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具体化する障害者の高等教育政策

January 24, 2013

問われる大学のスタンス


東京財団研究員兼政策プロデューサー
三原 岳


これまで手付かずだった障害者の高等教育政策が具体的に動き始めた。文部科学省の検討会が2012年末に報告(第1次まとめ、以下は検討会報告)を決定したのを受けて、同省が検討会報告に沿った対応を求める通知を大学に発出した。さらに、大学改革の一環としても障害学生支援が意識されており、留学生や社会人とともに大学の多様性を示す一つの切り口になる可能性がある。東京財団は2011年秋から 「障害者の高等教育政策」プロジェクト を展開しており、2012年8月に公表した 政策提言 で打ち出した考え方や制度提案は政府の動向と軌を一にしている。しかし、大学関係者の意識が変わらなければ、政策・制度は画竜点睛を欠く結果となる。本稿は障害者の高等教育政策に関する新たな動向を総括するとともに、制度を現場で支える大学関係者の意識改革を促すことを目的としている。

1.文部科学省検討会の内容

東京財団は2011年秋から「障害者の高等教育政策」プロジェクト *1 を展開しており、これが一つの引き金となり、文部科学省は2012年6月、高等教育局長の私的諮問機関として、「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」 > *2 を設置した。検討会は障害者の高等教育政策に関して、政府として本格的に議論した初めての場になり、計9回に及ぶ議論を重ねて、同年末に検討会報告を取りまとめた *3 。さらに、検討会報告の趣旨に沿った対応を求める通知が文部科学省から大学に出ており、その意味は大きい。これまで政策・制度面の手当てがなされておらず、聴覚、視覚障害者を受け入れている筑波技術大学など一部の先進的な大学を除けば、現場の支援も十分とは言えなかったためだ。

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確かに図1の通り、高等教育機関に進学・修学する障害者は増加しつつある。しかし、ワンストップで相談を受け付ける「支援室」を設置している高等教育機関は54校にとどまる *4 。さらに、支援担当職員の多くは非正規職員であり、ノートテイク(授業の内容をノートで記録する)や移動介助など、支援の多くも有償学生ボランティアによって委ねられている。このため、ノウハウや知見が大学に蓄積されにくく、専門的なアセスメントや適切なアドバイス、支援内容の決定などが十分に行われていない。現状では多くの大学が「特定の学生だけが恩恵を受ける付加サービス」「非正規スタッフやボランティアに任せておけば事足りる」と考えていると言わざるを得ない *5

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これに対し、検討会報告は重要な問題を提起している。検討会報告の基底に据えられているのが「合理的配慮」という概念。これは2011年8月に改正された障害者基本法に盛り込まれた考え方であり、障害を理由に不利な状況にある障害者と、その他の人との条件を平準化するため、自立を目指す障害者からのニーズについて、障害者と支援を提供する機関が調整・合意した上で、支援の実施を義務付けるとともに、合理的な理由がないのにニーズを拒否した場合、障害者の社会参加を損ねたとして差別に当たると判断する考え方である。例えば、耳が聞こえないことで本来の能力を発揮できない場合、手話通訳やパソコンノートテイク(パソコンの画面を通じて授業の内容をリアルタイムで伝える手法)などを通じて、能力を100%発揮できるように支援することであり、高等教育分野の具体例としては別室受験や時間延長など試験の配慮、記録の代替、手話通訳、点字・音声による教材提供などが挙げられる。

検討会報告は表1の通り、大学が提供すべき合理的配慮を「機会の確保」「情報公開」「決定過程」「教育方法等」「支援体制」「施設・設備」に体系化した。その上で、短期的課題と中期的課題に区分けしており、短期的課題として大学に対して修学支援や支援体制・方針、施設のバリアフリー化などに関する情報公開や、障害学生の相談を受け付ける窓口の設置を要請。さらに、「個々の大学の取組のみでは支援のノウハウが不足している状況にある」として、情報や蓄積を各大学に還元するための手段としてネットワーク形成が重要と指摘しており、2013年度予算概算要求では「障がい学生修学支援拠点形成事業」として4億4000円を計上した。これは専門人材の養成や高校・企業との接続支援、自治体や地域との連携、教材開発などの分野について、先進的な事業を実施する拠点的な大学に必要経費を助成する事業である。東京財団の政策提言では進学・修学を選択できる環境を整備するため、大学による情報開示を充実させる制度改正とともに、拠点的な大学の形成を提案しており、検討会報告は同じ問題意識に立っている。解散総選挙のあおりで、2013年度予算編成が越年したため、最終的な姿は明らかになっていないが、支援予算が要求された意義は大きい。

2.大学改革実行プランでも言及

障害学生支援は大学改革の文脈でも位置付けられている。文部科学省は2012年6月に公表した「大学改革実行プラン」で、大学の機能再構築を図る上での一つの切り口として、カリキュラムの弾力化検討などと併せて、障害学生に対する支援の確立を例示。さらに、プランは大学の教育情報を把握・分析できるシステムとして、図2のような「大学ポートレート」(仮称)を導入する考えを打ち出しており、この中で客観指標を採り入れる際の一つの基準として、「障がいのある学生、教職員の数・割合」に言及した。その後、2014年度の本格稼働を目指し、大学ポートレートの準備委員会が2012年11月に公表した論点整理も公開すべき情報として、時間延長など入試特別措置や障害学生支援を例示しており、大学の多様性を判断する素材として、文部科学省が留学生や社会人入学者とともに障害学生の存在を重視し始めた証と言える。東京財団の政策提言も障害学生支援の重要性を各大学で共有するための方策として、障害学生の数や支援の取り組みを認証評価制度に反映させるよう求めたが、評価制度の見直しによって各大学の取り組みが広がることが期待される。同時に、ポートレートの制度化を通じて障害学生の在籍者数や入試特別措置の有無、障害学生支援の内容が明らかになれば、障害者が進学先を選択する際のバリアが除去される効果を見込める。

このほか、今年度末に期限が切れる教育振興基本計画の改定に関しても、2012年8月に中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)で決まった審議経過報告は特別なニーズに対応した教育を推進する観点から、高等教育での障害学生支援の必要性をうたうとともに、政策の効果を測定する指標の一例として「多様な学生(社会人、障がいのある学生等)の増加」を挙げている。教育振興基本計画に入っても予算的な裏付けや制度的な担保を必ずしも伴うわけではないが、国の計画を参考に各自治体が自らの計画を改定するなど波及効果は大きく、大学や自治体の問題意識が高まる効果を期待できる。

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一方、内閣府の障害者政策委員会 *6 でも障害者政策の全般的な見直し論議の中で、高等教育が議論の俎上に上っている。合理的配慮の提供を義務付ける差別禁止法の在り方を議論していた推進部会が2012年9月にまとめた意見書では、教育分野で差別を禁じる相手先として、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、大学、高等専門学校などを明示するとともに、入試・定期試験の適正な配慮による学力判定が重要と訴えた。さらに、2012年末に取りまとめた「新障害者基本計画に関する意見」でも、新たな基本計画に盛り込むべき事項として、拠点校の整備や障害学生支援に関する情報公開の促進に加えて、「大学で障害を理由にした出願、受験、入学の拒否が生じないことが確保される仕組みを構築」「大学入試センターが実施している特別措置 *7 の充実」「情報保障・コミュニケーション支援など合理的配慮が確保される仕組みを構築するとともに、計画的に大学の施設整備を推進」「大学の認証評価で障害学生支援の取組実績を考慮」を挙げている。差別禁止法の制定に積極的だった民主党が野党に転じた一方、政権を奪還した自民党はマニフェスト(政権公約)や総合政策集で差別禁止法の制定に言及しておらず、今後の議論がどうなるか予断を許さない *8 状況だが、基本的な考え方が提示された意味は大きい。

3.ボールは大学に

「高等教育の障害学生支援はスタートした段階」―。検討会報告案を了承した文部科学省検討会の締めくくりでで、座長を務める竹田一則筑波大大学院人間総合科学研究科教授が述べた通り、まだまだ政策は動き始めた段階に過ぎず、高校や特別支援学校との接続、就職支援、アクセス可能な教材開発 *9 など課題は山積している。同時に、いくら国が動き始めたとしても、大学経営者や現場の意識が変わらなければ、投じられる予算は無駄に使われることになりかねない。国の政策が具体化し始めた今、ボールは大学にあることを大学関係者は認識すべきである。

確かに再度の政権交代の結果、民主党政権期に進んだ障害者政策の見直し論議が再び転換される可能性は否定できない。しかし、雇用と教育を接続する高等教育機関を卒業する障害者の増加は自立支援を図る上で重要なカギを握っており、「障害の有無に関わらず、自立した生き方を送る上で、個々人の持つ個性や能力を最大限発揮できる環境を整備する」という目的の重要性は何ら変わらない。各大学は「障害学生の権利保障は大学の責務である」ということを認識しつつ、進学・修学支援に当たるスタンスが求められる。



*1 東京財団 「障害者の高等教育政策」プロジェクトページ
*2 文部科学省「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」の資料や議事録は以下のウエブサイトで閲覧できる。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/shugaku/index.htm
*3 「障がいのある学生の修学支援に関する検討会報告(第一次まとめ)」(2012年12月)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/24/12/1329295.htm
*4 日本学生支援機構編「平成23年度(2011年度)障害のある学生の就業力の支援に関する調査結果報告書」(2012年3月)。
*5 例えば、支援組織に専属職員を置いている学校は139校あるものの、正規職員を置いている学校は64校に過ぎず、待遇も現場で支援に当たっている職員ほど恵まれていない実情がある。詳しくは東京財団 『障害者の高等教育政策に関する提言』 (2012年8月)を参照。
*6 2011年8月制定の改正障害者基本法を受けて、それまでの「中央障害者施策推進協議会」を改組して発足した。
*7 試験時間延長などの特別措置を講じており、2013年試験では障害の種別・重度に応じて1.3~1.5倍の試験時間延長、リスニング免除、別室受験などを実施した。
*8 一方、自民党と連立政権を組んだ公明党は2012年総選挙マニフェストで、差別禁止法の制定を目指す方針を掲げているほか、大学入試制度改革の一環で障害者に配慮する考えを盛り込んでいる。
*9 例えば、目の見えない学生に文字情報を音声で、聞こえない学生に音声情報を文字で伝える教材。

    • 元東京財団研究員
    • 三原 岳
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