地球温暖化への対応策のあり方と展望 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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地球温暖化への対応策のあり方と展望

October 22, 2007

三村 信男 (茨城大学教授・地球変動適応科学研究機関 機関長、IPCC第2作業部会総括執筆責任者)

1.はじめに

地球温暖化の抑制は、国際政治の緊急の課題に浮上した。今年に入って、EU首脳会議(3月)は、2020年までに温室効果ガス(GHG)排出量を1990年比20%削減することを決め、6月のハイリゲンダムサミットでは、安倍前首相の提案に答える形で、2050年までに温室効果ガス排出の50%以上の削減を真剣に検討することを各国首脳が確認した。この流れは、9月の国連ハイレベル会合に引き継がれ、さらに来年6月の洞爺湖サミットで検討されることになろう。このように、温暖化問題は今や人類が直面する緊急の課題と認識されるに至っている。
この動きを加速した背景には、「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change;IPCC)」が第4次報告書を発表したことがある。IPCCは、温暖化に関する最新の科学的知見をまとめて示すことを任務とする国際組織で、1988年に2つの国連機関によって共同で設立されて以降、90年、95年、2001年、そして今年と4回にわたって、温暖化・気候変動の科学的解明、影響予測、対応策に関する総合的報告書を発表してきた。これらは、温暖化問題の理解と国際交渉におけるもっとも信頼できる科学的土台となっている。ここでは、IPCC第4次報告書の示す将来予測に沿って、温暖化対策の方向を考えてみたい。

2.IPCC報告書の示す将来予測

IPCC報告書はいくつもの重要な認識を提供しているが、その中の将来の気候予測の結果(図1)に注目しよう。温暖化の進行は将来の温室効果ガスの排出経路如何による。そのため、IPCCの気候予測には、エネルギーの需要・供給のあり方や人口、技術の推移などを仮定して、21世紀中の温室効果ガスの排出経路を想定したSRESシナリオと呼ばれる6つの社会経済シナリオが用いられた。これに基づいて、20以上の気候モデルが計算した全球平均気温の推移を示したものが、この図1である。
この図は、今世紀末までに世界の平均気温が1.8℃から4.0℃上昇するという予測結果を示している。さらに、モデルによって将来予測に幅があるため、最大6.4℃の上昇をもたらす危険性があることに注目が集まった。世界の平均気温がこれほど上昇すれば、上昇率の大きい北極圏や大陸内部では10℃に迫る年平均気温の上昇が生じ、その影響はまさに破壊的であろう。
それと同時に注目すべき点は、どのシナリオにおいても、2030年頃までは0.2℃/10年というほぼ同じ上昇速度で気温上昇が生じるという結果である*。このことは、既に大気中には十分な温暖化の推進力が与えられていて、どのような排出経路をたどろうとも今後20~30年間は同程度の温暖化が進行することを示している。それならば、当面30年間の温室効果ガスの排出削減対策は無駄かといえば、そうではない。いったん大気中に蓄積したCO2は数十年といった長い滞在時間を持つため、現在からの努力の結果が長期的な温暖化の進展を左右することになる。つまり30年後からやおら始めたのでは遅いのである。
このことから、私たちは温暖化対策に関するいくつかの視点を導くことができる。それは、第1に、とりわけ今後30年程度の適応策(Adaptation)の重要性であり、第2に、適応策だけで悪影響を長期的に解消することは不可能なためCO2の排出を削減する緩和策(Mitigation)と適応策のポートフォリオが必要ということである。
温暖化対策といえば、これまで主に緩和策が考えられてきた。国際交渉でも、あるいはマスコミ報道でも、京都議定書から離脱した世界最大のCO2排出国である米国の動向や、中国、インドなどの新興諸国が排出削減に加わるかどうかに大きな焦点が当たってきた。その重要性については言をまたないが、大切なのは、温暖化の悪影響を低減するためには、適応策も不可避であるということである。
今世紀に入って、ハリケーン・カトリーナの被害やヨーロッパの熱波、オーストラリアの大干ばつなど世界各地で異常気象の被害が激しく現れている。その全てが温暖化に起因するとはいえないが、過去100年間で0.74℃というこれまでの温暖化がこのような影響の顕在化をもたらしているのは確かである。さらに、今後30年間で0.6℃という温暖化の加速によって、一層厳しい影響が各地に現れると想定しなければならない。
気候変動は、インフラ施設が未整備で、適応能力の低い途上国でとりわけ厳しい影響をもたらす。こうした国には、例えば、ツバル、キリバスなどの南太平洋の小島嶼国やバングラデシュのような低平な大河川のデルタに立地する国、サブ・サハラの水資源の枯渇に苦しんでいる国々が含まれるが、これらの国からのCO2排出の少なさを考えると、そこで必要な温暖化対策は適応策ということになる。つまり、温暖化対策はこうした途上国では、防災や食糧・飲み水・健康の確保といった生活と社会の安全保障の問題に直結しているのである。そのため、国際的には適応策に対する国際支援に関する検討が盛んであり、今年わが国もその基本的視点を公表した(外務省国際協力局、2007)。さらに、最近では、先進国においても適応策の必要性が言われるようになっており、国内でも関係府省や自治体、農業団体などの中で急速にその機運が高まっている。
適応策は、CO2排出削減策と比べれば対処療法的で、かつては緩和策を取らないための逃げ道と考える向きもあった。しかし、上に述べた気候変動の発現経路を考えれば、緩和策と適応策こそ温暖化対策の両輪であり、両方相まって「温暖化の危険な水準」を避ける対策となるといえる。

3.国際的対応策をめぐる議論

まだ国際的コンセンサスではないが、2~3℃を越える気温上昇は世界的に極めて厳しい影響をもたらすと考えられている。その範囲以下に温暖化を押さえ込むための長期的な取り組みが必要であり、緩和策と適応策を含めた国際的枠組みの形成が、2013年以降のポスト京都議定書の枠組みに関する交渉の課題である。それに向けて、今年はG8サミットや国連総会をはじめ多くの国際会議が開かれた。
筆者は、その中で、7月末に開催された国連総会の気候変動テーマ別討論に参加する機会を得た。この会議の中では、昨年イギリス政府のStern ReviewをまとめたStern博士の発言が論理的で示唆に富む内容を含んでいた。彼はLondon School of Economicsに転じていたが、その基本的主張は、温暖化対策と開発(経済成長)を対置しては出口のない道に入ってしまう。温暖化対策を進めることこそが、今後の経済成長を牽引する道であり、そこに発展の鍵があるというものである。そうした考え方に基づいて、世界の政策(Global Deal)として以下のような提案をした。

1.基本的対応
1) 全ての国が参加して2050年までに最低50%排出削減というG8サミットの目標を実現
2) そのため先進国がより大きな削減義務を負う。例えば、2050年までに75%削減。
3) 中間時点の目標を持つ。例えば、2020年に20~30%削減といった目標
2.緩和策(Mitigation)
1) 世界のカーボン市場を開設し、CDMを越える方策を検討。CDMの実施しやすさと透明性を改善する。
2) エネルギー分野などの技術開発に一層の投資
3) 森林伐採をこれ以上進めないための政策枠組みを確立
3.適応策(Adaptation)
1) 科学的な予測能力の向上が必要
2) 適応策に資金投入(先進国、途上国両方)
3) 適応技術の開発
4.政治のリーダーシップ(Political will)
1) 温暖化対策と経済成長の同時達成をめざす
2) 各国のトップ(首相、大統領)がリーダーシップを発揮する
3) 国民一人一人の認識の高まり。世論の後押しが必要

この提案は、極めて包括的で大きな方向性を示すものである。こうした厳しい内容を含む包括的提案が国連の場で紹介されることなど、昨年まで想像できなかった。それほど、世界の危機感の広がりは早く、また、対策の相場観は上方修正されつつあるということであろう。国際交渉の上では、こうした世界の急速な変化を認識しておかなければ、対策に後ろ向きというネガティブな印象を与えることになろう。
一方、こうした提案の実現が決して簡単ではないのもまた事実である。40年以上先とはいえ、世界のCO2排出を半分以下にするのはとてつもない目標である。わが国の2005年度における温室効果ガスの総排出量は、削減目標の6%削減どころか、基準の1990年と比べて7.8%も増えている。日本の産業界は、乾いた雑巾を絞るといわれるくらいの努力をして、世界トップの省エネを達成してきたが、それをさらに半減するためには、ものの生産に使うエネルギー効率を少なくとも2倍にするといった根本的な改革が必要である。その上に、先進国がさらに高い目標をめざすことになれば、現在の生産や消費、交通、地域社会のあり方を根本的に変えて、循環型で環境負荷の少ない社会にしなければ達成できない。こうした社会は低炭素社会と呼ばれ、国際的に認知された言葉になりつつあるが、国際社会は、長い時間をかけて、世界の低炭素社会化と安全な社会を確保する適応策の実施をあわせてめざすことになろう。Stern博士の言葉を借りれば、温暖化対策を進めることこそが、今後の経済成長を牽引し、人間の安全保障を実現するする道である。

注*:図1の一番下の線は、2000年における濃度が今世紀を通じて不変という場合の算定結果である。これは、仮に2000年時点で大気中の濃度が安定化しても、なお気温の上昇が起こるという地球大気システムの「慣性」を示すために計算されたもので、SRESシナリオには含まれていない。

参考文献
IPCC WGI(2007): Climate Change, Contribution of Working Group I to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, Summary for Policymakers, IPCC, 18p.
外務省国際協力局(2007):気候変動への適応の分野における開発途上国支援(有識者会議による提言)、19p.

    • 茨城大学教授・地球変動適応科学研究機関 機関長 IPCC第2作業部会総括執筆責任者
    • 三村 信男
    • 三村 信男

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