川上隆久 UNAMA官房長
カブールから日本を見ていると、アフガニスタンに関する報道は自爆テロや韓国人の人質問題といった「重大事件」か、テロ特措法関連にとどまっているように思われる。残念ながら、アフガニスタンの置かれている状況、国連の活動について突っ込んだ議論はなされていない。この小論では、アフガニスタンの現状を踏まえながら、筆者が勤務する国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)の活動を述べてみたい。
UNAMAは2002年2月に設立された特別政治ミッションである。特別政治ミッションとPKOとの違いは主に軍事部門の有無である。アフガニスタンでは、2つの国際的な軍事オペレーションが並行して行われている。一方で、米、英などの多国籍軍による「不朽の自由作戦Operation Enduring Freedom」が対テロ活動、他方で、国際治安支援部隊(International Security Assistance Force(ISAF))が治安維持活動を行っている。UNAMAはこれらの軍事活動には関わっておらず、国際部隊と連絡調整を行う少数の軍事顧問がいるだけである。PKOと違って軍事面には関わっていないUNAMAであるが、文民分野については、政治、復興開発、人道支援、人権といった多彩な分野にまたがって活動している。この点では、UNAMAの活動は複合PKOと比べても遜色ない。さらに、UNAMAの活動は、首都カブールにとどまらず、地方でも積極的に展開されている。国連は便宜上アフガン全土を8つの地域(南部、南東部、東部、中央部、中央高原、北部、北東部、西部)に分けているが、UNAMAはこの8つの地域すべてにオフィスを設けている。さらに、地域オフィスの管轄下にある州のうち、9つの州に小さな事務所を設け、地域オフィスの監督の下で活動させている。この計17の地方オフィスによる活動がUNAMAに大きな強みを与えている。
タリバン浸透で治安悪化
アフガニスタンでは、2006年以降、治安が急速に悪化している。タリバンを中心とする反政府勢力の活動が活発になり、国際部隊との間で戦闘が激化している。アフガン国土のほぼ半分が危険地域と指定され、毎月平均5百数十件の治安事件が報告されている。自爆攻撃も9月末で133件を数え、自爆攻撃を含め紛争で死亡した市民は1,200名以上に上っている。(この論文の執筆中に北部Baghlanで起きた自爆テロは、国会議員を含め多数の死者を出す惨事となった。右の統計数字が更に悪化していることは言うまでもない。)このような治安悪化は、それまで国境周辺に留まっていたタリバン勢力の内陸部への浸透が直接の原因であるが、その背景として政府に不満を持つ住民の間でタリバンほか反政府勢力への支持が高まったことが指摘されている。
アフガニスタンにおいて治安の確保が最優先事項であるにも拘わらず、アフガンの治安機関にはまだ十分な能力が備わっていない。特に、警察は質・量ともに足りず、大きな問題となっている。住民の不満のひとつは、警察が治安維持の任務を十分に遂行できないばかりか、逆に不正行為を行うことである。警察が検問で金銭を要求したり、麻薬などの犯罪に手を貸したりするケースが多く報告されている。警察再建は、これまで米、独が中心になって取り進めてきたが、計画が予定通り進まない上、警察に対する住民の不信が深刻な問題となってきた。UNAMAは、地方での警察活動について実情を知りうる立場にあり、そういった情報を活用して警察改革にアドバイスを行っている。
地方における警察活動は知事や警察署長の指揮下で行われることが多いが、この知事や警察署長に対する住民の不信も大きい。任命が能力ではなく、政治的な意図や個人的な繋がりによって行われているケースも多く、知事や警察署長の不正行為に対する告発は後を絶たない。UNAMAでは、知事や警察署長の候補者が犯罪や人権侵害の過去を持っていないかチェックし、その結果を政府に提出する。また、知事や警察署長による不正が特に問題となる場合には、国際社会と協力して是正を求める。UNAMAや国際社会の行動の結果、知事や警察署長が更迭・配転されるケースもあった。とはいえ、任命のあり方が見直されない限り、問題の根本的な解決には至らない。
治安の悪化により、市民の損害も大きくなっている。反政府勢力の活動が住民に与える損害として最たるものは先に述べた自爆テロであるが、それだけではない。タリバンが意に従わない住民を処刑したり、脅迫したりするケースも後を絶たない。タリバンの支配下にある地域では人権の抑圧も深刻な問題である。その一方で、国際部隊の軍事活動、特に空爆が市民に損害を与えるケースが昨年から増えている。空爆は反政府勢力をターゲットとして行われるが、彼らが居住地域で活動している場合、住民に被害が及ぶことがある。当然ながら、被害を受けた住民が国際部隊、アフガン政府に批判的となり、反政府勢力の支持拡大につながりかねない。UNAMAは、今年4月から6月にかけて特に問題となっている地域で、部族の長老やコミュニティのリーダー、宗教指導者、NGO、政府関係者、それにISAFの地域司令部を巻き込んで、話し合いを行ってきた。8月には、関係者を一堂に会してカブールで会議を行い、市民の保護のための措置について話し合った。その結果、住民との意思疎通の強化、空爆の実施方法の改善などいくつかの提言が出された。これを受け、ISAF司令官から、各地域の司令部に対し住民への被害を回避するための措置をとるように指令が出されている。
ここで指摘しておきたいのは、政府の治安機構が未だ十分に機能していないなかで、国際部隊による活動、特にISAFによる治安維持活動はアフガニスタンの安定に欠かせないことである。10月の安保理会合で、ケーニッヒス特別代表は、「反政府勢力に対する最も効果的な防衛はISAFが行っていることを認めるべきである」と指摘したのもこのためである(安保理文書S/PV.5760)。国際部隊の存在が不可欠であることを前提にすれば、住民保護の問題の解決は、ISAFの撤退という方向では見出しえない。それは、ISAFの側による空爆の実施方法の改善を求めながら、一刻も早く政府自身が治安維持の前面に立てるように支援を強化していくという方向で検討していくほかはない。
国際社会との調整役として
住民の不満は復興開発が予定通り進まないことにも向けられている。復興開発については、北部と南部で様相が異なっている。最近の支援は紛争が激化している南部に集中しており、北部の住民にとってはこれが不満となっている。一方、南部で開発が推進されているといっても、実際には地域によりばらつきがあり、支援から取り残されている地域も多い。そもそも戦闘が行われている地域では支援を計画しても、実施ができないという問題もある。このような理由で、南部でも復興開発のあり方に不満を持っている住民が少なくない。UNAMAでは、地方オフィスを通じてこのような住民の反応を拾いあげながら、アフガン政府の開発機関の活動を助けている。また、UNAMAの地方オフィスは国際援助の調整役となっている。安全性の問題により、開発系国際機関の地方での展開は限定されているからである。さらに、UNAMAの地方オフィスは、人道支援の必要が生じた場合にいち早くこれを察知し、迅速な人道支援に向けて関係機関の活動をリードしている。
ボン合意(2001年12月、ボンで開催された国際会議において締結された和平プロセスに関するアフガン各派の合意)の履行期間中、UNAMAの活動は、合意が定めた政治プロセスの支援を中心に行われていた。UNAMAは、国際社会との調整役としてアフガン人を助け、ロヤ・ジルガ、大統領選挙、下院議会選挙を成功させ、国民によって選ばれた新政権の樹立に重要な役割を果たした。ボン・プロセスの終了後、アフガン政府と国際社会は、アフガニスタンの国づくりに関し取り決めを結んだ。これがアフガン・コンパクトである。アフガン・コンパクトに対する支援はUNAMAの現在の活動の中核となっているが、国づくり支援という性格上、具体的な支援の内容は多岐にわたっている。ここが「ボン合意後、UNAMAの役割が不明瞭になった」という指摘がなされる所以である。確かに、ボン合意の頃に比べると、UNAMAの活動が拡散したかのような印象を与えるかもしれない。しかし、現在のアフガニスタンは、ある意味ではボン・プロセス時代よりも難しい局面におかれ、国づくりはさまざまな課題に直面している。そのように見れば、ボン合意時代に比べ、UNAMAの重要性が薄れたという指摘はあたらない。UNAMAは、アフガニスタン政府、ISAF、関係諸国、国連関係機関やNGOなどの間に立って、政治、復興開発、人権、人道といった諸分野で、さまざまな調整活動を行っている。上に述べた実例でも、この点は明らかと思う。今後、アフガニスタンでは、次の大統領選挙、下院議会選挙を視野に入れた平和戦略の練り直しが行われていくと考えるが、UNAMAの役割もさらに重要になっていくものと予想している。選挙体制の構築や国民和解の促進において、UNAMAに公正な第三者として期待されるところは大きいと考えるからである。