書管理体制における三権のバランスという意味から、司法府と立法府に関する指摘と問題提起は当を得たもので、今後の検討の指針を示しているといえるだろう。

以上の議論を踏まえて、「おわりに」では、公文書管理制度の今後の最も大きな問題は適切な運用と継続的な改革により制度の「実効性」を確保していくことだと指摘する。そのためにはアーカイブズへの理解の低さに表れている「私たちの歴史感覚」を変えていくことが必要不可欠であり、「日本社会を変える力を持っている」公文書管理法をどう活用するかが一人一人の課題だという。

評価と論点

以上のように、本書は公文書管理法によって「行政のもの」から「国民のもの」になった公文書の「過去」「現在」「未来」を描いたものである。公文書管理制度の歴史を冷静に分析しつつ、その延長線上に現状と課題を位置づけて考察するという視点は、歴史研究者であると同時に公文書管理制度に強い関心を持ち続けてきた著者ならではのものだろう。まさにその点において、本書はこれまでに刊行された公文書管理法関連本とは一線を画する独自性を放っており、歴史研究者の側から公文書管理制度にアプローチする人にも、法律学の側から公文書管理法に関心を持つ人にも、新たな発見と示唆に富んだ本となっている。

歴史研究者はえてして、「どこで、どういう資料が公開された」という「蛇口」の方に関心が向かいがちである。だが、公文書がきちんと作成され、しかるべき手続きを経て、歴史資料として利用者の手に渡るという「水路」を作る仕事に目を向けることも大切だろう。その意味で、後世の歴史研究者のために「いま」の文書をいかに残すかという著者の問題関心は、「歴史研究者の社会的責任」ともいうべき課題をも示唆しているといえよう。

おりしも、震災関連会議の議事録作成をめぐって公文書管理のあり方が改めて問われている。著者が「おわりに」で指摘するように、公文書管理法は明治以来の公務員の仕事のあり方を変えるものだけに、制度がしっかりと定着するまでには時間と試行錯誤、そして継続的な改革による実効性の確保が必要だろう。こと国立公文書館等での特定歴史公文書等の利用に限っても、制度運用開始後しばらくは様々な混乱があるかもしれない。公文書管理制度をより良いものにしていくためには、そうした問題点を各館と利用者とが共有し、対話の中から協働して改善策を探るといった姿勢と取り組みが不可欠なのではないだろうか。

    • 政治外交検証研究会メンバー/防衛大学校人間文化学科准教授
    • 高橋 和宏
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