<歴史から考えるコロナ危機>第2回「台湾のコロナ対策から学ぶ――中国情報のリテラシーを問う」

国慶日を迎えて演説する蔡英文総統(写真提供 gettyimages)

<歴史から考えるコロナ危機>第2回「台湾のコロナ対策から学ぶ――中国情報のリテラシーを問う」

※本稿は2020年7月8日開催の政治外交検証研究会の議論、パネリスト作成資料等をもとに東京財団政策研究所が編集・構成したものです

コロナ対策に成功した台湾

細谷 ありがとうございます。ミミズの話から始まって、どこにいくのだろうと思ったらご専門のテーマを論じられ、最後にはオチが付いて、名人の落語を聞いているようでした。

つづいて、松田先生、お願いします。松田先生は、中国と台湾を主な研究対象とする東アジアの国際政治がご専門で、台湾の新型コロナウイルス対策がなぜうまくいっているのか、あるいは中台関係の現状について、いま多くのメディアで発信しておられます。

松田 20201月末から4月にさしかかるまでの間、私を含め中国/台湾研究者、つまり中国語の情報を常に入手している人たちはみな、たいへん苦しみました。中国から漏れ伝わってくる情報がまさに地獄の状況でした。武漢の状況は特にひどいうえ、武漢出身者を中国各地の人たちが徹底的にたたく。一方、台湾は着々とうまく対処していく。対照的でした。そこに、日本でも感染が拡大する状況になって、一体どうなるだろうとみていたら、日本政府の危機対応は話にならない状況であった−−こうした状況をリアルタイムで経験したのです。

台湾の状況は、76日現在、感染者449名、死者7名。その大部分が入境者の感染例で、台湾内の感染者は55名。426日以降、帰国者を除く新規感染者数ゼロの記録を日々更新しています。58日にはプロ野球の試合が観客を入れて開始されていますし、6月に入って公共交通機関におけるマスク着用義務も緩和され、市民は基本的に通常に近い生活をしています。

45月に台湾で行われた世論調査によると、当局の厳格な新型コロナウイルス感染症対策への評価は97.2パーセントとかなり高い。一方、中国への評価は19.8パーセントにとどまります。

台湾のコロナ対策の成功は、高い医療・公共衛生水準に多くを負っています。200203年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)で死者数が700人を超えて、最悪の香港に次ぐワースト2位でした。そこから政府機構改革(衛生福利部、衛生福利部疫病管制署[CDC]の設立、中央感染症対策指揮センターの設立規定整備)を行い、強制力のある法律を整備し、中央・地方関係を再整理した。さらに、SARSの経験があるから、住民の意識が非常に高い。強制力を伴う法律にも、喜んでとはいわないまでも、従おうとします。

加えて、中国情報のリテラシーが非常に高い。この点に焦点を当てたいのは、日本には決定的にこれが欠如しているからです。それゆえ、今回のような虚を衝かれた危機に弱い。危機管理は、情報に基づく政治判断を伴うもの。情報がきわめて重要であるにもかかわらず、日本は基本的に欧米しかみていません。

台湾の置かれた環境

民進党政権は国民党とは異なり中国と緊張関係にあります。また、世界保健機関(WHO)から排除されているうえ、中国との膨大な人的往来があります。コロナ危機発生当初、SARSが流行したときと同様、台湾は最大の被害地域になるだろうとみられていました。

時系列でみると、1月20日に、中国がはじめて新型肺炎の感染拡大を公式に認めます。23日、中国は武漢を突然閉鎖します。武漢在住の日本人も台湾人も武漢から外に出られなくなりました。

2426日が中国の春節休暇で最も海外渡航が多いときです。この時期、台湾籍住民を含め、中台間で数十万人が往来します。数百万人の中国人が世界中に出てしまったのです。

そして27日になって、中国はようやく団体旅行客の海外渡航を停止します。このことは、台湾で恐怖と戦慄をもって受けとめられました。パンデミックの予兆は広く共有されていたのです。一方、このときの日本での報道は、インバウンド関係の産業は大変だ、という話題ばかり。このギャップに、いったい日本はどうしたのだという思いでした。

台湾当局の情報判断

感染症蔓延への対策は、住民の行動制限や私権制限を伴うため、政府と住民が一体となって実行する必要があります。しかし、制限には経済的損失が伴うため、多くの国の政府は重大な判断を下しにくく、往々にしてWHOの権威に頼らざるをえない側面があります。日本もWHOの権威、あるいは、中国の公式発表に頼りました。

ところが、中国の感染爆発隠蔽(いんぺい)は確実で、SARSのときには2カ月半隠蔽しました。今回は1カ月前後、短く見積もっても2週間だったので、だいぶ進歩したともいえますが、やはり中国が公表する情報に関しては、慎重に扱う必要があると思います。

一方のWHOはどうかというと、128日にテドロス・アダノム事務局長が訪中します。そこで、習近平国家主席は「我々はこの疫病の防止、コントロール、狙撃の戦いに勝利する完全な自信と能力がある」と発言します。それに対してテドロス事務局長は、「感服しており」「心からの感謝を表し」「高く賞賛する」と賛美。中国による感染症対策が「中国の制度的優越性を示しており、関連の経験は他国にとって参考に値する」、「WHOは科学と事実を根拠として判断を行うことを堅持し、過度の反応と事実と異なる言辞に反対する」と発言します。

これをみて即座に台湾は、WHOは信用できないと判断します。

この後、テドロス事務局長は130日に緊急事態を宣言した後も、世界に向けていかなる場合も、中国との旅行や貿易を制限すべきでないという発言を繰り返します。武漢封鎖による強制的な移動制限を賞賛する一方で、中国との間の人的往来を継続するよう発信しているわけで、その発言に潜む矛盾はあまりに明らかです。WHOは、SARSの教訓から中国を褒めることで情報開示をさせようと工夫したようですが、その結果全世界に誤ったメッセージを発する結果となり、WHOの信頼は落ちてしまいました。

桁違いに速い初動

そもそも台湾は、1231日の段階で、CDCがネット上の噂話の解析で武漢での異変を察知し、中国当局に問い合わせをするとともにWHOに情報共有のため通報します。そして、その日のうちに武漢からの航空便の検疫を実施し、行政院(内閣に相当)内の調整を開始します。

12日に行政院は緊急対応グループ(日本でいう対策本部)を設立。

13日には2名の専門家を湖北省に視察のため派遣します。中国はこれを受け入れました。よほど台湾の支援が必要だったのでしょう。なお、中国は米国CDCの派遣は拒否しています。

15日に新型コロナ感染症を法定感染症に指定します。

20日にCDCに中央感染症対策指揮センターを設置して、陳時中指揮官が毎日2回の定例記者会見を開始します。

23日から段階的に入境制限を始め、27日には帰国者を除き中国からの入境を原則禁止します。

2月初旬の段階で、公共機関での検温、病院での導線管理・検温とマスク着用義務を開始します。また、テレビコマーシャル等でマスクの着用方法や手の洗い方などに関して徹底した広報を行います。

さらに、春節明けの全学校で、23週間の休校措置をとります。その間、検温、マスク、社会的距離、キャンパス封鎖などの準備を徹底的に行いました。

225日には第一弾の経済対策を発出。内需型産業、農漁業、運輸・観光業の支援や保証金支給に充てるため、600億台湾元(1元約3.5円)の第1弾の経済対策を承認します。

マスク対策の重要性

マスク不足対策は極めて重要です。住民が、政府に自分は大切にされているという印象を与え、政府を信頼する基盤をつくり、より厳しい政策を行うための基礎となるからです。

2019年、台湾はマスク需要の約93パーセントを中国からの輸入に頼っていました。ところが、20201月、中国での需要急増のため中国はマスクの輸出を禁止します。さらに、世界中で中国人・華僑・華人が医療物資を買い占めて中国に送っています。その数、マスクだけで20億枚。台湾でもマスク約3,859万枚が買い占められ、中国に送付されたといいます。そこで、台湾は124日、マスクや消毒液の輸出を暫時停止します。

そこで驚くべきは、台湾政府がマスクの製造と流通を一元管理(マスク・ナショナルチームの成立)し、2月初旬に18,000万台湾元を投入して60台のマスク製造機を購入し、4月には1,700万枚まで増産。台湾は一躍、世界第2位のマスク生産拠点に早変わりしたのです。輸出制限も段階的に緩和します。

住民に対しては、健康保険カードにマスク購買記録をつけて、全員に行き渡るようにしました。このシステムはどんどん進化し、スマホのアプリで在庫をみられるようになり、オンライン注文すればコンビニで受け取れるようになりました。

また、マスクの余剰分は感染拡大で苦しむ友好諸国に送られており、その数は5月末の段階で7,400万枚に達します。 

中国情報のリテラシー

中国は国内の感染爆発を約1カ月間隠蔽し、海外渡航制限措置の実施を引き延ばし、中国からの入国制限をさせない外交努力を重ね、そしてウイルス発生源に関する国際的調査協力(WHO、米CDC等)を拒絶してきました。それらについて台湾は正確に把握し、分析し、即座に政策に反映し、危機管理を徹底します。

一方、日本は中国情報のリテラシーが欠如している。それゆえ、今回の新型コロナウイルス感染拡大への初動対処に失敗したのだと思います。1月の段階で、武漢で地獄のような状況が起きていたのに、日本人はそれに対して鈍感でした。パンデミックになることは、遅くとも2月の段階ではわかっているべきでした。

日本はアジアの一部です。それを忘れてはなりません。いま、欧米と比べて死亡率が低いなどといって日本がなんとなく成功したかのような雰囲気さえありますが、それでよいのでしょうか。関係の深い中国に関する情報を正確に把握、分析し、政策に活かす仕組み、そしてそれを利用する政治的リーダーシップが不可欠です。弾道ミサイル防衛や地震対策のように、真剣に注力さえすれば、日本でも世界最高水準の対応が可能になるはずなのです。

続きはこちら→第3回「グローバル化時代の感染症にいかに対処するか?――歴史に学ぶ対応のヒント」

松田 康博

  • 政治外交検証研究会メンバー/東京大学東洋文化研究所教授