アジアにおける拡大抑止と安全保障 ― 日米韓対話

東京財団では、ジョンズホプキンス大学SAIS(高等国際問題研究大学院)米韓センターとともに、センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト(旧称ニクソンセンター)の事業に協力して、2011年2月より、「アジアにおける拡大抑止と安全保障 ― 日米韓対話」プロジェクトを実施してきました。

めざましい経済成長に伴い軍事力の拡大を図る中国は、東シナ海、南シナ海などアジアの海において、資源や領有権など海洋権益を確保するための活動を活発に行うようになり、周辺諸国との摩擦を増大させています。これに対して、日本、韓国を含む周辺諸国は言うまでもなく、アジアシフトを鮮明にしたアメリカも、外交的には航行の自由や行動規範といった手段で中国の強引な行動をけん制しています。

こうしたアジアにおける中国の海洋進出に対して、アメリカが提供する拡大抑止は効果があるのか、あるとすればその限界は何か、といった問題がこのプロジェクトのテーマです。つまり、拡大抑止に一定の効果があるとしても、アジアにおいて冷戦後に生じた安全保障環境の変化は、伝統的な抑止では対処できない新たな戦略を必要としているのではないかという問題意識があります。

この度東京で行われた第4回目で(最後となる)会議では、2012年、アメリカ、中国、韓国、そして日本で生じた新たな政治状況が、アジアの安全保障にどのような影響を与えるか、またこの地域におけるアメリカの役割は何か、そのことがアメリカの拡大抑止にどのような政策的含意を持つか、について議論することとしました。

2012年の終盤は、中国の指導者交代、米国と韓国の大統領選挙、そして日本の総選挙と、奇しくも2ヵ月あまりの間に地域の主要国において、国家のトップが選ばれる状況が重なり、政治情勢の変化に伴う外交安全保障政策が注目されるようになりました。

まず、オバマ大統領が再選を果たしたアメリカでは、その外交安全保障政策に大きな修正や変更はないだろうと見られます。中国では習近平氏の国家主席就任は予想された一方、政治局常務委員の人事は保守派の江沢民元国家主席の影響力を強く反映した人選となり、当面は中国の強硬で挑発的な姿勢が和らぐことはないだろうとの見方が支配的です。

これに対して、韓国では、与党がやや優勢の状況の中で、野党が一本化することによって形成を逆転できるかどうかが注目されていますが、野党が勝利すれば外交安全保障政策が転換する可能性はあると見られます。一方、日本では、自民党が民主党から政権を奪還する可能性が高く、外交安全保障政策の転換が予想されます。

こうした状況の中で、今年9月の日本政府による尖閣諸島購入をきっかけに高まった日中間の緊張は依然として深刻な状態です。会議では、南シナ海における領有権や航行の自由の問題に加えて、東シナ海や黄海における日中、中韓の係争についても活発な議論が行われました。さらに、竹島や慰安婦など日本と韓国の間に横たわる領土や歴史問題ゆえに、日韓の安全保障協力が滞る現状の改善・解決に向けて、アメリカが何らかの役割を果たすことができるのではないかとの期待感も表明されました。

東京財団では、本プロジェクトを主催したセンター・フォー・ザ・ナショナル・インタレストのポール・サンダース常務理事に依頼して、今回の議論を含めプロジェクトの全体像を簡単にまとめてもらいました。以下にその日本語訳を掲載します。

片山正一(東京財団研究員兼政策プロデュ―サー)

アジアにおける拡大抑止と安全保障 ― 日米韓対話

ポール・サンダース (センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト)

チャイナウォッチャーズの間では、急速な経済成長と軍事力増強が進む中国を、米国に匹敵する新たな超大国と捉える傾向が強まっている。一方、先日終了した東アジア安全保障に関する日米韓民間対話では、今後の対中政策策定において、冷戦時代の抑止策・封じ込め策の枠組みをそのまま当てはめても、大きな効果は望めそうにないことが示唆された。もちろん過去に学ぶ部分もあるだろうが、専門家会合の議論で明らかになったのは、中国への対応には、より高度な政策の組み合わせが必要である、という点である。なおこの対話プログラムは、センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト、東京財団、およびジョン・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院米韓研究所の共催により、2年間にわたり実施された。

中国と旧ソ連の根本的違いは、中国が国際経済に深く組み込まれているという点であり、それゆえに中国と日米韓各国とは大きな利害関係にある。これに対して、旧ソ連は国際経済からほぼ孤立状態にあったため、米国とその同盟国は、旧ソ連に対して経済制裁措置を取ることも、経済的に孤立させることも可能であったが、中国に対しては、自国の経済損失の可能性を考えれば、こうした策に出る国は皆無だろう。実際、米国と中国の経済は、どちらかが傷つけばもう一方も同様の傷を負う危険性が非常に高く、経済的な相互確証破壊という新たな抑止の枠組みが生まれる可能性がある。

他方、冷戦時代の枠組みは、同盟国の政策や中国の行動を考察する上で、とりわけ今回の対話そして日米韓政府高官の協議における主要テーマでもある、抑止および拡大抑止の強化の観点から、有益な方法論であることも確かだ。米ソ対立時代から得られた重要な教訓のひとつは、政治手段としての抑止力および拡大抑止力には、実際のところかなりの限界がある、という点である。米国と西側同盟国は、ソ連による核攻撃や西欧への侵攻を抑止することに成功したが、ハンガリーやチェコスロバキアへの介入を阻止することはできなかったし、アフリカ、中南米、東南アジアにおける東西代理戦争も、中東におけるテロ組織へのソ連の大規模な支援も止めることはできなかった。一つの問題は、抑止力および拡大抑止力の土台をなす「核による報復」は、国家国民の存亡に関わる、またはそれに近い脅威に対してしか有効でなかった、という点だ。これは、米国の安全保障の確約を機械的に反復したり、米国もしくは同盟国の通常戦力を強化しても、中国の強硬な行動を抑止するは難しい、ということを意味する。

また、中国の意図が不明確であるために、対中政策策定への取り組みがより複雑化している。旧ソ連は、共産主義を全世界に広め、究極的には世界システムを再構築することにより世界革命を明確に志向していたのに対し、中国が標榜している目標は自国の平和的発展である。さらに、中国が南シナ海、東シナ海における領有権を主張し、接近阻止・領域拒否(Anti-Access / Area Denial)戦略を支えるべく軍事力を展開している理由についても、見解は分かれる。東アジアから米国を駆逐し中国が覇権を握ろうとする行為だ、という見方もあれば、米海軍が重要なシーレーンを支配することにより中国経済(ひいては体制の存続)が曝される脆弱性を軽減しようとする防衛的行為と見る向きもある。

この地域における領土紛争およびそれに関連する挑発的行為には、今後も注視する必要がありそうだ。日本の新たな「動的防衛力」構想は重要な一歩であるが、これまで多くの面倒な事件に関与してきた中国の海上能力を有する法執行機関、いわゆるファイブ・ドラゴンへの挑戦に対応するには相応しいものではない。さらに、ファイブ・ドラゴン、日本の海上保安庁、そして日本・中国の漁船との間で生じる衝突を防ぎ、対処していく上で、米国海軍ができることはわずかに過ぎない。米沿岸警備隊および日本の海上保安庁の交流を強め、日本の艦船に米士官を配置するというような独創的な新政策が求められる。このような政策は、米国の日本支援を示す象徴的行為であり、中国が日本の艦船と乗組員に迷惑行為を行うことの代償を確実に高めることになる。一方、こうした方策は(日米にとって)艦船を増やしたり、新たな配備を敷くことの費用に比べれば、比較的安価だ。

日韓関係の改善にも新たな発想が必要だろう。日本では今月16日、韓国では19日に選挙を控えている。米国は、選挙後、日韓関係が大幅に改善し、東アジアの安全保障協力のための緊密な三国間協力に道が開けることを望んでいるが、来たる選挙では、日韓の内政が、両国の関係にとっていかに複雑かつ重要な役割を担っているかが浮き彫りになるだろう。今年6月に、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結が、韓国の国内事情により見送られる事態となったのはその最たる例だが、問題はこれだけではない。今回の対話では、日韓のより緊密な協力体制を構築するには、歴史認識の共有の問題や独島/竹島を巡る対立など、依然多くの障害があることが明らかになった一方で、両国が経済および安全保障上の利害を共有したいと強く願っており、全面的な和解を切望していることも分かった。日韓共に新政府が誕生する年明けには、両国にとって二度目のチャンスが到来する。



本プロジェクトの最終報告書は、追って同センターから公開されることになっています。なお、第1回および第2回会議の議論をまとめた中間報告は、同センターの次のサイトに掲載されていますので、併せてご覧いただければ幸いです。
http://www.cftni.org/2012-Extended-Deterence-In-East-Asia.pdf

参考:第4回「アジアにおける拡大抑止と安全保障 ― 日米韓対話」参加者リスト

Wallace “Chip” Gregson, Senior Director, China and the Pacific, Center for the National Interest(以下「CFNI」), former Assistant Secretary of Defense
Yanghyeon Jo, Professor & Director, Center for Diplomatic History Studies, Korean National Diplomatic Academy
Taehyun Kim, Professor & Director, Center for the Study of Grand Strategy, Chung-Ang University, Korea
Jae Ku, Director, US-Korea Institute at SAIS/Johns Hopkins University
Robert Manning, Senior Fellow, Brent Scowcroft Center on International Security, Atlantic Council
A. Greer Meisels, Associate Director, China and the Pacific, CFNI
Paul Saunders, Executive Director, CFNI
秋山信将(一橋大学大学院法学研究科教授)
久保文明(東京財団上席研究員、東京大学教授)
添谷芳秀(慶應義塾大学法学部教授)
谷口智彦(慶應義塾大学大学院SMD研究科特別招聘教授)
大野元裕(参議院議員)
松田康弘(東京大学情報学環・学際情報学府教授)