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《人の尊厳探求プラン》第4回研究会報告

December 24, 2009

2009年12月17日、絵野沢伸先生を講師にお招きし、死後に人体組織を採取し研究開発目的で利用することの意義と適正な実施のあり方について考える、第4回研究会を行った。その概要を以下に報告する。

日時:2009年12月17日(火)午後4時~6時半
講師:絵野沢伸先生(国立成育医療センター研究所 移植・外科研究部 実験外科研究室長)
演題:死後の人体組織の研究利用と人の尊厳-臓器移植法改正が積み残した課題を中心に
参加者:島田、橋爪、光石、青柳、小門、洪、ぬで島、冨田、吉原

1 講演の概要(絵野沢先生)

1)問題の所在

「人の臓器や組織を使う研究開発は、日本では事実上無規制で、野放しなのである」(ぬで島次郎『先端医療のルール』2001年、「序章 1.いびつな日本の生命倫理」より)。
実際に研究を行う立場からいうと、野放しというよりモラトリアムだった、と感じている。そして今もなお、完全には割り切れないまま研究をしている。
そこで、研究開発目的での死後の人体組織の採取と利用の適正なあり方について、関連組織(NPO「HAB研究機構」*)で行った検討結果を中心に、考えを述べてみたい。
*HAB研究機構の設立趣旨:「現在難治とされている疾患を撲滅することが人類の福祉に繋がるとの立場にたち、そのためには画期的新医薬品や新医療技術を開発することが医療研究者に与えられた責務と認識する。エイチ・エー・ビー研究機構は研究成果あるいは開発産物が有効にして安全であるべきことの重要性を強調し、それには研究試料としての人由来組織が不可欠であることを社会に訴え、医療研究開発のための人の組織の提供について啓蒙することを目的とする。」[同機構ホームページより]

2)人の肝組織・細胞はなぜ特に必要とされるか

まず、人体組織のなかで、肝臓の組織・細胞を利用する意義と必要性について述べる。
新薬の研究開発では、多くの候補化合物のなかから、1)効果のあるもの、2)体内で濃度が持続しそうなもの、3)毒性がないもの、4)他の薬剤と干渉しないもの、といった順で対象を選択していく。統計によれば10,000の候補から1つがようやく製品化に至るといわれる。上記2)~4)は薬物動態・毒性研究(ADMET)と呼ばれる。
薬物の代謝は、主として肝臓で行われる。動物と人とで薬物代謝は異なる。したがって人の肝臓から得た肝細胞や薬物代謝酵素画分を使わないと、実際に人に投与して試す治験での有害事象を十分に予見できない。

3)心停止後臓器提供という「機会」

米国では、脳死者から臓器や組織が提供される際、直接患者に移植されるだけでなく、医療用や研究用に保存・加工され、大学病院や製薬企業などの関連機関に分配される仕組みが出来上がっている(参考文献参照)。HAB研究機構は、このうち医学的理由などで移植に用いられなかった「移植不適合臓器」を研究用に輸入する活動が出発点だった。
日本では、1997年の臓器移植法施行後に実質開始された脳死下臓器提供に先立ち、1960年代から、心停止後の臓器提供が行われている。しかしどちらの場合も、臓器提供は移植という医療行為を目的とした提供、摘出であり、これと同時あるいは連続して研究用の人体組織採取が行われることはまずない。
移植用に摘出した臓器の研究転用は法により禁止されているが、死体から研究用として組織を採取することは禁止されていない。そこで、医学研究の発展のために新鮮な研究用組織が必須であることを前提として、心停止後の移植用臓器提供という機会が研究用の組織採取になりうるかを検討してみた。

心停止後臓器提供に伴って研究用組織の採取を行うことは、研究する側から見て、次のような多くの利点がある。
1)移植用臓器を摘出するために切開を加える際に付随して行えて、その体表切開線を拡大・変更することがない。つまり採取のためだけに遺体を切り開く必要がない。
2)医療情報、特にウィルス感染(HBV, HCV, HIV)の有無がわかっている。
3)手術摘出検体に比べ、質、量ともによい組織が得られる。
心停止後の臓器提供者になるのは、脳死下提供と同じような、交通事故や脳血管障害の患者が主になる。提供を求める手続きは、医師により予後が不良である(もう助からない)との判断が下されたあとから始まる。そこで家族に説明のうえで同意が得られてから、心停止を待ち臓器や組織が採取されるまでにかかる時間は、ケースによって大きなばらつきがある。さまざまな検査に要する時間に加え、よく考えて納得した結論を出してもらうために、最短でも10時間以上、長いときは3ヶ月から6ヶ月経過することもある。遺体をお返しするのは、その後になる。

上記利点に対し、難点としては次のような問題が考えられる。
1)心停止後の臓器提供は本人同意ではなく家族の同意だけで行われてきた。そこで近親の死に面した人が、研究開発用の組織提供に同意を求められることに抵抗を感じるおそれがあり、それに配慮したお願いの説明を行うことが難しい。
2)インフォームド・コンセント取得のための説明が長大化する(現行の、臓器移植コーディネーター、組織移植コーディネーターが患者家族に説明に入る手続きに、さらに研究用試料提供コーディネーターが加わることが、家族ならびに移植コーディネーター側に受け入れられるか)。
3)採取者の確保が難しい(腎摘出チームにお願いするか、独自に編成するか)。
4)移植用の臓器や組織の採取が優先されなくてはならない。
5)移植用に取られる情報以外の研究用情報の入手(喫煙歴・飲酒歴・人種は移植用臓器提供では問わないが研究用には必要)ができない。

4)今後に向けて

法的に問題がなくても、社会の認知が得られるかは別問題である。「問題がない」ではなく、「ここまでならやってよろしい」という積極的な合意があってはじめてモラトリアムを脱することができるのではないだろうか。研究目的での死後の人体組織の採取と利用についても、許容範囲を決め、積極的な合意を得るためのたたき台作りとして、具体的な絵を描く議論は非常に価値のあるものだと思う。人由来研究資源に関する議論が高まることを期待する。

参考文献
絵野沢 伸.米国の移植臓器調達のシステム形態と経済的基盤.Organ Biology 14(2):163-171, 2007

2 質疑とディスカッション

以上の講演を受けて、参加者と講師の間で以下の質疑と討論が交わされた。

技術的な問題-誰からどれくらい提供してもらう必要があるか

まず、どれくらいの量の肝臓組織が必要なのか、という質問が出された。それに対し講師からは、一人の提供者から、肝臓では成人の全臓器1kgから1.5kgのうち、200g程度を採取したいとの答えがあった。得られた組織1gには、およそ2億個の細胞があり、その10%位が分離採取できるので、細胞単位で行う研究には、一年に20件程度の提供があれば十分だろうとのことだった(組織ブロックを単位として用いる研究は含まない)。
また提供対象者としては、子どもから60代までの全年齢層からの提供が必要である。心停止後の腎提供のケースを対象とするので、第1回研究会で話題になった死亡胎児の組織は考えていないとのことだった。
次いで、米国でのように脳死ドナーからの採取を考えないのはなぜかとの質問が出された。それに対し講師からは、日本では心停止ドナーは腎臓、眼球(角膜)、膵臓(膵臓は生前の意思表示がある場合のみ)が対象で、肝臓は移植のための摘出対象にならないので、競合がなくはじめから研究用に提供してもらえると考えたからだとの答えがなされた。

社会的・倫理的問題(1)本人同意は不要か

倫理的問題としてまず議論になったのは、研究目的での死後の組織採取に本人同意は不要か、ということだった。複数の参加者から、基本的人権としての自己決定権を重視し、心停止後であっても組織採取の条件として本人同意を第一にすべきではないかとの意見が出された。最初から家族の同意に委ねるのではなく、研究目的での人体組織利用の意義を訴え、医学生の解剖実習のための献体のように、死後の提供に同意の意思表示を遺すよう求めるキャンペーンをすることは考えなかったのか、との質問も出された。
それに対し講師からは、そうした生前の同意意思表示を訴えることも選択肢として提言に盛り込んだはずだが、条件として本人同意を必須にする考えはなかったとの説明がなされた。
また未成年者からの提供について、それを単に親権者の同意で認めてよいのかとの懸念も出された。

社会的・倫理的問題(2)提供は無償だが流通は有償

次いで、組織の提供は、移植のための臓器提供と同様、無償とするのか、との質問がなされた。それに対し講師からは、提供は無償とするが、得られた肝細胞を研究用のロットにして分配する際、1本(約1千万個の細胞)あたり10万円程度の流通費用がかかり、利用者から徴収することになる、との答えがなされた。米国でも議論はあったが、提供する側は無償なのに、供給する側では値段がつき事実上有償となることは、倫理的にどこまで受け入れられうるか、検討する必要がある。

ルールを確立するための社会の合意―立法は必要か

講師は、研究目的での死後の人体組織の採取について、社会の積極的合意の下にルールを明確にすべきであるとしたが、そこでいう「積極的合意」とは具体的にどうすることか、との質問が出された。それに対し講師からは、立法をもって結論とすることである、との答えがなされた。
この答えに対し、参加者から、社会の認知とは必ずしも立法とイコールではないとの指摘がなされた。講師の説明を聞いた限りでは、研究目的での死後の人体組織提供はそれほど問題になるとは思えず、法律をつくるまでの必要はないのではないか、との意見が出された。必要なのは、まずそうした人体組織提供が必要だということを社会は認識していないので、それを知ってもらうことではないか、認識が広まれば、献体と同じように問題なく受け入れられるのではないか、との指摘がなされた。講師からは、直接の当事者家族は説明に納得して受け入れたとしても、その周囲の人々に異論があってトラブルになっては困るので、立法によってそこを乗り越えたいと考えた、との説明がなされた。
これに対し、参加者から、日本では組織移植すら法律に定めがなく、行政のガイドラインで行われていて、公的なルールが曖昧なままなのは問題だ、立法によりルールをはっきりさせるべきだ、との意見も出された。法は、何かをできないようにするだけでなく、何かをできるようにする機能も果たすものである。必要な研究は立法によりできるようにすべきだ。この案件でいえば、人の死後の身体をどう法的に位置付けるかを考えなければならない。死体は人ではないが単なる物ではなく、遺棄や損壊は刑法で罰せられる。死体の一部の研究目的での採取と利用は、外形的な行為としては死体損壊罪の構成要件に当らないとはいえないが、意図された研究が正当な業務と認められれば、その違法性が問われることはないと思われる。それを法律で明文化するべきである、というのである。
この点について、講師から次のような説明がなされた。
現行の臓器移植法は、移植のために摘出されながら、医学的理由などで用いられなかった「移植不適合臓器」は焼却処分するよう定め、研究目的での利用を認めていない。これを米国などと同じように認めるよう、臓器移植法を改正することを求める要望を、HAB研究機構が関連学会と共同で何度か出している。ただ、脳死臓器提供者からの研究目的での人体組織採取には規定がなく、禁止されていないと考えられる。だが日本での脳死者の扱いに関する世論を考慮すると、心停止ドナーからの採取のほうが実現性が高いと考えたものである。

死後の人体組織の研究利用は受け入れられるか

それに対し、参加者から、研究目的での人体組織採取は、臓器提供のプロセスの一環として位置付け実施を検討するより、献体の一例として位置付け社会に提起するほうが、抵抗なく受け入れられやすいのではないか、との意見が出された。献体も、1983年に献体法ができて社会に認知される以前から、篤志家団体が地道に必要性を訴え、賛同者を募ってきた長い活動の歴史があって、今日、広く普及するに至っている。それと同じ道を行くべきではないか、との指摘があった。見知らぬほかの人に移植されるより、研究目的に使われるほうが抵抗がない、との意見も出された。
それに対し、講師からは、献体のような一般の遺体の組織より、臓器提供者の組織のほうが医学的に好適であり、また臓器提供の枠組みのなかで行うことで、研究目的での採取のためだけに死体を切り開く必要がないのが利点だと考えている、との答えがなされた。
社会の認知を得るため、HAB研究機構では年二回、一般人向けの公開講演会を開き、組織提供の必要を訴える努力をしている。毎回、ひとつの病気を取り上げ、専門医が予防や治療の話を、製薬会社の開発担当者が薬の開発にまつわる話をしている。しかし講師の印象では、人々の興味は病気とその治療法に集まり、一方、治療法や薬の開発に人体組織が有効に使われている点については、必ずしもわかりやすいアピールの工夫がなされているとはいえず、一般の人の理解が進んでいるかは不明という。
他方、参加者からは、医学研究の専門家への不信感や、製薬会社の営利目的での研究開発に利用されることへの抵抗は根強いのではないか、との意見も出された。心停止後の組織提供に向けた手続きは、もう助からないとはいえまだ本人は生きている、かなり早い段階から始められるということなので、それに対する抵抗は、一般的な死のプロセスを経た後の献体の受容と同列には論じられないとも考えられる。

以上の議論の結果、この問題は、臓器移植法の改正という狭い枠組みではなく、人の死後の身体(の一部)の扱いの法的、倫理的位置付けを、様々なニーズに合わせ今後どのように明らかにしていくかという、広い射程で考える必要があることがわかった。
重要な課題を提起してくださった講師に参加者一同感謝し、終了とした。

以 上

取りまとめ文責:研究リーダー ぬで島次郎

    • 元東京財団研究員
    • 橳島 次郎
    • 橳島 次郎

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