iPS細胞を使う再生医療についてどう備えるべきか(1)<page2> | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

iPS細胞を使う再生医療についてどう備えるべきか(1)<page2>

December 27, 2012

~生物学者・勝木元也氏と語る

iPS細胞は遺伝子組換え体(GMO)である

ぬで島 どのようにしてiPS細胞になるときに分化した細胞が「再初期化」されるのかわからないということですが、そこで確認しておきたいのは、iPS細胞は、自然界には存在しない、遺伝子組換え体(GMO)であるということです。これが意外に一般の人々には伝わっていないようですが、いかがでしょうか。

勝木 最初につくられたiPS細胞では、「山中因子」と呼ばれる四つの遺伝子を皮膚の細胞に加えるときに、レトロウイルスを運び手として使っています。このやり方だと、元の体細胞の核のDNAの中に外から加える遺伝子が組み込まれますから、できたiPS細胞は確かに遺伝子組換え体ですね。

ぬで島 「iPS細胞ってGMOですよ」って言うと、ぎょっとされることがあります。遺伝子組換えでつくった大豆を使った食品を食べても大丈夫なのかと、消費者レベルで問題になりますね。だからiPS細胞は遺伝子組換え体だというと、それを治療に使うことに対して、抵抗が出てくるかもしれません。

そこで科学的事実として確かめておきたいのですが、同じ再生医療に使う幹細胞の候補として、胚性幹細胞(ES細胞)があります。これは受精卵の内部の細胞の塊を取り出して、一定の条件で培養したものですから、人工物ではなく、遺伝子組換えもしない、自然に存在するものだと言っていいですよね。

勝木 そうですね。いいと思います。

ぬで島 それで、iPS細胞でもその後研究が進められて、レトロウイルスを使わないで遺伝子を加えるやり方が試みられていますね。

勝木 そうです。元の細胞のDNAには組み込まれないやり方、たとえばプラスミド(DNAを環状に並べたもの)を細胞に入れるだけでもiPS細胞ができる。

さらに最近は、センダイウイルスを運び手に使う研究も出てきています。これだと入れた遺伝子が元の細胞の中に組み込まれないで、薄まって消えます。ということは、細胞の初期化に必要なのは、ヒット・アンド・ランナウェイなんですよ。プラスミドでもセンダイウイルスでも、外から加えた遺伝子を一度ヒットさせてスターターとして発現させれば、その遺伝子が消えても、iPS細胞として維持される。

ぬで島 そうすると、そうした新しいやり方でつくられたiPS細胞は、遺伝子組換え体ではないということになりますね。

勝木 はい、意識して、そういう方向でやろうとしているんじゃないでしょうか。いろいろな指摘や批判があって、そうしていると思いますし、よい方向だと思います。

ぬで島 ただ現場では、遺伝子組換えになる方法でつくられたiPS細胞も残り続けることを想定しているようです。そうすると、試験管内での研究はともかく、治療に使う場合は、どういうやり方でつくられたものか、きちんとわかるようにしてもらわないといけないですね。

勝木 そうですね。遺伝子組換え体になるつくり方だと、履歴どころか、遺伝子とそこからできる物質が残ってしまいます。GMOみたいに。それだと、そこから分化した細胞が、再びがんになったりするんじゃないかと、みな恐れるわけです。

ぬで島 遺伝子組換え体になるやり方とそうでないやり方では、iPS細胞をつくれる効率がだいぶ違うんですか。

勝木 センダイウイルスでは、効率も悪くないようですよ。ただまだ、ちゃんと発表されていませんが、この場合に重要なのは効率ではありません。「山中因子」が、最終的には、iPS細胞に残らないことです。

さらに遺伝子そのものでなく、その遺伝子がつくる物質だけを加えるとか、もっと小さな低分子で細胞をiPS化しようという試みも行われています。

ぬで島 それは安全性への配慮による研究でしょうが、基礎生物学としても興味深いですね。

勝木 その通りです。ガードンの研究に戻って、遺伝子だけではなく、細胞質の中にある何らかの物質が、再初期化に効いているんじゃないかというところにつながっていく可能性があります。その意味でもiPS細胞研究は、受賞にふさわしい、基礎生物学上の重要な業績だということになりますね。

2 iPS細胞を用いた世界初の臨床計画について ~患者に試してよい段階か?


ぬで島 これまで伺ってきたように、iPS細胞は、できる仕組みが解明されておらず、正体がわからないところが多い。にもかかわらず、早くもそれを使って、患者さんを治療しようという世界初の計画が、神戸の理化学研究所とその関連病院で始められようとしています。

対象に選ばれたのは、「(滲出型)加齢性黄斑変性」という、眼の網膜が傷んでいく病気です。お年寄りの失明の原因になる疾患としては、かなりメジャーなものだそうで、これが治せれば、多くの人の救いになるだろうと期待されています。

勝木 そうですね。それは患者さんから、本当に期待されていることと思います。

ぬで島 それで患者さんの細胞からiPS細胞をつくり、培養して網膜組織に分化させ、眼に移植しようというのが、神戸の計画です。

この病気が選ばれたのは、一つには、目が損なわれる病気のうち角膜は亡くなった人からいただいて移植できますが網膜はできないので、再生医療でつくるしかないから。また目の中は比較的腫瘍ができにくいところだそうで、がん化の恐れが少ないだろうと。

あともう一つ、網膜であれば、層状の薄い組織ができればよく、ほかの人体組織の再生医療のように複雑な三次元構造をつくるという困難さがない。そうした層状の組織をつくる技術は、理研で確立されているようです。

勝木 はい、その通りです。

ぬで島 そのようないくつかの理由で、幹細胞を使った再生医療の最初の候補にしやすい対象であることは確かです。

ただ、iPS細胞を使う必然性はあるのだろうかと私は思います。といいますのは、すでにこの加齢性黄斑変性症を対象に、米国ではES細胞で臨床試験が始まっているからです。ACT(Advanced Cell Technology)という、この分野では有名なベンチャー企業が主宰して、今年の一月には最初の数例の臨床結果の報告が、専門誌に出ています。安全性、有効性ともに有望な結果が出ていると聞いています。

先にお話ししたように、ES細胞は、iPS細胞に比べ、人工度、操作性が低い。遺伝子組み換えもしない。生体内での振る舞いも、マウスで使われてきた歴史が長いので理解されていて、安全性について想定できるだろうと思うのですが。

勝木 はい、そうですね。

ぬで島 そうすると、患者を治療する臨床の論理としては、手持ちの中で一番安全だといえるものを使うのが筋ではないでしょうか。その意味で研究の蓄積が長いES細胞を使わずに、まだできてから5、6年しか経っておらず安全性の検証が不十分なiPS細胞をいきなり使おうというのは、順序が逆で、医学の倫理として、いいのだろうかと危惧します。

ただ、国の規制の面で、実は日本の現状の特殊性が、臨床のあるべき筋を歪めているのではないか、問題なのはむしろそちらではないかと思うのです。

勝木 どんな特殊性ですか。

ぬで島 日本では、幹細胞を使う臨床研究について、厚生労働省が指針をつくって管理しています。そのなかで、ES細胞については、それとは別に文部科学省の指針で、基礎の研究しかやってはいけない、臨床応用はまだしてはいけないと決めていたのです。人の生命の萌芽である胚をつぶしてつくる細胞だから、慎重に進めなければいけないという倫理的理由からです。

勝木 そうでしたね。

ぬで島 その禁を解除して、もう臨床に使っていいという指針の改正の手続きが遅れています。現在、厚生労働省の審議会で策定中ですが、まだ時間がかかりそうです。

それに対しiPS細胞には最初からそういう縛りはなく、指針に基づいていつでも臨床研究に進める状況にあります。だから神戸のグループはES細胞でなくiPS細胞を選んだのかもしれません。

勝木 なるほど。国の規制の面でES細胞が使いにくい。それに加えて、日本で発明された移植に際して拒絶反応が少ないと思われるiPS細胞を使っての再生医療の日本版を樹立したいというのは当然かも知れません。ただ先陣争いのようなことを、臨床で、患者さんを相手にしてやってはいけない。先行しているところがあれば参考にすべきことはもちろんですが、iPS細胞には優位性があるのですから、むしろ安全性の説明が重要です。

    • 元東京財団研究員
    • 橳島 次郎
    • 橳島 次郎

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム