タイプ
論考
プロジェクト
日付
2009/7/31

アメリカNOW第38号 財政の観点から見たオバマ政権の医療制度改革

財政への影響が、オバマ政権の医療制度改革の行方を左右する大きな論点となっている。議会を舞台にした改革案の作成では、財政赤字の拡大を懸念する一部の民主党議員の反対が、審議スケジュールの遅れを招いた。本稿では、オバマ政権の医療制度改革が米財政に与える影響を検討する。

財政赤字拡大の主犯となる医療費負担
医療制度改革を論ずる前に、まず米国財政における医療費の位置づけを確認しておきたい。

米国の財政は、このままでは維持不可能な道筋にあるといわれる*1。議会予算局(CBO)によれば、米国の財政赤字は2050年までに国内総生産(GDP)比で22%を超え、2009年の二倍の水準にまで上昇する。CBOの見通しの最終年である2083年になると、その水準は45.3%に達するという。

財政赤字拡大の主因となるのが、医療費負担である。メディケア(高齢者向け公的医療保険)とメディケイド(低所得者向け公的医療保険)を通じた連邦政府の医療費負担は、2009年の時点で国内総生産(GDP)の3.9%を占め、公的年金(同3.8%)とほとんど同じ水準となっている*2。

しかし、CBOの長期予測によって今後を展望すると、GDP比でみた連邦政府の医療費負担は2035年までに倍増し、その水準(10/0%)は公的年金(6.0%)を大きく上回る。さらに2083年になると、GDP比でみた医療費負担は18.5%にまで上昇する。これは公的年金(6.2%)の3倍の水準であり、利払い費を除いた全歳出の半分以上が医療費に使われる計算になる。

米国財政の健全性を確保するには、医療費負担の抑制が欠かせない。足下での財政赤字の拡大は、経済危機が大きな理由である。景気対策の実施や景気低迷による税収減などによって、米国の財政赤字は大きく拡大した。こうした危機によって膨らんだ財政赤字は、経済が平時の状態に戻るにつれて剥落していく。

景気の戻り方が順調であれば、オバマ政権がかかげる「第一期中の赤字半減」の達成は可能だろう。それでも、米国の財政が維持不可能な道筋にあるという事実は変わらない。医療費の上昇に歯止めがかからない限り、「危機による赤字」が消えた後の米国では、再び財政赤字が拡大基調に復帰してしまう。

医療費抑制の鍵を握るのが、「超過的な費用成長(excess cost growth)」の行方である。医療費上昇の背景には、物価要因(全般的な物価の上昇)や、人口要因(人口増や高齢化)がある。しかし、米国の医療費は、これらの要因を差し引いても増加基調にある。こうした超過的な費用成長の水準は、一人当たり医療費と一人当たりGDPの成長率の差で示される*3。1975~2007年の期間では、一人当たり医療費と一人当たりGDPの成長率との間に、メディケアでは2.3%、メディケイドでは1.9%の差が存在する。

CBOの試算によれば、物価要因を差し引いて考えた場合、2035年から80年までの連邦政府の医療費負担上昇のうち、70%が超過的な費用成長によるものだという。対照的に、高齢化の影響は30%に過ぎない。たとえ米国が高齢化しなかったとしても、超過的な費用成長が止まらない限り、政府の医療費負担は増加していくわけである。

全般的な物価の上昇は税収も増加させるので、これによる医療費の上昇が財政収支に与える影響は相殺される。人口の変化を政策的に操作するのは難しい。となれば、超過的な費用成長をどう抑え込んでいくかが、医療費抑制のポイントになる。

オバマ政権も、超過的な費用成長の抑制を目指している。そのための方策がアメリカNOWへの寄稿でも取り上げた、「過剰な医療行為」を切り口にした無駄な医療の削減なのである。

短期的な財政への影響
以上のような米国財政と医療費負担の関係を踏まえた上で、医療制度改革が財政に与える影響を、短期と長期の二つの視点で検討してみよう。

まず短期的な影響という視点では、オバマ政権の医療制度改革は、財政赤字を減らす方向に働く可能性は低い。むしろリスクは、赤字を拡大させるような改革になってしまう点にある。

医療費の抑制を目指しているにもかかわらず財政赤字が減らないのは、オバマ政権が提唱する改革には、無保険者の削減というもう一つの狙いがあるからだ。無保険者の削減は、政府による補助金の支給を通じて実現される。

いうまでもなく、補助金の支給は連邦政府の医療費負担を増加させる。CBOでは、無保険者を大きく減らすような改革は、連邦政府による医療費負担を、年間1,000億ドル程度増加させるとみている*4。

オバマ政権も、当初から財政赤字を減らすことを主眼にはしていない。むしろ政権が目指すのは、赤字を増やさないような改革の実現である。オバマ政権は、改革当初の10年間については、財政収支に与える影響を中立にするとの方針を明らかにしている。この間に無保険者削減のために使われる補助金については、これに見合った財源を確保するというわけである。

しかし、「10年間での収支中立」というのも容易な目標ではない。オバマ政権にとって悩ましいのは、法案の財政への影響を評価するCBOが、オバマ政権が目指す無駄な医療の削減は、10年間では十分に威力を発揮できないとみている点だ。

CBOも無駄な医療の削減には、無保険者削減に必要なだけの財源を捻出する潜在力があると認めている。しかしCBOは、これを現実化するには米国の医療のあり方を根本から変えなければならず、相応の期間と試行錯誤が必要だと指摘している。

仮にCBOが認めるような確実な財源が用意できなければ、医療制度改革が目先の財政赤字を拡大させるリスクは高まる。財源探しが難航する場合には、補助金の減額に議論を転じ、無保険者の削減というもう一つの目標を、ある程度犠牲にする必要性も浮上しよう。

長期的な財政への影響
それでは10年間を超えた長期的な視点ではどうか。こちらについては、医療制度改革が財政に与える影響は見通し難いといわざるを得ない。オバマ政権を含め、10年を過ぎた後の期間についても「確実な財源」を確保しようという動きはみられない。言い換えれば、「赤字を増やさないような改革」であり続けるとの保証は誰も与えていない。

一方で、無駄な医療の削減を目指した取り組みがどこまで効果を発揮するかは、現時点では判断がつきかねる。その効き具合によって、改革が財政に与える長期的な影響は左右されそうだ。

その点では、医療の無駄を削りこむような方策がどこまで組み込まれるかは、重要な評価基準になる。長期的な視点で医療費の超過的な費用成長を抑制していくには、オバマ政権のいう「ゲームを変えるような要素(Game Changer)」が欠かせない。

CBOが指摘するように相応の時間と試行錯誤が必要なのであれば、なおさら一刻も早く取り組みを開始するのが得策だ。場合によっては、Game Changerが早めに効き始め、当初の10年間の財政事情を好転させる可能性も否定できない。

もっとも、Game Changerの力量が分からないにしても、改革の長期的な財政への影響を読み解く手がかりはある。2つの点を指摘したい。

第一は、「10年間の収支中立」の組み立て方である。どのようにして収支中立の改革案を作り上げるかによって、10年を過ぎた後の医療費負担への影響は変わってくる。

まず注目する必要があるのは、無保険者削減策の導入速度である。収支中立を確保しやすくする一つの方法は、無保険者削減策を開始する年次を遅らせたり、その導入を段階的に進めることである。収支中立は10年間の合計で判断されるため、初年度から補助金を全額支給した場合よりも、財源の確保が容易になるからだ。

ただし、こうした組み立て方では、たとえ当初の10年間の合計で収支中立だったとしても、長期的には財政赤字の拡大につながる可能性が高くなる。補助金は後年度になるに連れて増加し、収支も次第に悪化していく。後年度に向けた収支の悪化度合いが急速であるほど、10年を過ぎた後に財政赤字を拡大させる度合いも大きくなる。

財源の内容も注視する必要がある。改革の財源には、大きく分けて二つの種類がある。第一は、民間医療保険への優遇税制の見直しなど、医療制度に関連した財源。第二は、高所得層への増税など、医療制度とは関係のない財源である。

後者の存在感が大きくなるほど、長期的な財政健全性への懸念は大きくなる。米国の医療費の成長率は全般的な経済成長率を上回る。所得税のように全般的な経済の成長に左右される財源では、医療費の伸びに追いつかない可能性が高い*5。

第二は、改革を維持していくだけの政治的な環境を整えられるかどうかである。オバマ政権の医療制度改革は、改革案が成立した時点で完成するわけではない。超過的な費用成長を抑え込むには、相応の期間にわたる試行錯誤を続ける必要がある。早々に改革を後戻りさせるような機運が強まるようでは、将来的な医療費抑制効果の実現は覚束ない。

オバマ政権が医療制度改革を本当の意味で成功させるには、できるだけ幅広い関係者の賛同を取り付ける努力が必要である。審議過程での党派対立の先鋭化は、改革を育てていく障害になる。同じように、関連業界の意見も可能な限り取り込んでいくのが望ましい。狭い支持基盤で大胆な改革を何とか成立させても、改革は実を結ぶ前に立ち枯れてしまいかねない。たとえ小さくても広く根の張った改革の芽を息吹かせることが、医療制度改革を成功に導くポイントである。

*1:Congressional Budget Office, The Long-Term Budget Outlook, June 2009

*2:医療に関する連邦政府の財政負担には、ここで取り上げている公的保険の他に、民間保険に対する税制上の優遇措置がある。公的保険に関する歳出が年間7,000億ドル程度であるのに対して、民間保険への優遇税制は同3,000億ドル程度である。

*3:厳密には年齢構成の変化を加味した調整を加える。

*4:Congressional Budget Office, Health Care Reform and the Federal Budget, June 16, 2009. 民間保険への優遇税制をあわせて考えると、現在の連邦財政における医療関連負担の1割程度の水準になる。

*5:CBOは、無保険者削減に関わる補助金が2017~19年度の平均で年率8%の増加になるとみる一方で、高所得層増税については同5%の増加を見込んでいる。その上で、20年度以降もこうした両者の違いが継続し、財政赤字の拡大につながる可能性があると指摘している(Congressional Budget Office, Additional Information Regarding the Effects of Specifications in the America's Affordable Health Choices Act Pertaining to Health Insurance Coverage, July 26, 2009)。

■安井明彦:東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長