タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/10/3

【Views on China】習近平の腐敗撲滅闘争 - 薄熙来裁判と「整風」-

静岡県立大学国際関係学部
教授 諏訪 一幸

筆者は約半年前、誕生から半年を経た習近平政権について本欄で取り上げた際、同政権を保守的と断定する根拠は未だ乏しいと結論づけた。本稿では、同政権が現在大々的に進める腐敗撲滅の取り組みに焦点を絞って、その後の政治動向を論じる。

1.薄熙来裁判

 腐敗を理由に異端分子を排除し、「中央との高度の一致」を実現しようとする中国共産党の典型的政治手法がこの夏、再び披露された。薄熙来裁判がそれである。
 昨年(2012年)3月、全人代閉幕直後に失脚し、その後の処遇について衆目の関心を集めていた薄熙来・元中央政治局委員、元重慶市党委員会書記に対する初公判が8月22日から26日にかけて、山東省の省都済南市の中級人民法院で開かれた。薄支持者が法院前で開廷に反対する声をあげ、当初2日程度で終わるとみられていた公判が5日間にも及んだことが今次裁判の複雑な背景を象徴した。また、そのすべてではないようだが、公判の模様が中国版ツイッター(微博)を通じて文字中継されたことは、透明性や公正さをアピールしたいとう指導部の思いを物語っていた。
 薄被告に対する容疑としては、収賄、横領及び職権乱用の3つが挙げられた。中国側の報道によると、容疑対象期間は1999年(大連市長)から2012年(重慶市党委員会書記)までであり、収賄については、大連を拠点とする2人の企業家から、自ら或いは妻の薄谷開来氏や長男の薄瓜瓜氏を通じ、2179万元(1元は約16円)余りに相当する金品を受け取ったとされた。横領については、遼寧省長或いは商務部長を務めていた頃、大連市人民政府の公金500万元が妻の口座に払い込まれたのを知っていながら放置したことが、そして職権乱用については、妻が起こした英国人実業家殺人事件の調査を妨害したこと、さらには腹心の王立軍・元公安局長が米国総領事館に駆け込んだ事件に関連し、規定に反してその職務を独断で解いたことなどが罪状として挙げられた。
 客観的に見て、薄氏に勝ち目はなかった。何故なら、検察側が容疑の中で言及している2人の人物、薄谷開来と王立軍両氏に対する第一審は既に終了しており、故意殺人罪で2年の執行猶予付き死刑判決、逃走及び職権乱用などで懲役15年の判決がそれぞれ下されていたからだ。つまり、外堀は埋められたうえでの裁判だった。
 ところが、法廷での展開は大方の予想に反するものとなった。腐敗撲滅に取り組む姿勢を示すことで大衆からの支持拡大を図ろうとする指導部と、公開を逆手にとって最後の逆襲に出た薄氏の全面対決の様相を呈したからだ。与えられた時間を最大限活用する形で、薄被告は、「家族や部下をしっかり管理できなかったのは、自分の大きな過ちであり、党と民衆に申し訳ない」と反省の弁を述べながらも、3つの容疑をすべて否認した。
 結審を受けて発表された中国側の公式論評は、薄熙来被告に有罪判決が下されるであろうことを強くにおわすものだった。当日の国営新華社通信は、「被告人の罪状は極めて重く、しかも罪を認めるのを拒んでいる。したがって、情状酌量の余地はなく、厳罰に処すべきである」とする記事を配信した。また、翌日の党中央機関紙『人民日報』は、「法治的思考と方式で腐敗に反対する」と題する評論員論文を発表し、今回の裁判が政治プロセスの公開、透明性向上、法治の普及を掲げる現政権の方針に基づくものであることを明らかにした。
 果たせるかな、結審から約1か月後の9月22日、済南市中級人民法院は薄熙来被告に無期懲役を言い渡したのである。

2.今次失脚劇の特徴

 改革開放期においては、薄熙来事案と比較可能な政治裁判の前例がいくつかある。ここでは、それらと比較することで今回の裁判の特徴をより明らかにしたい。
 まず、公判の公開という共通点で比較できるケースがある。1980年11月から翌年1月にかけて行われた「林彪、江青(四人組)集団」裁判である。
 この裁判の最大の特徴は、開廷と公開が一般大衆の絶対的支持を得たことである。筆者はこの時期、運よく上海に長期滞在しており、中国人友人宅でテレビの中継放送にかじりついていた。現在と違い、毎日の生活がまだまだ単調だったので、約2か月にわたって続いたこの政治劇は、格好の娯楽番組となった。改革開放の明るいムードが大衆レベルで広がりつつあった絶妙のタイミングで文革を全面否定し、その悪夢を振り払おうとする?小平指導部の思惑が、一般大衆の心を射たのである。その点、薄熙来裁判に対する反応は総じて淡泊だった。
 もう一つの特徴は、非常に強い政治性である。第一に、林彪、江青集団は、全人代常務委員会の決定に従って特別法廷で裁かれた。各地、各部門の代表が傍聴するよう求められたこの裁判は、文革の混乱からまだ完全に脱し切れない時代背景の下で行われた人民裁判だったのである。第二に、「林彪、江青反革命集団事案の主犯」を裁くのが特別法廷の任務であるとされたように、彼らには裁判開始前から反革命の烙印が押されていた。そして、第三に、刑事訴訟法では二審制度がうたわれているにもかかわらず、全人代常務委員会の決定が一審で結審としている点である。歴史の汚点は速やかに消し去りたいという指導部の焦りが、制度化のスローガンをかき消した。今回の事案も「初めに結論ありき」の政治裁判だが、共産党の価値観に基づく既定の法執行プロセスに従ったものであったとは言えよう。
 次に、政治局委員が裁かれたという共通点で比較可能なケースがある。それは、二人の陳氏のケースである。
 陳希同氏は、1990年代前半、首都北京市の党委員会書記として権勢を誇った人物である。ところが1995年9月、副市長の経済犯罪事案に関与したとして政治局委員を解任されると、1998年8月には、市党委員会書記及び市長在任期間中の汚職や職務怠慢を理由に懲役16年の有罪判決が下される。一方、陳良宇氏は、2000年代初頭に中国最大の経済都市上海のトップを務めた。しかし、2006年9月、深刻な紀律違反を理由に政治局委員などの職務停止処分を受け、2008年4月には収賄と職権乱用を理由に懲役18年の有罪判決が下される。前者の失脚劇は?小平氏を中心とする第二世代から江沢民氏を中心とする第三世代への権力移譲が終了した翌年に、そして後者は胡錦濤政権が第一期から第二期に移行するタイミングで発生した。いずれも、江氏或いは胡氏を中核とする党最高指導部が権力基盤を確たるものとするため、有力な「地方諸侯」を力ずくで排除したものだった。
 今回の事案は胡錦濤政権末期に下された政治判断であり、現指導部が直接下したものではないという点で異なるが、求心力強化に利用しうる政治手法という点では何ら異なるところがない。ただ、今回の場合、一部の地元庶民や保守派知識人らが裁判に対して少なからぬ関心を持ち、去りゆく指導者を今でも支持している点が大きく異なる。薄氏失脚からまだ日の浅い昨年6月、重慶市を訪問した筆者は、庶民の口から発せられる薄氏支持の強い声に驚愕した*1。なぜなら、地元指導者に対する庶民の賞賛の声など、これまで聞いたこともなかったからだ。法治を重視する現指導部の姿勢に鑑みると、本来であれば今次裁判の容疑にあげられて然るべき「打黒」(暴力団取り締り)に際しての法律無視行為が不問に付されたのは、こうした庶民の声を受けての一種の政治的配慮だったのかも知れない。とは言え、薄氏支持の声が中国全土からあまねく聞こえてくるわけではない。あくまでも、薄書記の恩恵を直接受けたと感じる人々の住む重慶市に特徴的な現象である。

3.「整風」を進める習近平

 筆者の手元に『之江新語』(「之江」とは、中秋の大逆流で有名な銭塘江のこと)と題する中国語書籍がある。著者は現総書記の習近平氏。これは、彼が浙江省党委員会書記時代、同委員会機関紙『浙江日報』に不定期的に寄稿した政治論評をまとめたものだ。筆者が同本を入手したのは、「これを読むと習近平氏が如何に左寄りの人物であるかがわかる」という中国人友人の示唆があったからだが、実のところ筆者は読後もそのような感想を持つことができなかった。ただ、確認できたことが一つある。それは、彼が「党幹部、とりわけ高級幹部は率先して襟を正さなければならない」としつこいまでに繰り返していることだ。
 最高指導者となった習近平氏は現在、活動のフィールドを一地方から全国に広げ、「整風」運動を展開している。整風という中国語は、日本語の「粛清」に訳すことも可能な表現だ。したがって、この言葉を目にしたとき、「毛沢東時代の再来か」と身構えた方も多いかと思う。筆者もその一人である。しかし、そのように結論づけることは時期尚早であろう。
 整風の表現があらわれたのは6月18日に開催された「党の大衆路線教育実践活動工作会議」の開催を伝える記事においてだった*2。9名の政治局常務委員全員が出席したこの会議でスピーチを行った習総書記は、「精神的怠慢、能力不足、大衆からの離脱、工作に消極的かつ腐敗」という「4つの危機」が全党の前に大きく横たわっていると指摘する。そして、「大衆からの離脱」をとりわけ問題視して、「形式主義、官僚主義、享楽主義、贅沢の風」という「『四風』問題を集中的に解決する」ことが、今後約1年にわたって展開される教育実践活動の主な任務であるとした。
 「党の大衆路線教育実践活動はまずは政治局から」との方針に従って踵を接して開催された「専門会議」*3は、以下の3点で筆者の注意を引いた。まず、会期の長さである。4日間の会期(6月22日~25日)のうち、合計すると丸3日分の時間が「中央政治局の8項目規定」*4の執行状況を中心とした議論に費やされた。次に、指導理念である。「中央政治局メンバーが身をもって範を示してこそ、皆が従う」との主張は、「まずは指導的立場にある幹部から」という浙江省時代の習氏につながる。そして第三に、これが最も重要なのだが、議論の目的である。報道内容から判断すると、会議は政治局委員による「批判と自己批判」の場となった。「四風」や「8項目規定」への取り組みをめぐり、恐らくは習近平総書記への忠誠宣言が大々的に行われたものと思われる。
 自己批判に最も特徴的に見られるように、こうしたスタイルは、確かに毛沢東時代を彷彿させるものだ。しかし、問題はその内容と目的である。スタイルのみをもって、左傾化や左右両派の闘争の高まりなるものを指摘するのには無理がある。現時点で言えるのは、党指導部が一丸となって綱紀粛正と腐敗撲滅に取り組む姿勢を明確にしたということにとどまるのではなかろうか*5。陳腐なスタイルではあるが、大衆の支持は得やすい。
 改革開放期の党指導部は腐敗撲滅のスローガンを常に掲げてきたが、最終的にはかけ声倒れに終わった。だが薄熙来氏については、無期懲役の一審判決は本稿で言及した2つの前例に比してかなり重いものだった。ここからは、深刻な腐敗と中央の権威を脅かしうる異なった政治手法に対する一罰百戒的な警告が読み取れる。法廷の模様を伝えるニュース番組は、判決の言い渡しが終わり、再び手錠をかけられた薄氏の手が強く握りしめられ、小刻みに震えているのを映し出した。中国政治の非情さと苛烈さが凝縮した瞬間だった。
 「トラであろうと、ハエであろうと容赦しない」とする習近平政権の腐敗撲滅への決意が今試されているが、この関連で今後の動向が注目されるのが周永康・前政治局常務委員の処遇問題である。一説によると、周氏は薄氏の後ろ盾とされる人物だが、ここ数か月の間に、周氏と関係の深かった高官数人が腐敗を理由に解任され、身柄を拘束されるなどしている。中国共産党の歴史において、こうした理由で政治局常務委員経験者の責任が追及された例は存在しない。
 政権委譲から1年を過ぎようとしている新指導部に対しては、保守派、改革派双方ともに批判的だ。それは、前者については薄熙来裁判、後者については言論統制に対する反発にそれぞれ強くうかがわれる。習近平指導部は、保守改革両派の一部をも取り込んだ大団結の局面づくりに苦心しているというのが筆者の現状認識だ。しかし、この試運転期間も12月の毛沢東生誕120周年がタイムリミットだろう。毛称賛の記念行事を行うことで保守派を慰撫できれば、指導部は、前政権から引き継いだ強面の姿勢を改め、改革派ににじり寄るような対応にでるかも知れない。従って、日中関係改善の課題を抱える我々としては、その帰趨を慎重に見極める姿勢をいましばらく保ち続けることが必要だと考える。

*1薄熙来氏を支持するあるタクシー運転手は、筆者に対し、「今の共産党の腐敗ぶりは国民党時代よりひどい。共産党打倒のため、日本軍にもう一度侵略して欲しい」とも語った。
*2<深入扎实开展党的群众路线教育实践活动为实现党的十八大目标任务提供坚强保证>、http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2013-06/19/nw.D110000renmrb_20130619_2-01.htm、2013年6月19日。
*3<对照检查中央八项规定落实情况讨论研究深化改进作风举措>、http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2013-06/26/nw.D110000renmrb_20130626_1-01.htm、2013年6月26日。
*4新指導部は昨年12月、「仕事の作風を改善し、大衆と密接な関係をもつことに関する中央政治局の8項目規定」を策定。「地方視察は形式主義に陥らず、簡素化に努める」、「テープカットや祝賀会などには、中央の批准を経ないと出席できない」、「外遊に際しては、現地の中国資本機構の代表者などの空港歓送迎は一般的にはアレンジしない」、「ニュース報道に関しては、政治局同志の会議出席や活動は仕事上の必要性、ニュースバリュー、社会効果に基づいて、報道するかを決定する」などを主な内容とする。
*5専門会議後も、指導部は、「腐敗の懲罰と防止システムの構築改善に関する2013年から2017年の活動計画」を採択し(8月27日)、中央紀律検査委員会のHPを立ち上げ、腐敗にからむ告発を呼びかける(9月2日)などの取り組みを行っている。