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私のグローバル化論「グローバル化時代の戦略的外交」

May 22, 2008

ハン・スンジュ
峨山政策研究院理事長

(本稿は、2008年5月に開催された連続シンポジウム「グローバル化時代の価値再構築」第6回「グローバル化時代の外交戦略」でのスピーチ原稿の再録である。) (原文は英語。)

まず最初にグローバル化時代の外交に求められるものについて私の考えをお話しします。

第一にグローバルな思考が必要です。グローバル化が進んだ今日、まるで囲碁のように、地球という碁盤の一角で起こったことが他の地域に直接かつほぼ瞬時に影響を及ぼします。たとえば、米国のイラク戦争における行き詰まりは、他地域における米国外交にも支障をきたしています。このため、米国のような超大国のみならず、日本や中国のような大国、韓国のような中規模の国も外交に際してグローバルに考えることが求められています。さらに、今日の重要課題の多くがグローバルな性格を帯びており、これらには地球温暖化などの環境問題、伝染病、大量破壊兵器の拡散、難民、水、エネルギーや食糧などの資源、人権侵害などが含まれます。

第二に戦略的思考が必要です。戦略的とはこの際、現状を的確に分析し、適切な目標を設定し、目標を達成するために適切な手段を用いることをを意味します。外交の舞台では、他国、その政府といった相手方が存在します。外交担当者はこれら相手方の目的、意図、戦略、限界を理解し、これに基づいて競合、交渉、説得、威嚇、報奨、妥協などを行います。グローバル化の進んだ今日、威嚇や軍事的支配は影を潜めつつあり、最良の外交政策はゼロサムではないウィン・ウィンの関係を取り結ぶことになろうとしています。そして、この関係が結ばれると、関連の諸国や団体は一方的に損害を被ることはなく、それぞれに何らかの利益を得ることができます。

第三に、目的、手段の双方で多面的な外交が必要です。グローバル化された今日の外交においては、安全保障、領土、経済などの伝統的外交課題のほかに、文化、科学、スポーツ、奨学制度、芸術なども外交課題となっています。また、外交の手段は、軍事力、経済力といったハードパワーのほかに、価値観、制度、発想、コミュニケーション能力などのソフトパワーも含まれます。さらに、人間の生存に関わる自然環境、資源、保健衛生、人権、経済開発なども課題となっています。

第四に、グローバル化の進んだ今日、大衆外交の必要性が高まっています。英国の大政治家チャーチルによると、かつてソ連を支配したスターリンは「ローマ法王は何個師団の軍勢をもっているのかね」と尋ねたそうです。この逸話から分かるように、軍事的優位の確保のみが外交手段ではなく、他国の人々や非政府機関の心情に訴えることも外交の一環です。このことは、インターネットの普及により国境を越えて情報が自由に行き来するようになった今日、さらに重要になっています。そして実際、インターネットの広がりは、偏った意見の蔓延、世論の極端な変動、外部への攻撃的言動など、負の影響をもたらしています。しかし、インターネットが適切に用いられると、相互理解や調和、協力が促進され、さらには関係諸国の一体化につながります。このようにソフトパワーはハードパワーと並ぶ重要な力になっています。

第五に、グローバル化の進行に伴って、各国政府は国際主義、ナショナリズム、地方主義から生じる相互に矛盾した要求に直面しています。たとえば、失業増加の原因になるとの理由から自由貿易や海外投資の優遇に反対する運動が米国などでみられますが、これはナショナリズムもしくは地方主義の表れといえます。中国においてはチベット騒乱などへの国際世論を内政干渉とみなした中国人が暴力的な反応を示していますが、これもナショナリズムの一例です。日本では、寛大な対外援助に国際主義がみられる一方、政治家による靖国神社の参拝にナショナリズムが表れています。

そして最後に、グローバル化された世界で実りある外交を行うには、対外的対応と国内の得失を十分に調整する必要があります。国内政治は以前から外交の重要な要素でしたが、グローバル化の進んだ今日、情報や意見が急速かつ広範に伝達され、国民は外交の状況により敏感になっています。そのため、外交における国内調整の重要性は今日一段と高くなっています。すなわち、国内調整のためにしばしば特定の政策が導入され、国内調整が時に外交政策の促進要因や阻害要因となります。そして反対に、外交が国内政治に大きく影響することもあります。

以上六つの基準に照らし、米国の最近のアジア外交ならびに韓国の李明博(イ・ミョンバク)新大統領の外交政策を評価してみようと思います。

今から6年前の2002年1月29日、ブッシュ米大統領は一般教書演説で三つの国が世界平和を脅かす「悪の枢軸」を構成していると述べました。これら三つの国のうち、イラクとイランへの対応は次の大統領にも政策課題の一つとして引き継がれようとしています。しかし、残りの北朝鮮については、ブッシュ大統領は「悪の枢軸」のレッテルを外そうとしているように思えます。

ブッシュ政権は昨年の2月まで、北朝鮮とその核問題に強硬な姿勢をとっていました。二国間協議を一貫して拒否し、北朝鮮からの揺さぶりにも譲歩しませんでした。しかし、ブッシュ政権は2007年2月13日に政策転換を表明し、二国間協議に踏み切りました。そして、北朝鮮による核兵器、核物質、核施設の凍結や解体に一定の評価を与え、北朝鮮にその見返りを与える構えをみせています。

私は、ブッシュ政権は軟化しすぎたと考えています。彼らは北朝鮮が合意しやすいように交渉の条件を大幅に引き下げました。そして北朝鮮は、ブッシュ政権が交渉は進展していると感じるように、細かな譲歩を少しずつ行ってきました。これまでの展開から判断して、ブッシュ政権は2006年10月に発生した北朝鮮の核施設の爆発をきっかけに強硬路線を捨て、残りの任期の間に小さくとも可能な限りの外交的成果をあげようとする方向に転換したものと思われます。なぜなら、ブッシュ政権の外交はイラクとイランをはじめとする世界各地で困難に直面しています。そのため、北朝鮮への接近はブッシュ政権にとり必要かつ重要な外交政策だったのです。そして、この政策転換は盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に率いられていた当時の韓国政権に好意的に迎えられました。また、中国はこの政策転換に安堵し、北朝鮮は満足しました。そして、独り日本のみが不安を感じています。

シリアの核施設の写真が先月、米国により公開され、北朝鮮がこの核施設の構築に協力した可能性が指摘されています。しかし、この事件も米国と北朝鮮の二国間交渉ならびに六カ国協議を阻害するとは思えません。ブッシュ政権が北朝鮮におけるプルトニウム生産と核兵器の廃棄を最重要の課題とする限り、米国と北朝鮮はウラン濃縮とシリアの核施設を不問に付したまま交渉を続け、この交渉継続は中国、韓国、さらにはロシアに支持されると思われます。

六カ国協議は現在、劇的な進歩がみられず、小幅な進展にとどまっています。そのため米国の新政権は、北朝鮮の非核化について最大限の成果をあげるように努力するとともに、交渉が決裂した場合に備える必要があります。このため新政権は、北東アジアのみならずイランなどの他地域も視野に入れながら、現政権の外交政策を徹底的に見直すと思われます。そして、この見直しがどのように行われるかが当面の焦点となっています。また、北朝鮮との交渉にあたり、どのような条件が新たに打ち出されるかも注目されています。そして、米国は果たして六カ国協議による北東アジアの安定を真剣に求めているのかという根本的な疑問も提起されています。

同盟関係

アジアの外交は過渡期にあり、アジア諸国は軍事力よりも協力関係により安全保障を確保しようとする傾向が強くなっています。そして、アジアにおける米国の同盟諸国は中国との関係も米国同様に重視しています。この状況下、米国はアジアにおける安全保障政策を再考する必要があります。米国は、緊急事態への関与を維持強化するとともに、アジア諸国の外交姿勢の変化にも配慮しながら、同盟関係を再構築する必要があるのです。また、米国の東アジア政策は、東アジア諸国が適切な政策であると感じ、同時に西太平洋地域の安全保障に寄与するものでなくてはなりません。

そして、このことは米新政権の東アジア政策のあり方にも影響します。まず、西太平洋における米軍の体制は米国自体と同盟国、友好国の利益を守るために適切なものかどうかという問題があります。米国は今なお東アジアに強大な軍事力を維持しています。しかし、この軍事力の維持を支持する声は弱まっているように思われます。また、米国の存在が地域の安定に貢献しているのか、それとも反対に軍事的対立の危険性を高めているのかという問題もあります。さらに、アジアの安全保障のために「ハードパワー」と「ソフトパワー」をどのように組み合わせるかという問題もあります。そして、米国の新政権はこれらの問題に十分配慮するべきであると考えます。

米日関係

日本では新たな指導層が台頭し、日本経済の再生、国力に応じた国際的地位の獲得、影響力を増大させている中国への対応などを重要な政策課題としています。その一方、米国の指導層は日本への配慮を欠き、日本がこれらの課題の解決に腐心していることを十分認識していないように思えます。しかも、歴代米政権による日米関係の調整は望ましいものではありませんでした。このため、米国の新政権はこの重要な二国間関係をより強固なものにするため新たな政策を打ち出す必要があります。

米中関係

米国の歴代政権を振り返りますと、それぞれに期間は異なるものの、政権交代後に米中関係を一時的に悪化させています。そして、各政権はやがて中国と対立するよりも協力する方が米国の国益に合致することを理解し、外交姿勢を修正してきました。問題は、このパターンが今後も続くかどうかです。米国は今、中国の経済力と軍事力の伸長、政治的影響力の拡大を懸念しており、人権や貿易の問題をめぐる米中間の摩擦を予想する声もあります。そのため、米国の新政権は過去の経験から学び、当初から良好な米中関係を築くべきであると考えます。具体的には、朝鮮、台湾、貿易と金融、地域協力などの問題に重点を置きながら中国との対話を行うべきです。

米印関係

米国とインドの関係はここ十年の間に劇的に改善し、両国政府が二年前から行っている原子力の平和利用に関する交渉はこの改善を象徴するものです。インドはその存在感の増大から外交上、重要な国となってきました。また、インドには非同盟の伝統が受け継がれているものの、中国の拡大をけん制する勢力としても重要となっています。そのため、反中国の色彩を帯びることなく米印関係を強化できるかどうかが課題となります。この観点から、米国の新政権は、ブッシュ政権が中国との戦略的連携の構築に努めてきたことを念頭に置きつつ、インドとの戦略的連携を模索するべきだと考えます。

韓国新政権の外交姿勢

韓国の李明博新政権はグローバル化の時代に適合した外交政策を目指し、経済的利益の追求、資源外交の実践、米国との信頼関係の回復、日本との提携関係ならびに中国との友好関係の構築、北朝鮮との条件付き交流などを外交政策の柱としています。そして、李政権はこれらの目標を達成するにあたりイデオロギーや駆け引きよりも実利主義に重点を置くことを表明しており、この外交姿勢は、心情や政治的配慮に重点を置きがちだった盧前政権の外交姿勢への反動と思われます。しかし、新政権による米国産牛肉の輸入解禁に国民が強く反対したように、極端な実利主義は国内からの反発を招き、外交の進展を阻害する恐れがあります。

結論

東西冷戦の終了時に米国の評論家、チャールズ・クラウザマーは米国が世界で唯一の超大国になったと宣言しました。軍事力のみを比較すると、米国は唯一の超大国かもしれません。しかし、全体的な国力を考慮すると、もし米国が冷戦後で唯一の超大国なら、冷戦後の時代はすでに終わっているのではないかと思います。そして、米国は今、世界一ではあるものの、突出した支配的な超大国ではないことを自覚するべきだと思います。アジアにおいては、米国や日本は最近のアジアにおける勢力図の変化に心理面、政策面の双方で対応すべきであり、中国、インドなどの新興国を新たな国際秩序に招き入れることも選択肢の一つとなります。

以上の議論から明らかなように、米国のような超大国といえども戦略的な外交を行うことが必要となります。これに関連して、デンマークの外務大臣が数年前、私に次のような話をしました。外相によると小国が大国に対応するには二つの方法があります。一つは「良い子」になることで、大国に協力し、その見返りとして「お小遣い」をもらいます。もう一つは「悪い子」になることで、小うるさく大国につきまとい、妨害行為を働きます。こうすると、大国は「悪い子」を追い払うために「お小遣い」をくれます。これら二つの方法に加えて、私は「賢い子」になるという第三の方法があると思います。この「賢い子」は隣接する大国の国益と自国の国益が合致するように国内調整を行い、外交交渉を賢明に運びます。そして、この「賢い子」の外交は、小さな国や韓国のような中規模の国のみならず、米国、日本、中国のような大きな国にとっても、戦略的外交を行うにあたり不可欠な要素であると考えます。


【略歴】ソウル大学卒。カリフォルニア大学バークレー校より政治学博士号。外務大臣、キプロス国連事務総長特別代表、韓国国連代表大使など歴任。著書に「グローバル化時代の韓国外交」(英語)など。

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