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米中間選挙とティーパーティー運動 中山俊宏

October 30, 2010

11月2日にアメリカで中間選挙が行わる。アメリカでは2年ごとに連邦議会選挙が行われるが、今回、改選の対象となるのは下院の全議席435議席と上院100議席のうち37議席だ。

今回の選挙で最大の関心事は、野党共和党がどこまで巻き返すかという点だ。そして、共和党の巻き返しの原動力になっていると見なされているのが、勝手連的な政治運動であるティーパーティー運動である。本稿では、ティーパーティー運動の台頭について考えてみたい。

ティーパーティー運動は、オバマ政権が誕生して突如現れたと描写されることが多い。さらに、その「特異性」や「ぶれ方」ばかりに関心が集まっている。これもメディアのロジックからすれば当然といえば当然だろう。

しかし、アメリカの保守主義を観察してきた立場からすると、ティーパーティー運動の台頭については、「やっぱり来たか」という印象を抱かずにはいられない。他方、ここまでこの運動が勢いづくと予想していた人は決して多くはなかっただろう。その意味で、アメリカの保守思想を長らく観察してきた会田弘継氏が述べているように、ティーパーティー運動は「既視感」と「意外感」の双方を覚えるような運動であるという指摘は的を得ている。

では早速分析に入ろう。

2008年1月にオバマ政権が発足した当初、オバマ大統領の支持率は70%近くあった。これはかなり高い数字だ。しかし、いまやその数は40%台前半にまで落ち込んでいる。低い支持率に慣れているわれわれ日本人からすると、40%台を維持しているならば、まぁどうにか踏ん張っているという印象を持ちがちだ。しかし、アメリカ政治の文脈では50%を切ってしまうと政治的に厳しい。

この2年間、オバマ政権が無為無策であったわけではまったくない。むしろ、数々の政策的実績を挙げてきたとさえいえる。政権が発足して間もない2009年2月には、7870億ドルにのぼる景気刺激対策を成立させた。それに引き続き、金融機関やジェネラルモーターズの公的資金の投入による再建、金融規制法の制定、そしてなによりも2010年3月には国民健康保険改革法を成立させた。

さらに外交・安全保障の面でも、野心的なアジェンダを次々と打ち出している。これらひとつひとつの成果は、ひとつの政権が四年がかりで目指す政策目標としても十分に野心的である。

このように数々の実績を挙げてきたにもかかわらず、オバマ大統領の支持率は確実に下がり続けている。最近では、下落傾向に一定の歯止めがかかり、40%台前半あたりで推移している。10月23日のギャラップ社の数字では、支持が43%、不支持が49%と、不支持が支持を確実に上回っている。

この数字を見ると、党派や人種、そして世代を超えた2年前のオバマ大統領に対する期待は疑いなく萎んでいる。特にオバマ政権誕生の原動力となった、無党派層や若い世代のオバマ離れはかなりはっきりとしている。

今回の中間選挙では、オバマ大統領自身が出馬しているわけではないが、オバマ政権への期待感が裏切られたことにより、上下両院で多数党である与党民主党は勢いを失い、民主党の歴史的な大敗北を予測する人が大勢を占めている。

選挙直前の予想としては、下院においては共和党が多数派の地位を奪還することがほぼ確実視されている。また、100議席中37議席しか改選されない上院において共和党が多数党になることは難しいが、議席数を増やすことはやはり確実視されている。

選挙当日が近づくにつれて多少民主党がキャッチアップしたこと、また特に上院議員選挙の場合には、党ではなく候補者自身に投票するという色彩が強くなるため、図式的に説明できない部分もあるが、全体としては、戦いの構図はどちらが勝つかではなく、民主党がどれほど負け幅を小さくできるかという状況になっている。

2年前のオバマ政権誕生時の興奮を思い返すと、2年でここまで変わってしまうのかと思ってしまうほど、オバマ政権を取り巻く政治環境は激変している。なぜ、オバマ政権はこのような状況に直面しているのだろうか。

まずなによりも、失業率の問題が挙げられる。選挙前の最後の統計では失業率は9.6%だった。州単位で見るならば、失業率が10%を超える州も少なくない。オバマ政権は雇用状況について、前向きなメッセージを発することができず、共和党政権だったらもっとひどいことになっていたに違いないというかたちでしか、自分たちに対する批判をかわすことができないでいる。

2年前にはオバマの「変革/チェンジ」のメッセージに強く心を打たれ、オバマ・キャンペーンの一端を担った若者が、いまは仕事がなく、うちひしがれている。このような光景が全米各地で見られるような状況下では、オバマ政権への支持率が低下していくこともある程度やむをえないだろう。

しかし、このことだけでは、オバマ政権が現在直面している状況の困難さを十分には説明しきれない。というのも、現在起きているのは、単にかつてオバマを支持した人たちが民主党から離反しているということではなく、オバマ政権に対する強い反感と不信感が保守派を中心に共和党内に蔓延し、それが「反オバマ運動」と形容してもいいような潮流を生み出し、それが共和党を勢いづかせているからだ。

そして、この「反オバマ運動」の中心にいるのが、「ティーパーティー運動」だ。「ティーパーティー運動」は、アメリカの独立革命の引き金をひいたボストン茶会事件にちなんで名づけられた。いったい何がこの運動を突き動かしているのだろうか。

ティーパーティー運動のデモで必ずといっていいほど見かける旗がある。それは中央にガラガラ蛇をあしらった「ガズデン旗(Gadsden Flag)」と呼ばれる旗だ。ガズデン旗は、独立戦争時の軍人、クリストファー・ガズデン(1724~1805年)が考案したもので、蛇の下には「Don’t Tread on Me(私を踏みつけるな)」と書かれている。ガラガラ蛇には踏みつけられなければ攻撃しないが、ひとたび踏みつけられると獰猛に反撃するという習性があるそうだ。つまり、ガズデン旗は、「自分たちの生活圏に侵入してくるな!もし侵入してくるならば必ずや抵抗する!」という明確な意思表示のあらわれである。では彼らは何が侵入してくることを恐れているのだろうか。

アメリカの保守主義には三つの潮流がある。一つは伝統主義、二つ目は対外的に「強いアメリカ」を目指す対外強硬論、そして最後にとにかく連邦政府の役割、機能、存在を極小化すべきだと考えるリバタリアン的潮流がある。この三つの潮流は時に対立しながらも、状況に応じてバランスを変化させ、これまで保守主義運動を突き動かしてきた。

ティーパーティー運動というのは、保守主義の三つの潮流の中でも特に三番目の潮流が極端なまでに純化された現象と見るべきではないか。つまり、彼らは連邦政府がオバマ政権の下で肥大化しすぎ、そのことがアメリカの民主主義そのものを脅かすまでに至っているという危機感を抱いている。ゆえに彼らの関心は、介入主義的な連邦政府を押し返すことであり、財政均衡であり、減税である。

彼らは、G・W・ブッシュ政権時代にその存在がとりわけ注目された宗教右派が大きな関心を寄せるソーシャル・イシュー、すなわち中絶問題や同性婚問題にはあまり強く反応しない。また、対外強硬論の典型であるネオコン的な思考とはむしろ対極の孤立主義的傾向を有している。

すでに言及したようにオバマ政権は数々の政策的実績を挙げてきた。しかし、その多くが、保守派が抱く連邦政府への不信感を刺激してしまうような政策であったことは否定できない。その極みが国民皆保険制度の導入だろう。

オバマ大統領は、個々の政策の合理性をしっかりと説きさえすれば、国民の支持を取りつけられるという自信があったに違い。2008年の大統領選挙を思い起こすならば、オバマ大統領が自分の口から発せられる言葉の力を信じていたことはむしろ当然だろう。

アメリカが多くの困難に直面する中、政府が「大きい」「小さい」という二項対立的な発想を乗り越え、「スマートな政府(いわば効率的に結果を出していく政府)」こそが、アメリカ国民が求めているものだとオバマ大統領は確信していたはずだ。

しかし、その確信はアメリカの保守派の思考を根深いところで規定している「原風景的な感覚」に対する感性を鈍らせてしまったのではないか。それは「大草原の小さな家」的な感覚(とにかく自分のことは自分でやるんだという感覚)に依拠し、自分の生活圏に連邦政府が不当に介入してきたならば、咄嗟にガラガラ蛇のように攻撃を仕返そうとする。

この、とにもかくも「放っておいてほしい」「自分たちの生活圏に介入してくるな」という衝動が、ティーパーティー運動を突き動かしているといえる。オバマ政権は、アメリカの保守主義の底流に横たわるこのような不安を意図せずして刺激してしまったのではないか。

ティーパーティー運動は、共和党の側にある不満を吸収して大きくなった、必ずしも中心をもたない、ムードに依拠した無定形(アモルフ)な抵抗運動だ。そのため、場合によっては、共和党に不利な動きをすることもある。デラウェア州の共和党上院議員候補クリスティーン・オドーネルはその典型例だ。

またティーパーティー運動の中には、首をかしげてしまうような突飛な発言をする人、オバマ大統領の属性、つまり、彼がアフリカ系であることや、ミドルネームがフセインであることなどに正面から違和感や嫌悪感を表明するような人たちも含まれている。しかし、この運動を単なる「反動的右翼運動」や「人種差別主義者」と片づけてしまうと、この運動の中核にあるエネルギーを見落としてしまうだろう。

オバマ大統領もアメリカ政治がイデオロギー的に二極分化していることは十分に承知していたはずだ。しかし、2008年の大統領選挙で広範な支持を得て当選した自分に、正面から牙をむいて襲いかかってくる保守的な草の根運動の急激な台頭には、オバマ大統領自身も驚いたに違いない。



* 本稿は2010年10月29日に放送されたNHK教育テレビ「視点・論点」(米中間選挙とティーパーティー)の原稿を加筆・修正したものである。

■中山俊宏:東京財団「現代アメリカ」プロジェクトメンバー、青山学院大学教授

    • 慶應義塾大学総合政策学部教授
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