タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/7/18

アメリカNOW 第105号 米国で党派対立の舞台となる財政推計手法の見直し~推計の信頼性は「中立性」よりも「透明性」が鍵~(安井明彦)

米議会で、財政推計手法の改革が議論されている。いかにも無味乾燥な論点ではあるが、共和党と民主党の対立は厳しい。一連の議論からは、財政推計の手法に「中立性」を求めるのは難しく、信頼性を確保するためには「透明性」こそが重要であることが示唆される。

下院共和党が推進する二つの改革
米下院で、財政推計手法の改革に関する二つの法案が審議されている。共和党が推進するこれらの法案は、いずれも議会予算局(CBO)による財政推計手法の改革を内容としている。6月19日には下院予算委員会で逐条審議が行われ、二つの法案は共和党の賛成多数で本会議に送付されている。

CBOが行う財政推計は、米議会による法案審議を支える基本的な情報である。その柱となるのが、ベースライン予測と個別法案に関する財政推計だ。ベースライン予測は、「現在の法律が変更されない」との前提で作成される財政の将来推計である*1。一方の個別法案の財政推計では、それぞれの法案を実施した場合の財政への影響が、ベースライン予測との差として示される。言い換えれば、米議会で議論される個別法案の財政規模は、ベースライン予測対比での増減の度合いを表している*2

第一の法案(Baseline Reform Act of 2013*3)は、CBOが行う裁量的経費の将来推計について、ベースライン予測の推計手法を変更するものである。裁量的経費に関するベースライン予測は、インフレ率と同率での増加が前提とされている。同法案では、こうした前提が廃止され、将来期間においても足元の歳出額と同額で推移する前提に置き換えられる。

第二の法案(Pro-Growth Budgeting Act of 2013*4)では、個別法案の財政推計について、CBOにマクロ経済の変化を経由した財政への影響を発表するよう求めている。いわゆるダイナミック・スコアリングの活用である。現在の財政推計でも、それぞれの法案が消費者の行動などに与える影響は考慮されている。キャピタルゲインの時限減税を例に取ると、この制度を利用するために株式等の資産売却が一時的に増加し、その結果として税収が変化することは、現在の財政推計にも反映される。その一方で、GDP(国内総生産)などのマクロ指標については、法案の実施による変化は勘案しないという前提が置かれている。すなわち、キャピタルゲインの時限減税によって経済成長率が増減したとしても、これによる税収の変化は現在の財政推計には含まれない。今回の法案では、財政への影響がGDPの0.25%を超える法案については、CBOがダイナミックスコアリングを用いた財政推計を従来の推計と併せて発表することとされている。

党派対立の舞台になる推計手法
財政推計の手法に関する議論は、一見すると無味乾燥な技術論である。しかし米国では、その無味乾燥な議論が、厳しい党派対立の舞台となっている。具体的には、共和党が技術的な観点から改革の正当性を主張するのに対し、民主党は「(共和党の持論である)『小さな政府』を進めやすくする政治的な改革」との批判を展開している。両者の立場の違いは大きく、共和党議員が多数を占める下院はともかく、民主党が多数党である上院では、本格的な審議入りすら望み難い状況だ*5

共和党は、技術的な観点から改革を擁護する。まず共和党は、裁量的経費に関するベースラインの改革を、「現在の法律が変更されない」という「ベースライン予測の原則に立ち戻る改革」と位置づける。裁量的経費は、毎年の立法によって歳出の水準が決められる*6。まだ立法措置が行われていない将来の歳出についてインフレ率と同率の増加」という前提を置く手法には、「現在の法律が変更されない」とするベースライン予測の原則とは異質な面がある。

また、個別法案の財政推計へのダイナミック・スコアリングの活用については、「現実の経済の動きを反映させるための改革」というのが共和党の主張である。マクロ経済を経由した影響を勘案すれば、立法によって起こり得る財政の変化が、より的確に推計できるというわけだ。

これに対して民主党は、一連の改革には「『小さな政府』を進めやすくする政治的な意図がある」と批判する。まず、ベースライン推計手法の改革には、自然体での歳出拡大すら難しくする側面があるという。裁量的経費のベースライン予測から「インフレ率と同率の増加」という前提を除いた場合、名目値での裁量的経費の拡大は、現在の推計手法よりも目立ちやすくなる。既に述べたように、米国の政策の財政規模は、ベースライン予測との対比で示されるからだ。例えば、現在100万ドルで実施している業務に関する費用が、翌年度はインフレによって110万ドルに値上がりする場合を考える。現在の推計手法では、翌年度のベースライン予測が110万ドルになるので、同内容の業務を翌年度に110万ドルで実施することにしても、歳出増には分類されない。しかし、ベースライン予測をインフレ率と連動させなかった場合には、翌年度のベースライン予測が100万ドルとなり、同内容の業務の実施(110万ドル)は「10万ドルの歳出増」になる。

また、ダイナミック・スコアリングの活用については、減税を進めやすくする狙いが指摘されている。減税によって景気が拡大した場合、これによって税収が増加する余地が生まれる。こうしたマクロ経済を経由した税収増効果を織り込んだ推計では、従来の推計よりも減税による財政悪化の度合いは小さくなる可能性がある。共和党の中には、「成長促進による税収増を考えれば、減税は財政赤字を増やさない」と主張する向きがあるほどだ。まして今回の法案では、裁量的経費に関する法案は、ダイナミック・スコアリングの対象外とされている。裁量的経費の拡大についても、マクロ経済を通じた税収増などの効果は発生し得る。こうした「歳出増のマクロ効果」が排除されている点も、ダイナミック・スコアリングの政治的な意図が批判される要因になっている*7

「中立的な財政推計」は難しい
こうした対立から明らかなのは、「中立的な財政推計」の難しさである。財政推計を行う際には、何らかの前提を置かざるを得ない。米国のように政党間に明確な主義主張の違いがある場合、これらの前提がどちらかの政党に「有利」になるのは避け難い。

それどころか米国では、財政推計の手法を巡る政治的な対立が、手法の変更に伴う推計値の変化の大小に関係なく、過熱しがちな傾向がある。政党間の主義主張が背景にあることの反映であり、ますます冷静な議論は容易ではない。他方で、推計手法の変更による実際の影響を考えると、まずベースライン予測については、現在は裁量的経費の歳出に法律で上限が設けられており、そもそも推計にインフレ率を反映させる余地が存在しない。また、ダイナミック・スコアリングについても、実際にこの手法を援用した場合でも、従来からの手法による試算と大きな差が生じるケースは稀である*8

こうした政治的な環境を考えると、手法の中立性を財政推計の拠り所とするのは容易ではない。財政推計の中立性を論じるのであれば、その「手法」よりも「実施機関」の中立性が問われるべきだろう。

むしろ、財政推計の信頼性を維持する鍵となるのは、推計が拠って立つ前提の透明性である。誰もが納得する中立的な推計手法が難しい以上、前提次第で何らかのバイアスが生じる可能性があるのであれば、その事実自体を明らかにしておくことが、推計の信頼性を保つ条件になる。

前提の透明性を確保できれば、多様な推計手法を柔軟に利用する道も開けてこよう。実は米国では、先に上院で可決された移民制度改革法*9のように、審議される法案の内容によって、複数の推計手法が併用される場合がある。移民制度改革法は、将来人口の大幅増をもたらす法律であり、こうしたマクロ指標の変化を反映させなければ、財政推計の現実味が極めて薄くなる。このためCBOでは、例外的な措置であることを明言した上で、ダイナミック・スコアリングを援用した推計結果を併せて発表している*10

財政推計は、現実的な政策論議を進めるために欠かせない道具である。その一方で、推計結果の中立性への「幻想」が抱かれやすい点には注意が必要だ。日本でも、将来推計のあり方に関する議論が高まっている*11。推計がもつ限界を「透明」にした上で、利口に活用していく姿勢が求められよう。

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*1: ベースライン予測については、安井明彦、「ベースライン」で読み解く米国の財政問題(1)~米国債の格下げを巡る混乱~、アメリカNOW第77号、2011年8月11日など
*2: ベースライン予測で2013年度の財政赤字が1兆ドル、14年度が1兆1,000億ドルとされている場合、「14年度の財政赤字を1,000億ドル削減する」と推計される法案の実施は、14年度の財政赤字を1兆ドル(「1兆1,000億ドル」-「1,000億ドル」)とするのであって、2013年度の財政赤字(1兆ドル)対比で1,000億ドルの財政赤字減(9,000億ドル)になることを意味するわけではない。
*3: H.R.1871
*4: H.R.1874
*5: これらの法案については、これまでの議会でも同様の対立が繰り返されてきた経緯がある。Megan Suzanne Lynch, Budget Process Reform: Proposals and Legislative Actions in 2012, Congressional Research Service, March 2, 2012
*6: これに対して、公的年金や医療保険などの義務的経費は、根拠法に基づいて毎年度の歳出額が自動的に決められる。
*7: Bruce Bartlett, “The Republican War On Data”, Fiscal Times, June 21, 2013.
*8: 2003年から米下院は、議会税制合同委員会に対して、税制関連法案についてダイナミック・スコアリングを行うよう義務づけている。議会証言によれば、多くの法案はマクロ経済に対する影響が極めて小さく、短いコメントを行うだけで十分だという(Joint Committee on Taxation, Testimony Of The Staff Of The Joint Committee On Taxation Before The House Committee On Ways And Means Regarding Economic Modeling, September 21, 2011)。同じく2003年には、当時のジョージ・W・ブッシュ政権が提案した大型減税を含む予算教書について、CBOがダイナミック・スコアリングの結果を公表している。ここでは複数のモデルでの試算が公表されたが、財政収支に与える影響はそれほど大きくなく、「(「減税はマクロ経済効果で失われた税収を取り戻せるのか」という)30年にわたる議論に終止符が打たれた」と報じらた(Alan Murray, “Dynamic Scoring Finally Ends Debate On Taxes, Revenue”, Wall Street Journal, April 1, 2003)。当時のCBOによるダイナミック・スコアリングの発表は、議会共和党が指名した新局長(Douglas Holtz-Eakin)によるものであり、党派性の強い結果の発表に終わらせなかった同局長の判断は、機関としての中立性・独立性を堅持してきたCBOの歴史のなかでも、とりわけ興味深い出来事の一つである(Philip G. Joyce, The Congressional Budget Office: Honest Numbers, Power, and Policymaking, Georgetown University Press, April 18, 2011)。
*9: Border Security, Economic Opportunity, and Immigration Modernization Act(S.744)
*10: 安井明彦、“経済を強くする米国の移民改革~不法移民対策だけではない制度改革の狙い~”、みずほインサイト米州、2013年7月2日
*11: 東京財団、国会に独立将来推計機関の設置を、2013年6月20日

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部政策調査部長