タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/10/27

第104回東京財団フォーラムレポート「これからの社会に求められる税と社会保障のグランドデザインとは」

<index>

 

森信 皆さん、こんばんは。モデレーターを務めます森信です。私は東京財団で、税と社会保障の一体改革について数年来研究をしています。少し乱暴な言い方をすると、政府税制調査会では骨太の議論が行われている感じがあまりしないという懸念もあって、日本の様々な構造変化を踏まえた政策提言をしていく必要があるのではないかという目的意識からここで研究をしているわけです。研究成果としては、ほぼ毎年1冊程度政策提言を出しています。例えば、給付付き税額控除の具体的な提言、税と社会保障一体改革の具体的な提言、ポスト社会保障一体改革などです。今日は最新版の政策提言『税と社会保障のグランドデザイン』を取り上げ議論したいと思います。このプロジェクトの中心的メンバーが、私を含めた本日登壇している5人です。政権で今ほとんど行われていない、ある意味ではアベノミクスで抜け落ちている税と社会保障の一体改革の議論を、今日はメンバーの皆さんから説明していただきます。

 それではまず初めにメンバーを紹介します。向かって右から、一橋大学の小塩先生、同じく一橋大学の佐藤先生、そのお隣が成城大学の田近先生、一番左側が慶應義塾大学の土居先生です。プロフィール等については、お手元の1枚紙をご参照いただくとして、早速小塩先生から議論を始めたいと思います。お手元の政策提言に加えて追加的な、あるいは確認的な図表等を用意しておりますので、両方の資料を見ながら進める形になりますが、ご容赦ください。

ジニ係数の変化で見る格差の実態

小塩 それでは私から説明を始めさせていただきます。今日のテーマは、税と社会保障をどのように見直していくかということです。そのイントロダクションとして、所得格差、資産格差の話をさせていただきたいと思います。

 皆さん、アベノミクスで格差が広がったかどうかについて、非常に関心があると思いますが、なかなか分析が難しいのです。一番難しいのは、今までのアベノミクスの3年間の状況を、まだきちんと統計で把握することができないことです。最初にジニ係数の動きを示したグラフを描いています。ジニ係数とは格差を示すためによく使われる指標で、この指標を計算するための統計があるのですが、2015年までの統計が、まだ公表されていません。最近、所得再分配調査が報告され、最新の格差の状況が分かりました。しかしその統計は2013年のものなので、アベノミクス1年目にあたり、まだ点数を付ける材料にはなりません。

 その中で、2015年まで公表されているデータがあります。それが家計調査です。できたら、家計調査の一人ひとりの、あるいは世帯一つひとつの数字を見たいのですが、それは手に入りませんので、集計されたデータをベースにして、格差の動きを見てみます。それが1枚目の図(図1別ウィンドウで開きます。以下同)です。2002年をスタートに12年までにどういう変化が起こったか、つまりアベノミクスが始まる前の10年間と始まってからの3年間はどうだったかを見た図です。ゼロを起点に、どれだけジニ係数が上昇したのか、低下したのかを見ています。


 赤い線が所得のジニ係数の変化です。これを見て、あれっ、と思われる方が多いと思います。ジニ係数は、アベノミクスが始まる前に若干ですけれども低下しています。ほぼ横ばいと言ってもいいかもしれません。格差はもっと広がっていると思われる方は多いと思うのですが、これは統計のいたずらみたいなところがあって、要するにこの背景は、われわれが仲良く貧乏になっているということです。所得の山が低い所でピークを打つようになり、格差はそれほど広がっていないというのが、アベノミクスが始まる前の10年間の状況です。

アベノミクスによって薄れる中間層

 その状況は、基本的には変わっていないのですが、図1を見ていただくと若干変化の兆しがあることがわかります。2012年で底を打って、そこから上のほうにベクトルが変わっています。少し気を付けてみて、これがアベノミクスの3年間の変化だと考えていただいていいと思います。これが一つ言えることです。

 それから上のほうに黒線で貯蓄残高でジニ係数の変化を見たものがあります。これはアベノミクスが始まる前から上昇傾向をはっきりと示しています。さらに、アベノミクスが始まってから、それが加速している状況が読み取れると思います。

 そこでそれぞれについて、もう少し状況を詳しく見てみましょう。所得レベルと資産レベル、それぞれ格差がどのように変化しているかを次の図(図2)で見たいと思います。このグラフは、横軸に所得階層を取っています。それぞれの所得階層のシェアが、アベノミクスが始まる前の10年間(灰色)と始まってからの3年間(赤色)でどのように変化したかを見たものです。

 灰色の所を見ると分かりますが、所得が500万円を下回る所でシェアは高まっています。それから、それ以上の所得をもらっている人がシェアを減らしています。これが先ほど言った、みんな仲良く貧乏になっているということです。日本では、いわゆるピケティが描くような二極分化というものは、それほど起こっていません。皆さんが貧乏になっているのです。だからジニ係数などもあまり大きな上昇傾向は見られないということだと思います。

 ところが、このアベノミクスの3年間で少し状況に変化があります。赤い所を見てください。年収400万円から700万円のところがシェアを減らしています。それが両脇に移っているところがあります。この理由を考えると、一つは雇用が増えているといっても、非正規の人たちが主に増えているからです。それから円安で景気が良くなったという面は確かにあるのですが、そのメリットを受けていた人たちは、どちらかというと大企業で働いている比較的高所得のサラリーマンの人たちだということです。というわけで中間層が薄くなって両脇に移っているというのが、アベノミクスのこの3年間の特徴ではないかと思います。二極分化は起こっていないと先ほど申しましたが、少し注意してみていかないといけないというのが、ここで申し上げたことです。それから、次によく似たグラフをお見せします。

経済力を弱める中間層、資産を増やす高所得者層

 先ほどは頭数のシェアですが、次の図(図3)はそれぞれの所得階層がどれだけの所得のシェアを示しているか、それがどのように変化したかを見たものです。年収400万円から700万円の層のシェアが、所得で見ても薄くなっているのがお分かりいただけると思います。消費がなかなか伸びないということがよく言われますが、日本の消費を支えるはずの中間層が経済力を弱めているということは注意すべきことだと思います。

 では資産はどうか(図4)。残念ながら金融資産だけに限定しているのですが、これはアベノミクスが始まる前から両脇が膨らんでいて二極分化が進んでいたのですが、それがさらに加速しています。要するに株高のメリットは所得の高い層に出ていて、それ以外の層ではそういったメリットは受けなかったということです。

 同じように頭数ではなくて貯蓄残高のシェアを見たものが次の図(図5)です。これは一番右にいる高資産の人たち、具体的には資産が3,000万円以上の人たちのシェアが大きく膨らんでいるということがわかります。

 要するに、アベノミクスのプラスの成果は、所得の高い層、あるいは資産をたくさん持っている層に集中しているということです。これは、ある程度予想されたことであって、意図的に狙っていた可能性があります。皆さんもトリクルダウンという言葉を聞いたことがあると思いますが、まず豊かになる人をつくって、その人たちが経済全体を引っ張っていくというシナリオです。それにしては景気がまだまだ低迷しており、トリクルダウンを生むだけの力をアベノミクスは生み出していないと言っていいと思います。

再分配政策の現状と今後の課題

 では、そういう状況の下で再分配政策をどうするかです。今日お話しする税や社会保障は、格差拡大の兆しに対してどのように対応しているかを考えないといけません。この図(図6)は、所得再分配調査を見て、所得の受け払いを世帯主の年齢階層別に見たものです。赤い所が、ネット(純受益)で見て政府に税金や保険を払っているものを示しています。それに対して青い所は、ネットで見て受け取るほうが多いものです。お年寄りになると年金、介護、医療の受け取りのほうが払うほうよりも多くなっていることがわかります。このように、日本の社会保障は若い人からお年寄りにお金が回っている一方で、困っている人になかなかお金が回らないという特徴があります。

 そうした特徴は、いろいろなところに現れています。この図(図7)は、市町村国保の保険料の負担が、いわゆる課税標準額に対して、どれだけのウエイトを示しているかを表しています。皆さんの多くはサラリーマンだと思いますので、賃金に対して比例的に保険料を払いますが、被用者保険に入っていない人や自営業の人たちはそういう形にはなっておらず、定額の負担部分があります。そうなると、所得の低いところほど負担が増えるという逆進性が発生します。

 それから、次は国民年金のグラフ(図8)です。よく年金の未納・未加入が問題にあがりますが、ここでは2年間保険料を払っていなかった人が何%いるかを、所得階層別に見ています。ここでもやはり所得の低い層で山が高くなっています。もちろん様々な減免措置があるのですが、それを考慮しても所得が低いとなかなか負担が賄えないということになります。その結果、セーフティーネットから外れるという危険性も高まることになるわけです。

 ここまで申し上げてきたことを考えあわせると、つぎのことが言えると思います。まずアベノミクスの下で、若干ではありますけれども、格差が拡大する傾向を見せていて、これは少し注意しなければいけないということ。さらに、そういう状況の下で、現行の税と社会保障の仕組みは、若い人からお年寄りへの所得移転という形ではうまく機能しているのですが、それ以外のところでうまく機能していないということ。これは、制度改革のときに重視すべき点だと思います。

 では、どういう方向で改革を進めなければいけないかということですが、身近になっている貧困リスクにどのように立ち向かうかという議論は、もう少し意識的にしないといけません。日本は国民皆保険、皆年金という世界に冠たるセーフティーネットの仕組みを持っているわけですが、場合によってはその優れた仕組みから外れてしまう人が出てくる可能性があり、そういうリスクに備えるような形で、現行制度を見直す必要があるということです。今日は非常に簡単な統計を見ての議論ですが、これらのポイントは重視していただきたいと思います。

 

森信 ありがとうございます。続いて、佐藤先生お願いします。

 

佐藤 はい。先ほど、小塩先生から格差の広がりの中で、一体どういう政策を打つべきかという話が出てきました。それを受けて私からは、税制の観点からこういう格差の問題にどう対処するべきか、あるいは政府税制調査会を含めて、今この問題についてどのような議論がなされているのかを紹介します。

 昨年来、政府税制調査会においては、新しい経済・社会環境に適応すべく、所得税改革のあり方について議論を重ねてきました。最近話題の配偶者控除の見直しもその一つです。様々な議論が重ねられているのですが、改革の方向感は大きく次の2つかと思います。

再分配機能の方策―課税ベースの拡大と所得控除から税額控除へ

 第1は、所得税における再分配機能の強化です。具体的には再分配の方向は、従来の年齢別、つまり若年者から高齢者への再分配ではなく、負担能力に応じた再分配に転換していこうということです。特に、これから家族を形成しようとする若い世代に対する配慮が、もっとあってしかるべきだろうということが言われています。

 他方では、財政中立・税収中立という縛りもありますので、若い世代への配慮をすべく、何らかの手厚い措置を講じるのであれば、他の既存の優先度の低くなる措置は、当然見直さなければならないということになります。配偶者控除一つを例に取ってみても、仮に配偶者控除を夫婦控除に切り替えるとしても、それだけではただの減税になってしまいます。ある種、夫婦世帯を支えるということが政策のプライオリティーであるならば、次に優先度の低くなった他の控除を抜本的に見直す必要があるというわけです。

 さらに、成長の担い手を支えなければならないということも強調されています。小塩先生が、アベノミクスはトリクルダウン的な性格であると言われましたが、略奪的な再分配というものも困るのです。つまり、豊かな人間に重税を課して、貧しい人にばらまくということでは単なる略奪です。それでは成長が続きません。成長を促す、あるいは少なくとも成長を阻害しない税体系も求められているということです。改革の方向感としては、広く薄い課税も一つですし、特に若い世代に元気になってもらうようにしましょう、もっと分厚い中間層をつくっていきましょうというものだと思います。

 広く薄い課税というものをベースとするならば、やはり最高税率についての議論は避けられません。今、既に日本は所得税45%、地方税10%ですので、これを合わせれば、最高税率は55%になります。これは世界的に見ても高い水準なので、これを上げるというよりも、課税ベースを拡大するということです。もう一つ、低所得層への配慮をきちんと行うことによって再分配機能を強化し、所得税を見直していこうという流れがあります。

 では、具体的に何をやるのかということですが、その1は、所得控除の見直し(図9)です。皆さんの給与明細を見れば出てくると思いますが、給与所得控除や公的年金等控除の他、基礎控除、配偶者控除、その他もろもろの人的控除は、全て所得から差し引くという措置を取っています。これを所得控除といいますが、これは、所得階層が高くて直面する税率が高い層ほど減税幅が大きくなります。例えば、現在最高税率が45%ですので、その人が1万円所得控除をしてもらうということは、その人にとってみれば4,500円の減税になります。他方、最低税率は5%ですので、その人に1万円の控除をすると、それは500円の減税になるわけです。そのぐらいの差になります。つまり所得控除というのは、所得の高い方に対して有利であることが従来から知られています。

 再分配機能を強化するというミッションからすれば、やはりここは所得控除から税額控除に切り替えていくことが重要です。例えば、皆さんに一律3,000円の減税をするという形です。あなたの所得が高いか低いかに関係なく、減税という形での税額控除に置き換えていくということです。大ざっぱには、そのようにご理解ください。これは世界的な流れで、オランダやカナダでも、従来の所得控除の仕組みから定額を減税する税額控除へ切り替えています。これにより、所得の低い層に手厚い減税が可能になり、高所得者に有利な減税を回避できるということになります。これが税額控除のメリットだとお分かりいただけると思います。具体的なやり方はいろいろと、政府税調の中でも議論されているところです。

 もう一つ申し上げなければならないことは、税を取るだけでは再分配機能が完結しないという点です。よく大企業や富裕層から税金を取ればいいのではないかという議論があります。税金を取るのは自由なのですが、その税金を所得の低い人に回さなければ再分配にはなりません。所得の低い方々に対する支援にはならないわけです。

 ところが、ここで問題があります。所得の低い人は税金を払っていないので、実は減税のメリットを得ないのです。減税は、税金を払っているからこそ可能なわけで、従って、単に課税だけではなく、給付にも目配りが必要ということになるわけです。

必要なのは低所得勤労者層への給付措置

 日本で給付というと、例えば高齢者のための年金や就労ができない方々のための生活保護です。つまり、給付は極めて限定的なのです。高齢者、あるいは就労ができない方々に対する支援は給付としてあるけれども、働ける人、あるいは働いているけれども十分な所得を得ていない、よって税金を納めていない人たちに対する給付がないのです。

 世界を見渡せば、アメリカであれ、カナダであれ、あるいはイギリスであれ、いわゆる給付付き税額控除と呼ばれる所得の低い勤労者に対する所得支援があるのです。それは決して、単純に弱者に対する支援という性格ではなく、働いている人たちの生活を支えるための給付です。そういう形での給付が実際は求められていると言えます。ちなみにイギリスでは現在、ユニバーサルクレジットという新たな形で給付体系を再構築しています。

 現役で働いている人たち、特にその中でも所得の低い人たちに対して、確実に最低限の生活ができるように給付措置(図10)をすることが、今世界的にも求められています。豊かな人たちから取った税を所得の低い人たちに給付して、再分配を完結するという仕組みです。

 ちなみに最近ベーシックインカムが話題になっていますが、これは少し趣旨が違います。ベーシックインカムは、あなたが働く意欲があっても、働いていなくても、給付を与えるというものです。私が申し上げている税額控除は、働くことが条件の勤労税額控除と言われるものです。少なくとも働くこと、あるいは仕事を探していることが条件です。就労を促すための給付というふうにご理解いただくといいかと思います。

正しい所得補足のねらいは低所得者の把握に

 所得の低い人たちに対して適切な給付をしなければならない、というときの大前提は、正しい所得捕捉です。われわれが所得税の議論をすると必ず出てくるのが、所得捕捉が正しいかという点で、さかのぼればクロヨンやトーゴーサンといった問題です。かつてはサラリーマン増税というような批判もありました。税制に対する信用を担保する意味でも、公平性を確保するという観点からも、正しい所得捕捉は大事ですが、助けるべき人を助けるために所得捕捉が必要だということを強調したいと思います。

 つまり、所得の低い人が誰かを見いだすためには、所得の低い人たちの所得を把握していないといけません。日本の現状は、税金を払っているか、いないか以上の情報はあまりありません。例えば、消費税増税のときに簡素な給付措置があったと思いますが、非課税世帯対象でした。税金を払っていない世帯に対する給付です。しかし税金を払っていない人の中にも、所得が100万円の人もいれば、150万円、200万円の人もいるわけで、その違いに対して全く考慮がないわけです。それは、所得の低い人たちの所得が正しく補足されていないからで、正しい適切な給付につながらないという問題があります。

 もちろん、ワーキングプアといわれる人たちやいくつものアルバイトを掛け持って所得を得ている人たちについても、合計するとどれくらいの所得を得ているのかはよく分かっていません。マイナンバーが導入されたので、今後合算所得の把握は進むかもしれませんが、大事なことは所得の低い人たちの所得を補足して、そういう人たちを助けるということです。おそらく皆さんは、金持ちから税金を取るために所得を補足すると考えていると思いますが、税金を取るための所得捕捉ではなく、これからは助けるための所得捕捉が必要になってくるのです。

 先述した、イギリスのユニバーサルクレジットの中には、所得を補足するリアル情報システムというものがあります。これは単に税金を取るためではなく、ユニバーサルクレジットという低所得者に対する支援のためにあるのです。支援のための、給付のための所得捕捉、こういう方向性で税制をこれから再構築していくということです。

金融資産に対する課税のあり方と支援のあり方

 もう一つ日本で抱えている課題は、先ほど小塩先生からもご紹介があったとおり、貯蓄です。金融資産についてはかなりの偏りがあります。リッチな人は、よりリッチになっているというだけではなく、実はこの金融所得がかなり高齢者に偏った形で分布していることが知られています。高齢者の平均的な貯蓄残高は2,000万円といわれている一方、若い人たちの中には、貯蓄がなかなかできないという人も多いという状況があります。

 こういう非常に偏在した金融資産に対して、何らかの適切な課税がなければならないだろうと思います。ただ、金融資産という性格上、いわゆる累進課税をすればいいというわけでもありません。これは税に対する反応が違うからです。つまり、税金を掛けてみたら国外に逃げてしまったということもあり得るのです。従って今の世の中は、金融に対する課税のあり方と、勤労所得に対する課税のあり方は分けて考えています。これは諸外国においても同様です。それを踏まえた上で、金融所得に対する課税、配当やキャピタルゲインといったものに対する課税を現在の20%からもう少し強化するということは多分あってしかるべきだろうと思います。そうしないと、格差是正につながりません。

 ただし、若い人たちについては、老後の生活や、これから子育てをしていく上での必要な資金を確保できるという、自助を支える税制も必要です。諸外国を見渡すと、非課税貯蓄枠という制度があります。これは、年間ある一定限度額ですがそこに拠出しておけば税金がかからない、あるいは拠出するときには税金をかけないで、引き出すときだけ税金をかけるといった仕組みです。これは老後のため、あるいは自分たちの生活のための仕組みです。こういったものを活用して、若い人たちの資産形成を一方で助けていかなければなりません。金融所得については、2つのアプローチ(図11)が必要です。一つは、今ある金融資産に対する課税のあり方、もう一つは、これから若い人たちが形成する金融資産に対する支援のあり方、これらをきちんと分けて考えていく必要性があるということだと思います。

 それから、時間の関係でこれ以上お話ししませんが、もう一つ大きな課題は社会保険料です。これは社会保険料という形の立派な正規雇用税ですから、これも含めた形で課税のあり方を考えないと、本当の意味での再分配、あるいは就労促進を含めて成長の担い手の育成はできないということです。これは税制の枠を超えた大きな課題だと思います。

 

森信 佐藤先生、ありがとうございました。佐藤先生が最後に触れられた社会保険料も含めた統一的な税制の考え方は、政策提言『ポスト社会保障・税一体改革の税制とは』の冊子13ページ以降に提言されていますので、ご参照ください。それでは、これから私も含め残り3人から、具体的な提言という形で報告したいと思います。

二元的所得税とは

 最初に私からです。政策提言『税と社会保障のグランドデザイン』の50ページから話を始めたいと思います。先ほど、佐藤先生が指摘されたように、成長と分配のバランスを取りながら税制を考えていく必要があります。成長ばかりでも格差ができるし、格差是正ばかりだと成長がうまくいかないという問題があります。まず世界の税制の大きな流れは、資本所得と勤労所得を区分し課税するというものです。資本所得とは、利子、配当、キャピタルゲインで、それらに対し低い一定税率で課税し、他方、勤労所得は、累進で課税するというように、2つの所得を区分して課税します。これは二元的所得税(図12)、Dual Income Taxと言われ、わが国やドイツも、基本的にはこの仕組みです。北欧から始まった税制が、今日マジョリティーの考え方になっているのではないかと思います。この資本所得と勤労所得を分けて課税するという枠組みの中で、今日わが国所得税の問題点を述べてみたいと思います。

所得再分配機能の弱い現行税制

 わが国の所得再分配機能はどうなっているのか、次の図(図13)は、小塩先生の最初の説明とも関連していますが、当初所得ベースでのジニ係数が一番上に書いてあり、税と社会保障でどれだけ再分配しているのかを表したものです。所得再分配は機能しているのですが、ほとんどが社会保障で再分配をしていて、税による再分配機能が非常に弱いことがこの図からわかります。

 それはなぜか。所得税(国税)の適用税率を示す次の図(図14)を見てください。これはある意味で驚くべき図です。横軸が納税者の割合ですが、これを見ると、何と日本の所得税の納税者全体の6割が最低税率である5%にしか直面していないことがわかります。さらに、そこから約20%の人が、税率10%まで行きます。つまり日本の納税者の83%は、5%か10%の国税の税率に直面しているということ。税制として所得再分配機能が弱いということが言えるのです。ここが日本の税制の一つの特色です。他の国を見ると、例えばイギリスなどは20%の高い税率が納税者の大半に適用されています。

所得税負担率、所得1億円ピークのからくり

 これらを踏まえて、次の図(図15)をご覧ください。横軸は申告所得者の合計所得金額を取っています。これは国税庁のサンプル調査で、申告書を抜き出して、その人が実際にいくら所得税を払っているかを調べてグラフ化したものです。所得1億円のところを上に点線でたどっていきますと、28.7%とあります。つまり1億円の申告所得者は、2,870万円の税金を払っているということです。見ておわかりのように、1億円のところでピークを付けるのです。日本の所得税は累進税率になっているはずだけれども、現実の実効税率を見ると、1億円でピークを付けている。なぜ1億円でピークを付けるのでしょうか。その理由は、この右肩上がりになっている点線にあります。これは、合計所得金額のうち配当も含む株式等譲渡所得の占める割合を示しています。これが高所得者ほど高い割合になっている。日本は株式譲渡益や配当などの所得に対して基本的には15%(国税)という分離課税を課しています。国税で15%、地方税で5%、合わせて20%の税率です。現在、国税の最高税率は45%ですから、15%の税率の金融所得が多いほど、当然実効税率は下がってきます。その要因で、1億円をピークに所得税負担率が右肩下がりになってくるわけです。

金融所得に対する増税で再分配機能を強化せよ

 これから所得再分配機能を高めようというときには、ここに一つのヒントがあるのではないかと思います。先ほど佐藤先生の説明にもありましたが、高齢者ほど金融資産をたくさん持っていて、その所得に対して分離課税で低い税率が適用されている。この税率をもう少し上げてもいいのではないか。特に、アベノミクスの恩恵を受けているのは、高所得の富裕高齢層で、株式譲渡益の増加によるものが多いと思います。これは小塩先生のプレゼンテーションからも言えるのではないかと思います。この所得税率をもう少し、例えば15%を20%にすると、結構税収も入ってきます。私の試算では、5%上げると数千億円以上の税収が入ってくる計算になります。

 最後にスウェーデンやドイツの税制の図表(図16)をご覧ください。いずれの国も二元的所得税という税制を取っているのですが、金融所得に対してスウェーデンでは30%、ドイツでは26.4%の税率をかけています。金融所得は、グローバルな世界ではなるべく税率が均等化していることが重要ですから、その意味で、日本もまだ引き上げの余地があるのではないかということです。以上が私の報告です。次は田近先生の報告です。

 


田近
 私は、今議論してきた所得税改革について、デフレ、高齢化の中でやや戦略的に問題を探し出してみたいと思います。小塩さんからアベノミクスの中で所得分配が悪くなっているのではないかというお話がありました。もちろんその点も重要だと思いますが、デフレということで考えると、所得が伸びないことが大きな問題です。図(図17)は1994年、2009年の年間収入階級別の世帯数の分布ですが、おそらく小塩先生が言ったのは、この間に右側の高所得の割合はそれほど落ちないけれども、左側の低所得者のそれはもっと落ちたということかと思います。所得賃金が伸びないというデフレの問題にどう向かうか。その一つは、この間に伸びてきた企業所得、企業利潤がどう賃金に回って経済にフィードバックしていくかという、メカニズムを考えなければいけないと思います。

 そして、その間の正規・非正規労働者の話は、多く言われているとおりですが、私が 指摘したいのは、1995年、2014年を比較(図18)して、特に男性の25~34歳の非正規労働者の比率が増えている点です。やはりこれもデフレの問題、経済のグローバル化による資本の海外流出と、それに伴う海外での雇用の増加がその要因にあります。これらの図表から日本の所得分配、そして所得が伸びない構図があることがお分かりいただけると思います。


年齢別の社会保険料負担と給付

 その中で税制をどう考えるかについて、私がこれから特化して申し上げるのは、社会保険料の問題(図19)です。今おおよそ、雇用、介護、健康保険と厚生年金保険料率を合計した従業員本人負担部分だけで約15%、雇用者と合わせれば30%を占めます。その割合が今後さらに増えていくということです。それが負担としてどう反映されているのか、先ほど小塩先生が示された所得再分配調査と同じような計算を、私もしてみました。表(図20)をご覧ください。 ここでは29歳以下から、5歳階級ごとにそれぞれ75歳以上まであります。当初所得に対して現金給付というのは、おそらく年金です。当初所得と現金給付を足したものが総所得と定義されます。その中から、税金と社会保険料を払います。現金給付として年金等をもらって、同時に現物給付として医療・介護などを受けています。

 次の表(図21)は、先ほどの総所得に占める負担と給付の割合、パーセントを表しています。小塩先生が最後に示された年齢階層別に見た純受取の グラフの中身です。これを見て皆さんは何にお気付きになるでしょうか。私が圧倒的に大切だと思うのは、総所得に占める税負担の割合と、社会保険料負担の割合を比較して見ると、見事に29歳以下から55歳から59歳までの階層では税負担ではなくて社会保険料負担のほうが大きい点です。特に若い人の場合、その割合の差は非常に大きく見られます。純受取とは受け取ったものに対して負担がどれだけかを示していて、マイナスは負担が超過しているということです。高齢者のほうがプラスになることはある意味当然でしょうが、問題はその程度です。この数字を頭に映像として残してください。

 この次の表(図22)が平成26年に出た数字です。一番上は総数、以下の年齢区分は先ほどの表と同じです。この数字を見てください。私も驚いたのですが、状態がどんどん厳しくなっているのがわかります。純受取(図23)を見ていただくと、29歳以下で-12.3%という数字です。3年前は-5.2%でした。30-34歳の-10.1%は、-5.8%でした。これからわかるのは、先ほど申し上げたように、社会保険料負担の増加がものすごく速く起きているということです。

デフレ、高齢化の中の所得税改革

 流れとしては、デフレの中で伸びない所得に加え、高齢化がかぶさることで、社会保険料負担が非常に大きくなる。さらにその負担は若年者にかかっているという事実から、日本の所得税改革を考えるべきではないかと思います。

 そこで、第1の改革として、若年低所得者層では、所得税負担より社会保険料負担が特に大きいわけですから、佐藤先生も言ったように、タックスクレジットによって負担の軽減を図ることです。基本的に若い人たちは税金を払っていませんから、減税の恩恵はないわけです。負担を軽減するためには、彼らの社会保険料を下げなければいけません。そのための一つの方法として、税額控除があるということです。

 では、その財源はどうするのかという問題です。所得税の累進課税の税率をさらに高めて税収を取ろうという人は、まずいません。既に55%の最高税率があるので、それ以上上げてしまっては、むしろ節税行為を誘発するなどして効果がないからです。そこで第2の改革として課税ベースを広げるということですが、重要なのは、控除額の削減による増税効果は、税率の高い人で大きくなるという点です。例えば控除額が10万円カットされたときに、限界税率が50%ならば5万円増税になるわけです。10万円カットして限界税率が10%ならば1万円です。すなわち、課税ベースを広げるということは、結果的に非常に公平な税制を実現するということをご理解いただきたいと思います。

 改革の第3は、高齢者の負担をどう考えるかということです。負担の公平と所得税の課税の仕組みから公的年金課税を是正することです。ご存知のように公的年金は賦課方式によって運営されています。すなわち個人の支払った保険料が積み立てられているのではなく、現役世代の保険料から現在の高齢者に年金が支払われているわけです。その結果が、先ほどお見せしたグラフです。年金課税の適正化、併せて年金給付の適正化を実現するために、マクロ経済スライドを行うべきです。

 最後に私が申し上げた点をまとめますと、若年低所得者を念頭に、税額控除制度によって社会保険料負担を軽減すること。そのために所得課税の課税ベースの拡大によって財源を確保すること。世代間の公平と所得課税のあるべき姿から公的年金等控除を廃止して、救済すべき高齢者の低所得者に対して、対策を行うべきではないかということです。

 

森信 ありがとうございました。それでは最後に、土居先生、お願いします。

 

土居 ここまで四人の先生から所得税改革の必要性、改革の意味をお話しいただきました。最後に私からは、具体的にどういう金額の効果がわれわれに及ぶかをマイクロ・シミュレーションという手法を使って分析したお話をします。

 まず簡単におさらいです。所得控除と税額控除という所得税制があります。わが国では所得控除が多用されていて、税額控除は、あまり用いられていないのが現状です。ところが他の先進国では、むしろ税額控除をより多く使っています。これを改めることの効果は、既に各先生がお話しになったところです。

所得税の課税ベースと諸控除

 実際に2014年のデータ(図24)で見ると、オールジャパンで240兆円の課税前の収入があるわけですが、給与所得控除、公的年金等控除の所得計算上の控除で70兆円になります。さらに税制上設けられている所得控除で、プラス70兆円差し引かれて、実際税率が掛け算される課税所得は半分以下の100兆円にしかなりません。これだけ控除がたくさんなされているということです。われわれが所得税、個人住民税を払うときに、確かにそれなりの税負担を課されているという重税感があるかもしれませんが、実際の課税ベースは半分以下で、しかもそれは、所得控除によってということです。所得控除の恩恵がより高所得の方に及ぶということは、先ほど来、先生方がお話しになっているとおりです。

マイクロ・シミュレーションによる分析方法

 具体的なシミュレーションの話に移りたいと思います。マイクロ・シミュレーションによる分析(図25)ですが、この言葉は専門用語です。もちろん家計調査や、われわれでも手に入る公表されているデータから分析するのもいいのですが、それは所得階層ごと、世帯主年齢階級ごとという、いわゆるコーホートと呼ばれる階層ごとでの分析しかできません。しかし、実際には単身世帯もいれば、夫婦世帯もいる。専業主婦世帯もいれば、共稼ぎ世帯もいれば、3世代同居をしている世帯もあり、それぞれ家族構成が違います。家族構成が違うと、すなわち所得税の控除の額も違ってくる。さらには、控除を改革するということになれば、その影響は家族構成によって変わってくる。ですから、個々の世帯、家計から提供いただいたデータに基づいて分析すること、これを家計の個票データ(マイクロデータ)と呼びますが、それとともに、学者の提言がどういう効果として及ぶのかをシミュレーションする。この手法を、マイクロ・シミュレーションと言っています。

 実際に使ったのは、一般にも提供していますが、私の所属する慶応義塾大学の「日本家計パネル調査」、略してJHPSのデータです。具体的には、2013年の所得を聞いている2014年1月調査のデータを用いています。当然調査にあたっては、4人家族か、5人家族か、あるいは単身世帯なのかといった家族構成なども、日本の縮図になるようにデータが取られています。当然、所得税の改革を分析するのに必要な世帯構成、各有業者の収入、社会保険料、医療費の支払い額、医療費控除、さらには社会保険料や児童手当をどれだけ受け取っているかということも推計できるものになっています。

 次に、等価世帯可処分所得という専門用語が出てきます。当然ながら世帯が多ければより多く収入が得られる可能性が出てきますが、生活をする固定費は1人で暮らしても2人で暮らしてもあまり変わりません。実際の所得の金額は生計費に比してどのぐらいなのかを、単純に世帯1人当たりで割ってしまうと、世帯員が多いところでは規模の経済を考慮していないことになります。1人世帯よりも5人家族のほうが、生計費は1人当たりに直すとより割安になるので、それらを考慮するために等価世帯可処分所得を計算しています。

所得税で35万円、住民税で12万円の税額控除に

 それから、いくつかの控除(図26)がありますが、データの制約上、基礎控除、扶養控除、配偶者控除、寡婦控除などをここでの分析対象としています。まずはこれを税額控除に直してみるとどういう効果があるのかということですが、現在、住宅借入金等特別控除を除けば全て所得控除という形で設けられています。まず次の図(図27)で大体のイメージをつかんでいただきたいと思います。世帯収入、これは税引き前の収入ということですが、一番低い下から10分の1の階級Ⅰの世帯の年収は171万円です。一番上の第10階層、トップ10%の世帯は年収1,760万円という分布になっています。

 さらに、こういう人たちが今の仕組みでいくら税金を払っているか、金額をはじき出したのが、次の図(図28)です。もし税制改革を行ったときにどういう影響が及ぶかということを見ていくために、先ほど分析対象とした所得控除をいったん全部廃止します。実際はそのようなことを具体的にできるわけではありませんが、所得控除がなくなって税額控除に変えた効果を明らかにする意味で、実験的にいったんなくすということです。

 ただし、先ほど田近先生の話にもありましたが、累進税率は変えないで、税収中立で新たな税額控除(図29)を設けるということにしています。すると新たに設けた税額控除は、1人当たり所得税で35万円です。これは扶養家族も配偶者も含めて、1人当たり35万円の税額控除です。それから住民税が12万円の税額控除です。さらに夫婦にはプラス、一人親にもプラスの税額控除という形です。給与所得控除がなくなる分だけそれを与えるということで、全部税額控除に直しているのがポイントです。

分析からわかる三つの特徴

 その結果を見ると、いくつかの特徴が挙げられます。まず一つは、所得税は累進課税されているので、実はそこで増税分が稼げるという言い方は変ですが、税額控除に変えることで、結局増税になる世帯は高所得者に集中しています。しかし実は住民税がフラットの10%税率になっているので、そこで税額控除を変えると、低所得者にも増税になるかもしれません。このようなリット、デメリットがあることがわかります。

 さらにはもう一つ、増税になるのは単身世帯が多いということです。これは扶養家族控除が税額控除化されることで、家族で住んでいる、扶養家族がいる世帯のほうが、より税額控除の恩恵が低所得者では及ぶということが言えます。三つ目は、この点はなかなか政府税調でも議論できないのですが、130万円の壁と呼ばれている社会保険料の断絶を税で改められないかということで、私が提言しているのは社会保険料割引です。割引という言葉は税制ではあまり使われない言葉なのですが、いったん払った社会保険料を還付する、窓口で払う保険料をそもそも減免すると言ってもいいのですが、行政的手法は取りあえず置いておいて、社会保険料を実質的に割引するという意味です。所得が130万円になると突如社会保険料が掛かるので、それを減免するということです。ただし、全員に減免するわけにはいきませんので、260万円以上の方は一切減免しないという形の社会保険料割引です。

 結論として、税額控除で格差を縮小する効果があることがわかりました。しかしもう一つ重要なポイントがあって、高所得者の配偶者で130万円の壁に直面している人もいて、その恩恵が実は高所得層に及んでいるという点です。結局のところ、格差縮小の効果はあるのだけれども、高所得世帯の中で130万円の壁に直面している人に対して、あえてこの控除を適用するのか否かがポイントになってくるということが、この分析で明らかになったことです。

 

森信 土居先生、ありがとうございました。各先生方からの発表はここまでです。皆様ご清聴ありがとうございました。