タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/10/30

アメリカ大統領選挙UPDATE 8:「オバマ陣営の宗教票戦略」(飯山 雅史)

民主党は、宗教票が共和党に独占されるという危機感を背景に、2008年のオバマ当選をピークにして宗教票戦略を強化したが、短期的な成果をあげた後は危機意識が希薄化し関心が低下した。2012年大統領選挙では、伝統的なリベラル路線への回帰が目立っている。民主党支持基盤の顕著な世俗化が背景にあると考えれば、2008年は一時的な民主党路線の逸脱にすぎず、今後も「教会に行く人」の共和党と、「教会に背を向ける人」の民主党という文化的な性格の違いは固定化されていく可能性が高い。

2004年大統領選挙で、宗教保守票が共和党のブッシュ陣営に独占されたような状況が生まれ、民主党はパニックに近い状態に陥った。このためハワード・ディーン民主党全国委員長(DNC)は2005年、同委員長の側近であるペンテコステ派の牧師をリーダーにして信仰アクション(Faith in Action)プログラムを開始し、福音派(3人)、カトリック、ユダヤ教徒関係者をスタッフに採用して定期的会合を開き、宗教アウトリーチ戦略に乗り出した。下院ではナンシー・ペロシが中心となって、非公開の信仰ワーキンググループを発足させ、20数人の議員が定期的に集まって(オバマ氏は上院議員ながら参加していた)、宗教票獲得のセミナーを開いたり、メガチャーチの牧師たちと会合を持ったりするなどの活動を続けた*1

こうして2008年の大統領選挙では、民主党候補の間で宗教票対策の重要性は共通認識になっていたと言えるだろう。オバマ陣営はペンテコステ派牧師のジョシュア・デュボイスを宗教アウトリーチの担当者とし、神学校出身のフィールド・ディレクターの下で宗教票対策を組織的に展開した。民主党予備選で対抗馬となったヒラリー・クリントンも宗教アウトリーチに力を入れた。プロライフを訴える民主党系コンサルティング会社Eleison Groupも同年に誕生して、同党の40以上の選挙運動から受注を受け、宗教票戦略のアドバイスを行った*2

こうした努力は、画期的ではなかったものの目に見える成果を上げた。教会定期出席者の同党支持は、2004年と比較して8%増の43%、福音派票では5%増の26%に達した。当選したオバマ大統領は、ブッシュ時代に創設された「信仰に基づくイニシアティブ」を拡充し、ホワイトハウスに宗教界の指導者を招待するなど、宗教票戦略重視を示した *3

しかしながら、この限定的な成功の後、民主党は宗教アウトリーチへの関心を急速に失っていった。信仰アクション・プログラムで活動した少なくとも7人のスタッフは、2010年の中間選挙時までには1人となり、その1人も黒人アウトリーチ担当との兼務になった。さらに、2008年のオバマ選挙で宗教票対策の柱となったデュボイスらは、ホワイトハウス入りしたので、選挙運動には関与できなくなった。宗教アウトリーチ関連の支出は制限され、2010年選挙ではEleison Groupへのコンサルティング発注は皆無となった。同社は「多くの候補は宗教アウトリーチをやろうとしたが、DNCからの支援がなく資金がなかった」「資金は宗教票対策から引き揚げられて、民主党中核支持基盤の動員戦略に投入された」(同社パートナー、エリック・サップ氏)としている*4 。急激な宗教票戦略への関心の低下は「ミステリーだ」との声さえ生まれてきた*5

2012年選挙においても、宗教票戦略が再構築された形跡はない。空席だったDNCの宗教アウトリーチ戦略専任担当者は、2011年10月にようやくデリック・ハーキンスが指名された。しかし彼は、福音派全国協会(NAE)の理事を務めるなど著名な牧師であるものの、政治や選挙運動の経験はほとんどない。DNCの宗教アウトリーチのページは、2010年12月から24の記事が掲載されただけで、2012年7月31日を最後に更新されていない。同性愛者向けのページは毎週のように更新され、100を超える記事が掲載されているのと比較すれば、熱の入れ方には大きな差がある*6 。一方、オバマ陣営の選挙スタッフでは、2012年5月まで宗教アウトリーチの全国ディレクターが存在しなかった。同月にオバマ大統領が同性愛結婚容認発言をした際も、主要な宗教指導者に対して事前、事後の説明はなされなかったという*7

民主党が宗教アウトリーチに関心を失っていった理由は、明確に説明されてはいない。だが、進歩派の福音派牧師であるジム・ウォリスが「民主党には長期的ビジョンがない」と批判するように、短期的に熱が上がったものの、危機感の希薄化とともに急速に冷めていった経緯は、同党の宗教票戦略が皮相なものだったと考える根拠となろう。以前のコラムで述べたように、民主党支持基盤の世俗化は鮮明であり、リベラル派の反発を考えれば、宗教保守層へのラブコールは2008年選挙のレベルが限界だったと言えるかもしれない。共和党が、急増するヒスパニック票など少数派に対するアウトリーチの重要性を認識しながら、単なる見せかけ以上の体制を構築できないのと、背景事情は似たものがあるだろう。



*1:Daniel Bergner, “Can Leah Daughtry Bring Faith to the Democratic Party?,” The New York Times, July 20, 2008
*2:Tiffany Stanley, “Things Fall Apart -How Democrats gave up on religious voters,” The New Republic, December 18, 2010
*3:Rachel Zoll, “Losing faith in Democrat’s religiou outreach, “ AP, June 3, 2012
*4:Daniel Burke, “Did Democrats forget faith-based outreach?,” Century News, November 30, 2010
*5:Michelle Boorstein, “Religious activists worry that Democrats are pulling back outreach,” The Washington Post, May 24, 2010
*6:オバマ陣営の宗教アウトリーチページhttp://www.barackobama.com/people-of-faithには多数の記事が掲載されているが、詳細に見ると過去の記事の多くは、ほかのページからの転載である。
*7:Zoll, op. cit.