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アメリカ大統領選挙UPDATE 5:トランピストたちの実相

October 11, 2016

中山俊宏 慶應義塾大学総合政策学部教授

ワシントンやニューヨークを訪れてもトランプ支持者に出会うことは滅多にない。トランプ支持者たちは、データ上はその輪郭が見えてくるが、生の声を聞くことはなかなかできない。教育レベルは低く、白人、男性。経済的に最底辺ではないが、押し寄せる経済社会的な変化の潮流には明らかについていけない。しかし、こうしたデータを積み重ねていっても、なかなか彼らの姿は見えてこない。彼らは一体どこにいるのか、なにを考え、トランプにどのような思いを託しているのか。

トランプ支持者に直接触れることのないまま、ある種のステレオタイプが独り歩きをしている。取り残された白人たちの追い詰められた末の抵抗運動。「オバマ時代」の変化に強い違和感を抱いた人々の反乱。政治不信が極限まですすんだ結果のむき出しの破壊衝動。どうやら、アメリカの現状に抗する負の衝動が、「トランプ・トレイン」とも呼ばれるトランプ運動を突き動かしていることだけは間違いなさそうだ。

9月中旬、トランプ運動の実相を見きわめるべく、震源地を訪れた。ペンシルバニアの炭鉱町を訪れ、オバマやクリントンに対する怒りをあらわにする炭鉱夫たちの声に耳を傾けた。炭鉱夫たちは、誇り高き労働者たちである。言葉を交わした一人は、祖父、父親を共に炭鉱の事故で失っていた。にもかかわらず彼は炭鉱に入ることを選択し、仲間たちと互いに支えあった。それは仕事ではなく、生活様式だったと彼は言った。その生活様式を、オバマは、そしてクリントンも蔑み、誇りを自分から奪おうとしている。そして、彼は星条旗を指差しながら、突き詰めていくと、これはあの旗についての選挙なんだと語った。

オハイオ州トランブル群ではトランプを最後の救世主と信じるトランピストに密着した。彼らは手作りのフロートを車で牽引し、トランプへの支持を広めようと必死だった。集まってくるのは、中高年の白人と、まだ親の影響下から脱していない子供たち。これまでアメリカ社会の中でも取り残された存在であった彼らになぜわざわざ日本から話を聞きに来たのか、不思議でならなかったようだ。世界中が心配しているよと声をかけると、笑みを浮かべながら「watch out(気をつけなよ)」と返された。

さらにオハイオ州カントンでは、町一番大きいアリーナをあっという間に埋め尽くしてしまったトランプ集会に参加した。ある意味、驚きはなかった。それはあまりに予想通りだったからだ。周囲からは、たまたま隣に座って初めて出会った人たちが、言葉を交わしているのが否応なしに聞こえてくる。前の晩に、フォックス・ニュース・チャンネルでショーン・ハニティーらが話していたことが、文字通りそのまま繰り返されている。しかもいたるところからそのような会話が聞こえてくる。後ろに座っていた女性が、ポツンと座っているアジア人を妙だと思ったのか、話しかけてきた。日本から来たと伝えると、あまりイメージがわかなかったのだろう、中国でトランプの評判はどうだと尋ねてきた。中国は「コミュニスト」で、私は日本から来て、日本はアメリカの同盟国だよと伝えると、あまり関心もなさそうに、隣の人とのフォックス・ニュースの話に戻っていった。集会に集まってきた人々に話しかけると、彼らの多くは、なぜ自分がトランプを支持しているのかを必死になって説明しようとした。その世界観は粗野で、徹底的に狭く、手をつけようもないほど歪んでいた。しかし、その追い詰められた思い自体は、リアルだった。

そこで強く感じたのは、トランプは「原因」ではなく、「症状」だということだ。彼らはいずれもオバマ時代に自分たちが知っているアメリカが大きく揺らぎ、いまそれに抵抗しなければ、アメリカは永遠に変わり果ててしまう、そうした危機感を強く抱いている。トランプは、もし自分が勝たなければ、今回の選挙が共和党が勝てる最後の選挙になるかもしれない、そう語ったことがある。まさに、居場所を失った彼らにはトランプこそが「ラスト・ベスト・チャンス」ということになる。

トランプ現象はドナルド・トランプという特異なキャラクター抜きには考えられないだろう。しかし、トランプという人は完全な空洞であり、そこにはイデオロギー的な信念も思想も何もない。第一回目のディベートでクリントンに攻め込まれ、ただ攻め込まれたことそれ自体に苛立ち、朝の三時にツイッターでひたすら一人反撃を続ける、そんな人物だ。そこにあるのは、空洞であり、孤独である。ただただ人々の不満や怒りを無目的に吸い込むブラックホールのような存在だ。その無思想性において彼は純粋型のニヒリストと形容するのが相応しいかもしれない。しかし、その無思想性に希望を見出すアメリカとは一体何なのか。

トランプ現象を格差問題の一種として論じようとすると、それはトランプ現象をある意味わかりやすい現象に変換してしまう。しかし、トランプ現象は、格差の問題も内包しつつも、それは経済の次元で起きている現象ではなく、人々の意識の間で起きている現象、いわばアイデンティティの喪失が生み出した社会的病理である。

トランプ集会が終わって外に出ると、クリントン支持者であるかどうかは確認できなかったが、声高に抗議をしている若者たちがいた。彼らはまさに変わるアメリカを象徴するかのような若者たちだった。しかし、その彼らもトランプ支持者を完全に品位を欠く言葉で罵倒し、あたかも暴力を挑発するかのような調子で騒いでいた。トランプ現象の怖さは、その感染力であり、政治的空間を劣化させることだ。トランプが負けたとしても、この傷はすぐに癒えることはないだろう。

    • 慶應義塾大学総合政策学部教授
    • 中山 俊宏
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