タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/1/16

TPPの経済効果についての試算を比較する(3)補論

補論: マクロ経済問題と財政問題


TPP反対論の多くは個別産業の問題に焦点を当てているが、マクロ経済や財政問題に絡めた反対論もある。その第1は、TPPによって安価な海外の農産物が流入してくれば、デフレがよりひどくなってしまうではないかという反論である。第2は、TPPによる関税の撤廃よりも円高の方が大きな問題であるという反論である。第3は、本欄「TPP議論の誤解を解く」(12/12/06)で述べた農家戸別所得補償制度による農業保護についてである。農産物価格が安くなれば農家の損であっても、消費者の得である。消費者の得の分を農家戸別所得補償として支払えば(自民党新政権は、民主党提案の農家戸別所得補償という言葉が嫌いなようであるが、言葉を変えて同じような政策を実施すれば良いだろう)、誰も損をすることなく、TPP参加による経済利益を得られると書いたことについてである。反論は、国民経済的にはその通りであるが、新たに財源を用意しなければならない。TPP参加でGDPが3兆円増えてもそれによって得られる国の税収はせいぜい2割の6000億円程度であろう。財源なしの政策論は無責任ではないかという反論である。以下、これらの議論に一つ一つ答えていきたい。

1.TPP参加とデフレは関係がない


第1のデフレ議論は、デフレの一因が海外からの安価な製品の流入であるという日本銀行の主張とも一致するものであるが、まったくの誤りである。物価は、個々の物価の平均ではなく、金融政策で決まるからである。中国の製造した安価な製品は世界中に販売されているが、デフレになっているのは日本だけである。

幸いなことに、安倍晋三総理は、物価は金融政策で決まるという正しい金融理論を理解し、多くの反対を抑えて、日本銀行に2%の物価上昇率目標を指示し、それを日銀に守らせる協定を結ぶという、インフレ目標政策を採用することとしている。この政策によって日本はデフレから脱却できる。TPPがデフレをもたらすという議論の誤りが事実によって証明されるだろう。

2.TPPより円高の方が影響が大きいか


TPPより円高の方が影響が大きいではないかという議論は、TPP反対論者の議論の中で私が真剣に検討すべきと思う2つの議論のうちの一つである(もう一つは、日本は交渉力が弱いからTPPに参加すべきではないという議論であるが、これについては別の機会に考えを述べたい)。

2008年9月のリーマン・ショックの1年前には1ドル120円であった。ところが、2012年末に安倍総理が金融緩和論を唱えるまで、円は1ドル80円にまで上昇していた。輸出企業には50%(120÷80-1)の関税を課せられたのと同じである。農業のような輸入競争産業には、国内に50%の関税があったのに撤廃されたのと同じである。TPPで工業品の関税が撤廃されても、20%のトラック関税のような例外を除くと数%の関税がゼロになるだけである。

なお、話が逸れるが、2008年から2012年にかけて農業部門は関税を50%引き下げられたのと同じショックを与えられた。ところが、これほど大きなショックを受けたにも関わらず、農業部門が壊滅的な打撃を受けているとは思われない。関税が大きく削減されても農業への補償が同時になされれば、大きな打撃を受けることは考えられない。

話を戻そう。だから、TPPより円高の方が影響が大きい。TPP参加よりも円高を抑えるのが重要であるという議論は、重要性の大小を議論しなければ正しい。もちろん、TPPは、関税の撤廃による価格変化によって労働と資本とが移動し、より生産性の高い産業が拡大することによって得られる長期的な経済効果を求めるものだが、円高の短期的、また中期的な経済悪化効果が大きいのは確かである。
ところが、これについても安倍新政権は、円高はデフレ促進的な金融政策の結果と認識している。前述のインフレ目標政策によって円高も解消されるだろう。すなわち、円高対応が大事だという反論には、すでに新政権が対応策を採っているのである。

円高が解消されることによって、TPPのもたらす長期的な効果がより重要となってくる。

3.農家補償の財源はあるのか*1


農産物価格が安くなれば農家の損であっても、消費者の得である。消費者の得の分を農家に補償すれば、誰も損をすることなく、TPP参加による経済利益を得られると私は書いたが、がそのためには財源がいる。その財源はどこにあるのかというのは当然の反論である。しかし、財源はある。

消費税が2014年度に8%に2015年度に10%に引き上げられることになっているが、所得の低い人のための食品など必需品への非課税または減免課税、所得還付などの対策が議論されている。公明党は減免課税に熱心だったので、自公政権になったことで、食品への非課税または減免が議論になるだろう。

食品に課税しないで高い食品価格を容認するのは矛盾
日本の家計当たりの消費支出は月平均28.3万円、うち食料費は6.7万円である。食料費のうち贅沢品・嗜好品と考えられる酒類と外食を除くと5.4万円となる(外食費からは学校給食費を除いている)。もちろん、キャビアやフォアグラはどうするなど問題はあるが、個々に決めていたらきりがなく、実務的には外食以外の食品に消費税を減免する程度が限度だろう。

これでも混乱はある。マクドナルドを持ちかえれば外食ではなくて調理食品であるとすべきかという問題である。あまり面倒なことは考えないことにして、28.9万円の消費支出のうち5.4万円分、すなわち19.0%の消費税が課税されないと考えよう。消費税収は5%で12.5兆円とされているので、この19.0%、すなわち2.4兆円の税収が減少する。であるならば、TPPへの参加によって食品価格を引き下げ、かつ、食料品にも課税すればよい。そうすれば、減収となるはずだった2.4兆円が手に入る。食品価格が下がっているので、消費者も困らない。

農家の損失は食品への消費税で補償できる
一方、TPP参加によって被る農家の損失はどのくらいだろうか。まず、2011年の日本のGDPのうち農業部門の付加価値は4.7兆円であるが、うち55%の野菜、果樹、花き、乳牛と豚を除く畜産では保護の程度は小さく、TPPで大きな打撃を受けるのは残りの45%の2.1兆円の農業である*2。この価格がTPPによって半分になるとすれば、農家は1.05兆円損するが、消費者は1.05兆円得をする。この消費者の利益の約1兆円を戸別所得補償で給付すれば、農家は影響を受けないことになる。

一方、消費税で減免しないことによる消費税収入の増分は2.4兆円である。大きな打撃を受けない農家を保護する税収も十分にある。

もう一度繰り返す。所得の低い人のために食品への課税を減免して、高い農産物価格を容認するのは矛盾している。TPPへの参加で食品価格を引き下げ、消費税の食品減免を取り止めによる税収で農家を保護すれば、誰も損することなくTPPに参加できる。




*1 この節はWEBRONZAの拙稿「消費税の食品減免とTPP参加」(2012年12月26日)による。

*2 2011年で、農業総産出額は8.246兆円、保護の程度の小さい農業部門(野菜、果樹、花き、乳牛と豚を除く畜産の合計)の産出額は4.572兆円、したがって、保護の程度の小さい農業の比率は4.571/8.246で55%。TPPで打撃を受けるのは残りの45%だから、4.7兆円×0.45=2.1兆円である。