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臓器移植を考える

August 26, 2009

法改正の過程に疑問

大沼瑞穂(東京財団研究員・政策プロデューサー)


7月に臓器移植法が12年ぶりに改正となりましたが、改正法案は議員立法でした。採決では共産党を除く各党が党議拘束をかけずに、議員個人の良識と判断に委ねました。ただ、国会で十分に議論し、議員が自分の信念に従って投票したかどうかについては疑問が残ります。結果として議員立法や党議拘束について考えるための良い事例になりました。

■国民誰もが当事者に

現状で臓器移植法案にかかわる利害関係者は多くありません。直接の利害があり関心が高いのは、医学者らの学会や患者団体などに限られています。年金や消費税などのような国民的な関心事とは言い難く、議員は広く国民に説明責任を果たすべき法案とは理解しなかったようです。ただ、臓器移植は一見、ひとごとのようですが、国民の誰もが提供者として関与する可能性があります。

2010年7月に施行予定の改正臓器移植法と現行法では、大きな政策転換があります。例外と原則が逆転するのです。現行法では臓器提供はドナーカードなど本人の書面での意思表示が必要で、本人の意志が不明な場合は臓器を摘出できません。改正法では本人の意思表示がなくても家族の同意だけで臓器が摘出できるようになります。

■不適切なロビー活動

全国民を対象とした法案だったにもかかわらず、政策転換が十分に理解されないまま採決に至った印象です。国会議員だけでなく潜在的な臓器提供者である国民一般にも、自身にかかわる重要な政策転換という意識はなかったと思います。

実は、臓器移植法改正案が衆院本会議で可決された6月18日、議員による「ロビー活動
」がありました。家族の承諾で法的脳死判定ができ、臓器提供が可能になるA案提案者の議員らが、採決直前の衆院本会議場で「A案支持者と投票先を決めかねている方へのお願い」と題するA4判の文書1枚を配り始めたのです。

その文書には「A案はWHO(世界保健機関)が推奨する臓器移植法案です」と書かれていました。ただ、参院での審議で文書について、本当にWHOが推奨しているのかと問われたときに、A案提案者は、推奨の文書を得ているわけではなく、WHOのガイドラインに準拠しているという意味だと答えていました。WHOのガイドラインが「ブローカーを通じた臓器売買の禁止」を指すのであれば、A案だけでなくB、C、Dの各案も準拠します。文書が正確さを欠く表現だったとの批判は免れないでしょう。

■問われる議員の能力

議員の理解を深めるためには、A、B、C、D各案の論点を整理した公平な資料を配るべきだったのでしょう。議員立法で党議拘束なしという状況が今回のような不正確な文書の配布につながったとすれば、政治家に議員立法の土台が整っていないと言わざるを得ません。ここでいう「議員立法の土台」には、政策立案の能力のほか、多忙な議員が幅広く議論に参加して、慎重に吟味する覚悟も含まれます。

衆院の採決では、議員が順番に木札を壇上に持っていって投票しましたが、態度を決めかねていた議員には、大勢に従うような投票行動があったといわれています。A案が事前の予想と違い、大差での可決となったからです。参院のように押しボタン式の投票が、より望ましいでしょう。各案の採決の順番も慎重に考える必要があります。国会議員が脱官僚、政治主導を目指すなら、議員が政策を見極める能力を磨かねばなりません。


(この記事は、2009年8月17日「日経ネットPlus」に掲載された記事を許可を得て転載したものです)

    • 元東京財団研究員
    • 大沼 瑞穂
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