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第12回「介護現場の声を聴く!」

June 29, 2011

第12回目のインタビューでは、「株式会社ニッソーネット」で介護資格講師として勤務しつつ、介護維新会副代表を兼務する坂井雅子さん、介護事業所を顧客としている「行政書士はたの事務所」代表の波田野省司さん、介護コンサルタント兼介護資格講師を務める平山玲子さんに対し、認知症患者への対応など介護業界の課題を聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>(画面左から)
坂井雅子さん=「株式会社ニッソーネット」介護資格講師、「介護維新会」副代表
波田野省司さん=「行政書士はたの事務所」代表
平山玲子さん=介護コンサルタント、介護資格講師

<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)

※このインタビューは2011年6月6日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf

要 旨

2度も訪ねて来た男性の思い

第12回インタビューでは、認知症患者の対応が中心的な話題になった。

厚生労働省の2002年9月時点の試算によると、認知症の高齢者(日常生活自立度?以上)は2010年時点で208万人に達し、高齢化に伴って2045年には378万人に達するとされている。また、認知症になる原因としては、脳が委縮するアルツハイマー型や脳梗塞を起因とする脳血管型が特に多いとされ、平山さんと坂井さんによると、アルツハイマー型は女性、脳血管型は男性に多く見られるといい、認知症患者については、2004年度まで「痴呆」という言葉が使われていたことに象徴される通り、暗いイメージを持つ人が多い。

しかし、第8回インタビューでは坂井さんは「何も分からなくなるという特別なイメージがあるが、心の部分は残っている」「ケアの仕方一つでその人らしさを保てる。何も分からないわけではない」、平山さんが「感受性が豊かになり、全部心を読まれている。認知症の人は心が敏感なので、(こちらの考えは)全て見抜かれている」と話していたため、今回は第8回の続編的な位置付けでスタートした。
(→第8回の要旨はこちら)

平山さんによると、認知症患者は「ご飯を食べたと思うけど、本当に食べしまったっけ?」といった形で物忘れが始まっていることに気付き始め、認知症になりかけの頃は不安が先立つとのこと。規則正しい時間で仕事した人の場合、認知症になって上手くいかないことに苛立ち、周囲に暴力を振るってしまう人も散見されるという。

このほか、平山さんは現場で働いていた頃の経験として、「重度の人は話せなくなる」「脳の神経がなくなってしまい、嚥下反射が起きず、ご飯が食べられなくなる」「脳が委縮して運動機能がなくなり、座れなくなって寝たきりになる方もいる」といった事例を紹介してくれた。

しかし、症状は千差万別。平山さんによると、古い記憶が鮮明に残っているため、女性が旧姓で名乗る時があるほか、80歳代の方が「50歳代」と言ったかと思えば、別の時には「20歳」と名乗るなど、その時々の状況によって、リアクションも変わるという。

一方、坂井さんは老人保健施設の勤務経験を話した。その施設では50人の認知症高齢者が入院している50人認知棟を備えており、病棟では認知症高齢者が勝手に外出しないよう全ての部屋にカギが掛かっていたほか、高齢者が口に入れることを防ぐため、トイレットペーパーも置いておらず、違和感を感じたいう。

さらに、坂井さんは若年性認知症患者に接した際の体験も披露してくれた。

厚生労働省の調査(2009年3月)によると、20~64歳の若年性認知症は約3万8000人。推定発症年齢の平均は51.3歳で、多くの人が認知症とは気付かず、原因が分からない状態が続いた結果、本人や家族が悩むケースが多いとされ、会社を解雇された場合の生活支援なども課題となっている。

坂井さんによると、スーツ姿でカバンを持った60歳代前半の男性がデイサービスの事業所を訪れて来て、「ここを使いたいんだ」と話したという。そこで、不思議に思った坂井さんが「どなたが使うんですか?」と尋ねると、「自分が使う。今から使いたい」との答え。

しかし、要介護認定を受けなければサービスを受けられないため、坂井さんが「介護認定を受けていますか?」と確認すると、「そんなの知らん。すぐに使いたいんだ」と返答したため、その時はパンフレットを渡して帰って貰った。

その後、午後になってスーツを着た男性が再び事業所を訪れ、「今から利用する」と述べたという。最終的に、男性職員に応対して帰って貰い、その後は訪ねて来ることはなかったが、坂井さんが別のデイサービスの事業所に転職すると、認知症が進んだ男性と出会った。坂井さんは「(その男性は)自分が分からなくなって行くことへの不安を感じ、『どうにかしなきゃならない』と思い、残る力でデイサービスに来たが、私達は気付いてあげられなかった」と振り返った。同時に、それまでは認知症の進んだ高齢者と施設で出会う経験しかなかったため、症状の進行に不安を覚えていた男性が印象に残っているという。

このほか、うつ病を併発した認知症患者が自殺を図るケースも多いようだ。坂井さんは事業所で夜勤していた時、ベランダから足を掛けて飛び降りようとしている患者を見掛けたほか、ナースコールが鳴るので病室に行くと、認知症患者がベッド柵にタオルを引っ掛けていたという。


認知症患者の繊細な反応

インタビューでは認知症患者の示す繊細な反応も話題となった。

まず、平山さんは「(認知症患者の行動や言動を)馬鹿にすると、必ず感じ取る。(自分のことを)『大事にされている人』『大事にされていない人』と分かる」と指摘する。さらに、「あなたは好きじゃない。私のことを一生懸命やっているから好きだけど、あなたは好きじゃないでしょう。だから私も嫌いよ」と直接言う認知症患者も少なくないという。

さらに、認知症患者の嫌いな職員が食事を持って行くと、「毒が入っているから食べない」と警戒する人も散見されるとのこと。

例えば、平山さんは食事介助の際、認知症患者に顔を覚えて貰えるまで苦労した体験も披露してくれた。この患者は食事を口に持って行っても、頑として口を空けず、「1カ月ぐらいで顔を覚えて貰うと、スムーズに食事を摂って貰えた」という。しかし、新しい職員が入ると同じことが起きるため、慣れている職員に交代するが、「次回もやらないというわけではなく、(顔を)覚えて貰うために5分でも10分でも何度もやる」と話した。

一方で、認知症患者と言えば、大声で叫んだり、暴力を振るったりするなど「問題行動」と呼ばれる行動が良く話題になる。

しかし、坂井さんは「当然の行動」と強調する。そもそも、鍵を閉める理由は徘徊の防止だが、鍵を閉めてしまうと、認知症患者が「閉じ込められた」と判断し、「何で出られないか?」と訴えるために問題行動に出てしまうという。

平山さんは徘徊する認知症高齢者と一緒に何時間も歩いた経験を持つ。その時は何時間も歩いた段階で高齢者の気持ちに変化が表れ、「日も暮れて来たし、家に帰ろうかな…」と言い始めたため、事業所から車で迎えに来て貰って一緒に帰った。平山さんは「(たとえ問題行動とされる行動だったとしても)本人にとっては『家に帰りたい』などの目的がある」と語り、周囲による理解が必要と強調した。

その反面、周囲の目を気にする認知症患者や家族も多いという。例えば、坂井さんは「(近所の方に)知られたくないという家族もいるので、(介護事業所の)名前の入った車で来ないよう依頼が来る時もある」と指摘。平山さんも「ヘルパーとして一緒に高齢者と外に出ると、『おばあちゃんは元気だったのに…』と言われて、(本人は)自分が悪く言われていることに気付く。だから余り知られたくないようにしたいという思いもある」という。

さらに、認知症になったことに気付くまでの過程も話題になった。認知症かどうか判定する際、年齢や生年月日、簡単な数式などを答えて貰う「長谷川式」と呼ばれるテストを使うのが一般的。

しかし、一人暮らしの高齢者の場合、周囲が気付く機会が少ないため、平山さんによると、料理の火を付け放しにしたり、ごみが何年分を溜まったりしていることで判明するという。

さらに、家族と一緒に過ごしている場合でも、認知症であることが分からないケースがあるという。平山さんは「(久しぶりに会った)親戚から『やっぱり変よ』と言われて病院に行くと、認知症であることが分かる」「病院に行って精密検査を実施し、専門医からアルツハイマー型認知症と診断された後でも、活躍していた頃を知る家族は『年齢に伴う症状じゃないか。うちは違う』と認めたがらない」といった事例を紹介してくれた。


当人に合ったケアの必要性

国の制度改革に向けた注文も話題となった。

国も認知症対策の取り組みを強化しつつあり、地域で暮らす認知症患者や家族を手助けする人を認定する「認知症サポーター制度」を創設し、今年3月までに252万人強が認定されているほか、地域医療体制の中核を担う「認知症サポート医」の養成などに乗り出している。

平山さんは「(介護保険創設後の)10年間を比べると、制度の中で認知症患者に対する考え方は変わった」と話す。例えば、以前の要介護認定では身体介護を要する人の方が高くなる傾向があったが、平山さんがケアマネジャーを務めていた頃、健康な高齢者でも要介護認定4の判定を受けた時があったという。その高齢者は杖なしで歩ける上、一人で食事を作ることができたが、認知症でケアが必要なため、調査した上で保険者(=市町村)に出した所、要介護度4の回答が返って来た。平山さんは「制度の方も少しづつ動いていると感じる」との感想を漏らした。

一方、坂井さんと平山さんが「100人いたら症状が100人違う」と口を揃えて訴えた通り、認知症患者は人によって進行度や症状が異なるため、一律な対策を取りにくいのも実情。

坂井さんによると、長谷川式の結果についても、「誰が聞くか、どんな雰囲気で聞くかによって点数が違う。いつも慣れている職員が落ち着いた環境の中で聞くと20点だけど、初めて会った医者が白衣を着て緊張した状態で聞くと、点数が変わる」という。

このため、坂井さんが「その人を理解して心に寄り添ったケアを探って行かないといけない」と強調すると、平山さんも「認知症と一緒に精神疾患を持っている人の場合、対応は分けなければならない」と応じた。

さらに、坂井さんは「地域との交流があればいい。特別な病気ではないので、認知症を知って頂いて、みんなで関わって住みやすい街にして頂きたい」と語り、地域が認知症患者と共生する必要性を指摘。平山さんは「(認知症患者を抱えている)家族をフォローする制度が重要」と述べた。

最後に、波田野さんも行政書士の立場で、介護保険制度全般の改革に向けて私見を述べた。波田野さんは主に埼玉県内の介護事業所の立ち上げや指定申請などを支援しているが、「介護事業所の指定申請を出す場合、営業する地域によって書類、審査基準が違う」と指摘。さらに、「都道府県レベルとなると、もっと対応が異なる」として、制度運用の整合性を自治体間で取る必要があると訴えた。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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